『勘違いから始まる恋』第一章『恋の終わり』
第017話
2、3、4階とエレベーターが昇ってゆく。
「ハァハァ……」
扉が閉まるのを確認すると優子は扉の前でへたり込んでしまう。
そんな優子を、山本 学は抱え起こすと、彼女の顔をじっと見つめる。
「着いたら、部屋に入っているんだ。 いいな優子?」
彼女の一連の言動から“あの男”がストーカーだと悟った学は、優子にゆっくりとした口調で次の行動を伝えた。
「うん……わかった。 学はどうするの?」
その口調が余りに落ち着いていたので、優子は逆に心配になっていた。
「“彼”と話をしてみる。 もちろん警察に連絡するから、優子は安心して部屋にいるんだよ?」
心配そうに見つめる優子の頭を撫で安心させる。
ピンポーン
8階に着くと学は優子を部屋に入れさせる。
エレベーターを見るともう片方のエレベーターが1階で停まり、やがて昇始めた。
『きたな』
学は確信に似た何かを感じ、スーツの胸ポケットから携帯電話を取りだした。
あらかじめ教えられた番号へかけると近くを巡回していた警官に電話が繋がる。
「もしもし……」
………………
…………
……
ピンポーン
暫くするとエレベーターが8階で停まり、扉が開くとやはり先程の男が乗っていた。
男は一瞬エレベーターの前に居る学に驚いたような表情を見せるが、何事もなかったように学の横を通り過ぎようとした。
「何故、彼女を追い回すんだ?」
「えっ?」
本人は気づいていないが、いつもの学が発することがないであろう威圧感と声で相手に問うていた。
男は学の状態に圧倒されつつ、事態が良く飲み込めていないのか要領をえない返事が返ってきた。
「もう一度聞く。 何故、大島 優子に付きまとっているんだ!」
「大島?……あの」
学が強い口調で男に問い男が何か言おうとした瞬間、優子の部屋の扉が開く音がし優子が扉の陰でこちらを伺っているのが見えた。
「!?」
学も男も彼女の突然の登場に驚いた。
実際は優子が先に廊下でする学の大声に驚いて部屋から出てしまったのだが、その行動がまずかった。
「あの、君この間……イタッ!」
男が優子に何か言いかけながら近づこうとした。
学はその行動が優子に危害を加えるのではと判断し、男の腕を捻りあげた。
男は呻きながらも抗議の声を上げる。
「何するんですか、イタ!」
「大人しくしろ! 自分が何をしているかわかってるのか?」
「学!」
抵抗する男の捻りあげる力を強くすると男が更に呻き声を上げる。
それを見た優子がやり過ぎだというように学に抗議した。
その瞬間、優子に気を取られ学は捻りあげていた力を緩めてしまった。
「いい加減にしろ!」
学の腕から逃れた男は頭にきたのか学に詰め寄った。
その瞬間だった。
ピンポーン
学から連絡を受けた2人の警官がエレベーターで8階に上がってきた。
扉が開くと目の前でパーカーを着た男性がスーツの男性に詰め寄る光景が見えた。
警官はその2人を止めようと一歩踏み出そうとした刹那、スーツの男性・・・学が向かってくるパーカーの男の腕を引き、相手の進む力を利用し投げ飛ばしていた。
男は宙を舞い地面に叩きつけられていた。
その光景はまるで映画のワンシーンのようで、警官達はその場を動くことすらできなかった。
一方、男を投げ飛ばした学は相手の腕を引きダメージを軽減したつもりだったが、男は受け身を取ることもできずそのまま気を失っていた。
男の脇を恐る恐る通り抜け学に駆け寄る優子。
脇をすり抜けるとき男の顔を見て何故か罪悪感にかられたが、気のせいだと思うことにした。
「学! 大丈夫?」
「あぁ、平気だよ。 でも出てきちゃ駄目だと言っただろ」
「ごめん、でも学が大声をあげていたから心配になったの」
心配そうに駆け寄ってくる優子に注意する学だったが、自分の顔を見て心底安心したような顔をする彼女をみていると強くは言えなくなった。
「あの……」
ふと2人が後ろを振り返ると、警官が2人ばつが悪そうに立っていた。
「お役に立てず申し訳ない……」
警官の1人がそう言いながら倒れている男をみる。
「いえ。 現行犯ということで逮捕して頂けるんでしょうか?」
「はい、現場を確認していましたので。 ただ、意識を失っていますので、署での事情聴取は明日になってしまいますが」
学と会話している警官の傍らで、もう1人が無線で署と連絡を取り合っている。
「……了解。 被疑者を連行します」
「では、お二人には状況などをお話し頂くために署に来て頂きただます」
「それは明日で構わないのでしょう?」
「そうですね。 被疑者がこの状態ですので、明日朝男から事情聴取を行なった後になります」
「わかりました。 では明日警察署にお伺いします」
警官とのやり取りを優子は何となく見つめていた。
目の前でストーカーの男性が警官に抱えられ、運ばれていく光景をみても何故かこのストーカー事件が解決した喜びを実感できていなかった。
「それでは失礼します」
警官と男を乗せたエレベーターを頭を下げ見送る優子と学。
「よかったな! 解決だ」
「うん……」
早く問題が解決し安堵の表情の学に対し、恐怖や不安の気持ちが晴れたはずなのに浮かない顔をする優子。
『この人……私、何か忘れている気がする……』
そう心の中で独りごちた――。