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『世界がいくつあったとしても』卒業記念

その先の世界

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 2018年12月31日。
この日は平成最後の大晦日であり、多くの日本人にそう記憶されている。

 だが、ある2人にとっては、別の意味をもつ日であった。

「……ただいま」

 玄関の開閉音を起てぬようドアに、視線と意識を集中しながら注意深く閉め、小声で帰宅を告げる女。
誰にも聞こえぬ程に小さく消え入りそうな声なのは、今が午前2時過ぎで、既に寝ているだろう同居人を起こさないための配慮だった。

 正確に言えば、年と日付を跨いだ2019年1月1日。
今夜でこれまで携わってきた仕事に一区切りを終え、この後も仕事が続く同僚に別れを告げ、彼女だけ先に帰途についていた。
女は玄関マットに腰を下ろすと、物音を立てないよう履いているブーツのファスナーを降ろしていく。
すると背中でガチャリという扉が開く物音と共に、女は人の気配を背中に感じた。

「おかえり七瀬」

 その声に振り向くと、そこには同居人の姿があり、微笑みながら“西野 七瀬”の帰宅を出迎えた。

「ただいま隼人。 起きてたんやね、てっきり寝てるんかと思った」

「まさか、こんな大事な日に寝てしまうなんてできないよ。 はい」

 そう言ってブーツを脱ぎ終えた七瀬に、“新城 隼人”は手を差し伸べると、七瀬はその手を支えに立ち上がる。

「紅白凄かったね。 ご両親の手紙もそうだけど、設楽さんたち来てくれるなんて、嬉しいね」

「ほんま、そうやねん。 良い思い出になったわ」

「でも、早かったね。 あの後、打ち上げとかあって、もっと遅いのかと思ってたよ」

「年越し前までやったし、 他のメンバーはまだお仕事やから。 ななだけ先に帰ってきた」

「慌ただしかったんだね」

「うん。 でも、まだ2月に卒業コンサートもあるし、会う機会ないって訳やないからね」

「そっか。 あっ、 ちょうどこれから乃木坂が歌うみたいだよ」

「ほんま?」

 そんな会話をしながら2人はリビングへと入って行くと、照明が落とされダウンライトの淡い光が部屋を優しく照らしていた。

「七瀬、それ貸して。 掛けてくるよ」

「ありがとう」

 隼人は七瀬が脱いだマフラーやコートを受け取ると、それを持ってリビングを出て行く。
付き合い始め1年が経過したが、今も出会った頃と変わらぬこういった優しさが嬉しく、七瀬は部屋を出て行く隼人の背中を感謝と共に見送った。

 すると、七瀬の耳に聞き知ったメロディーが、後ろから聞こえるのに気付き振り返った。
そこは淡く薄暗いリビングの中にあって一際明るい一角、ソファー前で鎮座するように置かれたテレビがあり、音はそこから流れていた。
画面にはアコースティックとエレクトロニカな音が交錯するイントロと共に、“秋元 真夏”をセンターに“乃木坂46”の“同僚メンバー”達が、CDTVの年越し特番で踊る姿が映し出されていた。
披露されているのは七瀬の卒業シングル“帰り道は遠回りしたくなる”。
自身の卒業のために用意された曲であるから聞き慣れているのは当然のことながら、七瀬がセンターに居ないで披露されたことは、これまで一度もなかった。
そんな曲が、自分抜きで披露されている光景を、七瀬はソファーに腰掛けると不思議な気持ちで観始めた。

 自分の居ない、自分の曲。
まるで、そこは以前から自分の立ち位置ポジションだったかのように自然な振る舞いを見せる真夏。
ポジションが異なるからと不自然に踊ることなど、アイドルとして、何より“乃木坂46”としてある訳がない。
況してや乃木坂46の1期生、それも中心メンバーだった七瀬が抜けた直後のパフォーマンスなのだから、グループのその後を占う意味で失敗は許されない。
当然、真夏は今日に向けてレッスンを繰り返していたし、七瀬もその光景を目にしていたから、彼女の様子に安堵を憶えた。

「ちゃんと真夏センターしてるやん」

 独り言のように呟いた七瀬の表情には笑顔があり、良かったという気持ちもあった。
だが、ほんの2時間前までそのポジションで躍っていたことを思うと、自分の居ない乃木坂46を観ることに七瀬は一抹の寂しさを感じずにはいられなかった。

