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『世界がいくつあったとしても』誕生記念:第一弾

おまけ

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 七瀬が蝋燭の火を消し終わると、テーブルにはこの時のために作られた料理が所狭しと並べられた。
その後、優里の音頭で乾杯も恙なく済むと、皆料理と酒を楽しんだ。

「はぁ~、幸せ。 特にこのアクアパッツァとかめっちゃ美味しかった。 奈々未が作ったの?」

 優里は感嘆の声を上げ、オードブルや肉料理などが並ぶ皿の中から魚料理を指すと、隣でワインを飲んでた奈々未に声を掛ける。

「ん? 違う違う。 それもこれも全部、隼人の手作り。 あたしらはただ手伝っただけ」

 声を掛けられた奈々未は近くに居た圭子と自分ではないと言うように、苦笑し手をヒラヒラさせ否定すると作った本人を指差す。
指す先には、一実やまりえ達と会話する隼人の姿があった。

 作ったのが隼人だと知ると、優里はもう一口頬ばり冷めても美味しさを失わないその料理に唸った。

「まじ? 全部? こんなものまで作れるとは“はやとっち”恐るべし」

「ん? どうしたんです?」

「優里があんたの料理美味しかったって」

 優里がいつの間にか付けた愛称で隼人を呼ぶと、テーブルを挟んで座る本人が反応をみせる。
だが、何を言われたのか分かっていない様子の隼人に、奈々未が優里に代わって説明する。

「本当ですか? 嬉しいです。 でも、奈々未さんや圭子が、手伝ってくれたから出来たんですよ」

「いやいや、あんたあたしより上手いっしょ」

「そうなの? うちにも1人欲しいわ」

 すると、隼人はその説明に違うとでも言うように手でジェスチャーをしながら謙遜するも、普段の料理の腕前を知る奈々未からはジト目で反論されてしまう。
そんなやり取りを見ていた優里だったが奈々未の腕前も知っていたから、彼女にそこまで言わせる隼人に感心し、何気なく冗談交じりな事を言う。

「あかんわ」

 そこに横から七瀬が会話に入ってくる。
しかも、話に入ってくるだけでなく、いつの間にか隼人の後ろに来ていた。

「減るもんじゃないし良いじゃん」

 七瀬の声のトーンに本気さが混ざっているのが面白かったのか、そんな状況を見ていた陽菜も優里のように、冗談交じりにツッコミを入れる。

「減る! 隼人はななのやから、絶対あかん!」

 だいぶお酒が入っているのか冗談も通じず、目の据わった七瀬が感情を露わにする。
しかも、優里たちから隼人を守るとでも言うのか、庇うように胸に抱き周囲を威嚇するように眉間を寄せた。

「どんだけ好きなんだよ」

 そんな七瀬に対し、純奈は意に介した様子もなく、逆にその大胆な行動にツッコミを入れる。

「大好きに決まってるやろ」

 純奈の言葉に、酒の力によるものか普段では口に中々出しそうにない言葉を、人前で素直に言ってのける七瀬。
各々の中にある七瀬の人物像からは想像もつかない言葉に、隼人や奈々未、圭子を除くその場に居た一同は驚きの表情を見せる。

「……それより優里、“はやとっち”ってなん?」

 ところが、七瀬は自分の発言に驚いている一同のことなど無視し、与り知らぬ所で勝手に付けられた隼人の愛称に対し噛み付く。

「あー、最初に会ったとき“はやとっち”って呼んだら応えてくれたから」

 矛先が自分に戻ってくるも、悪びれた様子もなく寧ろ楽しそうにそう答える優里。

「隼人! どういうことやねん」

 優里の言葉に七瀬は胸に抱いていた隼人を引き離し、肩を揺さぶりながら問い詰める。
すると、暫く七瀬の揺さぶりに目を瞑り身を任せていた隼人だったが、やがて揺さぶりが弱まった所で目をパチクリさせながら口を開いた。

「七瀬の大事なお友達だし、仲良くしたらダメだった?」

「……」

 普段様々なことを思案しながら、言葉を慎重に選んで喋る隼人。
そんな隼人が時折見せる無邪気さは、普段甘える側の七瀬にとって新鮮で、彼が見せる数少ない年下相応の姿に胸が高鳴り返す言葉が出てこない。
付き合って2年が経とうとしているのだが、未だこういったことでドキドキすることに、改めて七瀬は自分が隼人に惚れているのだと自覚した。
何も言えなず黙り込む七瀬だったが、返答を待つように見つめてくる隼人の視線に耐えきれず、みるみる内に顔が朱くなっていく。

