『世界がいくつあったとしても』
第9話:「西野……七瀬です」
カチャッ
シャワーを終えた七瀬が、白いバスタオルを躰に巻きリビングへと戻ってきた。
もう一枚で髪に残る水分を拭くと、それをくるりとヘアキャップのように髪を包み頭に巻き付けた。
その姿のまま七瀬は、ペタペタと素足でリビング脇のキッチンへ行くと、冷蔵庫のドアを開け飲料ラックのミネラルウォーターを取り出す。
キャップを開けると、シャワーで失われた水分を求める身体に、勢いよく流し込んでいく。
コクコクと、七瀬の喉が僅かに上下する。
その首筋より下、胸元にかけて露わになった白い肌も、今はほんのり桜色に色付いていた。
その下は薄地のバスタオルが躰を包み込んでいるが、七瀬の均整のとれた無駄のないスレンダーな躰のラインがはっきりと見てとれる。
「ふぅ……」
喉の渇き充たされ一息吐いた七瀬は、ペットボトルを捨てると再びリビングに戻る。
リビングでは点けっぱなしのテレビから、この時期ならではの“保湿”をテーマにしたビューティー系番組が流れていた。
普段なら興味を持つのだが、先程あったLINEの一件からかシャワーを浴びても疲れがとれず、番組の内容もろくに頭に入って来なかった。
「あかん。 今日は、はよ寝よ……」
テレビを視界に入れながら興味どころか気怠ささえ憶えた七瀬は、小さく呟くと巻いたバスタオルを取り去り髪を乾かし始めた。
………………
…………
……
暫くし、手早く就寝の準備を終えた七瀬が、暗闇と静寂に包まれた寝室へと入ってくる。
手探りもせず慣れた様子で、ベッドサイドテーブルにスマートフォンを置く。
ドサッ
ベッドに身を預けると、ふかふかとしたマットレスが七瀬の身体を程良い弾力で受け止める。
一度はマネージャーからのLINEで、乃木坂46の一員としての責任を果たさなければと冷静になった七瀬。
ところが、シャワーを浴びながら目を瞑る七瀬の脳裏に、今日の出来事が走馬灯のように掠め、その度決意が揺らぐ。
結局、自分がどうすべきか見出せないまま七瀬の心には不安ばかりが募っていくが、それとは裏腹に肉体が疲労を訴え彼女を眠りへと誘う。
「どうしたら、えぇ……んや……ろ……」
そして、程なくし七瀬は言葉を言い終えることなく眠りへと落ちていった。
………………
…………
……
それは唐突だった。
ガバッ!!
「って、なん今の!?」
眠りから突然目覚め七瀬は、それまで見ていた夢の内容に驚いていた。
「夢……なんよね……」
口づけを交わした唇に残る僅かな感覚は夢にしては
「隼人……」
七瀬の夢に出てきた相手は、昼間“初めて”出会った“
夢の中で二人は“恋人同士”であり、まるで今日の出来事を知っている口ぶりをしていた。
しかも、夢の中のナナは過去の
「どの世界のナナもハヤトが大好き……か」
だが、最初こそ突拍子もない状況に驚き飛び起きた七瀬も、反芻したナナの言葉が不思議と胸にストンと落ちるものを感じた。
同時に、先程まで一緒だったハヤトと離れ離れになってしまったことに対し寂しさを感じていた。
「あっ……」
そこで、七瀬はあることに気付く。
それは、彼が居ないことを寂しいと思う気持ちが、初めてではないことに。
“初めてなのに、初めてではない感覚”。
初めて隼人と会った筈なのに感じた懐かしさや、奈々未に連絡先を渡していることに恋人でもないのに嫉妬したときも、全て同じ感覚を抱いていたのだ。
だが、それは
分からないことだらけの状況に悩み込んでしまうかと思われたが、それからの七瀬の行動は早かった。
サイドテーブルに置かれたスマートフォンを手に取ると、LINEを開き友達検索画面を呼び出す。
そして、先程は途中まで紙を見ながらだったIDも、今はスラスラと何を見ることもなくフリックしていく。
クルクルと検索画面がでると、一瞬して先程と同じ“新城 隼人”のアイコンが結果として表示された。
『やっぱり……』
一度はIDの書かれた紙を途中まで見ていたとはいえ、二度目を全く見ずに打つことは余程物覚えが良くても難しい話。
それを自分でも意識しないままスラスラと入力できたのは、やはり彼を知っているんだと七瀬は確信した。
チラリとスマートフォンの時計を確認する。
“AM3:25”
『迷惑かな……せやけど!』
その時刻に一瞬躊躇ったものの、思い切ったように画面に触れる。
“新城 隼人”が新たに七瀬のLINEの友達欄に追加される。
“何故”“どうして”
今の七瀬にそれを導き出す術はないし、悩んでいても何も変わらないまま時間は過ぎていってしまう。
だから、七瀬のすることは一つだった。
“新しく追加された友達”欄の隼人をタップすると、“無料通話”のボタンを押した。
♪♫~♬♩~♪♫~♬♩~……
耳元で呼び出し音が鳴り続ける。
♪♫~♬♩~「んぅ……もしもし、新城です……」
暫くすると呼び出し音が止み、スマートフォン越しに声が聞こえてくる。
その声を聞いた七瀬は、ゆっくりと口を開いた。
「あの……西野……七瀬です」