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『勘違いから始まる恋』第二章『最悪な3日間』

第036話

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 11時50分。
劇場に早く着いた優子は劇場内の休憩室でひとり軽めの昼食を食べていた。

 山本 学は事務所や秋元 康への報告の連絡をしに部屋を出ていた。
他のメンバーも時間が早いのか誰も居らず、スタッフは公演の準備などで忙しく動いていった。

 当然、優子を構う者は居らず、普段の彼女なら構って欲しがるのだが、何故か今日は1人で大人しく昼食をとっていた。
サンドイッチを頬張りながら、本やiPhoneを見るでもなく腕のブレスレットを見つめる優子。

 ブレスレットが揺れる度にラピスラズリとインカローズの碧と紅の石が照明に照らされキラキラと輝きを放つ。
このブレスレットは母から貰った大事な品なのだが、今ブレスレットを見ると母の事よりも隼人の事が思い浮かぶようになっていた。
現に今もブレスレットを見ていると、急ぎの用事があるからと隼人が去り際に言った『もう一度ちゃんと謝ります』という言葉を思い出していた。

 勿論、優子が発端となり起きたことなので、謝罪は当然自分からするつもりでいた。
それに、たとえそれが“謝罪”という行為をするためであっても、大手を振って隼人と“会うための口実”になるのだと思うと、顔が綻び自然と眉が八の字を描く。
そのために学には無理を言い、スケジュールを空けてもらえるように既に頼んでいた。

『何かの発表会だって言ってたけど間に合ったのかな?』

 浮かれながらそんなことを考えていた優子だったが、ふとそこである大事なことに気付き八の字眉が一文字へと変わる。

『……私、新城さんの事なにも知らない……』

 彼の事で知っているのは警察で教えられた一握りの情報。
新城 隼人という名前と、自分より年上の26歳で、隣の部屋に住んでいる。
たった此だけのことしか知らない。
さっきだって“何かの発表会”で急いでいたようだったけど、何の発表会なのか、どんな仕事をしているのかも知りはしなかった。
敢えて他にあげられるとすれば、誠実であったり優しそうとだと自分が感じたことだった。
しかし、それは自分の直感だけで、出会って間もない自分が実際の彼を知る由もないことは明かであった。
そして何より“AKB48の大島 優子”であり続けると自ら決意したはずであったのに、それを自らが破ろうとしていることに気付いた。
勿論、自分の今の気持ちが恋愛感情なのかと問われると、今の時点では優子自身定かではない。
しかし、そうやって浮かれる気持ちがAKBの足下が掬われかねないと思うと、それまでの浮かれていた気分が萎んでゆくのを自分でも感じた。
心の中で先程までなかった気持ちが芽生え始める。

「ふぅ……」

 突然芽生えた感情を押し込めるようにペットボトルの紅茶を一口飲むが、いつも飲んでいる物なのに今日は何故か味がしなかった。
先程までの心地よさは、いつの間にか何処かへ行ってしまっていた。
胃が重くなるのを感じ、食欲がなくなったのか食べかけのサンドウィッチを皿に戻す。

 瑛士とのことを吹っ切り、AKBの中心メンバーとして再出発を誓ったはずであったのに自分の気持ちの急激な変化に“節操”も“自覚”も足りていないと思った。
それでも心の片隅で隼人の事を考えてしまう自分が居て、彼の事を想うことが決して不快ではなく、寧ろ心地好く感じていることに罪悪感を覚える。
突如相反する感情が芽生えた心をどうすることも出来ず、唯々締め付けるような感覚に優子は耐えていた。
目頭が熱くなり世界が歪む。
我慢しきれず涙が一筋頬を伝ってゆくと、それがきっかけとなりとめどなく涙が流れ続ける。
拭っても拭っても枯れることのない涙。

 優子は今の姿を誰にも見せたくなくて俯き加減で顔を隠しながら部屋を出ると、劇場の最上階“屋上”へと向かう非常階段を一気に駆け上った――。


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