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『勘違いから始まる恋』第二章『最悪な3日間』

第023話

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 翌日、午後11時過ぎ。
仕事から帰宅しシャワーから上がった隼人は、頭をバスタオルで拭きながら、早めに就寝しようかと考えていた。

 未だ家具の揃わない殺風景なリビングダイニングキッチンの冷蔵庫からミネラルウォーターを出し勢いよく飲み干す。
風呂後の水が心地よく体を巡ってゆく。

「ふぅ……」

 空になったペットボトルのラベルを剥がし本体を手で潰しコンパクトにするとゴミ箱に捨てようとする。

ガツッ

 ゴミ箱にペットボトルが入らず、開けてみるといつの間にかペットボトルなどを捨てる資源用のところが一杯になっている。
他のゴミ箱を開けると同じように一杯になっていた。

 暫くどうしたものかと考えていた隼人は、チラッと机の上にある“ブレスレット”を見やる。

「……丁度良いか……」

 そう言うと着替え始めた。
数分後、隼人はゴミ袋を3袋を持ちマンションのゴミ捨て場に来ていた。

「ふぅ、どれだけゴミ捨ててなかったんだか」

 ゴミの種類似合わせたの書いた青いゴミ箱に分別しつつゴミを捨てながら、自分のゴミの多さに独り突っ込みを入れた。

「まぁ、そんだけ忙しかったから仕方ないよな」

 捨て終わり両手を上げ伸びをしながらエントランスに続く廊下を歩く。

「とはいえ、明日でとりあえず一区切りか」

 隼人の頭の中には明日のプレゼンテーションのことが浮かんでいた。
明日行われる通信キャリア主催の新機種発表会でのプレゼンテーションを隼人が終えればプロジェクトも一段落する。
発表会は携帯電話キャリア主要3社が同日に別々の時間と会場で行い、その中で担当した端末メーカーの紹介時にデザインしたUIについて短時間のプレゼンテーションを行うのが隼人の役目であった。
短時間ではあるが、その模様は雑誌社・TV局のみならずUSTREAMなどを通じてインターネット配信も予定されているほど大規模なものだった。

 そんな大仕事を任されながらも隼人は、朝から行われたリハーサルでも一度も原稿に目を落とすことなく滞りなく進めることができた。
アメリカで日常的にプレゼンテーションを行っていたためか然程緊張を感じておらず、むしろワクワクすら隼人は感じていた。

ヒュー

 冷たい夜風が外に面している廊下に吹き込み、そこを歩く隼人の髪を乱れさせた。

「さむっ!」

 風の冷たさに思わず肩を竦ませパーカーのポケットに手を突っ込むと、中で手が“それ”に触れた。

 ポケットから出した“それ”は、邪念を取り払い幸運をもたらす深い藍を湛えた石“ラピスラズリ”と、情熱・薔薇色の人生・ソウルメイトとの出会いをもたらすとされる深紅の石“インカローズ”の2種類の宝石があしらわれた細身のゴールドのチェーンブレスレットだった。
彼女が引っ越しの際に“大事な物”と話していたのを覚えていた隼人は、その律儀な性格から、いつ何時でも返せるようにとゴミ捨ての時まで持ってきていた。
ただ、この2日の間に2度も返すチャンスがあったにも関わらず、彼女に怖がられ逃げられている。
そのことは隼人も十分理解していたため、今日返せない場合は管理人に頼もうと考えていた。

