13、それぞれの道
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義州の港に降りたウォルファは、ふらつく足取りでウンテクの所在地を探した。家に着く頃にはすっかり陽が落ちており、彼女は倒れこむように部屋へ入った。
「ウォルファ!?どうしたんだ。何故ここに?」
「今日はもう…話したくない……忘れたいの。全部」
その言葉を聞いただけで、彼は何か大きな出来事があったのだなと確信した。程なくして彼女を追いかけるようにしてやって来たチェリョンが、事の子細を語った。全て聞き終わったウンテクは、妹の頭を優しく撫でた。
「……辛かったな、ウォルファ。もう、全部忘れていいんだ。新しい人生を、ここ義州で歩みなさい」
彼の言葉が聞こえたのか、ウォルファは一筋の涙を流すと、安心したように眠り始めた。
夢の中で、やはり彼女の傍に居るのはヒジェだった。どうしようもなく鮮明なその顔と声に、ウォルファは思わず抱きついた。
『ヒジェ様!!よかった…全部夢なのね?』
『ああ。私がそなたを手放したりするもんか。ずっと、一緒だ。』
「ずっと…………一緒………」
幸せな日々が、ウォルファの中で思い出に変わろうとしていた。今はもう、遠すぎる思い出に。
不快な思いをかけさせたはずのイェリがヒジェの家にやって来たのは、ウォルファが消息を絶ってから三日後のことだった。彼女は深く一礼すると、ヒジェに箱を渡した。
「…これは?」
「あなたは娘を誤解しています。あの子は……あなたの悪行を知るまでずっと、あなたを愛していました。そしてそれを知った後でも、兄を解放してくれると信じていました。これが、あの子の気持ちです。せめて受け取ってやってください」
説明を終えると、彼女はそのまま家を後にした。残されたヒジェは、沈んだ表情で箱を開けた。そこには、一本の螺鈿と宝石を埋め込んで作った特注の短刀があった。そして、手紙が同封されていた。彼は震える手で手紙を開けた。
『ヒジェ様へ
大将就任、おめでとうございます。これからもあなたのお傍に居られるなんて、夢のようです。ずっと、あなたの隣で寄り添えたらどんなに幸せか。そんなことばかり考えていました。でも、それが現実になるなんて。本当に私は幸せです。ささやかな私からの贈り物、受け取ってください。また、お会いしたときにでも感想を聞かせてくださいな。
あなたに会える日が一日でも早くなりますように。
シム・ウォルファより』
読み終わったヒジェは、嗚咽を漏らした。
「うっ……うっ……済まない……済まない……ウォルファ………許してくれ………」
彼は短刀と手紙を抱きしめながら咽び泣いた。そして永遠に戻らぬ日々への贖罪をいつまでも繰り返すのだった。
愛する人の傍に居るために手にした権力は、いつのまにかその人自身を傷つけ、心を殺してしまったのだ。
「権力は……剣とはまことに上手く言ったものだ。」
ウォルファの心の血に汚れた権力で生きていくことしか出来ない彼は、そう言うと力なく笑うのだった。
しばらくして、ウォルファはウンテクの紹介で妓楼の女主人ソリの元へやって来ていた。
「あなたがウォルファね。今日から店の裏方で下働きをしてもらうわ。お客の接客はなし。いい条件でしょう?」
「ええ。うちの兄を養えます。」
いつもの笑顔で返事をすると、彼女は渡された前掛けを身に付けた。その姿にもはや、両班のお嬢様の風体はない。
──私は、ここで生きていく。だからヒジェ様、あなたもそちらの世界で生きて。私とは別の世界で。
「ウォルファ!料理は得意?」
「ええ!裁縫も、掃除も全部任せてください!」
そう応えた彼女は、足取り軽く厨房へ向かうのだった。
それから一年の歳月が過ぎた。ウォルファはすっかり料理や裁縫の腕で、ウンテクの生活を支えられるようになっていた。妓楼の使用人の中でも一番の人気者となり、皆から愛される存在だ。
「ウォルファ~!今日の服、どう?」
「色が良いですね。でもその飾りより、こっちの方がお似合いです」
「あら、あなたってやっぱり趣味がいいわね!ありがと!」
「ウォルファ~!!琴の調律お願い!」
「はい!ただいま!」
都での暮らしとはまたひと味違う充実感を感じながら、ウォルファは新しい生活にも慣れ始めていた。いつの間にか、また季節は巡って春になっている。再出発を切った彼女は、都で吹いているものと同じ春風を感じながら、確実に歩き始めていた。
チャン・ヒジェは、いつも通り職務をこなしていた。ふと、彼は懐から短刀を取り出した。
「……ウォルファ…」
だが、すぐにまた元へ戻すと机の上の書類に向き合い始めた。
その様子はまるで、懐慕の念に駈られることを恐れているかのようにも見える。
