13、望みを繋いで
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流刑人となったチャン・ヒジェは、何の肩書きも持たぬ白紙の人間として妹オクチョンの前に座った。
「………兄上、よく決心しましたね」
「何がですか、王妃様……いえ、禧嬪様」
廃妃が戻されるために禧嬪に降格されたオクチョンは、兄の目のなかに確かな怒りを見つけた。その色は何にもまして赤かった。
「ウォルファとの縁です。よく切りましたね。南人の中でも称賛されていますよ」
「………切るのは簡単、しかし繋ぎ止めるのに疲れただけです」
心の底から疲れきっているヒジェを目の当たりにしてようやく、彼女はどれ程兄が親友を愛していたかを知った。全ての執着を捨てたヒジェは、身軽だった。だがそれはあまりにも空虚な身軽さだった。
「……あの子に、机の中に入っている私の短刀を返してください。母上の侍女のイェジンに伝えて下さい。妓生のカン・テヒに短刀を渡し、ウォルファにそれを返してやってほしいと………」
「兄上………」
「もう、終わりにします。私は、こんな愛には疲れました」
ヒジェが全てを終わらせるつもりであると気づいた彼女は、黙ってうなずくと面会を終わらせた。
ウォルファは地方に旅立つ用意を始めていた。花嫁修行と称して地方に住む祖父母の元を尋ねるのだ。しかしその意図は婚姻を送らせるため。彼女はヒジェを都に戻す方法を探すことを諦めてはいなかった。何年かかってでも彼の罪を払拭し、しかるべき地位に戻すつもりだった。
───────例え、私がその時にお側に居なくても。
ヒジェの決心はウォルファを強くした。ただ待つだけの女でなくなった彼女は、ひとまず世間に騙される振りをすることにした。
そんな中、テヒが部屋に訪ねてきた。ウォルファはいつものように迎えると、彼女を部屋に通した。既に荷造りを始めている部屋の殺風景さに驚くテヒに、ウォルファは地方の祖父母のもとへ、花嫁修行に行くとだけ告げた。すると意外なことに、テヒは何も言わなかった。むしろ、黙って短刀を渡した。
「……これは?」
「ヒジェからよ。返しておいてくれと」
「あら………困ったわ。これはあの人の手に合わせて作ったから、他の人には合わないのに………どうすればいいのよ」
適当にはぐらかすウォルファにしびれを切らしたテヒは、恋敵であることも忘れてこう言った。
「あの男が今日、流刑にされるって知ってる?」
その言葉に彼女の動作が一瞬止まる。だがすぐにまた何事もなかったかのように作業を再開した。テヒは諦めて部屋を出ていこうとした。たった一言を残して。
「………あの男の意図を分かっているのなら、後悔しない道を選びなさいよ。あなたが選びたくて私は選べない道を行きなさい、シム・ウォルファ」
その言葉が、ウォルファの抑えていた思慕の念を沸かせた。テヒが帰ったあと、ウォルファは着の身着のままで駆け出した。
───ヒジェ様、ヒジェ様………私が生涯でただ一人、全てをかけて愛せる殿方……
ヒジェは民衆に取り囲まれて揶揄されていた。その人々を掻き分け、ウォルファはヒジェの護送車に近づいた。彼はすぐウォルファが隣にやって来たことに気づき、驚嘆と戸惑いの表情を見せた。
「なぜ、ここに?」
「あなたは嘘をつけない人ですね。嘘を突き通すなら、きっぱり帰れと言うべきでした。」
つい本音が出てしまったことに後悔したヒジェは、うつむいて答えた。
「………嘘をついて済まない。そなたを……愛している」
「知っています。ヒジェ様の愛の深さはよくわかりました。ですから今度は、私の愛の深さを教えて差し上げます。あなたが戻るまで待ちます。ずっと、待ちます。待ち続けて、年をとっても、あなたを待ちます。だって、あなたを愛しているから」
彼はこんなときに嘘をつけない自分を恨みながらも、溢れる微笑みを止めることはできなかった。ウォルファは護送車の柵の間に手を通し、彼の頬に触れた。
「………愛してる。大好き。側にいたい。」
