『世界がいくつあったとしても』誕生記念:第一弾
25th -後編-
バンっ!
リビングのドアが勢いよく開かれたかと思うと、烈火の如く怒りを露わにした七瀬が部屋へと入ってきた。
「ちょっと、はや――」
パン! パンパーン!!
ところが七瀬が部屋に足を踏み入れた途端、破裂音と共に視界に何かが飛び込んでくる。
「ひゃっ」
「「「「「「「「「「七瀬(なぁちゃん)誕生日おめでとー!」」」」」」」」」」」
突然のことに小さな悲鳴をあげる七瀬だったが、幾人もの声がそれを掻き消した。
「えっ?」
色とりどりのリボンや、キラキラとしたラメが降り注ぐ中、驚きの余りすっかり勢いを削がれ、七瀬はその場にきょとんと立ち尽くす。
そんな七瀬の前には幾人もの人が居り、皆一様にクラッカーを手にしていた。
「七瀬、誕生日おめでとう」
その中で中央に居た者が一歩前に出てくると、微笑みながら七瀬へ再び祝福の言葉を述べてくる。
「あっ、ありがとう隼人……って、なんで自分らがおるん!?」
周囲が見えていなかった七瀬であったが、隼人の言葉で我へと返り、改めて彼以外の顔ぶれを見て思わずツッコミを入れた。
それもその筈、リビングには自分たちの関係を良く知る“橋本 奈々未”と“奥寺 圭子”2人に加え、先程さっさと帰ったはずの“飯豊 まりえ”に始まり“斉藤 優里”“川後 陽菜”“伊藤 かりん”“伊藤 純奈”の姿があった。
極めつけは“高山 一実”の姿まであるのだから、自分と隼人との関係を知らない者たちが、何故家に居るのかが、七瀬には全く理解出来なかったのだ。
「いやー、そこまで驚いてくれると頑張った甲斐あるね」
「そうそう。 でも、てぃーちゃんが口走ったときは流石に焦った」
「めんご」
「ほんとフォロー大変だったんだよー」
七瀬にツッコまれたというのに、逆にしてやったりといった様子で、楽しそうに会話するのはかりん、優里、そして陽菜と純奈のスイカメンバーたち。
「そのあと、なぁちゃんと待ち合わせたんですけど、すっごく不機嫌だったから驚きました」
「本当にごめんなさい。 いきなり大変なこと押し付けてしまったみたいで……」
そこにまりえが待ち合わせ場所で七瀬が物凄く不機嫌だったことを驚き混じりで話すと、それを聞いていた圭子が申し訳なさそうに手を合わせ謝る。
「ううん、全然気にしないで、こうやってなぁちゃんの誕生日に呼んでもらえたの嬉しいから」
恐縮する圭子にまりえが苦笑交じり答えていると、まりえの肩に誰かが手をポンと置いた。
「まっ、その分美味しい料理できたから食べてってよ」
「もう、ななみんの理論は乱暴だなぁ……」
その肩に手を置いたのは奈々未で、口ぶりには少しも悪びれた様子もなく、クールビューティーさは卒業しても健在だった。
そんな奈々未の様子を隣で見ていた一実は、一言言うも彼女らしい物言いに苦笑する。
「ちょっと! そうやなくて、なんでみんながおるんか聞いてるんやない」
「なんでって。 そりゃあ、七瀬の誕生日パーティーにお呼ばれしたから?」
「そこやなくて――」
「まぁまぁ、七瀬。 折角、斉藤さんたちが来てくれたんだから……」
誰からも真っ当な答えが返ってこず語気を強める七瀬に対し、優里はこの状況を楽しんでいるかのように、悪びれもせずニコニコとしている。
優里の返答が的外れだとばかりに七瀬が再び口を開こうとした時、隼人がその会話に割り込んできた。
文字通り七瀬と優里の間に割り込み、落ち着かせようと両手で制する隼人。
一旦落ち着かせようとしての行動であったが、七瀬には隼人が優里を庇ったようにも見え、並ぶはずのない2人が一緒にいることに余計声を上げていた。
「隼人、あんたなんで優里たちと普通に馴染んでんねん! それに何でうちにみんながおるん? 隼人のこと知らんはずやろ! なんでなん?」
乃木坂にいた頃から何度も隼人の存在を打ち明けようとし、結果できず今日に至った経緯があり、七瀬は心の何処かでずっと後悔していた。