複雑に絡み合った二人の運命の赤い糸は、絶ちきれたように思えた。だが、それはもつれあったまま、確かに繋がったままであることを、二人とも気づいてはいないのだった。
~淡恋編~ 終
「ウォルファ!?どうしたんだ。何故ここに?」
「今日はもう…話したくない……忘れたいの。全部」
その言葉を聞いただけで、彼は何か大きな出来事があったのだなと確信した。程なくして彼女を追いかけるようにしてやって来たチェリョンが、事の子細を語った。全て聞き終わったウンテクは、妹の頭を優しく撫でた。
「……辛かったな、ウォルファ。もう、全部忘れていいんだ。新しい人生を、ここ義州で歩みなさい」
彼の言葉が聞こえたのか、ウォルファは一筋の涙を流すと、安心したように眠り始めた。
夢の中で、やはり彼女の傍に居るのはヒジェだった。どうしようもなく鮮明なその顔と声に、ウォルファは思わず抱きついた。
『ヒジェ様!!よかった…全部夢なのね?』
『ああ。私がそなたを手放したりするもんか。ずっと、一緒だ。』
「ずっと…………一緒………」
幸せな日々が、ウォルファの中で思い出に変わろうとしていた。今はもう、遠すぎる思い出に。
不快な思いをかけさせたはずのイェリがヒジェの家にやって来たのは、ウォルファが消息を絶ってから三日後のことだった。彼女は深く一礼すると、ヒジェに箱を渡した。
「…これは?」
「あなたは娘を誤解しています。あの子は……あなたの悪行を知るまでずっと、あなたを愛していました。そしてそれを知った後でも、兄を解放してくれると信じていました。これが、あの子の気持ちです。せめて受け取ってやってください」
説明を終えると、彼女はそのまま家を後にした。残されたヒジェは、沈んだ表情で箱を開けた。そこには、一本の螺鈿と宝石を埋め込んで作った特注の短刀があった。そして、手紙が同封されていた。彼は震える手で手紙を開けた。
『ヒジェ様へ
大将就任、おめでとうございます。これからもあなたのお傍に居られるなんて、夢のようです。ずっと、あなたの隣で寄り添えたらどんなに幸せか。そんなことばかり考えていました。でも、それが現実になるなんて。本当に私は幸せです。ささやかな私からの贈り物、受け取ってください。また、お会いしたときにでも感想を聞かせてくださいな。
あなたに会える日が一日でも早くなりますように。
シム・ウォルファより』
読み終わったヒジェは、嗚咽を漏らした。
「うっ……うっ……済まない……済まない……ウォルファ………許してくれ………」
彼は短刀と手紙を抱きしめながら咽び泣いた。そして永遠に戻らぬ日々への贖罪をいつまでも繰り返すのだった。
愛する人の傍に居るために手にした権力は、いつのまにかその人自身を傷つけ、心を殺してしまったのだ。
「権力は……剣とはまことに上手く言ったものだ。」
ウォルファの心の血に汚れた権力で生きていくことしか出来ない彼は、そう言うと力なく笑うのだった。
しばらくして、ウォルファはウンテクの紹介で妓楼の女主人ソリの元へやって来ていた。
「あなたがウォルファね。今日から店の裏方で下働きをしてもらうわ。お客の接客はなし。いい条件でしょう?」
「ええ。うちの兄を養えます。」
いつもの笑顔で返事をすると、彼女は渡された前掛けを身に付けた。その姿にもはや、両班のお嬢様の風体はない。
──私は、ここで生きていく。だからヒジェ様、あなたもそちらの世界で生きて。私とは別の世界で。
「ウォルファ!料理は得意?」
「ええ!裁縫も、掃除も全部任せてください!」
そう応えた彼女は、足取り軽く厨房へ向かうのだった。
それから一年の歳月が過ぎた。ウォルファはすっかり料理や裁縫の腕で、ウンテクの生活を支えられるようになっていた。妓楼の使用人の中でも一番の人気者となり、皆から愛される存在だ。
「ウォルファ~!今日の服、どう?」
「色が良いですね。でもその飾りより、こっちの方がお似合いです」
「あら、あなたってやっぱり趣味がいいわね!ありがと!」
「ウォルファ~!!琴の調律お願い!」
「はい!ただいま!」
都での暮らしとはまたひと味違う充実感を感じながら、ウォルファは新しい生活にも慣れ始めていた。いつの間にか、また季節は巡って春になっている。再出発を切った彼女は、都で吹いているものと同じ春風を感じながら、確実に歩き始めていた。
チャン・ヒジェは、いつも通り職務をこなしていた。ふと、彼は懐から短刀を取り出した。
「……ウォルファ…」
だが、すぐにまた元へ戻すと机の上の書類に向き合い始めた。
その様子はまるで、懐慕の念に駈られることを恐れているかのようにも見える。
複雑に絡み合った二人の運命の赤い糸は、絶ちきれたように思えた。だが、それはもつれあったまま、確かに繋がったままであることを、二人とも気づいてはいないのだった。
~淡恋編~ 終