「……」

 それまで自分は平気だと思っていた。
7年間、常に全力でアイドルとして駆け抜け、悔いなんてないと思いながら紅白の会場であるNHKホールを後にしたはずだった。
寧ろ、これからは隼人と大手を振って外を歩けるのだと、喜んで浮かれる自分さえいたはずなのだ。
“爪痕を残したい”アイドルが良く卒業前に口にするフレーズすら、自分とは無縁だと思ってもいた。
だが、“テレビに出る側あちら”だった自分が“テレビを観る側こちら”になり、それは違うのだと知る。
センターが変わったことなど微塵も感じさせない乃木坂46のパフォーマンス、それに対するファンからの歓声や拍手も以前と何ら変わることはなかった。
それはつまり自分が居ないことなど無関係であると、否応なしに現実を見せつけられたようだった。
グループとして1人抜けただけで瓦解するようでは困る。
それは分かっていたことなのに、数時間で跡形もなく塞がるような爪痕しか残せなかったのかと、自分が“乃木坂46”というグループの中で何だったのかと考え始めてしまう。
途端、霧に覆われたように過去きのうが見えなくなり、未来あすが描けなくなっていく。
そうすると、小さかった感情も心の内で止め処なく膨らみ、曲が終わる頃には七瀬の肩を震わせていた。

 すると、ふわりと後ろから抱き締められ、七瀬はこれまで幾度となく感じてきた温もりと香りに包まれる。
一緒に住むようになってから、同じになった二人の香り。
それでも彼だけが持つ彼だけの匂いや、その身に纏う誰とも違う温もりは、七瀬にとり陽だまりとでも言える安らぎを与えていた。
それ故に、隼人の胸の中にいる七瀬は、心を覆う全てから解放され本来の“西野 七瀬”へと戻る。

「寂しい?」

「そんなこと……」

 “ない”と言い終える前に、涙色に染まる七瀬の頬。
我慢してきた感情を抑えきれなくなり、七瀬は胸元にまわされた隼人の腕に顔を埋め泣いた。

 声を上げ泣く七瀬の涙に濡れることも厭わず隼人は、それ以上声を掛けることはなく、ただ彼女が落ち着くのを待った。

………………

…………

……

 グゥ~……
七瀬のお腹から“それ”が聞こえたのは、泣き止んだ直後のこと。
部屋の空気が一変するのを発した七瀬本人が感じ、それまで何も言わなかった隼人もふふっと声なく微笑むのを、髪にかかる息で察した。
お腹が空き泣き止んだ、そんな風に隼人に思われたかも知れない。
そう思うと生理現象とは言え、このタイミングでお腹が鳴ったことが、一人の女として余りに恥ずかし過ぎて、先程までとは違う意味で顔を上げられなかった。

 そんな顔を真っ赤にし、固まって動けない七瀬に対し、隼人は彼女の耳元に顔を寄せる。

「何か作るね」

 囁く様にそれだけ言うと抱き締めていた腕を解き、隼人は七瀬から離れていってしまう。
直ぐに振り返る七瀬だったが、既に隼人は背を向けセミオープン型のキッチンで冷蔵庫を開けていた。

 隼人の表情を見ることが出来ないままリビングに残された七瀬は、幻滅されていないかとキッチンに足を踏み入れた。
すると七瀬が近付いたタイミングで、幾つかの食材を手にした隼人が振り返った。

「あの、隼人……」

「うどんで良い?」

「え? あ、うん……」

 目が合い確認をしようと言い掛けた七瀬だったが、隼人からさも何事もなかったかの様に料理の話をされ、戸惑うも頷いてしまう。

 七瀬の返答に「了解」と笑顔を見せると、再び鍋を出すなど料理の支度を進める隼人。
実際の所、隼人は七瀬が心配するように幻滅をしたなどということはなかった。
七瀬の腹が鳴ったことに対し隼人は、緊張が解け落ち着いたのだろうと理解していた位のものであった。
ただ、そのタイミングや七瀬の反応が可愛らしく、それらを見られるのは恋人の特権なのだと、微笑ましく感じていたのは確かだった。

「すぐ作っちゃうから、座ってて」

「うん……」

 頷いたものの、その場を七瀬は動こうとはしなかった。
鍋に水を入れお湯が沸くまでに具材を切っていき、隼人は暫く手際良く料理を進めていたが、その間も動く気配をみせない七瀬。
動く度に付いてくる視線にチラリと七瀬を盗み見た隼人は、彼女の表情に思わず苦笑すると、火を弱め麺を茹でていた箸を置く。
七瀬に近付き少し屈んで目線を合わせ、隼人は彼女に微笑みかける。

