『世界がいくつあったとしても』誕生記念:第一弾
25th -前編-
『なんなん一体……』
2019年5月25日夕刻。
“西野 七瀬”にとって“特別な日”であるにも関わらず、彼女の気持ちは晴れなかった。
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それは遡ること数日前、乃木坂46が配信している“猫舌SHOWROOM 『できるかな!? 乃木坂46』”内でのこと。
卒業を前にした“伊藤 かりん”と“斉藤 優里”の思い出作りにと“卒業アルバム”作りが企画されていた。
そこには現役メンバーである“伊藤 純奈”と、卒業メンバー“川後 陽菜”と“西野 七瀬”も加わり、久しぶりに“スイカ”メンバーが集まることとなっていた。
七瀬が途中参加だったものの、久しぶりとなるスイカメンバー再集結に沸き、本人達も秘蔵のプライベート写真などを見返しながら、ワイのワイのと色々な話に華を咲かせていた。
元々緩いメンバーと番組のせいか、結局アルバムは完成に至らなかった。
それでも大いに盛りあがりを見せ、延べ18万人もの視聴者を獲得し、配信は好評の内終了した。
配信が終わるとメンバーの面々が、配信を行っていた部屋からお喋りをしながら出てきた。
「んー楽しかった~」
「そうだね。 みんな揃って仕事できるなんて中々ないもんね」
廊下に出て長時間の撮影から解放され伸びをする優里と、かりんが楽しそうに相槌を打つと、残りの面々も「そうだね」と頷く。
「でもさ、もうちょっと話したいよね」
「そうやけど、このあと優里たちはオールナイトなんやもんな?」
残念そうな陽菜に、七瀬も理解を示しつつも仕方ないと言った様子をみせる。
卒業しみんなと離れ離れになったとはいえ、元々旅行などにも行く間柄であったから、七瀬も残念で仕方なかった。
だが、それぞれの今後の活動を考えると、残り一つ一つの仕事が大事なのも理解していたから、我が儘を我慢するほかないと七瀬は考えていた。
「それなんだけどさ――」
すると、残念がる面々に優里が“ある提案”をしてきた。
それは、数日後の25日にスイカメンバーで再び集まろうというもの。
「その日は丁度、七瀬の誕生日だし、みんなで集まるってナイスアイディアじゃない?」
そう言って冴えているだろと言わんばかりのドヤ顔で胸を張る優里。
「いいね。 ひなも賛成! かりん、純奈もいいでしょ?」
「あたしもいいよ」
「うん、わたしも」
「じゃ、決まり! 七瀬もいいよね?」
優里の提案を聞き陽菜が賛成すると、かりんと純奈も同様に答える。
残るは七瀬だけだったが、当然OKするものだと思っていた優里は軽いノリで確認した。
「あー、えっと……」
ところが、七瀬からは曖昧で肯定とも否定ともとれない言葉が返ってくる。
予想に反する返事に驚く優里と、それにつられ3人も七瀬を見る。
すると、一斉に集まる視線に七瀬は眉尻を下げ、とてもバツが悪そうな表情を浮かべていた。
「なにか都合悪いの?」
「予定があるというか……」
「えっ!? そうなの?」
「う、うん。 優里、そんなん驚かんでもえぇやろ。 誕生日やし、ななにも予定くらいあるわ」
「まぁ、そうだろうけど……七瀬ちょっとタイム」
優里がそう言い七瀬へと背を向けると、陽菜、かりん、純奈の3人を集め何やら小声で話し始めた。
「聞い……話と……」
「どうし……」
「ななみ……したら?」
「そうだ……」
暫くの間、優里たちが何やらひそひそとしている背中を黙って見ていた七瀬だったが、終わる気配がみえないどころか、会話もいまいち聞こえてこないことが段々とじれったくなっていた。
「なぁ、何の話してるん? みんなと一緒におりたいけど、ほんま25日だけはあかんねんって」
「ちょっ、七瀬だめだって、協議中なんだから」
じれったさの限界か、七瀬はそう言いながら背を向けた優里たちの間に、割って入っていく。
すると、優里が焦ったように片手に持っていたスマートフォンを隠しながら振り向いた。
「協議ってなんよ?」
「だから、協議は協議。 七瀬、そこにステイ!」
「ちょっ、うちは犬やない」
「まぁまぁ、落ち着きなって。 にゃー、お手!」
「かりんまで、なんやねん……」
