5、窮地と転機
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シム・ウンテクは、帰りがあまりに遅いウォルファのことを探すために捕盗庁にやって来ていた。
「どういうことだ!?妹はまだ帰らないのか!?」
「は、はい。」
「それに、チャン武官も戻りません」
「何だと!?」
「二人揃って事件に巻き込まれた可能性も否めません」
彼はため息をついた。
────何てことだ。一番信用ならん男と消えるなんて…
「とにかく、一度心当たりのある場所をで探してみます」
ヨンギがそう言う。すると、ファン武官が大声をあげて走ってきた。
「従事官様ぁ!!!大変です!」
「何事だ」
「ウォルファは従事官様に荷物を届けに上がる最中に行方不明になったそうです」
ヨンギとウンテクは首をかしげた。
「……荷物だと?一体何の…」
「もしや、南人派に狙われたやもしれん。恐らく義禁府が飛んでくるだろう」
奇しくもユンが到着したのは丁度そのときだった。血相を抱えて走り込んできた彼に、ウンテクは気まずそうな顔をしてみせた。
「ウォルファが行方不明だと!?しかもあのチャン・ヒジェも!?」
「困ったものです。一体どこへ行こうというのやら…」
「兄であるそなたの監督責任ではないのか!?第一仕事に出させるなど、あまりに危険きわまりない!」
「うちの勝手ですよ」
「なに!?」
ユンとウンテクが口論を始める。ヨンギが止めようとしたその時だった。
「ですから、大の男がそんな犬みたいにきゃんきゃん吠えたてないで下さい」
「ウォルファ!!!」
一同が振り向くと、そこには足を痛めたウォルファがヒジェに背負われている姿があった。
「大丈夫です。お嬢さんはこのチャン・ヒジェがお守りしましたから」
ウンテクはヒジェの背中から妹を下ろすと、無事を確認し、ひと安心した。
「礼を言う。本当にありがとう」
「いえいえ!私も無事に妹君をお返しできて感無量です」
「ウォルファ、怪我は足だけか?」
「ええ、お兄さま。それより、これを従事官にお渡しします」
ウォルファが包みを取り出したときだった。ユンはすぐに彼女が一体何に巻き込まれたのかを悟った。そして、殺しさえも厭わない性格のヒジェが何故、彼女を始末しなかったのかが気にかかった。
────何故だ。あの男なら殺りかねないと言うのに…
彼はヒジェのあのぞっとする冷たい微笑みを思いだし、悪寒を感じていた。
『───…たかが中人風情に彼女は渡さぬ。節度をわきまえよ、チャン殿』
『それは彼女の心次第なのでは?ご自分が一番よくわかっていらっしゃるでしょうに』
あのときのヒジェからは、ただユンの大切なものを奪って弄んでしまおうという悪意しか感じられなかった。だが今はその不純な想いこそが偽物で、本心は驚くほど純粋な愛なのではないだろうかとさえ思われた。
ユンは焦っていた。心のなかでヒジェへの憎悪を募らせる彼は、彼がソ従事官と話をしている間にウォルファへ駆け寄った。
「大丈夫だったか!?怪我をしたそうだな」
「ええ、でも大丈夫です。剣を持ったどこかの私兵に斬られそうになりましたが、ヒジェ様が助けて下さりましたから」
「ヒジェが?」
「ええ。意外に強いんですよ、あの方」
「…お前はいつもあいつの話をするときは楽しそうだな」
ユンは顔をしかめると、そっぽを向いた。その様子にウォルファは思わず吹き出してしまった。
「何が面白いのだ。」
「え…だって、殿方が拗ねていらっしゃるところ、初めて見ましたから」
「…ふん」
「面白いですよ。いい意味で」
ウォルファは屈託のない笑顔を向けた。ユンは反射的に笑顔がこぼれてしまう自分に呆れながらも、やはりヒジェのことを彼女が慕っていることなどあり得ないなと納得するのだった。
