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『勘違いから始まる恋』第二章『最悪な3日間』

第028話

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ガチャ

「お待たせして申し訳ない」

 隼人が発表会へ間に合うデットラインを計算していると、先程出て行った後藤が戻ってきた。
戻ってきた後藤の様子が先程と違うことに気づいていた隼人だったが、刻々と迫る発表会のことを考えると、先にそれを伝えようと口を開きかけた。

「あの「新城さん、この度は本当に申し訳ない」」

 しかし、それより早く後藤が口を開き頭を深々と下げた。

『え?』

 後藤の突然の謝罪は隼人を驚かせるに十分で、呆気にとられてしまった。
後藤は頭を上げると隼人の手錠を外し、対面の席に座り再び話し始めた。

 内容は隼人が逮捕された一部始終だった。
事の発端はブレスレットを返そうとした隼人を“大島 優子”がストーカーだと彼女のマネージャーを勤める“山本 学”という男性に相談したことに始まる。
それに伴い大島 優子が所属するアイドルグループ“AKB48”の運営会社と、彼女個人が所属する芸能事務所双方から警察に対処要請が出された。
対する警察は以前にもストーカー被害に遭っていることや、芸能人であることを考慮し周辺地域の巡回強化と警官の配置を行った。
その結果、隼人が警察ここにいることで分かるようにストーカーとして逮捕されたのだ。
しかし、問題は逮捕までの経緯で、ろくな捜査もせず大島 優子と、そのマネージャーの証言、そして警官2人の判断だけで隼人は現行犯逮捕されていたのだ。

「……ふぅ……」

 そこまで話を聞き終えた隼人は机に両肘を突いて祈るようにした手に顔を埋め、ゆっくりと肺に溜まった息をはき出した。
後藤にはその様子が怒りを抑えているように見えた。

 自分が同じ境遇であれば激昂して当然の内容であり、警察機構として最もあってはならないことでもあった。
上からはこの件に関して、嘘を吐いてでもどうにか機嫌をとって穏便に済ませるようにと言われていた。
他の刑事であれば上の命令通りしただろうが、後藤はそれを許せるような刑事ではなかった。
後藤本人は、この件に関して真実を話し唯々誠意を持って謝罪するつもりでいた。

「新城さ「良かった」……え?」

 後藤が改めて謝罪と釈放のことについて口を開こうとしたが、それよりも早く隼人が言葉を遮り、しかも予想していなかったことを言ったことに驚いた。

「良かった?」

「えぇ、良かったです。 誤解だって分かってもらえて」

 疑問を口にする後藤に、隼人は顔を上げ答えた。
その顔は心底安心したような表情で、怒りの一片もない表情だった。

「ただ、ストーカーだと思われていたのは、ちょっとショックですけど……」

 そこまで言いかけると笑顔は消え、何か思い詰めたように呟いた。

「だから、あんなに怯えていたのか……もっとちゃんと説明すれば良かったな……」

 彼女の怯え、隼人の存在を全て否定するような表情が脳裏を掠める。
隼人は彼女が以前ストーカー被害に遭っていたなどの事情を“知らなかった”。
彼女が勝手に勘違いしたのが原因で自分に非もなければ、むしろ誤認逮捕され一方的に迷惑をかけられただけ。
それでも、隼人は大島 優子の絶望や恐怖の詰まった怯えきった様子を“相手の勘違い”だから自業自得などと思えなかった。

「あの後藤さん」

「何かね?」

「大島 優子さんとは会えますか?」

「会ってどうするのかね?」

「謝りたいんです」

「は?」

 独り言を呟いていた隼人が自分に質問のしてきたかと思うと“謝りたい”などと言いだし後藤は困惑した。
一方的な理由で逮捕までされたのだから、どう見方を変えても謝罪されたり、何かをしてもらうのは目の前にいる“新城 隼人”という青年の方であろう。
それなのに、この青年は先程から何を頓珍漢なことを言っているのか訳がわからない。

「謝る? 何のことをだね?」

「大島さんは以前ストーカーの被害に遭ったんですよね?」

「あぁ、そうだと聞いている」

「だったら勘違いをさせるような振る舞いをした僕にも責任があります。 折角越して来たばかりなのに前のように、ストーカーがいるんじゃないかって思ったまま生活させてしまったんです。 だから、謝って安心してもらいたいんです。ここは安全ですって」

「……」

 隼人の言葉に後藤は何も言えなかった。

『あぁ、そうか……』

 そして、一つ“新城 隼人”という青年のことが分かった。
人は普通、“自分”の目を通して映る世界を見て物事を考える。
しかし、目の前の青年は“相手ならどう思うのか”というフィルターを通し物事を考え、自分の事のように思えるのだ。
でなければこんな事は言えないだろう。

 どちらにしてもこれから大島 優子など関係者を集め、この青年がストーカーであるか否かを確認し、違うのであれば正式に釈放し謝罪をしなければならない。
その際、一度は彼女と青年は一度面通しをすることになるので、彼の希望は叶う。
しかし、そこはベテラン刑事の後藤。
隼人の言動を邪推し、少し鎌をかけた。

「新城さん、申し訳ないのだが相手のプライバシーに関わることなので直接お二人を会わせることは難しい」

 そう言うと隼人の反応を窺う後藤。

「そうですか……わかりました。 ただ、一言伝言をお願いできますか?」

「えぇ、どうぞ」

 あっさり会えないことに納得する隼人。
肩透かし食らった気分の後藤だったが、念のため伝言内容を聞くことにした。

「“色々と誤解させ、怖い思いをさせてすみませんでした”と伝えてください。 それとこれを彼女に返しておいていただけますか。 大事な物だと彼女が言っていた物なので」

 そう言って先程見せたブレスレットをポケットから机の上に置いた。
何の疑いもせずに、目の前の青年は自分の言うことを信じている。
そう思うとこれ以上邪推して彼を騙している事が居たたまれなくなり、後藤は隼人に真実を告げた。

 話を聞き終わった隼人はやはり笑顔で微笑んだ――。


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