『世界がいくつあったとしても』
第24話:「何か隠してへん?」
「よっと」
「荷物はそれで全部なん?」
「うん」
隼人は所狭しと並んだコインロッカーの1つからキャリーバッグを取り出す。
隣で見ていた七瀬が荷物について聞くと、隼人はそう頷いて見せた。
“生まれて初めてこんな数のコインロッカーを見た”
そう隼人が発言するように2人の周りには何百というコインロッカーが立ち並んでいる。
ここは東京駅にあるコインロッカーの設置された一角。
都会それも東京駅という日本最大の利用客で溢れ喧噪にまみれた中にあって、大量に並べられたそれらが遮蔽物となり少しの静けさがここには存在していた。
そんな場所へ2人は隼人の荷物を取りにやって来ていた。
七瀬は隼人がキャリーバッグの他には何も持っていないことに不思議そうな表情を見せる。
「そうなんや。 ところでお土産とかはもうこうたん?」
「あっ……えっと、空港で買おうかなって」
七瀬の最もな疑問に隼人は内心焦りを感じ、咄嗟に思い付いたことを口走っていた。
「確かに荷物になってしまうんもんな」
咄嗟の思い付きに感心したように相槌を打つ七瀬に、隼人は何とか誤魔化せた事に安堵していた。
隼人が何を誤魔化しているのかと言うと、事の始まりは駅へ向かう途中の出来事にあった――。
………………
…………
……
隼人は始めディナーを食べ終えると最寄り駅で別れるつもりでいた。
なにせ七瀬はあの“乃木坂46”の“
それに何より隼人には“ある事情”があって、七瀬とは長居できない理由があった。
とはいえ本音を言えば隼人もここで別れたくはなかった。
夢にまで見た“
繋ぐ指先から伝わる彼女の温もりに、七瀬と自分が現実世界でも恋人になったという事実を噛み締めていた。
そして“別れたくない気持ち”と“長居が出来ない現実”に悩んでいた。
一方、隼人の気持ちなど七瀬が知る由もなく、荷物の所在やらそこまでの移動はどうするのだとかを聞いてくる。
七瀬の問いにそんなことを何故聞くのだろうかと少し疑問に思いながらも、楽しげな彼女を見て隼人は疑問を口にせず、深く考えることも止めた。
『なんにせよ駅で別れることになるんだから……』
その代わり隼人は荷物を東京駅のロッカーに預けていることや、そこまでは手持ちの“Kitacaカード”で行けることを説明をした。
しばらくそんなやり取りが続けていた2人の前に駅舎が見えてくる。
『もうそろそろお別れか……』
隼人はそんな風に思いながら駅に向かって歩いていた。
そして、隼人達は駅の改札の前にたどり着く。
ここで隼人は駅まで送ってくれたことにお礼を言おうと立ち止まろうとした。
ピッ
ところが七瀬は改札前へ来たと言うのに立ち止まるどころか、そのまま改札を通り過ぎたのだ。
さも当然だと言うように自然な所作で改札を通り過ぎる七瀬に、手を繋いだままであった隼人は驚く暇さえないまま、コートのポケットから先程話していたKitacaカードを咄嗟に出し彼女に続いた。
ピッ
「ちょっ――」
2人して改札を通ったものの七瀬の行動の真意が分からなかった隼人は数歩の内に立ち止まり、周囲にバレないように彼女の耳元に顔を寄せ“七瀬”と小さな声で名前を呼んだ。
「なん?」
「えっと……」
すると隼人の呼びかけに反応した七瀬は不思議そうに顔を傾げる。
その七瀬の表情と仕草があまりにも可愛らしく、隼人は続く言葉が出てこなくなってしまう。
「?」
隼人は“ここでお別れを”と言葉を続けようとするも、七瀬が黙っている自分を覗き込むように左右へ顔を傾げる仕草をするものだから、それに見とれ何も言えなかった。
「ほら、電車来るみたいやで、いこ」
そんな隼人の手を七瀬は引っ張りホームへ、そして電車に乗ってしまった。
………………
…………
……
こうして東京駅のコインロッカーの前に2人で居るのだった。
結局、隼人は駅で別れるどころか長居できない理由を七瀬に伝えられていない。
「……そうそう、荷物になるからね」
そして、ここでも言えないまま言い訳を重ねていた。
「あっ、空港は羽田なん?」
言い訳をしているとは知らない七瀬は続けて疑問を口にする。
こうなると隼人も逃げ口上一片になっていく。
「う、うん。 そうだよ」
「なら、ななも空港までいく。 お見送り!」
「!?……いや、そんな悪いよ」
「えー、なんでよ?」
「だって今日もお仕事だったんでしょ? 疲れてるだろうからさ」
「疲れてへんし。 それに少しでも長く一緒に居りたいやんか」
「うーん、そうだけどさ。 年明けたらまた東京くるんだよ?」
「……」
まだ一緒に居たいと一生懸命伝えても隼人に曖昧な言葉で濁されてしまう七瀬。
どちらかと言えば拒否されているとさえ感じられ、隼人がそんなに自分のことを好きではないんじゃないか、そんな考えまで過っていた。
しかし、そんな考えが浮かぶと同時に脳裏を掠めるとある“
それは隼人が嘘や隠し事をしている時にする無意識の癖のようなもので、今しがた目の前で同じ仕草をしていたのだ。
恋人になったとはいえ出会ったばかりの相手の癖など知るはずがないのだが、七瀬は何故かそれが正しいように感じられた。
そういう目で見てみると隼人は確かに何かを隠しているように見え、七瀬はそんな彼へストレートに問う。
「……なんか隠してへん?」
「い、いや、そんなことは……」
「なんで目逸らすん?」
「勘違いじゃ――」
「女の勘はあたるん知ってるやろ?」
追及に対し言葉を濁し目を合わせようともしない隼人に、七瀬はズイッと顔を近付け強制的に目を合わせる。
「そ・れ・で?」
「……分かったよ」
隼人は七瀬の圧に負け、観念したように事の顛末を話し始めた。
「実は——」