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『勘違いから始まる恋』第一章『恋の終わり』

第018話

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「んん……」

 カーテンの隙間から差す朝日に照らされ優子の瞳が少し揺れると、やがてゆっくりと開く。

「んー! よく寝たぁ~」

 起き上がるとカーテンを全開にし、心地良い朝日を全身に浴びながら伸びをする優子。
彼女の表情は昨日までとは打って変わって生気に満ちていた。

ガラガラ

 窓を開けると外から朝冷えした風がそれまで停滞していた部屋の空気を追い出し、冷たい風が身体から眠気を奪ってゆく。

 そのままベランダに出ると、そこには優子のお気に入りの景色が広がっていた。
マンションの前には大きな公園が広がっている。
春は桜やチューリップ、夏は緑が生い茂り向日葵が太陽を見つめ、秋はコスモスに秋の香りを漂わせるキンモクセイ、冬はサザンカや雪景色など四季毎に様々な姿を見せる。
優子は最近引っ越してきたばかりでまだ、その景色を見たことがないが、そろそろ桜が咲く頃なので期待している。
そして、公園の遠くには都心の高層ビル群が建ち並んでいる。
優子はこの遠くに見える高層ビル群と眼前に広がる公園のコントラストが気に入りここを借りた。
仕事で忙しい彼女にとって朝のこの景色と夜のライトアップされた高層ビル群の景色を見ることが癒やしの一時になっていた。

 時刻は6時5分。
活動を始めるには少し早い時間なのだろう静寂に包まれ、優子は朝の余韻に浸っていた。

ピピッピピッピピッピピッピピッ……

 そんな静寂を破るように他の部屋でアラームか何かが鳴っている。

「?」

 目覚ましもiPhoneや携帯電話も自分のベッドの所に置いてある。
何処からだろうと考えながらリビングに足を運ぶと、リビングのソファー前のガラステーブルに置いてある携帯電話のアラームが鳴っていた。

 するとソファーで寝ていた山本 学が布団から手だけを出して携帯電話を探し手を彷徨わせる。

「クス」

 声を押し殺しながら優子が笑う。
そうしていると彷徨わせていた手が携帯電話を探し当て布団の中に引き入れた。
アラームが鳴り止み、再び部屋が静寂に包まれた。
しばらく優子は学の寝て盛り上がっている部分を見ていると、ムクという表現がぴったりな状態で布団から学が起き上がってくる。
髪は布団を被っていたせいかボサボサで、目は半分寝ているような感じだった。

 優子が見ているのに気づくと「おはよ……」と小さく呟き、ペタペタと重い足取りでトイレに入っていった。

『学って朝弱いんだ。 新発見!』

 いつもしっかり者のマネージャー姿しか見たことのない優子にとって今の学は新鮮だった。

ジャー

 トイレで水の流れる音がし、学が出てくる。

「おはよう学」

「おはよ……」

「眠そうだね。 まだ時間あるし、起こして上げるから寝たら?」

 学は眠そうな目を擦りながら時計を見る。

「ん~、まだ、6時か……悪いけど、もうちょっと寝かせて」

「了解」

「おやすみぃ……」

 学は一言いうと布団を被る。
直ぐに規則正しく布団が上下し始める。

『おやすみ、良い夢見てね』

 布団の中の学に囁くと自分の部屋に戻った。
開けっ放しだった窓から、先程より温かくなった風が部屋に入りこんでいた。
窓の横のベッドに腰掛けると窓から雲一つ無い空が見える。
空気の澄んだ朝だから見えるスカイブルーの空を見入っていると、指先が不意に何かに当たる。

 優子は手に取った“それ”はウエンツ 瑛士との連絡だけに使っていた“携帯電話”だった。
何気なく、いや何かを吹っ切ろうと優子は自分の携帯電話のアドレス帳を押す。
“ウエンツ 瑛士”の名前がディスプレイに表示され、自分の心が軋むのを感じた。
しかし、それが自分の思っていた程強くないことに優子自身驚いていた。

『忘れ始めているの?』

 狂おしいほど愛しく求めた彼の存在を、この数日の出来事で忘れ始めているのかと思うと自分が非道く薄情なのではと感じた。
もう一度自分の気持ちを確かめるため、ゆっくり目を閉じる。

 瞳を閉じ思い浮かぶのは、昨日自分を心配してくれたTeam KやAKBのメンバー、支えてくれているスタッフや身を挺して守ってくれた学、そして応援してくれているファンの顔が浮かんでは消えた。
走馬燈のように浮かんでは消える過去の思い出にも、瑛士の姿はなくAKBのことだらけだった。

『私には諦められない夢がある』

 優子は物心ついた頃から子役をしていた。
初めは友達と遊べなくなったり学校を休んだりしなければならず嫌だった。
だが、両親が離婚し父子家庭となってからは、父が自分のでるテレビを観ながら嬉しそうにしているのを見て、優子は進んで仕事をするようになる。
次第に自分自身も女優をすることが夢となり、そのステップとしてAKB48に入った。
子役をしていた頃は現場で会う同年代は同じ夢に向かうライバルでしかなく、表面上は仲が良くてもお互いを蹴落とそうとしているのがわかり、仲良くできる友達ができなかった。
でもAKBは違った。
お互いライバルでもあり大事なチームの仲間だった。
どんな辛いことも、嬉しいことも分かち合い成長してきた。
心友と呼べる存在にも巡り会えた。
誰かに貴女の夢はと聞かれたら迷わずAKB48のメンバーと共にアイドルの頂点をめざし、将来は女優として様々な役を演じたいと答えるだろう。

バサバサバサッ

 窓から見えるスカイブルーの空を鳥の群れが横切る。
先頭の鳥が後続の群れを率い、その鳥が右へ行けば群れも右へ、左へ行けば左へ。
まるでAKB48のようだと思った。
前田 敦子、高橋 みなみ、板野 友美、篠田 麻里子、“渡辺 麻友”“小嶋 陽菜”“柏木 由紀”……そして自分。
先頭の鳥である自分達が総勢100人を超える“群れ”を束ねている。
もし、先頭の私が落ちれば夢のために必死になっている“群れ”であるメンバー達も犠牲になる。

『このままで良い訳ないよね』

 持った携帯電話をギュッと握りしめた。
窓から一陣の風が吹き、優子の艶やかな栗色の髪を撫でるように揺らす。
風と共に悲しそうな顔をしていた表情から悲しみは抜け、瞳を開いた時には吹っ切れたような表情になっていた。

『今までありがとう。 私AKBとして、女優として頑張るよ。』

 携帯電話に唯一登録されていた“ウエンツ 瑛士”を選択し、オプション画面から消去を選ぶ。
画面に“消去してよろしいですか?”と表示される。

「さようなら瑛士」

 優子は画面を親指で最後の確認メッセージの“はい”を押す。

ピッ、ピー

 電子音と共に優子の携帯電話から“ウエンツ 瑛士”の名前が消えた。

 こうして2人の関係は終わりを告げた。
1人の大事な人との別れを経験した優子の心は窓の外のように青く澄みわたっていた。

「……さて、学起こして、お風呂でも入りますか!」

 足早に着替えを用意し自室を出て行った――。


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