『勘違いから始まる恋』第二章『最悪な3日間』
第027話
バタン
「……話は良く分かった。 ちょっと失礼するよ」
「あ、はい……」
隼人の話を聞き終えた後藤は調書を勢いよく閉じたかと思おうと、急に立ち上がり隼人を残し部屋を出て行った。
『誤解だって分かってもらえたらいいんだけど……』
隼人は出てゆく後藤の後ろ姿を見送りながらそう考えていた。
後藤が出て行き部屋には記録係の警官と隼人の2人が残される。
静まりかえった部屋。
手に持ったブレスレットが日の光を浴びて輝いていた。
ブレスレットの持ち主が後藤の言う“大島 優子”という“アイドル”なのだとしたら、自分はつくづく“アイドル”という存在に悩まされる人生なんだと心の中で思っていた。
“アイドル”その言葉を聞く度に今でも思い出す女性が居る。
『アイドルになる』そう言われ4年前に別れた彼女。
背が低く少しでも背丈を大きく見せようと、いつも頭に大きなリボンをしていた。
そんなリボンを「リボンは私のトレードマークでス」と太陽のような笑顔で力説する姿が面白可愛くて何度隼人は吹き出しただろうか。
いつもそんな隼人を見て、頬を膨らませ怒る彼女が愛おしく隼人は屈みながらキスをする。
何度同じようにキスをしても、終わるといつも恥ずかしそうに真っ赤になる彼女が大好きだった。
その彼女の夢は“歌手”。
普段活発に見える彼女からは想像できない、透き通るような歌声に誰もが魅了された。
隼人もその歌声に魅了された1人だった。
彼女を支え、側で彼女の歌を聴き続けていきたいと隼人は考えていたし、そうなると思っていた。
しかし、隼人の願いは叶うことなく彼女は歌手としての夢を叶えるため“アイドル”活動に専念するという道を選んだ。
『今頃どうしてるんだろう。 アイドルになれたのかな?』
彼女と別れすぐアメリカに渡ったため、彼女のその後を知らない。
でも彼女なら夢を叶えられただろうと確証はなかったが、彼女の側に居てずっと見ていた隼人は確信していた。
「応援しているから」
隼人は別れ際、そう彼女に言い、彼女も「絶対夢を叶えまス」と目に涙を浮かべながら約束した。
それなのに今の自分はどうだ。
4年前の約束を守るどころか“アイドル”と聞く度に彼女を思い出し気持ちが沈んでいる。
自分の気持ちに整理がつけられていないことにため息をつくことしか出来なかった。
「はぁ、≪ブーブーブー≫……?」
隼人のため息に混じり、何処かでくぐもった音が聞こえてきた。
その音は警官の携帯電話のものらしく、警官は慌てて部屋を出て行った。
突然の状況であるにも関わらず、隼人の視線は出て行く警官よりも携帯電話が気になった。
「しまった! 発表会!」
携帯電話を見て今日自分が登壇しプレゼンテーションを行う発表会の事を思い出し、思わず声を上げてしまった。
幸い声を上げた時には既に警官は外にいて聞こえていなかった。
窓から日が差し込み、外が晴れであることは理解していたが、時計を身に着けていなかった隼人は時間を知る術がなく、ましてや通されたどの部屋にも時計がないため時間の感覚が全くつかめなかった。
その上、自分の誤解を解く方法ばかり考え時間の事を失念していた。
焦る隼人の目の前で先程の警官の代わりに外に居たであろう警官が部屋に入ってくる。
その警官をみるや隼人は極めて平静を装いながら質問をした。
「今って何時ですか?」
警官は腕時計をチラッと見ると“8時16分”であると告げる。
「8時16分……」
聞かされた時間を口にしながら、隼人の頭はフル回転していた。
登壇する3社の内、最初の1社目は12時からスタートするはずだった。
『ここからマンションまで20分として、準備に15分。 そこから会場まで車なら40分弱で、それから打ち合わせ省いて支度なんかで15分かかるとしたら、まだ間に合うか……』