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『勘違いから始まる恋』第二章『最悪な3日間』

第026話

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「まずは名前と現住所、それと勤務先を教えてもらえるかな?」

 後藤は目の前の青年に対し慣れた様子で聞くと、青年は視線を逸らすことなく後藤を見据えたまま答えた。

「新城 隼人と言います。 年は26歳で住所は○○の△△の807号室で、勤務先はフロッグデザインジャパン株式会社です」

『ほぉ……』

 後藤は新城と名乗る青年の様子に感心していた。
普通であれば警察署の尋問室に連れてこられた者は辺りをキョロキョロしたり、態度が変わったりするものだ。
それが目の前の青年にはそれが見当たらないばかりか、きちんと挨拶をしてきたのだ。
調書には“ストーカー事件”とあり、被疑者は被害者の女性アイドルへ暴力を振るおうとしたところを現行犯で逮捕されたとなっていた。
しかし、後藤は隼人の態度から少しこの事件に対して疑いを持ち始めた。

「新城君。 君が何故ここに居るかわかるかね?」

「それが昨晩、男性と口論になって……その後気づいたら留置所だったので、いまいち状況が飲み込めていないんです」

 オドオドすることもなく平然と答える隼人。
態度や証言だけを聞くと罪の意識がないようにも見え、犯罪者で厄介な“無自覚犯”のように映る。
しかし、後藤の目には隼人が嘘や自覚がないから言っているようには思えず質問を変えてみることにした。

「では、質問を変えよう。 何故あの女性に付きまとうようなことをしたのかな?」

「付きまとう……自分としては付きまとった覚えはないのですが……」

 後藤の質問に苦笑し言葉を濁した。

「しかし、彼女のマネージャーから警察へ、ストーキング行為について相談があったのは事実のようだが……」

 ここで初めて隼人の顔色が変わり逆に質問をしてきた。

「彼女のマネージャー? 大島さんって有名人かなにかですか?」

 この発言に後藤も驚くと同時にある種の確信を持ち、次の質問をする。

「彼女がアイドルだと言うことも知らずに、ストーキングしたというのかい?」

「彼女ってアイドルなんですか? どうりで雰囲気が違うと思いました。 でも今の今まで、彼女が芸能人だなんて知りませんでした。 それに第一、ストーキング行為をしたつもりもないんです」

 後藤は質問の答えが自分の予想通りだったため、記録係の警官に記録することを止めさ、再び隼人に質問をしてきた。

「では何故このようなことになったのかね?」

「それは……彼女がこれを落としたので返そうとしただけなんです」

 そういうと手錠をしたままの手で取りづらそうにしながらパーカーのポケットから何かを取り出した。
隼人の手には濃紺と深紅宝石のあしらわれたブレスレットがあった。
そのブレスレットを見ながら、隼人は後藤にいきさつを簡単に話した。

「これなんですが、以前彼女がうちのマンションに越してきたときにも落として、その時も自分が拾って返したんですが……そうしたら大事なものだって彼女が言っていたので、今度も早く返したかったんです」

「君の話だと同じマンション、それも隣同士なのだから直接届ければ良かったんじゃないかね?」

 話を聞いていた後藤の疑問は当然で隼人もそれを聞いて「そうですよね……」と言いながらこめかみを指で掻いた。

「お恥ずかしい話なんですが、実は昨日の事があるまで彼女の名前も部屋番号も知らなかったんです。 仕事が忙しくって殆どマンションの住人の方と会うことが無くって……それに偶にすれ違う人も、こちらが挨拶しても返してくれなくて……アメリカじゃあこんなことなかったんですが、今の日本ってそういうものなんですね……」

「アメリカにいたのかい?」

「はい。 仕事でアメリカに四年いて、半年前に帰国して今のマンションに住んでいます」

「そうだったのか……悪いんだが君がそのブレスレットを拾った経緯などを教えてもらえるかな?」

 隼人が最近までアメリカに居たのなら、大島 優子がアイドルだと知らない可能性は十分ありえると考えた後藤は確信を得るために、隼人の持つブレスレットを指差しながら経緯などを聞いてきた。
説明を求められた隼人はブレスレットを拾った日を思い出しながら話し始めた。

「わかりました……このブレスレットを拾ったのは3日前の――」


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