『勘違いから始まる恋』第一章『恋の終わり』
第013話
「ふぅ……」
首にかけていたタオルで洗った顔を拭く。
優子は今、洗面所の大鏡に写る自分と対峙していた。
『今目の前に居る自分は、どっちの自分なんだろう?』
宮澤 佐江に全てを打ち明けたことが、自分の内に押し込めていた“本当の自分”を表に出してしまった。
“本当の彼女”はとても弱く、それを隠すためずっと“強い自分”を演じてきた。
それは彼女を更に臆病にし、いつしか“強い自分”を演じることが日常になっていた。
だから、弱くて臆病な“本当の彼女”を見つけられる者は少なく、その少ない1人がウエンツ 瑛士だった。
優しさの内に尊大さを持った瑛士は純粋で自分を慕う彼女を、手なずけた小動物のように大層可愛がった。
しかし、次第に“アイドル”へと成長する彼女が理想とは違うと感じ
遠ざければ遠ざけるほど、彼女は好かれようと努力し成長した。
そして“AKB48のセンター”として大きく成長した彼女を、飼いきれなくなり瑛士は捨てた。
捨てられた彼女は悲しみに暮れ、独りぼっちになった彼女は“AKB48”として成長する道を選んだ。
再び“強い自分”を演じ始めた彼女は以前より臆病になり、表に現れなくなっていた。
だが、彼女はそれで良いとさえ思っていた。
“弱い”ことが“原因”で、ファンを失望させ“AKB48”を、そして何よりメンバー達から夢を奪う可能性だってあるのだから。
その“原因”とは“スキャンダル”のことで、アイドルにとって致命的なものであり、その傷は本人にとっても所属する組織にも致命的なダメージを与えかねない。
それが若き女性100名以上を抱える大所帯であるAKBでは尚更の問題であった。
だから秋元 康は“恋愛禁止条例”を作った。
条例はメンバーが恋愛をする事を禁じるものであり、破れば自分が脱退に追い込こまれる厳しい規則だった。
「私は条例を破った……」
“弱い自分”は条例を破り瑛士と付き合った。
しかし、これが表沙汰になっていればAKBに居られなくなっていただけでなく、ファンを裏切り、AKBに夢を託したメンバーの未来を潰してしまうかもしれなかったのだ。
「しっかりしなくちゃ」
パンパン
自分の顔を叩き気合いを入れた。
鏡に映る優子の顔付きが先程とは変わっていた。
『佐江に見せたあれが“弱い”自分の最後』そう思いながら洗面所を出て行く。
だが、鏡に映る彼女の後ろ姿に、以前の弱さを残したままでいることを彼女は知る由もなかった。
ガチャ
洗面所から楽屋に戻ると、扉の前にメンバー数人が立っていた。
秋元 才加や峯岸 みなみを筆頭に、板野 友美や横山 由依、梅田 彩佳、そして佐江がいた。
何故か佐江だけは、ばつが悪そうにしている。
「優子!」
楽屋に戻った優子をメンバーが突然抱きしめた。
「!#$%&’……」
突然のことにビックリして小パニックになる優子。
「優子……1人で悩まないでよ。 私たちチームKのメンバーじゃない……」
「優子が悩んでいるの気づけなくてごめん」
「優子……ごめん」
「優子はん……」
「優子、私ら優子の味方やけんね」
「……」
「みんな?……あっ! さ、佐江!」
才加の言うことに思い当たる節があり、1人輪に入ってこなかった佐江を見る。
佐江は本当にすまなそうに顔の前で手を合わせ謝っていた。
「優子、私たちが佐江に無理矢理聞き出したの」
才加がそう言うと、そこに居たメンバー達は優子を抱きしめながら涙していた。
佐江からストーキングをされていると聞かされたメンバー達。
同じTeam Kのメンバーとして、何より女として、いつも明るく振る舞いムードメーカーの優子が、佐江に涙を見せる程苦しんでいたことに気づけずにいたことに心を痛めていた。
「私たちじゃ何もできないかもしれないけど相談して……ねっ?」
才加は抱きしめていた力を緩め、優しい微笑みを向けた。
「うん……才加ありがとう。 みんなもありがとう……」
他人のことで自分の事のように泣いたり笑ったりしてくれるメンバー達に囲まれ、自分は幸せなんだと実感しAKBのため、そしてメンバーのためにも自分のできる事を精一杯しようと優子は抱きしめ返しながら改めて思った――。