「俺も、愛している。大好きだ。側にいてほしい」
護送車が港についた。ここから辺境の地方にヒジェは送られる。ウォルファは少しだけ役人に金を渡して時間をもらうと、ヒジェの縄を解いてもらうように計らった。束の間の自由をもらった彼はすぐ、見物する人目も気にせずにウォルファのことを抱き寄せ、熱い口づけを交わした。
「待っているわ。あなたが戻るその日まで」
「必ず、戻ってくる。全てを捨ててでも、そなたのために戻ってくる。」
痛いほどに熱い抱擁を受けたウォルファは、ヒジェの温もりを全身に刻み付けた。そして別れは早かった。役人に引き剥がされそうになった彼女は、腕を伸ばしてヒジェの手を掴んだ。
「嫌、行かないで。ずっと側にいたい。」
「俺も、どこへも行きたくない。そなたと一緒にいたい。嫌だ、離れたくない」
四人がかりで引き離された二人は、泣いてはいなかった。互いの顔を、声を、姿を覚えておくために、泣くことは許されなかった。ヒジェは船に載せられた。その姿が永遠の別れのようで、ウォルファは心細くなり、こう叫んだ。
「お元気で!許されるなら、手紙を送ります」
「ああ、待っている。手紙が届かなくとも、そなたを信じる。……愛している!」
船が出された。港に取り残されたウォルファは、いつまでもその船影を見守っていた。すると、ヒジェに恨みを持つ民衆の何人かが彼女に近寄ってきた。役人たちが見て見ぬふりをする中現れたのは、赦免されたユンの従兄弟であり元部下のホン・テジュとヒジェの部下のチャ・ステクだった。彼らはウォルファから民衆を引き剥がすと、安全な場所へと連れていった。何が起きているのかさっぱり分からない彼女は二人に尋ねた。すると、テジュが事の顛末を語った。
「私は、オ・ユン様に立場の危ういウォルファお嬢様をお守りしろと命じられました。そして、ステクもチャン・ヒジェ殿から同様に命じられたそうです」
「二人とも………」
「以後互いの旦那様が戻るまで、私たちはあなたの護衛です。何なりとお命じ下さい、お嬢様」
二人の優しさ、そしてその上司の愛に改めて心暖められたウォルファは、跪づく彼らを立たせて最初の指示を出した。
「では、チャン・ヒジェ様のお屋敷に行きなさい。きっと民衆たちがあの様子だと暴れてお困りだわ」
「承知しました、お嬢様」
「わかりました、お嬢様」
彼女はそう命じると、迎えに来たチェリョンと共に帰宅した。帰りにウンテクと鉢合わせをしたが、ウォルファは適当なことを言って誤魔化すと、荷造りを再開させた。
一方、テヒはヒジェから事前にある手紙を受け取っていた。それは、今まで慕ってくれたことへの感謝として金銭で免賤し、平民の身分とするという内容のもので、テヒ名義の手形が入っていた。彼女は意外な贈り物に驚くと、一瞬どうしようかと戸惑ったが、やがてせめてもの謝罪にと渡したのだろうかと思うと、免賤を受けに官庁へ向かった。
地方へ向かう日の朝、ウォルファは母と兄に挨拶を済ませると、チェリョン、ステク、テジュを連れて出発しようとした。すると、走ってきたようすのテヒが現れ、ウォルファは驚きのあまりひっくり返りそうになった。何に驚いたかというと、彼女の格好がどう見ても普通の女性にしか見えないからだ。テヒは照れながらも毅然と告げた。
「あんたの田舎でひとまず料理屋をするわ。それから腕を磨いたら、都へ戻る。心細そうだからついていってやるわ」
「いや、テヒさん……あなた、仕事は……」
「ヒジェがぞんざいに扱った申し訳なさに免賤してくれたわ。だから今日からはカン・テヒは平民のソン・テヒョンよ」
驚くだろうかと思って内心わくわくしながら言ったテヒ改めテヒョンは、ウォルファ──親友の反応を伺った。彼女はもちろん、笑っていた。
ウォルファはテヒョンの少ない荷物を荷台に載せると、長い道のりを歩き始めた。だが、たしかに道中は長いが、人生よりは短い。様々な人生を辿ってきた一同は、そんな道を歩きながら思い思いの過去への回想と、未来への抱負を考えながら、楽しく語り合うのだった。