周囲に隼人との交際を悟られないように気を遣ってきたこと、万が一に週刊誌にでもリークされたらと想像し眠れぬ日もあった。
だというのに、皆が自分の知らぬ所で繋がっていたことを知り、最初は不満を口にしていたが、隠し通す意味は何だったのかと少なからずショックを受けた七瀬は、段々と感情が昂ぶり後半のような言葉に繋がっていた。
両手を拡げ、その場に居た者たちへ抗議したかと思うと、ペタンと床に座り込み今にも泣き出しそうな表情で俯く七瀬。
それまで和やかだった雰囲気が、一変するのを誰もが感じた。
まさか、七瀬がこのようになるなど誰も想像しておらず、部屋はシーンと静まり返る。
そんな中、その場に居た1人の者が、七瀬の前でしゃがみ込むと顔を覗き込んだ。
「七瀬は、良い彼氏持ったと思うけどなぁ」
そう言って、俯いたままの七瀬の頭を撫でるのは、先程まで軽口を叩いていた優里であった。
「……優里?」
「この集まりだって彼氏君が企画してくれたんだよ?」
「隼人が……?」
「そう、初めて会ったときなんか、あたしらに頭まで下げて――」
「……ちょっと、待って。 それどういうことや?」
優里が“頭を下げて”という件を聞いた途端、七瀬の表情が一変する。
それまで弱々しかった表情は消え失せ、優里を見る目がまるで“何で隼人に頭下げさせた”とでも言うように鋭くなっていた。
「齋藤さん、それは言わなくても――」
「いいのいいの、新城君は聞いててよ」
「……」
言わなくても良いことを口走る優里もそうだが、七瀬も七瀬でそんな彼女を睨むものだから、隼人はやきもきし居ても経っても居られなくなり止めに入ろうとする。
だが、それを隣にいたかりんが、まるでこの後どうなるのかが分かっているのかのように、和やかな表情で制止する。
隼人はかりんの様子に、自分が出る幕ではないこと悟り言葉を飲み込んだ。
一方、かりんと隼人のやり取りが落ち着いたのを感じとった優里は、七瀬の鋭い視線を見つめながら再び話始めた。
「まぁ、聞きなって。 七瀬はさ、卒業して今回が初めての誕生日でしょ? だから、うちらもうちらなりにプランを色々考えてた訳だよ……」
「……」
視線の鋭さなど意に介さないように話す優里。
それを視線のきつさは変わらないものの七瀬も黙って聞いていた。
「何だけどさ、そもそも七瀬って“彼氏”いるじゃんってなって――」
「待って優里、何でそないなるん?」
「んーいいかな? 私も何でそうなるのか分からないんだけど」
優里の発言に、目を丸くする七瀬と、同じように疑問符を浮かべる一実。
一方、そんなやり取りを『やっぱり、そういう反応になるよね』と思いながらも黙っている隼人。
「一実は気付いてるかな。 ある日を境に七瀬があたしらを家に入れなくなったの」
「えっ……あっ、確かに……でもだよ? そうだとして、それだけで彼氏がいるってなる?」
「ま、それだけならね。 でも、それだけじゃない訳だよ一実さん」
「どういうこと?」
何処となく発言に熱を帯び始め様子の優里。
だが、一実も周囲も気付いた様子はなく、優里はそのままのテンションで続きを話す。
「地方でのお仕事とかもそうだけど旅行に行ってもさ、スマホカチャカチャやってるし。 あたしらから離れたとこで、電話してたりする訳ですよ」
「それなら私たちもするよね。 なんで、なぁちゃんに彼氏が居ることになるの?」
「一実は見たことない? 七瀬が彼氏に電話してる時の笑顔! めっちゃ可愛いんだよ?」
「「は?」」
優里の素っ頓狂な発言に、七瀬と一実は同じ意見だったのか、ユニゾンするように声を上げていた。
一方、優里はそんな声など気にするどころか、妙にテンションが上がっていた。
「あんなの握手会はおろか、あたしらにも見せないじゃん。 マジ天使――」
「優里、本題からズレてる……」
