『勘違いから始まる恋』第一章『恋の終わり』
第016話
バタン
夜中のコインパーキングに車の扉が閉まる音が響く。
「本当にうちで寝泊まりするの?」
優子は車から降りながら、後部座席でトートバッグを運び出す山本 学に聞いた。
ピピッ
車の電子ロックが掛かる音がするのを確認するとトートバッグとビジネスバッグを抱えた学が歩き出す。
2人はメンバーと食事が終わるとその足で学のマンションに一旦着替えなどを取りに行った。
今日から暫く学がストーカー対策のために優子のマンションで寝泊まりすることになっている。
学が自分を襲うなどということもない。
彼が居ることで安心して寝られ、もしかしたら本当にストーカーを捕まえられるかもしれないのだが、そこは優子も女子である。
男性を自分の部屋に泊める事に抵抗を感じていた。
それに瑛士との別れを乗り越え、AKBとしてのしっかりした自覚を持つために1人の時間が欲しかったということもある。
優子が、そんなことを考えていると駐車券を取った学は優子の方へ振り返る。
「別に嫌なら、車で寝泊まりするから安心しろ」
和やかに笑う学も内心優子の部屋に泊まることに抵抗感があった。
仕事が多忙なこと、そして今回の件で心労が重なっているであろう彼女を休ませたかった。
しかし、以前あったストーカー事件とは違い危害が加えられる可能性があるのなら、マネージャーとして兄として守りたいとも考えていた。
その二つの考えが学にこんなことを言わせていた。
「学にそんな非道いことする訳ないでしょ!」
「だよなぁ~、さすが優子はやさしいな」
頬を膨らませ抗議する優子を茶化しながら、学は心の中でなにがあろうと優子を守ると決意し歩き始めた。
優子は歩きながら今回のストーカーの件について学から説明を受けていた。
今回、事務所が警察に依頼したのは本格的な捜査の依頼ではなく、マンション周辺のパトロール強化と時間限定になるが警官2人によるマンション付近での待機となっていた。
優子は話を聞き、捜査などの大規模なものではないにしても、警官がマンション付近で警官が待機し学からの連絡で駆け付けるというのだから、優子のように警察にお世話になったことのない者からすれば大袈裟に感じた。
「そこまでしなくても……」
優子がそこまで言うと、学はため息交じりに言った。
「優子……過去にストーカーに被害に遭っただろう。 あの時は危害などは加えられずに済んだ。 そうだよな?」
「うん……」
「でも今回は違う。 優子は二度も追われた。 違う?」
「違わない……」
「それじゃあ、警察に協力してもらうのは大袈裟?」
「大袈裟……じゃないです」
ここまでは答えを誘導するように強い口調で言った学だが、優子は最後まで周囲に迷惑をかけまいとしている姿を見て口調が優しいものに変わる。
「無理は承知だけど、優子は自分1人だと強がってしまう。 だからこれぐらいが丁度よいんだよ」
「学……あっ……」
優子の笑みが一瞬で消え歩みが停まってしまう。
2人がいたコインパーキングはマンションの下方に位置しマンションまで5分程度の道のりなのだが、途中どうしても優子が追いかけられた坂を歩いて通らねばならない。
そして2人は今その場所にいた。
優子は学の腕にしがみつくようにして目を伏せながら歩く。
その優子の姿が学には痛々しかった。
「優子、大丈夫だよ。 俺が付いているから」
先程にもまして優しい笑みを浮かべる学。
「そうだけ……そうだね」
学の温和な笑顔と強い何かを秘めた瞳を見た優子は、不安から安堵の表情に変わる。
学の強い意志を持った瞳に見つめられると温かい何かに包まれているような錯覚することがある。
それは学の持つ人柄と合気道有段者が持つ強さが滲み出ているのかな、などと優子は感じていた。
ピッピッピッピッ、ピー
マンションのオートロックが開く。
エントランスの窓に反射する学が周りを警戒するようにキョロキョロしている。
「クスッ」
自分が見ていないところではしっかり
「何事もなかったね」
結局マンション内に来るまで何も無く緊張が解けたのか、後ろを歩く学の方を向きながら
後ろ歩きをしながら歩いていた。
「危ないぞ」
「平気平気」
エレベーターホールに敷かれていたカーペットに足を取られた優子が後ろに倒れそうになる。
「きゃッ!」
悲鳴をあげた優子だが受け身をとれる体勢ではなかった。
痛みを覚悟し目を瞑るが、衝撃がこない。
その代わり片手が引っ張られていた。
恐る恐る目を開けると学が片手を引っ張り優子が倒れるのを防いでくれていた。
「ほら、言わんこっちゃない。 平気か?」
「うん、平気。 あはは、ごめんね」
「ったく、気をつけろよ」
そんなやり取りをしながら2人はエレベーターを待っていた。
………………
…………
……
「でね、あっちゃんったらビックリしちゃって」
「あの前田がねぇ」
ピンポーン
談笑しながら到着したエレベーターに乗り込む2人の後ろで、ゴミ捨て場に通じる勝手口の開く音が聞こえ人影がそこから入ってきた。
優子は学と会話に夢中で、さして入ってきた人物に注意を払っていなかった。
しかし、学はマンション内で優子がストーカーに遭遇していると聞いていたこともあり、念のため優子に確認させた。
「優子、あの人はマンションの住人か?」
「え?……」
入ってきたのは長袖のパーカーにジーンズというラフな格好の男性だった。
「!? 早く閉めて!」
男の顔を見るなり優子の表情が強ばり、突然学に扉を閉めるようにと叫んだ。
「えっ!?」
突然のことで学は優子の顔を見る。
「早く!」
そういうのが早いか、優子は学を押しのけエレベーターの“閉まる”ボタンを何度も押す。閉まる扉の奥で男がこちらを見ていたのが見えた――。