 チュッ
七瀬の額にキスを落とす。
内に気持ちを溜め込む七瀬へ、言葉では伝えきれないその“想い”を温もりを通し伝える。
これまで何度もぶつかり、そして傷付け合ってきた2人。
背を向け合うことさえあっても、それでもこうして袂を分かつという”選択肢”を選ばなかったのは、時間と共に変質する言葉ではなく、幾度も重ねた肌に残る感覚があったからこそだった。
言葉では嘘を言えたとしても、触れ方や感じ方に嘘を吐くことはできない。
だから隼人は“好き”だという、ただ一つの想いそれだけを込め、七瀬に触れた。

 たった一つ、額への隼人からの口づけで、七瀬の表情は大きく変わった。
キスの返事とばかりに七瀬は隼人に抱き付いた。
まるで存在を身体全体で感じようとするように、七瀬は隼人の事をギュッと抱き締める。
七瀬は隼人へ身体を預け、隼人も七瀬の髪を優しく梳きながら抱き留め、暫く2人はそのまま動かなかった。

「……あー、めっちゃお腹空いた。 座って待っとるね」

「わかった」

 暫くそうしていた七瀬が、突然パッと離れたかと思うと、そう一言残しダイニングテーブルの所へと行ってしまった。
あっさりと離れて行く七瀬に、特段気にした様子もない隼人は一言返事をすると、置いていた箸を取り料理を再開した。

 そんな隼人の様子を、テーブルに両手で頬杖を突いた七瀬が眺めていた。
そこに先程までの暗さは微塵もなく、唯々ニコニコと満足そうな笑みを浮かべていた。

………………

…………

……

「はい、おまちどおさま。 熱いから気を付けてね」

「わぁ、めっちゃ美味しそう! いただきます」

 目の前に置かれた湯気立ち上るどんぶりを見て、七瀬は感嘆の声を上げると隼人の注意は何処へやら、早速箸を付ける。
うどんはとてもシンプルで素うどんに近く、少しの浅葱とトッピングに入った紅白の蒲鉾が、唯一お正月を感じさせた。
だが、七瀬のために出汁の利いた関西風の汁が嬉しく、しこしこの麺と相まって心と身体が温まった。
ふーふー、ズズッっと次々にうどんを啜っていく七瀬を見て、隼人も「いただきます」と言うと箸を付け始める。

「美味しい!」

「良かった。 年を越す前は“そば”だけど、年が明けてからは“うどん”を食べるのが良いそうだよ」

 喜んでくれている様子の七瀬を見て、隼人の表情も綻ぶ。
七瀬が“蕎麦”にアレルギーを持っていることは当然知っていたから、こうやって一般的に蕎麦を食べる場面でも、うどんを作りその必然性も説いたのだった。

「そうなんや、知らへんかった」

「最近らしいからね。 それに七瀬うどん好きでしょ?」

「うん、好き」

「なら、良かった」

 そう言って、他愛もない話をしながら向かい合いうどんを啜る2人。
七瀬も当然自身のアレルギーが原因で、隼人がうどんを出してくれている事は分かっていた。
体質的、仕事的に年越し蕎麦を一緒に食べられない事を、隼人に対し申し訳ないと思うこともあった。
だが、それを感じさせないように他愛もない会話をしてくれる隼人には感謝しかなく、七瀬の表情は幸せそのものだった。

 幾度も喧嘩し、その度に肌を重ね“恋の更新”をしてきた2人。
それを繰り返す内、言葉では伝えきれないものがあることを七瀬も知った。
そして、自分がそうならば相手にも同じようにして欲しい、そう七瀬は感じていた。
周囲からそれを我が儘と言われようと、普段周囲には見せぬよう感情を溜め込んでしまう分、好きな人にはとことん愛されたいと七瀬は想う。
そして、そんな七瀬の想いの一欠片さえも残さず受け止めてくれる、それが隼人なのだ。

ジャーッ

 七瀬は食事前と同じように頬杖を突き、流し台で食器を洗う隼人を見ながらつくづく“幸せ”だと感じていた。
同時に、アイドルだった自分を今までこうやって支えてきてくれた隼人に、これからどうやって恩返しをしていこうかと色々と考えを巡らせる。
考えに考えた結果、口から吐いて出たのはサプライズどころか、プレゼント選びなどでは一番やってはいけない見本のような言葉だった。

「なぁ、隼人。 もうななはアイドルやないやんか。 何かしたいこととかある?」

「ん? そうだなぁ……」

 だが、隼人は七瀬の質問に対し、素直に洗い物をしながら思案し始めた。
シンキングタイムとでも言うようにカチャカチャと食器を洗う音が響く。

キュッ

 暫し考えていた隼人だったが、洗い物を終えたのか水を停め手の水気をタオルで拭き取ると、七瀬の元にやって来た。
何か思い付いたかと七瀬が口を開こうとした瞬間、それは起きた。

