『勘違いから始まる恋』第一章『恋の終わり』
第003話
それから何度か連絡をしたが着信拒否をされ、家に訪ねても出てもらえず、現場でも収録の時以外は無視をされた。
優子は傷付いていたが恋愛禁止を破り交際していたから、2人の関係を知る者は少なく彼女も助けを求めることができなかった。
それでも、一方的な別れ方をした優子が男性不信にならずに済んだのは、マネージャー“山本 学”の存在が大きかった。
当初はAKB48の仕事の時だけのマネージャーだったが、学を慕う優子のたっての希望でグループ、個人の両方でマネージャーを務めている。
そんな彼は2人の交際を知る数少ない人間の1人で、2人が交際している時は応援し可能な限りスケジュール調整などをしてくれていた。
ウエンツ 瑛士と破局後は、学が毎日のように励まし、元気づけてくれたことで立ち直ることができた。
優子は、そんな学にとても感謝していた。
それでも胸の痛みが、まだ瑛士を忘れられていないことを告げていた。
「はぁ……こんなんじゃ駄目だ」
独りごちりながら頭を振ってネガティブ思考を吹き飛ばそうとする。
しかし気持ちとは裏腹に今頃、瑛士は新しい彼女と一緒にいるのかもしれないと思うと、独りでいる自分が急に惨めで心細くなった。
人間心細くなると些細なことでも気になるもの。
普段であれば誰か歩いているのに、今日に限って先ほどのカップル以外見かけないことに不安を感じ始め足早になってゆく。
「キャッ! つぅッ!」
角を曲がったところで酔っているせいか足がもつれ転んでしまう。
その時、彼女の腕から何かが外れるが、焦りのためか彼女は気付くことはなかった。
マンションが見える所まで来たとき、だいぶ後ろの方でガサッと何かが擦れる音が聞こえ後ろを振り返ると、優子が転んだ角の辺りに人影がしゃがみ込むようにしていた。
ちょうど死角で街灯の明かりが届かない場所で、どのような人物なのかわからないがスーツを着ているので男性だということだけは分かった。
自分が転んだ場所で何かをしていることに、不安を覚え踵を返すようにマンションへ急ぐ。
「ちょっと……」
途中、男性が何か言うのが聞こえ振り返ると、その手に光る“何か”を持っているのが見えた。
アイドルという職業上、ファンが一線を越え私生活にまで踏み込んでくることがある。
所謂“ストーカー”のことである。
優子は過去に一度会社員の男性からストーキングを受けた経験があった。
当時は学や事務所が上手く解決してくれたが、今の優子は1人である。
男が一歩近づく度に、恐怖で優子は一歩下がる。
「あの……「助けて……」……えっ?」
男が何か言い終える前に、優子は近づいてくる男から逃れるように走り出す。
途中コンビニ袋を落としてしまうが構っていられない。
何度か転びそうになりながら、マンションにたどり着く。
後方から優子が落としたコンビニ袋を持った男の姿が見える。
男は何か言っているが優子の耳には届いていない。
恐怖のあまりオートロック番号を何度も間違える。
男の姿が段々と近づき『助けて! 助けて!』と心の中で何度も叫ぶ。
天に声が届いたのか、何度目かでオートロックが解除される。
エレベーターホールに滑り込みボタンを押すと、運良くエレベーターが1階に止まっていたため扉が開いた。
乗り込み部屋のある8階と閉まるボタンを勢いよく押す。
扉が閉まる寸前、男の姿はオートロックの前にあった。
複雑な表情を見せる男に、優子は唯々“恐怖”の感情しか見出すことは出来ず、扉が閉まると、その場で蹲ってしまう。
「ヒック……グス……」
ピンポーン
エレベーターの暢気な音が8階に到着したことを告げる。
マンション内は安全だろうと思うものの足早に部屋に入ってゆく。
鍵とチェーンを掛けると、のぞき窓で誰か付いて来ていないか確認する。
廊下を誰も通る様子もなく、少し恐怖から解放される。
「なんで……」
ベッドに倒れ込むと独り呟く。
楽しかったメンバーとの食事会のことなど何処かへ行ってしまい、どっと疲れが優子を襲う。
走りアルコールが全身に回ったこと、部屋に入り安心したことが重なり優子を眠気が襲う。
「なんであたしばっかり、こんな目に遇うの……」
そんなことを思いながら優子は、睡魔に勝てず眠りに落ちてゆく――。