優里はまるで七瀬を犬扱いするように言うと、手にスマートフォンを持ちながらまた背中を向ける。
そんな扱いに抗議すると、かりんにまでお手と言われる始末で、余りの扱いに拗ねる七瀬。
すると、純奈が素朴な疑問を七瀬に投げかけた。
「ところで、ななさ。 なんで25日はダメなの?」
「えっ……」
何でと聞かれても七瀬には言えない訳があった。
当日は恋人である“新城 隼人”とのデートがあるからなどとは、口が裂けても言えない。
何故ならば、優里含めこの場にいる4人に、隼人の存在を明かしていなかったからだった。
「もしかして、彼氏とデート?」
「ち、ちゃうって……」
「えー、だって、あたし達と会うよりも大事な用事なんでしょ?」
「別にそう言う訳やなくて……」
言わなければバレはしないと言うのに、“彼氏”とかりんに聞かれ思わずドキリとし、純奈の言葉に上手い言い訳が浮かばない七瀬はしどろもどろになっていた。
「そ、それより、25日に会うなんて無理やろ?」
「なんでよ?」
「なんでって、自分ら卒業コンサートやない」
「私は24日だし、ゆうりは26日だから大丈夫」
「いやいや、25日だって――」
「その日はね、4期生のライブなんだよ」
「そ、そうやけど……」
ブッブッー、ブッブッー――
もう打つ手なしそう思ったタイミングで、見計らったように七瀬のポケットのスマートフォンが震えだす。
ワンコールで切れず電話が掛かってきたことを告げていた。
七瀬は誰からなのかとチラリと画面を確認すると、そこには“新城 隼人”と表示されていた。
「電話や。 ちょっとごめんな……もしもし――」
七瀬は困っていた所に助け船とばかりに4人に一言を残し、電話に出るふりをしながら離れた所へと移動した。
廊下を突き当たりまで進み、自販機が置かれたスペースまで移動した七瀬は、そこに置かれていた休憩用の長椅子に座ると、鳴り続けていたスマートフォンの通話ボタンをスライドさせ電話にでる。
「もしもし」
『あっ、七瀬? 今大丈夫?』
「うん。 ナイスタイミング!」
『ナイスタイミング?』
「あぁ、こっちの話。 今丁度配信終わったとこやってん」
『俺も観てたよ。 配信お疲れ様。 久し振りにスイカのメンバーと会えて楽しそうだったね』
「ほんま? 観てくれてたんや。 めっちゃ楽しかった。 それでどないしたん?」
『実は25日のことなんだけど……』
「25日?」
『うん。 七瀬には内緒にしてたんだけど25日にお店予約したはずだったんだけど、どうも出来ていなかったらしくて……ごめん』
「そうやったんや……」
『ごめん。 折角の誕生日なのに……』
「ううん。 予約とかしてくれようとしてたんやね。 ななはそれだけでも嬉しい」
『そう言ってもらえると助かるよ。 その代わりにって言うのもなんだけど、夜は俺が料理作ろうと思うんだ』
「えっ、ほんま? ななはそっちの方が嬉しい」
『ただね。 レストランのようにパッと作ることが出来ないから、夜まで時間が欲しいんだ』
「ん? 昼間はお出掛け出来ひんってこと?」
『本当に申し訳ないんだけど……そうなるかな……』
申し訳なさそうな隼人の声がスマートフォン越しに聞こえた。
折角の誕生日にデートが出来ない事に、七瀬も正直残念だと思った。
だが、その一方で昼間であれば優里たちと会うことができるという、降って湧いたような申し出に
「えぇよ。 それやったら25日の昼間は、優里たちと会うて来てえぇ?」
『斉藤さん? うん。 構わないよ……っていうか、俺がミスしたのが悪いわけだし、寧ろ斉藤さんたちに感謝だよ』
「隼人が悪いわけやないやん。 それは気にせんで「七瀬~」あっ、ごめん。 そろそろ切らな。 なるべく早く帰るから」
『うん。 分かった。 それじゃあね』
「うん、じゃあね」
終話のボタンを押すと同時に、先程より近くで優里の声が聞こえてきた。
「おーい、七瀬! 電話まだ終わんないの?」
「もう……」
七瀬は長椅子から立ち上がると、声のする方へと歩いて行く。
廊下を元来た方へ歩いて行くと、角を曲がった直ぐ傍に優里が立っていた。
「今丁度終わったとこ……って、優里、あんた盗み聞きしてへんやろね?」