「隼人、ワイン出してきてよ。 なくなっちゃった」

 そんな見つめ合う2人の前に、突如空になったグラスを持った奈々未が割り込んでくる。

「赤で良い?」

「うん、お願い」

 姉が弟に接するかのようにフランクな会話をする奈々未。
隼人はそんな奈々未の態度を気にする様子もなく、「わかった」と返事をすると椅子から立ち上がる。
立ち上がった隼人は、入れ替わるように七瀬を自分の座っていた椅子に座らせた。
去り際にさも自然に、七瀬のおでこへ軽くキスをし、台所へと消えていった。

 取り残された七瀬はおでこへのキスという意表を突かれ、「うー」と何とも言えない様子で顔を真っ赤にさせ、その背中を見送っていた。

「なぁちゃんの操縦法完璧だね」

「確かに、あぁされたら何も言えないかも」

 一連の様子を隣で見ていた一実とまりえが、感心したように話し合っていた。

「愛されてるねぇ、七瀬は」

「あんな浮気もん知らん」

 奈々未は、七瀬の座る椅子の背にもたれ掛かり、空になったグラスを揺らしながらニヤリと意地悪い笑みを浮かべる。
七瀬はそんな奈々未の言葉に、ぷいっとそっぽを向く。
だが、顔を真っ赤にして言う七瀬の言葉に微塵も説得力はなく、それを見て奈々未の意地悪い笑みが増す。

「そんなんじゃ、誰かに隼人盗られるよ」

「知らん」

「あっそう。 なら、あたしが盗っちゃおうかな~」

 顔を真っ赤に強がり続ける七瀬が意地らしく、奈々未は彼女の耳元でわざとらしく囁く。
言葉が言葉だけに、七瀬はぱっと奈々未の顔を見るが、行動を予期していたように、彼女のニヤニヤとした表情が待ち構えていた。
盗る気などさらさらないことを知る七瀬だったが、ムッとしていたこともあってか思わず言い返した。

「……あんたには旦那が居るやろ」

「七瀬……それまだ秘密ないしょ

 すると、その言葉を聞いた奈々未は、一瞬だけ驚いたような表情を見せる。
だが、七瀬のムッとした表情を見て、何か納得したのかあっけらかんとした表情で言う奈々未。

「あっ……」

 奈々未から言われ七瀬は失言に気付くも、周囲の視線が既に自分に集まってしまっていた。

「まぁ、近々みんなには言おうと思ってたから良いんだけど」

 先程までとは打って変わって失言でしゅんとなる七瀬に、責めることもなく変わらぬ表情を見せる奈々未。

「ごめん……」

「なになに旦那って? 奈々未も彼氏いるの?」

 七瀬がすまなさそうに謝る中、聞こえてきた言葉に敏感に反応する優里が、2人の話に割り込んできた。

「違う違う、籍入れるの」

「「「「「「えっ!?」」」」」」

 まるで呼吸するように入籍の報告を奈々未がすると、予想だにしなかった内容に七瀬と圭子を除く一同が驚愕する。
そんな中、奇跡的に回復をしてのけた優里が、奈々未に相手を尋ねる。

「だ、誰とよ?」

文春砲しゅうかんしの相手」

「えっ? あのSMEの偉い人?」

「そう、その人」

 優里の質問にケラケラと笑って答える奈々未に、畳み掛けるように陽菜が質問責めをする。
それさえも面白いのか、奈々未は笑顔を崩さぬまま躊躇もなく答え、一同はその潔さにも驚いた。

 そんな奈々未に驚いていた一同だったが、純奈が何かに気付いたのか疑問を口に出す。

「あれ? でも……あの人結婚してるんじゃなかった?」

「そうそう、前に何かの打ち上げに来たとき、お子さんがいるとかって言ってた気がする……」

 純奈の発言に、かりんも思い出したように以前あったことを口にした。
2人の話を総合すると、奈々未の相手は既婚者でしかも子供もいるということになり、世間一般ではそれを“不倫”という。
一実は、まさか奈々未がそんなことをするなど思ってもみなかったので、少し眉を寄せた。