次第にテンションを上げていく優里に、それまで口を出さなかった奈々未が呆れた様子で先に進めろとばかりに一言口を挟んできた。
それに対し許してと舌をペロっとだすと、優里は話を続ける。
「ごめんごめん。 とにかく、あんな表情見せられたら、あたしらよりも親密な相手なんだって勘ぐる訳だよ。 まぁ、ついでに言うと旅行先で気が緩んでたんだろうけど、お土産とかがペアもの、男物だったりして、もろバレてるってのも理由にあるんだけどね」
「!?」
優里はそこまで言うと、奈々未ばりに意地悪そうな笑みを七瀬に向けた。
向けられた方の七瀬は、旅先での事とはいえ単純な発覚の仕方に、あまりの恥ずかしさで顔を真っ赤にし俯いた。
「そうそう、ペアのマグカップとか買ってたよね」
「たしかに買ってた」
「ほんっと、わかりやすい」
そこに純奈をはじめ、かりんや陽菜からも茶々が加わり、まるで井戸端会議の様相を呈していた。
「だからって、何であんたらと隼人が繋がることになんねん」
発覚した理由はともかく、それではまだ彼女たちと隼人との接点に結びつくような理由だけは、どう思い返してもなかった優里に疑問をぶつける七瀬。
「あぁ、それね。 奈々未だよ」
「は?」
優里の口から出た名前に、ハッとなる七瀬。
共通の知り合いといえば、確かに乃木坂メンバーでは奈々未だけであった。
出会いの切っ掛けを作ってくれたのも、背中を押してくれたのも奈々未。
だから、信頼し様々なことを打ち明けたのだ。
それなのに、もし優里の言うことが本当だとしたら、大変な裏切りである。
七瀬が奈々未の方を見ると、奈々未は“ごめん”とでも言うように軽く肩を竦める。
そこに悪いといった気持ちが希薄に感じられ、七瀬が鋭い視線を奈々未に投げかけた。
「七瀬、違う違う。 あたしらが奈々未を問い詰めたの」
「どういうことなん?」
七瀬の視線の理由を感じとったのか、優里が手を振りながら否定する。
それを聞き七瀬は再び理由を優里に求めた。
「七瀬さ、あたしらを家に呼ばなくなった位から、急に奈々未と一緒に居るようになったよね?」
「それは、奈々未が卒業近かったから――」
「最初は私らもそう思っていたんだけど、七瀬に彼氏が居るって確信した頃かな。 奈々未が七瀬のフォローしてることに気付いたんだよね」
「……」
「それで今回、奈々未に相談……というか問い詰めたって訳よ」
「そうやったんや……」
優里の言うように隼人との交際の最中起こった問題を、奈々未がフォローしてくれていたことを思い出し、それが切っ掛けだったとすれば反論の余地は七瀬にはなかった。
理由を聞きすっかり勢いと毒気を抜かれた七瀬の視線が、奈々未をみると当の本人は相変わらずの表情で少し苦笑をしていた。
そこで全ては丸く収まったかのように思えたが、七瀬には最も知りたかった疑問が残っていた。
「……でも、何でそれで隼人が優里たちに頭下げんとあかんの?」
「んー、それなんだけど――」
「それはね七瀬。 ずっと周囲に隠してきたことだから“当然”なんじゃないかな」
優里が七瀬の質問に対し言葉を濁していると、それまで沈黙を守っていた隼人が口を開いた。
「当然な訳ないやろ。 だって、それはななが――」
「ずっと、秘密にしていたから。 だよね?」
「……」
隼人の言葉に沈黙してしまう七瀬。
決して棘がある言い方でもなく、事実を事実として並べただけの言葉なのに、今の七瀬を黙らせるには十分な力を持っていた。
何も言い返せる言葉を持たない七瀬はしゅんとした様子を見せ、隼人はそれに対し一瞬苦笑すると穏やかな表情と優しい口調で再び話始めた。
「でも、それは“俺たち2人で”選んだこと。 七瀬は乃木坂のみんなに迷惑だけは掛けまいと、夜も眠れないくらい悩んでいた。 それでも仕事を疎かにしたことなんてなかったし、プライベートだってリスクを減らそうと沢山の我慢をして――」
「そんなん、隼人と付き合うためやったら当たり前のことやろ……」