「ん~、してないよ。 そんな野暮なことはしないって」
口ではそう言いながら、ニヤニヤしている優里。
その怪しげな表情に七瀬はジト目で見るが、優里は悪びれた様子もない。
「ところで25日は結局のところ無理なの?」
「それなんやけど、昼間やったら会えることになったんやけど」
「あれ、彼氏にでも振られた?」
「ちゃうわ。 それに彼氏とか居らへんって」
「本当? てっきり彼氏が都合悪くなったから、時間出来たのかな……って、そんなベタな訳ないか~」
「そ、そんな訳ないやろ……」
アハハと屈託のない笑顔を浮かべる優里。
まるで事の顛末を知ってるかのような口ぶりに、引き攣った笑顔にならないようにするのが精一杯の七瀬であった。
………………
…………
……
そして、5月25日当日を迎え、七瀬を含む優里、陽菜、かりん、純奈のスイカメンバーたちは、再び集まるため繁華街で待ち合わせをしていた。
この日の東京は真夏日となり、茹だるような暑さに加え憎たらしいほどの快晴で、外に居るのに適しているとは決して言い難い状況であった。
それは野外でのロケやライブを日頃からこなし、過酷な環境下に慣れているであろうスイカの面々であっても例外ではなかった。
「あっつー」
「なんでこんな今日は暑いの?」
「ほんとマジ萎える」
「タピりたい!」
「「「それいい」」」
待ち合わせた瞬間、優里を始めその場に居た面々の口から出たのは挨拶でもなく、示し合わせたように“暑さ”に対する不満だった。
この日の気温を考えると致し方ない不満で、だからかりんが思い立ったように口にした今話題の飲み物に対する提案も、一同にとって魅力的で反論どころか色めきだった。
「近くに
「どこどこ?」
「あっちじゃない?」
「いこいこ」
かりんが直ぐさまスマホで近くのお店を検索し、その画面を一緒に覗き込んでいた優里、純奈、陽菜たちがあっと言う間に行き先を決めると移動を始めた。
「――それでね」
「そうだったんだ――」
「……」
普段、頻繁に連絡を取り合うことの出来ないメンバーたちは、数日前話せなかったことのなどを話題を中心に、歩きながら楽しそうに会話をしていた。
「あっ、そうだ。 かりん、卒業おめでとう」
「ありがとう、陽菜」
「あぁ~あ、あたしもいよいよ明日か……」
「とうとうスイカメンバーも私だけか――」
思い出したように陽菜が、昨日をもって乃木坂46を卒業したかりんに祝辞を送ると、明日卒業となる優里や唯一の現役メンバーとなってしまう純奈が、それぞれの気持ちを吐露する。
そんな中、一団の最後尾で一人だけ誰とも話さない者がいた。
「七瀬どした?」
「別に……なんでもあらへん」
「そっか」
優里はそんな“七瀬”に声を掛けるが、当の本人はけんもほろろにプイッとまた一人ウィンドウショッピングを始めてしまう。
変装で伊達眼鏡にマスクという表情を見て取れなくとも、会話に入らず通り過ぎていく店を横目で黙って見ている姿を見ていれば、何でもない訳はないのは誰の目にも明らかであった。
だが、何故か優里はそれ以上何か言うこともなく、そのまま他のメンバーと話しを再開する。
他のメンバーたちも2人のやり取りに耳を傾けていたが、優里が会話に戻ってくると彼女たちもまた話を再開する。
「……」
七瀬の不機嫌な様子と、それを何故か放置するような状況は暫く続く。
それもあってか七瀬とその他メンバーとの温度差が激しく、お店で行列に並んでいる時でさえ漏れ出る芸能人感を周囲が気付くどころか、ムスッとした七瀬の無言の不機嫌さに視線を向けてくる者はいなかった。
そうこうしている内に順番は進み、優里たち一向はお目当ての物をゲットすると、近くで涼める日陰になっているガードレールに腰を掛けた。
「よし撮れた。 みんなは写真撮れた?」
「「「撮った!」」」
「……」
「七瀬は?」
「……撮った……」
「あはは、もういつまでふてくされてるつもり」
「別にふてくされてへん……」
優里の言葉に、再びプイッとそっぽを向く七瀬。
折角、集まったというのに、七瀬の態度は悪いとしか言いようがなかったが、それを見ていた優里やその他のメンバー達は苦笑こそすれど何も言わなかった。
「まぁ、そう言わないの……じゃあ、良いみんな?」
