『勘違いから始まる恋』第二章『最悪な3日間』
第022話
隼人は深夜遅く激しく降る雨の中を、自宅マンションへ向け走っていた。
昨夜のことが頭から離れず仕事に身が入らなかったせいか、結局仕事が終わったのは終電の時間ギリギリだった。
終電に間に合ったものの、駅に着くと外は雷まじりの激しい雨だった。
ビニール傘でも買おうと考えたが、この時間に店がやっている訳もなく、唯一開いていたコンビニでも傘は既に売り切れていて手に入れることが出来なかった。
それならばとタクシーも探したが、前の電車の乗客を載せたのか一台も居なかった。
『今日は随分間が悪いな……』
駅の軒先で同じくタクシー待ちをしていた数人のサラリーマンに混じってそんなことを思う隼人。
数分が過ぎたが一向に来ないタクシー。
「仕方ないか……」
やまない雨の降る空を見ながら一言つぶやくと、隼人は意を決してマンションへと走り出した。
途中、昨夜彼女を見かけたコンビニ前、ブレスレットを落とした場所を通りかかったが彼女の姿はなかった。
安堵したような、残念なような気持ちのままマンションに走る。
ずぶ濡れになりながらマンション前にたどり着くと、女性が出てくるところだった。
その女性と入れ違いでマンションに入ると、エントランスでびしょ濡れになった自分の服の水滴を手で払った。
雨で濡れ垂れ下がった前髪が気になり髪を掻き上げると、隼人の視線は自然と前に移る。
『!』
すると視線の先にエレベーターに乗った“彼女”が居るのが見えた。
彼女も隼人であると認識したのだろう、表情が強張り怖がられているのがわかった。
しかし、誤解を解くことが先決だと考え、隼人は彼女に声をかけながら近づく。
「あの、君昨日の……」
なるべく声を抑え怖がられないように声をかけたつもりだった。
「嫌ぁ……」
声をかけられた彼女は安心するどころか恐怖を増したのかエレベーターのボタンを何度も押し始めた。
次第に閉まってゆくドア。
「ちょっと、待って!」
「何で私をつけ回すのよ! 来ないで! 変態!」
涙を浮かべ半狂乱になった彼女の叫びが隼人の足を止めた。
隼人を残しエレベーターは昇ってゆく。
唖然としたまま動かない隼人の頬に、再び垂れ下がった前髪から滴が落ちる。
次に来たエレベーターに乗った隼人は昔の彼女の顔を思い出す。
『それじゃあダメなんでス! そんな中途半端な気持ちじゃ私は、きっと中途半端なことしかできない。だから……だから、別れてください!』
4年前、昔付き合っていた女性に別れを告げられた時の彼女の顔と重なる。
『またか……』
彼女に会う度、フラッシュバックのように昔付き合っていた女性を思い出す自分が、酷く小さい男に思えた。
ピンポーン
エレベーターから降りるとフロアを見渡す。
この8階の何処かの部屋に彼女がいる。
こんな近くにいるのにブレスレット一つ返せないことにもどかしさを感じながら、部屋に歩き出す。
ゴロゴロピカ、ドドーン
部屋に入ろうとした時、外で大きな雷が鳴った。
その瞬間廊下の電気が全て消え微かに女性の悲鳴が聞こえたような気がした。
フロアに顔を出すが激しい雨音だけしか聞こえなかった。
部屋に帰った隼人だったが、電気が点かず体を温めるためにシャワーを浴びることもできず、冷え切った身体を毛布でくるみ身体を温めながら自分の運のなさを嘆いた。
『明日返せなかったら、管理人さんにお願いしよう』
そう思いながら眠りについていた――。