七瀬は隼人が話しているというのに途中で遮る。
自らが選んだ道であったから、仕事もプライベートでのことも後悔などなかった。
万一、周囲に知られ非難に晒されたとしても、自分だけならば耐えられたし、その覚悟を持って隼人との交際をしていた。
だが、それが原因で隼人が優里たちに謝らなければならなくなったと思うと、その場での彼の気持ちと自分の不甲斐なさに、七瀬の心臓はまるで鷲掴みされたようにギュッと胸が痛んだ。
そんな七瀬の想像とは裏腹に、隼人の表情から穏やかさが消えることはなかった。
「七瀬はそう言ってくれるけど、なら逆に俺が七瀬のために出来ることって何なんだろうって、ずっと考えていたんだ。 そうしたら――」
そこまで言うと隼人はチラリと奈々未や優里たちの方へと視線を移し、再び言葉を続ける。
「奈々未さんが、齋藤さん達と会うように言ってきたんだ。 最初は俺たちの関係を知られたことを、どう言い訳しようかって悩んだ。 でも、七瀬にとって齋藤さんたちは大事な仲間であり、友人だよね? それなら、この機会に七瀬が伝えたくても伝えられなかった想いを、彼女たちにちゃんと説明するべきだろうって思ったんだ……」
隼人はそこで言葉を区切ると、目を細めるようにして七瀬を見た。
「その上で、きちんと謝って俺と出会う前のような関係に戻ってもらいたかったんだ。 でなきゃ、友達の前でもずっと七瀬が、後ろめたいままいることになってしまうだろ?」
そう言うと、隼人は七瀬に優しく微笑んだ。
“実は付き合っている男性がいる”
そう懺悔する場面を、これまで何度も思い浮かべ、夢も見た。
その度、優里たちがどのような反応を見せるのか想像できず、黙っていたことに罪悪感が募り更に言えなくなっていった。
ファンや世間から非難を受けることに対して覚悟を持つ七瀬も、気が許せる数少ない友人にそっぽを向かれることが怖かったのだ。
それだというのに目の前のこの人は、まるで何かあったとしても全てを引き受ける覚悟でもあるかのような微笑みを向けてくる。
何処までも自分のことを考えてくれている隼人の想いの強さに、七瀬の胸の内から強い感情が込み上げてくる。
「隼人……」
ポタッ……ポタッ……
それは七瀬の口を衝いて名前として出ると、瞳からも溢れた感情が涙としてこぼれ落ちていく。
それを見た隼人は、七瀬の前で屈むと優しく抱き寄せ呟く。
「ごめん。 勝手なことを――」
「ちゃう。 グスッ、嬉しいねん! ヒック……出会えたんが隼人で良かった……」
「俺も七瀬に出会えて良かった……生まれてきてくれて“ありがとう”」
思い違いをする隼人の言葉を遮り、涙混じりなど関係なく思い切り抱き付く七瀬。
それに対し、隼人も優しく抱き留めると、七瀬の艶やかな髪を梳きながら想いを言の葉にのせ伝える。
「……うぅ、なぁちゃん良かったぁ、グスッ」
「本当に……うぅ……」
まるで映画のワンシーンのように抱擁をする2人。
周囲は静かにそれを見守っていたのだが、その感動的なシーンに一実が感極まり涙すると、それに感化されたのかまりえや他の者までもが目に涙を浮かべ始めた。
そんな状況の中で、それまで周囲と同じように静観していた奈々未が徐ろに口を開く。
「乃木坂を卒業しても、七瀬は泣き虫だけは卒業できてないんだから……」
冗談めかす言葉は、その場の感動を誘う雰囲気を台無しにしているようであった。
だが、その反面、奈々未の顔に浮かぶその表情は誰よりも優しく、七瀬と隼人の2人を目を細め見ていた。
「……ほんと。 変わんないね七瀬は。 ほら、七瀬、みんなもローソク消ししよ!」
そんな奈々未の言葉と裏腹な表情から察したのか、何をとは言わず優里は相槌を打つ。
すると、それまで目を赤くしていた表情を一変させると、満面の笑みを浮かべ誕生パーティーの続きをしようと皆へと促していく。