「「「うん」」」
「?」
言葉とは裏腹にふてくされたままでいる七瀬に、優里はニコリとすると他のメンバーに声を掛ける。
すると、七瀬を除く3人は分かっているのか頷いてみせ、事態を飲み込めない七瀬は疑問符を頭に浮かばせた。
「せーの……」
「「「「誕生日おめでとう」」」」」
「えっ?」
優里の掛け声と共に、彼女を含む4人は七瀬の誕生日を祝う言葉を口にする。
その突然の事に、目を丸くし驚く七瀬。
「おめでとう、なぁちゃん」
「あ、ありがとぅ……ぐす」
カップを差し出す陽菜に、七瀬は頭が状況に追いつかないまま、おずおずと自分のカップを合わせる。
それに合わせるように優里、かりん、純奈たちも、自らのカップを七瀬のものに合わせた。
グラスの様に綺麗な音がするわけでもなく、プラスチック容器特有の硬質でもなく軟質でもない安っぽい弾力が、七瀬の手に伝わってくる。
それでも、“おめでとう”という言葉の持つ意味が損なわれることはなく、七瀬はスイカメンバーたちの優しい思いに触れていた。
それまで優里たちに見せていた強がりも、抑えきれない感情によって掻き消され、想いは涙となって外に溢れ出た。
七瀬は飲み物に口を付けることなく、感謝の言葉を口にすると、俯き嗚咽を漏らし始めた。
「にゃーどした?」
下を向き泣く七瀬の様子に、かりんはガードレールから立ち上がると彼女の表情を覗き込むように屈みながら声を掛けた。
「だって、みんな……ななの誕生日なんか……忘れてたんちゃうん?」
七瀬から返ってきた言葉に、声を掛けたかりんを含め、その場に居たメンバーたちは顔を合わせ苦笑した。
「そんな訳ないでしょ」
覗き込みながらそう言うかりんの表情は、苦笑こそすれどとても優しかった。
その表情が余計に七瀬の涙を誘い、不安だった気持ちを吐露させた。
「だって、誰もなんも言ってくれへんかったやん……」
「まぁ、色々とこっちにも段取りが、ンムッ!」
「ちょっ、てぃーちゃん!」
七瀬の言葉に何か言い掛けた陽菜の口を遮るように突如、優里が押さえる。
優里の焦ったような様子は、まるで何かまずいことを口走ったのを止めようとでもするようであった。
「段取りってなに?」
「な、何でもないから。 ななは気にしないでいいから……ちょっと、てぃーちゃんこっち来て」
“段取り”という言葉が気になる様子の七瀬に、優里はそれをはぐらかすと陽菜を離れた所に連れていき、何やら言っているようだった。
内容こそ聞こえないものの、陽菜の背中がしょんぼりしているように七瀬には見えた。
そんな状態の陽菜の様子やはぐらかされた言葉など、色々と気になっているような素振りを見せる七瀬。
「ななが気にするようなことじゃないから。 ねっ、純奈?」
「そうそう。 ななを驚かそうって話になってただけだから」
そこに、かりんと純奈が笑って色々と言ってきたが、七瀬には優里と同じように有耶無耶にしたがっているように聞こえて仕方がなかった。
「いやー、お待たせ。 じゃっ、早速買い物でも行こうー」
「なぁ、優里。 さっき陽菜の言うてた“段取り”ってなんなん?」
「七瀬が気にすることじゃないって。 ねっ、てぃーちゃん?」
「そうそう。 今日は楽しまないとね」
暫くし、優里が陽菜を連れ何事もなかったかのように七瀬たちの所へと戻って来た。
七瀬は戻ってきた優里たちへ気になっていた事を聞くが、かりん達同様明確な返答が彼女達から返ってくることはなかった。
其れ処か、もう前を歩き始める優里と陽菜の2人。
「さっ、にゃーいこいこ」
「今日の主役なんだから、早くなな!」
その2人の様子に納得しきれない七瀬であったが、早く行こうと両の腕を引くかりんと純奈に、質問する間もなく半ば強引に連れられて行く。
色々と振り回される状況の中で、七瀬はふと懐かしい感覚を憶えた。
それは乃木坂46にいた頃、忙しい仕事の合間を縫い、このメンバーで遊日に出たり、旅行へ出掛けたりしていた頃の気持ちに似ていた。
少し前の事だというのに、今は懐かしいと感じられるその感覚に包まれているうち、七瀬はいつしか言及することをやめていた――。
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