ウォルファが借地として元本を支払ったテヒョンの店は繁盛し、毎度客が押し寄せて賑わうまでに成長した。彼女はヒジェには愛を貰えなかったが、それに次ぐ一番の自由という贈り物に感謝を感じ、料理を振るった。
そして、テジュとステクはウォルファの破天荒な行動に頭を悩ませながら、毎月都に送る報告の手紙に書く嘘の内容をああでもない、こうでもないとひねり出していた。そんな彼らを見ながら、ウォルファは花嫁修行と称してヒジェの冬用の温かな綿入れの羽織を作っている。
それぞれが一つの転換期から、新たな道を歩もうとしている。王宮で昇格したトンイは、じっと空を眺めている。彼女はあの日以来、愛とは一体何なのかをずっと考えていた。そして、その疑問はいつか、お腹に宿った子と共に解決していこうと思うと、再び産着の用意に戻った。
禧嬪に降格されたオクチョンは机から紐飾りを取り出すと、黙って眺めていた。
「───友というのは、得難く、失いやすいものだ」
それはかつてウォルファが彼女に贈ったものであり、楽しかった日々の断片だった。オクチョンはそれを元通りにしまうと、鏡に映る"禧嬪"としての自分を確認し、自分であることを定義付けるのだった。
チャン・ヒジェは手紙と共に持ってこられた綿入れを見ると、自然と笑みがこぼれるのを抑えられなかった。
「……ウォルファ……」
ヒジェは普段は書かない素直な手紙を書くため、引き出しから硯と筆と墨を取り出すと、純白の紙を目の前に敷いた。
「さて、何を書くか………」
彼は留学中の話でも書こうと思い付くと、綿入れの礼を出だしに、微笑みながら筆を進め始めるのだった。
散ったようにみえる華。しかしそれは確かに誰かの心に残り、また次の華を咲かせる準備を始めていた。
過酷な冬が終われば、春はもうすぐそこ。その冬の長さを知らない人々は、今日も春を待ち焦がれて一日を生きるのである。
ヒジェとウォルファに、温かな春は来るのだろうか。それは誰にも分からない。だがひとつ確かなことは、希望を持って冬を耐え続けるのには、春がなければ乗り越えられないということである。
「………兄上、よく決心しましたね」
「何がですか、王妃様……いえ、禧嬪様」
廃妃が戻されるために禧嬪に降格されたオクチョンは、兄の目のなかに確かな怒りを見つけた。その色は何にもまして赤かった。
「ウォルファとの縁です。よく切りましたね。南人の中でも称賛されていますよ」
「………切るのは簡単、しかし繋ぎ止めるのに疲れただけです」
心の底から疲れきっているヒジェを目の当たりにしてようやく、彼女はどれ程兄が親友を愛していたかを知った。全ての執着を捨てたヒジェは、身軽だった。だがそれはあまりにも空虚な身軽さだった。
「……あの子に、机の中に入っている私の短刀を返してください。母上の侍女のイェジンに伝えて下さい。妓生のカン・テヒに短刀を渡し、ウォルファにそれを返してやってほしいと………」
「兄上………」
「もう、終わりにします。私は、こんな愛には疲れました」
ヒジェが全てを終わらせるつもりであると気づいた彼女は、黙ってうなずくと面会を終わらせた。
ウォルファは地方に旅立つ用意を始めていた。花嫁修行と称して地方に住む祖父母の元を尋ねるのだ。しかしその意図は婚姻を送らせるため。彼女はヒジェを都に戻す方法を探すことを諦めてはいなかった。何年かかってでも彼の罪を払拭し、しかるべき地位に戻すつもりだった。
───────例え、私がその時にお側に居なくても。
ヒジェの決心はウォルファを強くした。ただ待つだけの女でなくなった彼女は、ひとまず世間に騙される振りをすることにした。
そんな中、テヒが部屋に訪ねてきた。ウォルファはいつものように迎えると、彼女を部屋に通した。既に荷造りを始めている部屋の殺風景さに驚くテヒに、ウォルファは地方の祖父母のもとへ、花嫁修行に行くとだけ告げた。すると意外なことに、テヒは何も言わなかった。むしろ、黙って短刀を渡した。
「……これは?」