「余韻~」と冗談めかして陽菜が言ったりするものの、それまで涙を見せていた者達も床に落ちたクラッカーの中身を拾い始めるなど、意外とすんなり準備が進んでいく。
言い出した奈々未がキッチンの方へ行くと、圭子も後を追うように消えていった。
「俺もケーキの用意してくるから、七瀬は座っていてね」
奈々未たちがキッチンへと消えていくのを見た隼人は、そう言いながら七瀬のおでこにキスをするとそちらへと行ってしまった。
「ほら、主役なんだから、そんなとこにいないでここ座んなって」
キッチンへと消えていく隼人を目で追う七瀬に、傍らの優里はダイニングテーブルのお誕生日席にあたる椅子を引くと、座るように促してきた。
「う、うん。 ありがとぅ……」
促されるまま座る七瀬だったが、内心罪悪感が拭い切れないでいた。
それもその筈、優里や一実からそもそも許しを得ていないのだ。
そのためか、ぎこちなく尻すぼみな返事しか返せない七瀬。
すると、座る七瀬の周りに優里や一実をはじめとした乃木坂のメンバー、そしてまりえが集まってくる。
「さっ、七瀬。 あたしらに言うことあるよね?」
「そうだね。 ここははっきりしておこうか」
「!?」
皆が集まると、優里とかりんの2人が先程までとは打って変わり、落ち着き払った様子で七瀬に問う。
2人の言葉の中に真剣さが混じり、場の雰囲気が再び変わっていく。
そんな中、まりえは突然のことに1人戸惑いを感じていた。
実のところ、まりえは今この場に居る乃木坂のメンバーと会うのは初めてで、それも七瀬が帰宅するほんの十数分前に、ここを訪れ顔合わせしたばかりであった。
だが、そんなまりえに対しても、初対面から乃木坂のメンバーは誰もがフレンドリーであったし、誕生日の準備も和やかな雰囲気だと感じていた。
誰もが七瀬の誕生日を心から祝福しているように感じたし、連絡を寄越した奈々未からもそう聞いていたからこそ、誕生会のサプライズに協力をすることにしたのだ。
ところが、今この場を支配しているのは緊張感。
まりえは思わずその元凶たる2人を見るが、その表情は冗談を言いそうな雰囲気ではなく、更に戸惑いの度合いを強めた。
「みんな、今まで黙っていて、ほんまにごめんなさい……」
七瀬は謝罪の言葉を口にすると、そのまま深々と頭を下げる。
すると周囲は、それに対しフォローするでもなく、七瀬を見つめるだけだった。
そんな周囲の態度に、深い悲しみを感じるまりえ。
確かにアイドルの禁忌の中で恋愛は最も大きな過ちの一つであることは、まりえも承知していた。
同じアイドルであれば、裏切りだと感じてもおかしくはないことも理解していた。
だが、ここに集まったメンバーは七瀬が“友人”だと思ったメンバーであるはず。
アイドルと女優。
立場は違えど、同じ七瀬の友人として祝福してあげられないのかと、優里たちに悲しみに満ちた表情を向けた。
そんな視線を向けられている事など露とも知らない乃木坂のメンバー達。
互いに目配せするように視線を交わすと、その中の1人が溜息を吐き口を開いた。
「はぁ……なな、あたしらはそんなこと言われたい訳じゃないんだって……」
「そうだね。 あたしらは、なぁちゃんがうちらに黙ってたことなんて、何とも思ってないよ」
頭を下げ続ける七瀬に対し、純奈は落ち着きを放ち、陽菜はあっけらかんとした様子だった。
「七瀬、顔上げな……」
そこに普段とは異なる優里の低めの声色が聞こえ、七瀬は思わず顔を上げる。
上げた先に声色同様真剣な優里の眼差しがあり、見つめ合うことになる七瀬。
「あたしらが言いたかったのはね……」
真剣な表情だった優里は、眉を顰めそう言ったかと思うと一呼吸を置く。
乃木坂の面々は、それをさも普通だとでも言うような様子で聞き、まりえは悲しみを湛えた表情を崩さず続きを待っていた。
「そんなんで友情が壊れるほど、あたしらの友情はもろくない! 馬鹿じゃないのあんたは!」
「えっ!?」
優里の一言に、言われた七瀬は予想だにしていなかったのか目を丸くしながら顔を上げた。