「それって本当なのななみん?」

「うん……って、一実なんでそんな怖い顔してんの?」

「だって、それって……」

 そこまで一実が言いかけた言葉はきっと“不倫”だろうことは、奈々未にも容易に想像かついた。
すると一実が続く言葉を口に出す寸前、彼女たちの前にワインボトルがスッと現れた。

「はい、奈々未さん。 そう言えば、息子さんとはもう会ったの?」

「サンキュ……挨拶がてら、この間会ってご飯してきた」

 タイミングを計ったように現れた隼人は、奈々未に話しかけながら空になった彼女のグラスにワインを注いでいく。
トクトクという音と共に、ワインが奈々未のグラスを満たしていく。
その様を見ながら、聞かれたことに顔色を変えることもなく答える奈々未だったが、心の内で隼人にもう一度礼を述べていた。
何故ならば、普段から気を利かせることに長けている隼人。
それが一実の話を意味もなく遮るとは思えず、割り込むことで誤解を解くように事情をさりげなく周囲に伝えてくれたのだと思ったからであった。

「息子さんと会った? えっ?」

「その人、以前に奥さんを亡くしてるの。 だから、普通にあっちは再婚って訳」

「そうだったんだ……ごめん! ななみん」

 案の定、2人の話を聞いていた一実が驚きの声を上げ、奈々未はそんな彼女に事情を説明した。
すると、一実は自分が大きな勘違いをしていたことに気付き、顔の前で両手を合わせると本当にすまなさそうに謝る。

「良いんだって。 みんな知らないことだし。 それに週刊誌に載って乃木坂46みんなにも迷惑かけたしさ」

 奈々未は、うがった見方をしがちな自分の性格とは真逆、竹を割ったような性格の一実を好いていた。
そんな一実が、自分と相手の話を聞けばどういった反応をするかなど、分からない奈々未ではなかった。
だから、それに対し奈々未は、気にした様子を見せはしなかった。

「でも……」

 一方、気にしていないと言われても、真面目な一実の表情は晴れない。
口にしかけた言葉が言葉だっただけに、軽い勘違いだったで済ませられない性格の一実は言葉を濁す。

「何にしても、めでたいってことじゃん!」

 暗くなりかけた雰囲気を破るように、優里が嬉しそうにする。
周りも優里の一言に、“そうだね” “おめでとう”と口々に奈々未に祝詞を伝えていく。
その中にいて、やはり一実だけは、周囲と温度感が異なる視線を奈々未に向けていた。
別に嫌っているとかではなく、未だに自分の口にしようとした言葉に囚われているのだ。
真面目が故の状況だったが、奈々未は少し俯き加減の一実の様子に苦笑する。

「一実は祝ってくれないの? 」

 そう言うと、奈々未は一実の顔を覗き込む。
真面目な一実の事だから、そうすれば顔を上げるだろうと践んでいた奈々未。
その読み通り、一実は俯いたままだったが視線だけ上げ、視線の先にあった奈々未と目を合わせることになった。

 ニコリ
奈々未は一実と目が合うと、笑みを浮かべた。
まるで、その笑みは“大丈夫、怒ってないよ”とでも言うように優しいものだった。
その笑みの柔らかさに一実は視線だけでなく顔も上げると、奈々未に最高の祝詞と笑顔を送る。

「おめでとう、ななみん」

「ありがと」

 一実の言葉に、奈々未も嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、その場は七瀬の誕生に続き、再び幸せな空気へと変わっていた。

「奈々未さん、そう言えば旦那さんの息子さんって何て名前です?」

「うん? 確か“俊哉”君だったよ。 なんで?」

 ところが、そんなお祝いムードの中、隼人が唐突に関係なさそうな質問を口にする。
奈々未は何故そんなことをと不思議に感じながらも、“義理”の息子となる男性の事を思い出し答える。

「その人、うちの大学の先輩なんですよ」

「「はっ?」」

 こんな近くで繋がりがあることに奈々未は思わず驚きの声をあげる。
だが、驚きの余り声をあげたのは奈々未だけではなかった。
まるでユニゾンするかのようなもう一つの声に、異なる意味で驚いた奈々未は、声がした方へと視線を移す。
すると、視線の先には圭子がいて、目をパチクリさせながら困惑した様子で、彼女もまた奈々未を見ていた。