「ヒジェからよ。返しておいてくれと」
「あら………困ったわ。これはあの人の手に合わせて作ったから、他の人には合わないのに………どうすればいいのよ」
適当にはぐらかすウォルファにしびれを切らしたテヒは、恋敵であることも忘れてこう言った。
「あの男が今日、流刑にされるって知ってる?」
その言葉に彼女の動作が一瞬止まる。だがすぐにまた何事もなかったかのように作業を再開した。テヒは諦めて部屋を出ていこうとした。たった一言を残して。
「………あの男の意図を分かっているのなら、後悔しない道を選びなさいよ。あなたが選びたくて私は選べない道を行きなさい、シム・ウォルファ」
その言葉が、ウォルファの抑えていた思慕の念を沸かせた。テヒが帰ったあと、ウォルファは着の身着のままで駆け出した。
───ヒジェ様、ヒジェ様………私が生涯でただ一人、全てをかけて愛せる殿方……
ヒジェは民衆に取り囲まれて揶揄されていた。その人々を掻き分け、ウォルファはヒジェの護送車に近づいた。彼はすぐウォルファが隣にやって来たことに気づき、驚嘆と戸惑いの表情を見せた。
「なぜ、ここに?」
「あなたは嘘をつけない人ですね。嘘を突き通すなら、きっぱり帰れと言うべきでした。」
つい本音が出てしまったことに後悔したヒジェは、うつむいて答えた。
「………嘘をついて済まない。そなたを……愛している」
「知っています。ヒジェ様の愛の深さはよくわかりました。ですから今度は、私の愛の深さを教えて差し上げます。あなたが戻るまで待ちます。ずっと、待ちます。待ち続けて、年をとっても、あなたを待ちます。だって、あなたを愛しているから」
彼はこんなときに嘘をつけない自分を恨みながらも、溢れる微笑みを止めることはできなかった。ウォルファは護送車の柵の間に手を通し、彼の頬に触れた。
「………愛してる。大好き。側にいたい。」
「俺も、愛している。大好きだ。側にいてほしい」
護送車が港についた。ここから辺境の地方にヒジェは送られる。ウォルファは少しだけ役人に金を渡して時間をもらうと、ヒジェの縄を解いてもらうように計らった。束の間の自由をもらった彼はすぐ、見物する人目も気にせずにウォルファのことを抱き寄せ、熱い口づけを交わした。
「待っているわ。あなたが戻るその日まで」
「必ず、戻ってくる。全てを捨ててでも、そなたのために戻ってくる。」
痛いほどに熱い抱擁を受けたウォルファは、ヒジェの温もりを全身に刻み付けた。そして別れは早かった。役人に引き剥がされそうになった彼女は、腕を伸ばしてヒジェの手を掴んだ。
「嫌、行かないで。ずっと側にいたい。」
「俺も、どこへも行きたくない。そなたと一緒にいたい。嫌だ、離れたくない」
四人がかりで引き離された二人は、泣いてはいなかった。互いの顔を、声を、姿を覚えておくために、泣くことは許されなかった。ヒジェは船に載せられた。その姿が永遠の別れのようで、ウォルファは心細くなり、こう叫んだ。
「お元気で!許されるなら、手紙を送ります」
「ああ、待っている。手紙が届かなくとも、そなたを信じる。……愛している!」
船が出された。港に取り残されたウォルファは、いつまでもその船影を見守っていた。すると、ヒジェに恨みを持つ民衆の何人かが彼女に近寄ってきた。役人たちが見て見ぬふりをする中現れたのは、赦免されたユンの従兄弟であり元部下のホン・テジュとヒジェの部下のチャ・ステクだった。彼らはウォルファから民衆を引き剥がすと、安全な場所へと連れていった。何が起きているのかさっぱり分からない彼女は二人に尋ねた。すると、テジュが事の顛末を語った。
「私は、オ・ユン様に立場の危ういウォルファお嬢様をお守りしろと命じられました。そして、ステクもチャン・ヒジェ殿から同様に命じられたそうです」
「二人とも………」
「以後互いの旦那様が戻るまで、私たちはあなたの護衛です。何なりとお命じ下さい、お嬢様」
二人の優しさ、そしてその上司の愛に改めて心暖められたウォルファは、跪づく彼らを立たせて最初の指示を出した。
