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『勘違いから始まる恋』第一章『恋の終わり』

第015話

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ジュー、パチパチ……

 部屋には肉の焼けた香ばしい香りが漂っていた。

「ちょっと、ともちん! それ私の大事な肉!」

「私の領地に入ってる優子が悪い! んふ、おいし♪」

「くやしいぃ!……あっ、これもらい!」

 ぱくっ!
優子は板野 友美に育てていた肉を取られ悔しがったが、視界に横山 由依の焼いていた肉を見つけ食べてしまう。

「あー! なにしはるんですか! それもっと焼いて食べようと取っといたのにぃ」

「早い者勝ちで~す♪」

「しゃあないですね……」

 取られたことに非難の声をあげるが、おっとりしている由依は次の肉を焼き始める。
そんな調子で、このテーブルでは由依が焼く係をしているようだった。

 “女王”篠田 麻里子推しだという秘密を知られた山本 学は、本人への“口止め料”としてメンバー全員に焼肉を奢らされていた。
運動後でお腹の空いているメンバー達が、一堂に会した焼肉屋は修羅場と化していた。

 学はその光景を見ながら、個室を借り切って良かったと安堵していた。
“国民的アイドル”が肉を奪い合う光景など見せられるわけがなかった。

 一方、Team Kキャプテン 秋元 才加が世話係をするテーブルでは宮澤 佐江、梅田 彩佳に“仁藤 萌乃”や“内田 眞由美”そして“田名部 生来”が次々と皿を空けていた。

「野菜も、「おじさーん、カルビ2人前追加で~」……」

「野菜を、「こっちも、ミノ1追加で~」……」

 才加は肉だけ食べていくメンバーに野菜を食べさせようとするが、一向に減らない野菜を目の前にし一言いおうと口を開くが、萌乃と彩佳がそれぞれ好きな肉を注文する声にかき消される。
その状況に才加のこめかみが僅かにヒクヒクと動く。
肉に夢中だった佐江は、才加のこめかみがヒクヒクしていることに気付かぬまま自分も注文しようとする。

「あっ、こっち「みんな? 健康のためにも“野菜”も食べましょうね……!」」

 佐江の注文を遮るように、才加の低く呻るような声がする。
テーブルにいたメンバーの箸がピタッと止まった。
メンバーは恐る恐る才加の表情を見ると、声とは裏腹に才加は笑顔だった。
だが、その裏に“怒”という感情が見え隠れしているのが見えたメンバーの行動は素早かった。

「……おじさん、やっぱりカルビなしで……」

「こっちもミノはキャンセルで……」

 注文した肉を次々とキャンセルしていく萌乃と彩佳。
その横では佐江が既に大人しく野菜を焼き始めていた。
それを見た他のメンバーも残った野菜を網に乗せ始めた。
才加が光景を満足そうに眺め一言呟いた。

「それ食べきるまで肉はなしね」

「「「「「えぇ~!」」」」」

 才加を除くメンバー全員が悲痛の叫びを上げていた。

「……それにしても他に比べて静か過ぎるぐらい平和だね。 ここのテーブルは?」

 峯岸 みなみは周りのやかましいテーブルを見てそう呟くが、誰からも返事がなかった。
このテーブルにはみなみ以外に“松井 咲子”や“菊地 あやか”に“野中 美郷”それに“中塚 智実”など、大勢メンバーがいるにも関わらず誰1人としてみなみを見る者はいなかった。
その代わり、全員の視線の先には肉があり、焼けるのを今か今かと見つめている。

ジュー、ジュー

 網の中心にあった肉が良い頃合いになったとき、みんなの箸が一斉に動く。

ガシッ!

「やった! いっただきま~す!」

 勝利の雄叫びをあげたのは咲子だった。
他のメンバーは悔しがりながらも横目でしっかり次のターゲットにロックオンしていた。

「おいしぃ~」

 満足そうな咲子と、他のメンバーを見ていたみなみは「こっちも似たようなもんか……」と溜息を一つ吐いた。

「食った、食った」

「お腹叩くの止めな佐江……優子も真似しない!」

「いいじゃん。 お腹いっぱいなんだから~」

 食事も終わり、食後のお茶を楽しんでいるメンバー達。

「はぁ……麻里子様のグッズ買えないな……おーい、支払い終わったから出るぞ」

 会計が終わった学は肩を落としつつメンバー達に声をかける。

「じゃあ行こっか」

「優子、ちょっと待って!」

 学に促され、部屋を後にしようとする優子を才加が呼び止める。

「優子あげる」

「どうぞ、優子はん」

 才加が言うと隣にいた由依が手に持った“ドンキホーテ”と書かれた紙袋を渡してきた。
2人の後ろには、佐江や友美、彩佳がニコニコしながら立っていた。
メンバーから突然に紙袋を渡され驚いたが、内心ずっと由依が持っていたそれが気にはなっていた。
それがまさか自分への贈り物だとは想像していなかった。

 優子は「ありがとう」と言いながら受け取る。
袋を開け中を確かめようとしていると、ふわっと誰かに抱きしめられた。

「私たち優子の力になりたいけど、何かできるわけじゃない」

「だから、せめて少しでも優子の役に立つものは無いかって探したの」

 抱きしめられながら袋から顔を上げる。
才加と佐江が言っているのがストーカーの事だとわかった。

 優子の事を心配するメンバーだが、実際何かできるほど強くない。
だから、優子が公演後寝ている間に、メンバーはそれぞれ役立ちそうな物を選んだのだと才加が教えてくれた。

「ごめんね。 時間が無くてドンキで……」と佐江は言っていたが、何かしようと思ってくれる気持ち、何より心遣いが嬉しかった。

「ありがとう……みんな、ありがとう」

「泣かない泣かない、それよりも開けてみてよ驚くから」

涙を浮かべる優子を気遣い、みなみは袋を開けるように促す。

「うん!」

 半泣きではあったが笑顔が戻った優子は袋の中をみる。

『!?……』

 周りのメンバーは瞳を輝かせながら優子の反応をみているが、優子は皆の期待とは逆の意味で驚いていた。

 プレゼントその1“痴漢撃退本 その三”……。
『相手は痴漢じゃないし、それに一巻や二巻は?』

 プレゼントその2“今から身につける交渉術本”……。
『交渉できる相手じゃないよ』

 プレゼントその3“手錠”……。
『役に立ちそうだけど、絶対売ってたのアダルトコーナーだよね?』

 プレゼントその4“催眠スプレー”……。
『これは役に……『眠』じゃだめだよ。犯罪だよ?』

 中を見る度に頭をがっくりと垂れ脱力してゆく優子。
残るは1つ、期待せずに最後に出てきた物をみた。

 プレゼントその5“スタンガン”。
“箱には小型軽量で携帯に便利! しかも威力抜群! 貴女を守る最強の護身グッズ!”などと書かれた物が出てきた。

「どお優子? 役に立ちそうでしょ」

「“最後”のだけは役に立ちそう……でも、嬉しいよ。 ありがとう」

 優子や学を含め、その場にいた者全員が笑顔となっていた――。


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