『勘違いから始まる恋』第二章『最悪な3日間』
第035話
警察署を後にした優子と山本 学は、仕事に向かう車中にいた。
「さっきは助けてくれてありがと」
助手席に座っている優子は安堵したよう一言いうと、学は運転しながら和やかに答えた。
「俺、あの若い刑事さんが苦手でさ。 早く出たかったんだよ」
優子はその学の言葉に感謝した。
優子がアイドルである以上口にしてはいけないことがある。
それを学が自分の言葉として代弁してくれたのだ。
「ありがとう」
改めて笑顔で感謝の言葉を口にすると、学も戯けながら答える。
「どういたしまして。 ところで仕事は1時からだから、何処か寄って休んでくか?」
学は次のスケジュールまで時間があるからと気を利かせた。
「う~ん……劇場でゆっくりしたいかな」
優子も色々朝からあり、ゆっくりしたい気分だったが、ある意味一番落ち着く場所として劇場が頭に浮かんだので劇場へ行ってもらうことにした。
話が落ち着くと車内にエンジン音だけが流れる。
優子はバックから隼人に先程返してもらったブレスレットを出した。
大事に扱ってくれていたのだろう、ブレスレットに自分が傷つけたであろう傷以外はなく綺麗な状態だった。
それだけで何だか隼人の人柄が分かる気がした。
ブレスレットを普段からする右腕に身につけると、大事な物が返って来たという気持ちと、このブレスレットが縁で隼人という男性に出会えた喜びで自然とブレスレットを見つめる表情が綻んだ。
そんな優子を先程から学が横目で見ていた。
優子の様子は、最近の彼女とは明らかに違った。
最近の優子はウエンツ 瑛二と別れてからというもの、男性と距離を置くようになっていた。
それまでであれば男性共演者から食事に誘われても数人の仲間がいれば行っていたようなものも参加しなくなり、本人は気づいていないだろうが男性が近づくと一歩引いたり、そもそも近い距離に近づこうとしなかった。
そして、これは仲の良いメンバーや学しか知らないが、握手会や劇場でのハイタッチの時などの異性と触れる事があると、気付かれない程度だが顔が強張ったり引き攣るような表情となることがあった。
それが、マジックミラー越しに隼人を見てから優子の様子が目に見えて変わった。
彼を釘居るように見つめ、お互いの視線が合った時など頬が上気していた。
その表情に今まで浮かんでいた恐怖など負の感情はなく、触れた時も恥ずかしそうな表情こそするが強張ったり引き攣ったりすることはなかった。
それどころか、むしろ心地良さそうでさえいた。
『フォローが大変そうだ』
そう心で思う学だったが優子を見る表情は明るい。
妹のように思う優子が前へ一歩踏み出そうとしているのなら、自分は事務所や秋元 康の意向に逆らっても全力でサポートするつもりでいた。
それは優子の個人・AKB両方のマネージャーになった時から心に決めていた。
だが、そんな学も“新城 隼人”という男性の全てを信用した訳ではなく、優子にとってどういった存在になるかを注意深く見守ろうと思っていた。
「なぁ、優子」
「ん、なに?」
ブレスレットに意識が集中していた優子は、学の問いかけに生返事を返した。
「新城さんは“いらない”って言っていたけど謝罪はどうする?」
“新城”その名前がでた瞬間方がビクッと、運転中の学でさえ見えるほど上下した。
『わかりやすいなぁ……』
余りにわかりやすい反応に学はつい意地悪をしたくなった。
「やっぱり……まだ怖いみたいだな。 優子は行かなくていいよ。 俺が謝ってくるから」
「わ、私も行くよ。 寧ろ隣なんだし私一人で平気だよ」
優子の言葉に内心笑いを堪える学。
「あれ? なんか昨日まで彼を見て泣いてたのに急に積極的だね」
学は優子の予想通りの反応にニヤニヤしながら言うと、学の意図に気づいた優子は顔を真っ赤にしながら必死に弁解する。
「ほ、ほらブレスレットを拾ってくれたし、私が一方的に悪い訳だから……」
「へぇ~、それだけ?」
「う、うっさいな! 学! 運転に集中する!」
「はいはい。 まぁ、そういう事にしとくよ」
真っ赤になりながら必死に弁解する優子をからかいながら、彼女に以前のような笑顔が戻った事を喜んでいた。
「もう、知らない!」
一方の優子はからかわれ、恥ずかしくなり窓の方へそっぽを向いた。
窓の外は澄みきった空が広がり、やわらかな日差しが車内へ射していた。
「もう一度会いたいな」
心地よい日差しが何故だか隼人を思い出させ、目を細めながら誰にでも言うでもなく呟いた――。