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『勘違いから始まる恋』第二章『最悪な3日間』

第037話

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ギィィ……

 錆びた扉が異音を起てながら開くと、そこには自分の心とは裏腹に雲一つない晴れ渡る空が広がっていた。

 優子は涙を拭いながら屋上の塀越しに劇場前の中央通りを見下ろす。
お昼を食べに出てきたサラリーマン、買い物に訪れた学生、チラシを配るメイド姿の女性、多くの人々が秋葉原を闊歩し賑わっていた。
そんな賑やかな秋葉原の至る所に“AKB48”の文字が点在するのを見つけ優子の肩がビクッと震えた。

 秋葉原という街が再開発で姿を変えていく中“秋葉原48”はこの地に誕生した。
優子達は街の様子が変わるのを、この劇場から見てきた。
そして自分たちの人気が上がるに従い、街に自分たちの名前が溢れていく。
いつしか自分たちも“秋葉原48”から“AKB48”へと名を変え、活動の場を秋葉原から飛び出し全国へと広がっていた。
今では国内外に姉妹グループが誕生するまでになり、数多くのメンバーが自らの夢を叶えるためAKBグループに入り、今優子はその中心に居る。

 子役時代、仕事が減っていく恐怖に怯えた日々を味わったこともあった。
人気を維持することがどれだけ困難な事か身を持って知る優子にとって、現在の状況は夢なのではと思うことが今でもある。
AKBだから出来た事も多く、ドラマや映画はAKBだから貰うことのできた仕事なのだと今でも感じている。
今の自分がしなければならないことはメンバーのためにAKBを盛り上げると共に、自分の夢である女優への道を開くため“大島 優子”をもっと知って貰うことに他ならない。
卒業し女優へなることは自分自身のみならず後輩への道標にもなる。
それは、優子自身忘れることのないようにしている“思い”であり、瑛士と別れたとき“AKB48の大島 優子”であろうと決心したはずのものだった。

 それが今の自分はどうだ。
AKBはかけがいのない存在だと言いながら、心の内では“新城 隼人”という存在に心踊らせている。
隼人への気持ちが恋愛感情なのかも定かではないあやふやな状態であるのも問題だった。

「私どうしちゃったんだろう……」

 空を見つめながら消え入りそうな声で呟いた。
自分の気持ちが掴めないままメンバーへの罪悪感だけが募り、先程以上に胸が苦しくなる。
考えれば考える程思考と感情の狭間で苛まれ視界がまたぼやけていく。
涙を拭うこともせず空を見つめ続ける優子。
空に隼人の顔が浮かび、何故かその顔に笑顔はなく困ったような表情に見えた。

『何でそんな顔をするのよ……』

 “何故、顔が浮かぶのか”という理由ではなく“そんな顔をする”理由を空に浮かぶ隼人に問うていた。
意識しないようにすればする程、心に占める割合が増えてゆく。
意識的に“AKBの大島 優子”であろうと“思う”ことは出来ても、心が隼人を“想う”気持ちはどうすることも出来ない。
今の優子がそれを理解することは困難で、答えを出そうとすればする程に出口のない迷路へと迷い込んでいく。

『やっぱり、たかみな凄いな……』

 ふと以前にみなみから聞いた話を思い出す。
みなみは自分の夢を叶えるのに中途半端な気持ちでやりたくないと、AKBに専念するため友人や当時の恋人を捨てたという。
『結果的に、今の自分があって決して選択は間違っていなかったけど、ずっと後悔し続けている』と話すみなみの笑顔はぎこちなく痛々しかった。
いっそ自分もみなみのように全て断ち切ってしまえば良いのかもしれないと思うが、みなみのようにそんなことがあったとは普段微塵も感じさせないよう隠し続けることは自分には出来ないと思う。
優子自身、普段は“AKB48の大島 優子”という仮面を付け仕事に臨んでいる。
その仮面はファンや共演者、スタッフに対して剥がれることのない優秀なものだったが、佐江や才加など心を許せるメンバーの前では剥がれ、彼女たちに心配をかけてしまう。
そればかりか、今ここで佐江や才加に会ったら悩みを打ち明けてしまうかもしれない。
これ以上自分の勝手で心友達に迷惑をかけたくなかった。

『これじゃあ戻れない……』

 誰にも泣き顔を見せたくなくて屋上に来たが、悩みが増えるばかりで戻れそうになかった。

ガチャッ

 不意に後ろで扉が開き、聞き知った声が聞こえた。

「やっぱり、ここに居た……」


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