『勘違いから始まる恋』第一章『恋の終わり』
第002話
昨年12月。
優子は“ウエンツ 瑛士”と都内の高級ホテルの一室で、ルームサービスを呼び食事をしていた。
「瑛士がこんなことするなんて珍しいね♪」
クリスマスも年末も仕事で会えないと落胆していた優子にとって、突然の瑛士からの食事の誘いはとても嬉しかった。
それだけでなくホテル最上階のスイートルームでのディナーとなれば、2人で朝を迎えることも期待してしまう優子は、とびきりの笑顔を目の前の最愛の男性である瑛士に向ける。
「そんなことないでしょ……」
しかし、瑛士の顔には笑顔というよりも苦笑ともとれる表情があり、優子の笑顔とは対照的だった。
「そんなことあるよ。 最近はうちにも来てくれないしさ。 でも許す♫」
だが、そんな瑛士の様子など有頂天になっている、今の優子が気付くはずもなかった。
「景色も料理も最高♪」
「うん……」
2人の間にあった心の温度差は、結局食事が終わるまで縮まることはなかった。
………………
…………
……
食事が終わり、優子は窓にもたれかかり夜景を見ていた。
高級ホテルでのディナーだと聞き、少しタイトなドレスに身を包む優子。
身体のラインが強調され、優子の美しく形の良い胸や理想的な腰のくびれが、美しい夜景と共にガラスに映り込む。
『ちょっと大胆だったかな? でも、瑛士と今日は……』
優子は普段着ない自分のアダルトな服を眺めながら、この後にあるであろうことに期待に胸を膨らませていた。
「優子……」
瑛士がワイングラスを2つ持ち、優子に近づく。
「綺麗だね」
「……そうだね」
グラスを受け取る優子は、そこでようやく瑛士の変化に気づく。
いつもは明るく和やかな瑛士の表情が、今は笑顔もなく暗く俯いていた。
「瑛士?」
急な彼の態度の変化に戸惑う優子だったが、正確に言えば本人が気づいていなかっただけで、瑛士は今日会ったときから視線を極力合わせなかったし、口数も少なかった。
それに気づかないでいた優子にとっては瑛士の変化に戸惑うしかできず、俯く顔をのぞき込む。
「急にどうしたの?」
「……優子に大事な話があるんだ……俺と……別れて欲しい」
今日初めて視線を優子に合わせ瑛士は喋りだす。
「えっ……今なんて?」
唐突すぎる別れ話に思考が追いつかない優子は、思わず視線を瑛士から外し近くのソファへ座る。
「別れて欲しいんだ」
瑛士は背を向けソファーに座る優子に向き合うこともせず、再び後ろから残酷な言葉を言い放つ。
「なんで?……どうして?」
優子は瑛士のために少しでも多くの時間を割けるようにと睡眠時間を削ってでもスケジュールを調整したし、彼が喜ぶならと出来ることは何でもした。
なのに何故別れ話をされているのか優子には理解出来なかった。
「優子は俺より仕事が忙しいだろ。 会えたとしてもAKBは恋愛禁止だから、こそこそ隠れて会わなきゃならない。 もう、それが耐えられないんだ……」
瑛士にとって付き合いたての頃は、今のように恋愛禁止などと言われることもなく、人気上昇中のアイドルである優子は単純に自慢の彼女であった。
しかし、今は勝手が違い恋愛禁止があり、隠れて付き合う窮屈さや自分よりも仕事が多忙となった優子の方がスケジュール調整をして時間を作る行為自体が、彼の自尊心を傷つけていた。
「私、瑛士と別れたくないよ」
ソファーから立ち上がると振り向き瑛士に抱き付く。
「もっと会えるようにするから……」
だが、瑛士“に”合わせること自体が彼の自尊心を傷つけていることなど、彼女は知るよしもなく禁句を口にしていた。
瑛士は抱き付く優子を抱き返すこともなく、彼女にとって最も残酷な一言を口にした。
「俺、今“好きな人”がいるんだ」
「!!……」
「だから、もう優子とは付き合えない」
そう言うと瑛士は抱き付く優子を引き離し、背を向けた。
優子の大きな瞳から涙が流れ、その場で泣き崩れる。
「嫌だよぉ……瑛士ぃ……≪♫~ ♪~ ♬~ ♩~≫」
瑛士の背中に手を伸ばすが、それを遮るように彼の携帯電話が鳴りだす。
「もしもし……今話をしたところだよ……あぁ、分かってくれた……今からそっちに行くよ。 待ってて」
電話越しの声で相手が女性であること、瑛士の態度から先ほど言っていた“好きな人”であると、女の直感で分かった。
ピッ
電話を切った瑛士は出口へと歩き出すと、部屋を出る直前に残酷な言葉を口にする。
「もう連絡してこないで」
その一言と泣き崩れた優子を残し、瑛士は部屋を後にした。
こうして優子と瑛士の恋は終わった――。