「では、チャン・ヒジェ様のお屋敷に行きなさい。きっと民衆たちがあの様子だと暴れてお困りだわ」
「承知しました、お嬢様」
「わかりました、お嬢様」
彼女はそう命じると、迎えに来たチェリョンと共に帰宅した。帰りにウンテクと鉢合わせをしたが、ウォルファは適当なことを言って誤魔化すと、荷造りを再開させた。
一方、テヒはヒジェから事前にある手紙を受け取っていた。それは、今まで慕ってくれたことへの感謝として金銭で免賤し、平民の身分とするという内容のもので、テヒ名義の手形が入っていた。彼女は意外な贈り物に驚くと、一瞬どうしようかと戸惑ったが、やがてせめてもの謝罪にと渡したのだろうかと思うと、免賤を受けに官庁へ向かった。
地方へ向かう日の朝、ウォルファは母と兄に挨拶を済ませると、チェリョン、ステク、テジュを連れて出発しようとした。すると、走ってきたようすのテヒが現れ、ウォルファは驚きのあまりひっくり返りそうになった。何に驚いたかというと、彼女の格好がどう見ても普通の女性にしか見えないからだ。テヒは照れながらも毅然と告げた。
「あんたの田舎でひとまず料理屋をするわ。それから腕を磨いたら、都へ戻る。心細そうだからついていってやるわ」
「いや、テヒさん……あなた、仕事は……」
「ヒジェがぞんざいに扱った申し訳なさに免賤してくれたわ。だから今日からはカン・テヒは平民のソン・テヒョンよ」
驚くだろうかと思って内心わくわくしながら言ったテヒ改めテヒョンは、ウォルファ──親友の反応を伺った。彼女はもちろん、笑っていた。
ウォルファはテヒョンの少ない荷物を荷台に載せると、長い道のりを歩き始めた。だが、たしかに道中は長いが、人生よりは短い。様々な人生を辿ってきた一同は、そんな道を歩きながら思い思いの過去への回想と、未来への抱負を考えながら、楽しく語り合うのだった。
ウォルファが借地として元本を支払ったテヒョンの店は繁盛し、毎度客が押し寄せて賑わうまでに成長した。彼女はヒジェには愛を貰えなかったが、それに次ぐ一番の自由という贈り物に感謝を感じ、料理を振るった。
そして、テジュとステクはウォルファの破天荒な行動に頭を悩ませながら、毎月都に送る報告の手紙に書く嘘の内容をああでもない、こうでもないとひねり出していた。そんな彼らを見ながら、ウォルファは花嫁修行と称してヒジェの冬用の温かな綿入れの羽織を作っている。
それぞれが一つの転換期から、新たな道を歩もうとしている。王宮で昇格したトンイは、じっと空を眺めている。彼女はあの日以来、愛とは一体何なのかをずっと考えていた。そして、その疑問はいつか、お腹に宿った子と共に解決していこうと思うと、再び産着の用意に戻った。
禧嬪に降格されたオクチョンは机から紐飾りを取り出すと、黙って眺めていた。
「───友というのは、得難く、失いやすいものだ」
それはかつてウォルファが彼女に贈ったものであり、楽しかった日々の断片だった。オクチョンはそれを元通りにしまうと、鏡に映る"禧嬪"としての自分を確認し、自分であることを定義付けるのだった。
チャン・ヒジェは手紙と共に持ってこられた綿入れを見ると、自然と笑みがこぼれるのを抑えられなかった。
「……ウォルファ……」
ヒジェは普段は書かない素直な手紙を書くため、引き出しから硯と筆と墨を取り出すと、純白の紙を目の前に敷いた。
「さて、何を書くか………」
彼は留学中の話でも書こうと思い付くと、綿入れの礼を出だしに、微笑みながら筆を進め始めるのだった。
散ったようにみえる華。しかしそれは確かに誰かの心に残り、また次の華を咲かせる準備を始めていた。
過酷な冬が終われば、春はもうすぐそこ。その冬の長さを知らない人々は、今日も春を待ち焦がれて一日を生きるのである。
ヒジェとウォルファに、温かな春は来るのだろうか。それは誰にも分からない。だがひとつ確かなことは、希望を持って冬を耐え続けるのには、春がなければ乗り越えられないということである。