 チュッ
予告もなく素振りさえも見せなかった隼人に突然、七瀬は唇を奪われる。
余りの自然な流れに、七瀬も目を閉じて受け入れていた。
時間にすれば数秒経った頃2人の距離は離れ、七瀬は再び目を開けた先に隼人の顔があった。

「よしっ! 俺の今一番したかったことは出来たから、次は七瀬の番だよ。 何かしたいことあるかな?」

 そう言うと嬉しそうに屈託のない笑顔を見せる隼人。
だが、その様子に七瀬は納得していないようで、心の内で溜息を吐いた。

『結局ななのこと優先するんやな』

「ずるい……これじゃ、なな……隼人に恩返し……出来へんやん」

「ん? なに? 恩返し?」

 何やらゴニョゴニョと呟いている七瀬。
その内、僅かながら聞き取れた言葉ワードが予想外で、隼人はキョトンとし首を傾げた。

 その様子に、七瀬の口の先が思わず尖る。
先程とは打って変わり言葉でしか伝える術がなく、それがもどかしくて思わず声が大きくなる。

「そうやって、いつもまでも自分の事を後回しにするん? もうアイドルやないんやから、少しはななに我が儘言うてよ!」

 七瀬の言いたいことが分かったからか、隼人の表情が苦笑に変わる。
そして、再び七瀬を引き寄せると、頭を撫でながら話し始めた。

「俺は別に遠慮なんてしていないよ」

 その言葉に七瀬が反論しようと顔を上げると、まるで予期していたように隼人の視線と交差する。
何を思い顔を上げたのか分かっているよという隼人の視線に、勢いを削がれた七瀬は何も言えなくなる。
そんな七瀬の様子を見た隼人は再び口を開いた。

「昨日、七瀬との行ってきますのキスがアイドルとして最後だとしたら、卒業して最初にキスする相手になりたかったんだ。 だから、俺はちゃんと我が儘を通してるんだよ」

「せやけど、そんなん“普通”やん」

「そう“普通”だね。 でも、その普通な事を、普通に出来る事が幸せなんだ。 それに七瀬が1日の終わりに帰る場所として、俺を選んでくれたことが嬉しい……」

 そして、見つめ合っていた七瀬の身体を抱くと、隼人は彼女の髪に顔を寄せながら「だから、今凄く幸せなんだ」という言葉で結んだ。

 抱き寄せられ、表情の見えないまま頭越しにそれを聞く七瀬。
普段は見せない感情の高ぶりと共に、込められた僅かながらの力、そしてそこから伝わる温もりに、隼人の気持ちに嘘はないと感じた七瀬。
隼人にとってアイドルであったことは出会いの切っ掛けに過ぎず、卒業しようが、卒業しまいが無関係に、七瀬は自分が愛されていることを自覚した。
未来あしたという新たな世界を覆っていた霧が晴れ、その先にあるものが見えたような気がした。

 そして七瀬は想う。
隼人が優しさで自分を包んでくれるなら、自分は隼人の光になろう。
だから、笑顔という光が隼人を癒やせる様になるまで、もう少しだけ我が儘でいさせてくださいと。

 遠くの空で瞬く37の星。
増えたり減ったり明滅を繰り返しながら、強い光を放っていた。
誰もがその星たちの中に憧れのものを見つける。
多くの者は、それを綺麗だと眺めるが、触れるどころか寄り添うことすら叶わず、ただ憧れ見上げ終わる。
だが、今日この日、37の星の一つが、流れ星となり空を見上げていた一人の男の元へと落ちていく。
流れ星は、宇宙そらと男の間にある見ることの出来ない層に阻まれながらも、自らを散らしてもなお進み続けた。
男は目一杯手を伸ばし自らの出来ることをし、やがて流れ星は男の手の中に辿り着く。
手の中で星は燃え尽きたように、たった一粒の小さな欠片となっていた。
ところが、男はその欠片を見て微笑み、優しく抱きしめると、そっと一言語り掛けた。
“おかえり”と。
欠片はその言葉と温かさに触れ弾けてしまう。
だが、弾けた欠片は空で瞬いていた時とは異なる形となり、男の手の中で新たな輝きを放ち始めた。