『返せるといいんだけど……』

 そう思いながら、勝手口からエントランスに入った。

ピンポーン

 エントランスに入ると丁度良いタイミングでエレベーターの来る音がし、視線をエレベーターホールに移す。

『あっ……』

 エレベーターに乗り込む人影の中に彼女の姿を見つけた。
彼女も隼人の存在に気づいたのか一瞬表情を強ばらせた。

「早く閉めて! 早く!」

 一緒居た男性は事態が飲み込めずにいるようで、業を煮やした彼女は男性を押しのけドアを閉める。

『取り付く島もないか……』

 隼人は閉まるドアを見ながらそんなことを思った。
彼女を乗せたエレベーターが8階で停まるのを確認すると、隼人はエレベーターを呼ぶボタンを押した。

 彼女の様子から部屋に逃げ込む様子が容易に想像がつき、誤解が解ける状況にないことを隼人は理解した。

『明日、管理人さんに渡そう……』

 誤解が解けず、このまま彼女には嫌われたままなのは残念だったが、大事な物を落として困っているかもしれないと思うと、そうすることが正しいと思った。

ピンポーン

 降りてきたもう片方のエレベーターに乗り込むと8階のボタンを押した。

 エレベーターの階数表示の数字が上がってゆくのをぼんやりと眺めながら思う。
彼女とどうにかなるなんて都合の良いことを期待をしていた訳ではなかったが、それでも心の何処かで普通に話せる機会になればと思っていた。
しかし、結果は考えとは裏腹に彼女を悲しませるだけだった。

『ありがとうございます! 大事なものなので助かりました』

 そう言って満面の笑みを浮かべる彼女。

『何で私をつけ回すのよ! 来ないで! 変態!』

 そう叫び感情を露わにする彼女。

「ふぅ……」

 きっと自分が見ることが出来るのは後者なのだろう。
そう思うと深いため息が無意識に出てしまった。

ピンポーン

 隼人を乗せたエレベーターが8階に到着し扉が開く。

『!?』

 扉の前に先程彼女と一緒に居た男性が立っていることに驚きつつ、横を通り過ぎようとした。

「何故、彼女を追い回すんだ?」

「えっ?」

 男性が自分に対し言っているのだと一瞬理解することができなかった。
何故なら目の前に立つ男性とは初対面であり、先程一緒に居たのを見ていたが彼女と面識があることも知るよしもなかったからだ。
しかし、一つだけ隼人にも理解できた。
それは、この男性が自分へ敵意を向けているということ。
それもかなり強い感情であった。

「もう一度聞く。 何故、大島 優子に付きまとっているんだ!」

 それは収まることはなく先程よりも強い口調で男性が叫び、声が廊下に響き渡った。

「おおしま?」

 “大島 優子”その名前は初耳だったが、きっと彼女の名前なのだろうと隼人は男性の叫びに臆することもなく考えていた。

『恋人? それとも友達かな?』

 先程の男性の口ぶりから2人の関係を計るも、彼女と近しい関係だということしか分からなかった。
それでも彼女と知り合いということなら事情を話せば誤解も解けると思い話しかけようとした。

「あの……」

ガチャッ

 隼人が何かを言いかけた、その時男性の後ろで扉が開く音が聞こえ、隼人も男性もそちらに視線を向ける。
そこには先程“大島 優子”と呼ばれた女性が、扉の陰から怯えたような心配しているような表情でこちらを伺っていた。

「「!?」」

 隼人も男性も彼女の突然の登場に驚いた。
きっと男性の大声に驚いて部屋から出て来たのだろう。
隼人は一瞬考え、彼女を怖がらせないようブレスレットを見せながら声をかけようとした。

「あの、君この間……イタッ!」

 ポケットに手を入れながら話しかけた瞬間、男性はポケットに入れた方の手を捻り上げてきた。
隼人は咄嗟の事で何も反応することができず、呻きながら痛みから逃れようと振り解こうとしながら抗議の声を上げた。

「何するんですか、イタ!」

 男性はそれを抵抗ととったのかより腕に入れる力を強めた。

「大人しくしろ! 自分が何をしているかわかってるのか?」

「学!」

 強く捻り上げられ苦痛の表情を浮かべる隼人を見た“大島 優子”がやり過ぎだというような口調で男性の名前を叫ぶ。
男性はまさか自分が何か言われるとは思っていなかったのか、彼女の一言に気をとられ一瞬力を緩めてしまう。
それを見逃さなかった隼人は男性の腕から逃れた。

「いい加減にしろ!」

 説明も許さない男性の理不尽な扱いに対し詰め寄って抗議をしようと、男性の襟首を掴もうと手を伸ばす。

ピンポーン

 近くのエレベーターの開く音が聞こえた。
その瞬間、隼人の視界から男性が消え眼前に天井が一杯に映った。
男性が隼人の掴みかかろうとした腕を逆に取り投げ飛ばしたのだ。

『!』

 隼人は自分が宙に舞っていることに気づいた時には既に遅く、大きな衝撃が体に走り意識を失った。

 薄れゆくの意識の片隅で“大島 優子”の声が聞こえた気がした――。


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