『勘違いから始まる恋』第二章『最悪な3日間』
第030話
「彼は……ストーカーなんかじゃありません……」
マジックミラー越しに後藤 啓三と隼人のやり取りを見ていた優子。
隼人が出したブレスレットを見て、優子は思い出せずにいた記憶が蘇り思いがけない一言が口をついて出てしまった。
口走ってから自らの言ったことに驚き思わず口を手で覆った。
しかし、甦った記憶は鮮明で会話したことも思い出していた。
「やはりそうですか……彼の持っているブレスレットと同じ物を大島さんもお持ちですよね?」
そんな優子の言葉に驚く事もなく前野は一言呟いた。
「……はい」
「“今”お持ちですか?」
「……!」
そう前野に言われ、何気なく手首に触れる。
『ない……』
いつも身につけているはずのブレスレットを身に付けていないことに気付く。
この数日あったゴタゴタで精神的に追い詰められていた優子はブレスレットの所在を気にしていなかった。
しかし、あのブレスレットはそんな時だからこそ拠り所になる大事な物だった。
優子は青ざめ自分の着ている洋服のポケットからここ数日持っていたバッグまで全て漁り始めた。
『ブレスレットって……優子がいつも身につけてる“アレ”か……』
ブレスレットの素性を知る山本 学も、前野に言われるまで優子が身につけていない事に気付かずにいた。
しかし、肌身離さず身につけるそれの存在を何故目の前の刑事が知っているのか疑問だったし、今この時に言い出す理由が分からなかった。
『ない……どうしよう』
一方、優子は何処を探しても見つからない事に焦った。
ここ数日の記憶を辿っても身につけたり外した記憶はない。
青ざめバックなどをひっくり返そうとしている優子に前野が声をかけた。
「大島さん、探しても無いと思いますよ」
「!? どういうことですか?」
その言葉にバックから前野に視線を移した優子は怪訝な表情で質問した。
「彼が持っているブレスレットが、大島さんの物だからです」
「!?」
『……そういうことか』
優子は思いがけない一言に驚き、学は事態を理解した。
前野は簡単に状況を説明し始めた。
彼の名は“新城 隼人”といい。
3日前、優子の住むマンション前の坂でブレスレットを拾う。
彼はその場で前を歩く優子に返そうとしたようだが何故か逃げられ返せず、その後も返そうとする度に怯え逃げられる。
そして、昨夜はとうとうマネージャーと口論に発展、取っ組み合いの末投げ飛ばされ気を失い逮捕される。
前野が説明をしている間、優子と学は三者三様の思いでそれを聞いていた。
学は無実の、それも一般人に対し暴行したことになり、処分だけでなく刑事に発展することを覚悟した。
自分の事はいいとして事が、表沙汰になればAKB全体だけでなく優子の芸能活動にも支障でる問題に発展する。
学はなんとか問題を最小限にすべく対策について考えを巡らしていた。
『嘘……』
一方、優子は自身が行った行為で自らの立場、何よりAKBへの影響が頭を過ぎった。
自分を励ましてくれたAKBのメンバー達にどう報告をすれば良いのか、勘違いしましたで済まされない状況に気が重くなるのを感じた。
しかし、それよりも胸を痛めたのが好意を無下にし、あまつさえ酷いことを言って彼を傷つけたこと。
思い返してみれば彼に落ち度はなく、自分が一方的に勘違いし無実にも関わらず逮捕させてしまった。
以前にもブレスレットを拾ったことを忘れられ恩を仇で返されては、彼もさぞ怒り心頭だろう。
自分がしたことを思うと彼からどのように言われても謝ろうと決心した。
その決意が口を開かせた。
「彼と会えますか?」
そう前野に言う優子の表情は、先程あった驚きや焦りが消え何か決意したように真剣だった。
前野に話しかけながら時折、隼人の方をチラ見している。
「では、彼、新城 隼人さんはストーカーではないと言うことで宜しいですね?」
「はい」
念押しする前野に優子は即答で答える。
「優子、間違いないんだな? もう一度よく「学、あの人じゃないから」……」
もう一度考え直すようにと学が口を挟もうとするが、キッパリ否定する優子。
「学の言いたいことは分かってるよ。 でも不誠実なことはしたくないの。 わかって。 ね?」
優子はしっかり見据え言い聞かせるように学に告げた。
「……わかった」
いつも戯けた笑顔ではなく目を細め、まるで学の心を見透かすような大人びた笑顔の優子に学は黙って認めるしかなかった。
だが勿論、優子やAKBの立場だけは全力で守り抜こうと心に決めていた。
「それでは手続きの後、新城さんと面会となります。 こちらへどうぞ」
優子と学の会話が終わるのを見計らい前野は、その後の手続きの説明をし始めた――。