「……今度は七瀬が自分のしたいことをする番だよ」

 それまで抱いていた七瀬を、ゆっくりと自分の胸から引き離す隼人。
その瞳は既にいつもの穏やかで、どんな我が儘も包み込んでくれるような、そんな優しさに溢れていた。

「んー、そうやなぁ」

 それに対し、口に指を当て首を傾げながら考える七瀬。
内に溜め込んだ感情もなく、唯々嬉しそうにする七瀬の表情に、隼人もつられ笑顔になる。

「決めた!」

「なに?」

「あんな、初日の出見たい! あと元旦やし、そのまま初詣も行きたい」

 そう言われ、隼人はチラリと壁の時計を確認すると、時間は4時を越えていた。

「こんな時間やから無理かな?」

 時計を見る隼人を、唐突過ぎるお願いだっただろうかと眉尻を下げ見つめる七瀬。

「たぶん大丈夫だよ。 でも、七瀬は眠くない?」

「うん、ななは平気。 隼人こそ眠うない?」

「うん、俺も大丈夫」

「ほんま!? なら、初日の出と初詣に“隼人”と一緒に行きたい!」

「じゃあ、暖かい格好していかないとね。 準備しておいで」

「うん! コート取ってくる」

 “ふふふん”と鼻歌交じりでリビングを出て行く七瀬。
それを見送る隼人は、七瀬の喜びように報いるため、日の出の時間をスマートフォンで調べ始めた。

………………

…………

……

 2人は海に来ていた。
東京から車を走らせ1時間弱の場所。
普段はサーファー達で賑わう浜辺も、今は初日の出を見ようとする者たちが大勢集まり、今か今かと海を眺めている。
そんな人々を避けるように、少し離れた場所に2人は居た。

 まだ薄暗い海を周囲と同じように七瀬は眺めていた。
隼人も同じように海を見つめている。

「夢やったんよ。 デートで恋人と初日の出見るんが」

「俺もこうして一緒に見られるなんて光栄だよ」

 そう言って、七瀬は恋人繋ぎをした手に軽く力を込める。
すると隼人も言葉に応えるように、軽く握り返してくる。

 昨日までであれば、こんな人が居るような場所には中々来られなかった。
自分のみならず、メンバー含めグループ全体に迷惑をかけてしまうからだ。
言葉にすれば重みが薄れて聞こえるが、実際は相当苦労してデートを重ねていた。
だからだろう、こうやって大手を振って外に2人していられることが嬉しいのか、身体を少し揺らし、楽しそうに今か今かと、そわそわしながら初日の出を待ちわびていた。

 とは言え、今も七瀬は芸能人。
本来、変装をするべきなのだが、人が少なく、しかも暗がりだからと、七瀬はマスクをコートのポケットに入れてしまった。
そんな事もあり、七瀬が楽しそうにする一方で、周囲に気付かれないかと違う意味でそわそわしながら隼人は日の出を待つことに。

 暫くそうしていると、初日の出時間が近くなり、朧気に空が色付いていく。
次第に初日の出が水平線から頭を出し始めると、周囲が一気にザワつきだす。
その周囲の様子とは対照的に、2人は静かなまま、空を見つめ続けていた。

「……なぁ、隼人。 今日から隼人が好きやった“乃木坂46のなな”やなくて、何でもない“普通のなな”になったけど、好きでいてくれる?」

 “大丈夫”“好き”言葉は何でも良かった。
ただ、不意に愛されていることを、改めて言葉で聞きたいと思ったのだ。
無論、愛されていることを疑った訳ではない。
ただ、この瞬間に聞きたいと“ふと”思った、ただそれだけだった。

 七瀬のその言葉に、隼人は海を見つめたままでいた。
やがて、全ては平等なのだと告げるように連なる山や周囲の者たち、そして隼人と七瀬、あらゆるものをゆっくりと昇る日が照らし始めた。

 互いの表情が覗える程になった頃、隼人は視線を海に向けたままで呟く。

「……10年後も、20年後も、いや――」

 そこまで言うと隼人は目を伏せた。
それに気付いた七瀬が隼人の顔を覗き込むと、繋がれた手が優しく握られた。
そして、顔を上げた隼人は、七瀬を見て言葉を続ける。

「どんな世界で出会ったとしても、俺は七瀬が好きだよ」

 途端に自分の顔が熱を持つのを七瀬は感じた。
頭が言葉の意味を理解する前に、身体が想いを感じとり、言葉に射貫かれた心から情念パトスが溢れていく。

『あぁ、この人と出会えて良かった』

 不意に握られていた手から、七瀬の指がするりと逃げ出す。
そして、七瀬は隼人の前へパッと飛び出し、有りっ丈の想いを込め叫んだ。

「大好きやで隼人!」

 そこには背にする初日の出よりも輝く、西野 七瀬の笑顔があった――。


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