そんな七瀬に、かりんの言葉が続く。
「彼氏が居ようが居まいがにゃーはにゃーでしょ? それにどんだけ頑張ってきたのか間近で見てきたあたしらが、そんなことで目くじら立てると思う? ね、一実さん?」
かりんに同意を求められる一実に、七瀬も含め一斉に視線が集まる。
すると、普段なら急な振りについていけない一実が、落ち着きはらい優しい笑顔をみせていた。
「そうだね……ねぇ、なぁちゃん。 私たちはなぁちゃんがしてきたこと、なぁちゃんが背負ってしまったもの、その全てを後ろから見てきた……だけど、いつも見ていることしかできなくて……歯がゆかった」
「そんなこと!……かずみん達が居らんかったら、うち途中で辞めてたかも知れへん」
「ふふ。 そう言ってもらえると嬉しいけど、本当に頑張ったのは紛れもなくなぁちゃん自身だよ。 それを支えたのが彼氏さんだって言うなら、私は怒ったりなんてしない。 むしろ、なぁちゃんを支えてくれたことに感謝しかないよ。 それに2人のやり取り見てて、なぁちゃんにお似合いだって思ったくらい……ね、飯豊さんもそう思わない?」
一実がまりえに同意を求めると、その場の視線が彼女へと一同に集まる。
それまで話を聞いているだけの空気と化していたまりえ。
それは七瀬と共に歩んできた時間を思うと、自分が邪魔をしてはいけないのだと、無意識に感じとっていたからであった。
しかし、同意を求めてきた一実の微笑みも、それで自分に向けられる他のメンバーからの視線のどれもが“温かく”、余所者だとかそんな感情が一切含まれていないのを感じた。
そして理解した。
七瀬にとって乃木坂46は“特別な場所”であり、メンバーは皆“大切な人”だから、拒まれたくない、失いたくなくて今まで言えなかったのだと。
自分にも言ってくれなかったことを、少し残念に思う気持ちが自分の中にあったのが、スッと消えていくのをまりえは感じた。
そして、蟠りが消えていくのと同時に、まりえから笑みが溢れだす
「うん。 私もね、なぁちゃんには、絶対この人だって思ったよ」
「かずみん……まりえ……みんな!」
そこまで言い椅子から立ち上がった七瀬は、一実の胸に飛び込んだ。
これまで抱え続けた罪悪感から解放され、わんわんと声を上げ泣く七瀬に、他のメンバーやまりえも涙混じりの笑顔で抱き付いていく。
………………
…………
……
「「「「「「「「――Happy birthday, Dear Nanase♪♬」」」」」」」」
暗くされた部屋の中、皆が七瀬を囲むようにして誕生日の歌を唄っている。
目の前には蝋燭の優しい灯火が幾つも揺らめく手作りのケーキが置かれていた。
ケーキのてっぺんにはチョコで作られたプレートがあって、同じくチョコで“七瀬 誕生日おめでとう”と書かれている。
チョコで書かれたメッセージは決してプロの仕事ではなかったが、その文字一語一語に想いが込められているようで、七瀬にはどんなパテシエの作るケーキよりも輝いて見えた。
何より乃木坂のメンバーと、そこから繋がり拡がった友人、そして何より恋人を交えて誕生日を迎えられたことが夢のようで、七瀬は溢れでる感情を抑えきれず今日何度目かの涙で頬を濡らす。
その涙の意味を知る者たちは唄うことをやめなかったが、皆しょうがないなとでも言うような表情を浮かべていた。
七瀬本人も自分の涙脆さに苦笑していると、ふと肩に手の重みを感じる。
振り向かなくとも触れ方で誰なのか察し、七瀬はその手に自分の手を重ねた。
手から伝わる温かさに、涙ではなく七瀬の笑顔が増す。
「「「「「「「「Happy birthday to you.♩♪」」」」」」」」
そして、祝の歌が終わる。
「「「「「「「「「「誕生日おめでとう 七瀬(なぁちゃん)!」」」」」」」」」」」
皆の拍手に囲まれ、蝋燭の火を吹き消す七瀬の表情は、これまでになく幸せに満ちていた――。