「圭子?」

 奈々未は、圭子のその困惑した様子の理由わけが理解出来ず、問いかけるように名を呼んだ。

「圭子さ、俊哉先輩に何か言われたでしょ」

 ところが、そこに圭子が何かを答える前に、隼人もまた被せるように話しかける。

「あ……えっ!? な、何で隼人が知ってるの?」

 困惑に意識を取られていたのか、奈々未の問いかけで我に返った圭子。
そこに続けざま言われた隼人の言葉の意味を理解すると、今度は動揺へと表情が変わっていった。
知らないはずの秘密を知られたとでも言うように、隼人へ怖ず怖ずと尋ねる圭子。

 困惑から動揺へコロコロと変わる圭子の様子と、先程から一向に解決されない疑問に些か眉をしかめる奈々未。

「一体どうしたっての圭子?」

「実は、この間……俊哉先輩に告白されて……」

「は? それで圭子は何て答えたの?」

 圭子の言葉に目を丸くする奈々未。

「えっと……“はい”って……」

 そこまで言った圭子の表情に、告白された事実に対する感情を思い出したのか、困惑の中に少し嬉しそうな感情が混じる。
奈々未は思わず天を仰いだ。

「おぉ、それって……」

 それまで事の成り行きを静かに聞いていた七瀬が、奈々未とは対照的にふぁっと色めきだつ。

「ん? ごめん。 全然話が見えないんだけど……」

 だが、一部の事情を知らず話に取り残された者たちにとって、突如として何故に七瀬が色めきだったのかなど分かるはずもなく、“?”マークを浮かべる他なかった。
そんな状態だからであろうか、優里が誰かに言うでもなく疑問を口にした。
すると、それを聞いた隼人が、徐に口を開いた。

「奈々未さんの結婚相手の息子さんというのが、圭子の彼氏になった大学の先輩なんです。 ということは、もし圭子とその先輩が結婚したら、圭子と奈々未さんが親子ってことになるんです」

「「「「「「おぉっ!!」」」」」」

 頭に“?”マークを浮かべていた優里、一実、陽菜、かりん、純奈、まりえの面々。
掻い摘まんでの説明であったが、それを聞き事情を把握すると、七瀬同様色めきだった。

「圭子と奈々未が“嫁姑”って」

 面白い物を見ているとでも言うように、ニヤニヤとする七瀬。
その様子を見た奈々未は、今後の事を思うと目眩にも似たものを感じ顳顬こめかみを押さえた。

「どうして隼人は俊哉先輩が、私に告白したことを知っているのよ」

「あぁ、それ? 実は前から先輩に圭子とのことで、相談受けていたんだよね」

「……隼人、あんたうちの旦那にも相談されてなかった?」

「はい、受けてました」

 あっけらかんとした様子で、圭子と奈々未の質問に答える隼人。
その実に公明正大な笑顔に、奈々未は眉間に皺を寄せ逆に訝しむ様な言葉を放つ。

「まさか……あんた仕組んでないでしょうね?」

「いやいや、とんでもない。 “アドバイス”はしましたけど、最後に一歩踏み出したのはご本人ですよ」

 だから、安心してください、とでも言うようにニッコリと微笑む隼人。
これ以上ない笑顔で言われては、それ以上追及できる訳もない奈々未。
何より圭子と奈々未は同郷であり、今では親友なのだ。
同じ男性を好きになった訳でもなく、年齢の近い嫁姑おやこという位の問題しかない。
奈々未は苦笑交じりの溜息をつくと、受け入れたと言わんばかりに、圭子へ肩を竦めて見せた。

「まさか、圭子と親子になるかも知れないなんてねぇ……」

「その時は宜しくお願いしますね……“お義母様かあさま”」

 圭子の何処かわざとらしい言い方に、“あんたもその気になってんじゃないわよ”と思うものの、くすぐったい気持ちと意外にしっくり感じることに、奈々未は苦笑した。
そして、改めて自分が結婚するのだという実感と、同時に何かを思い付いたのか口角をあげる奈々未。

「隼人、七瀬。 あんたらの仲人は私たちでやってあげるから安心なさい」

 そう言って、意地悪そうな笑みを浮かべるのだった――。

終わり


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