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『勘違いから始まる恋』第三章『私はストーカーに恋をする』

第044話

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 21時00分。

《お総菜コーナーの品物が、この時間から全品30%OFFとなっております……》

 店内放送で商品の値引きの告知が行われると、隼人の目の前の総菜コーナーでパート店員の女性が素早くパックに値札を貼り始めた。
丁度、総菜コーナーに居合わせた隼人は目の前で始まった値引きに興味を引かれ、カゴの中のワインに合いそうなイカリングのパックを手に取った。

『イカリングか……』

 買うべきか悩んでいる間に値引き待ちをしていたであろう主婦や単身者によって次々と“弁当“や“総菜”が無くなっていった。

「あっ……」

 気付いた時には売り場にあった値引きシール付きの商品が殆ど無くなり、目の前のワゴンも片隅に同じイカリングが1つ残されているだけになっていた。

『……こんな時はいつものにしよう』

 悩んでいた隼人は、何か思い出したようにパックをワゴンに戻すと売り場を後にした。

 自宅マンションの最寄り駅にあるスーパーで買い物をしている隼人。
このスーパーは駅ビルと直結した大型チェーン店で、食料品、衣類や家具家電、日用品など充実した品揃えを誇っていた。
ファミリー層だけでなく単身層も多い街のためか専門店でしか置いていないような食材に加え、弁当や総菜など出来合いの食料品も充実していた。
隼人はこの街に越してきてから仕事に追われる日々で自炊する暇もなく、このスーパーの総菜コーナーや、晩酌のための酒やおつまみコーナーのお世話になることが多かった。

「ありがとうございました」

 レジで会計を済ませ店員の声に送られながら帰宅の途につく隼人。
その右手にはワインとフレッシュタイプチーズ、そしてクラッカーの入った買い物袋が握られていた。
特段食べたい物が思い浮かばない時は、いつもこの組み合わせを購入することにしていた。
プロジェクトも一区切りつき何となく、お祝いという訳でもないのだがワインとチーズはいつもよりワンランク上の物を買っていた。

 後藤のおかげで無事発表会に間に合うことのできた隼人は、立て続けにキャリア3社の新商品発表会でプレゼンテーションを行った。
どの発表会でもメディアや評論家から上々の評価を得ることができクライアントは安堵していた。
一方で製作を担当した隼人率いるフロッグデザインのメンバー達は会場で得たフィードバッグや他社情報を、早速会社に持ち帰り問題点の洗い出しを行った。
正直、昨晩からのことで疲れを感じていた隼人であったが、プロジェクトの仕上げに必要な作業をおざなりにする訳もなく、先程までメンバー達と共に作業に勤しんでいた。

「ん~、疲れた!」

 両手を上げ背筋を伸ばしながら夜道を歩く隼人。
昨晩から色々なことがあり疲労はかなりのものになっていたが、言葉とは裏腹に足取りは意外と軽い。
暫く歩くと自宅マンションの下の坂にさしかかり、隼人はそこで足を停めた。
そこは優子がブレスレットを落とした場所であり“もし”あの時彼女がブレスレットを落とさずにいたら“もし”自分がそれを拾うことがなければ、2人の人生は交わることはなかったのかもしれない運命の場所。
昨日まで互いを全く知らなかった2人が、この場所で偶然出会い紆余曲折があったとはいえ名前を知り、会話さえ交わすことができたことに何か特別なものを感じていた。

『不思議なもんだな……』

 そう思いながら再びマンションへ歩き始める。

「“後日”なんて勢いで言ったけど連絡先知らないんだよな」

 優子に別れ際そう言ったものの連絡先を聞かずに出てしまったことを坂を上りながら、誰に言うでもなく独り言を呟き後悔した。
今更、後藤刑事に個人情報を聞く訳にもいかず、ましてや優子の気持ちを知っている訳ではないのに、いきなり隣のチャイムを押すの勇気はなかった。

ブゥーン

 脇の車道を車が坂の上へと走り抜けて行った。
走り去るテールランプに照らされた隼人の顔は心なしか落ち込んでいた。
警察署で見せた自分への好意があるような態度は、偶々周囲に人が居たからで、実際は違っていたら今度こそ本当にストーカーになってしまう。
それを考えると生活していて運良くマンションで会えるのを待つ方が良いのではないかと考えてしまう。
そんなことを考えていると、いつの間にか隼人は坂を上りきりマンションのエントランスへと続く道の入り口まで来ていた。

 隼人や優子の住むマンションは分譲と賃貸の双方合わせ200を超える世帯の住む大型マンション。
敷地内に入るとエントランス前のロータリーまで続く上下二車線の車道と、その脇を歩道が20m程伸びていた。
歩道を歩きながら隼人は彼女の気持ちが分からないこと、そして自身の中に“あるもう一つ”の積極的になれない理由に頭を悩ませていた。
すると先程坂で隼人の脇を走り抜けていった車が車道をこちらへ向かって走って来ていた。
車は隼人の再び脇を通り過ぎると、そのままマンションを出て走り去る。
その車を気にも留めていなかった隼人は、車が玄関で誰かを降ろしていたことに気付くこともなく考え事をしながら歩いていた。

 彼女の気持ちは別として“大島 優子”という1人の女性に自分が惹かれていることは隼人自身、十分理解していた。
しかし、優子を見る度、自分が未だ4年前の恋を引きずっていることに気付かされる。
それは、優子が4年前別れた彼女と重ってダブって見えてしまうことにあった。
初めて優子とマンションのエントランスで出会った時は朧(おぼろ)気(げ)で分からなかったが、何処か懐かしさを感じたのを覚えている。
それが帰り道で彼女を見かけるようになり、彼女への気持ちが明確になるにつれ、昔の彼女と重ってダブって見えてしまうことが増えていった。
そして、優子が“アイドル”だと知った今、同じ夢に向かうため自分の元から離れていった彼女と優子を重ねて自分は見ているのではないかと思い、一歩踏み出すことが出来ずにいた。
結局、エントランスまで考え事をしながら歩いてきたが解決するどころか、悩みが大きくなるばかりだった。
それでもなお優子に惹かれている自分にため息が出てしまう。

「はぁ……」

「ため息なんてついていると幸せが逃げちゃいますよ」

『そうそう、俺がため息をつくと、いつも彼女にこんな風に注意されて……ん!?』

 知らぬ間に声の主がすぐ傍に立っていることに隼人は驚いた――。


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