しかし彼がこれを間違いだと気づくのは、そう遠くない話である。
ヨンギとの話が終わると、ヒジェはユンが帰る頃を見計らい、忍び足でウォルファに近づいた。
「わっ!!」
「きゃっ!!」
見ると、ウォルファが痛めた方の足を、足袋の上からさすっている所だった。ヒジェは生唾を飲むのを止められなかった。いや、そうすることで必死に理性を押さえ込んだ。ほんの少しだけちらちらと焦らすように見え隠れするくるぶしの辺りがあまりに官能的で、更に言えば少しだけ傾けた首のせいで、美しく、まだ男が一度も触れたことがなさそうな、初 なうなじが見えたせいで、彼はすっかり釘付けになってしまった。
────いかん、押し倒したい。
一方、ウォルファもヒジェの下心溢れる目に気づき、慌てて足を下ろして元の座りかたに戻そうとした。
───だめ、身の危険を感じるわ。
だが、ヒジェは早かった。さっと隣に座って距離を積めると、彼女の足を片手で押さえ込んだ。ヒジェはそのままもう片方の手を足袋の中にある美しい足を本能の赴くままにまさぐろうとした。だが、不意に彼はウォルファの痛々しいねんざの腫れに気づき、絶好の機会であるにも関わらず、愚かにも足袋の上に優しく手を添えた。
「……痛むか?」
「ええ、まぁ…でも…」
「でも?」
ウォルファは少しだけ言葉を詰まらせ、小さい声で続きを教えた。
「でも、あなたの手が触れると、痛くなくなる」
「ウォルファ……?」
「すこしだけ、このままで居ても構いませんか?」
ヒジェは驚いたが、ゆっくり頷くと優しく微笑んだ。
南人と西人。そうでなければきっと直ぐにでも想いを告げられるはずなのに、やはりそれが邪魔をしていた。
この想いは永遠に胸に秘めねばならないのか。二人はその悲しみに打ち震えた。
「一体…何がいけないのですか?私たちの」
「立場は越えられないからです。決して」
「では、私がせめて捕盗庁で正一品になったら。そうすれば、構わんか?中人で南人の私でも、そなたを愛しても?」
捕盗庁で正一品……ウォルファはある職しかありえないと瞬時に悟った。
「大将……ですか?」
「ああ。そうなったら、そなたは心を開いてくれるか?それでも駄目なら、力ずくで拐うしかないが…」
ウォルファは真剣な告白なのに笑いだしてしまった。
「やだ。あなたはどこまで本気でしでかすかわからないから…ちょっと怖いです」
「拐った方が手っ取り早いですし、個人的には好きだ」
「やっぱり!兄に殺されますよ」
二人は笑った。それはウォルファにとっては承諾であり、ヒジェにとっては初めての純粋な愛の伝え方だった。
その姿を見ていたのは、ウンテクだった。彼はとうとう妹とヒジェの心が通ってしまったことに少しの驚きと苦々しさを隠しきれなかった。隣に居るヨンギも、悲しそうに呟いた。
「南人と西人は、相容れない。それをあの二人は知っているのでしょうか」
「……チャン・ヒジェは知っているでしょうね。けれど、あの子は───妹は知らないでしょう。どれ程険しい道なのかを……」
「オ・ユン様はご存知なのですか」
「いつか知るでしょう。ですが、こればかりは妹の気持ちを優先できません。家の行く末を恋愛ごときで決められないのが両班の宿命ですから」
ヨンギはウンテクがそれだけで二人を認めないのはありえないと知っていた。
「一番の理由は、あなたがヒジェを嫌っているからでは?」
「ああ、それもある。あんな男、信用ならん」
それきり、ウンテクは黙りこんでしまった。核心に踏み込んだことをやや後悔したヨンギは、そのまま部署へ戻った。
残されたウンテクは、妹を家に連れて帰るためにもう少し待つことにしたのだった。
「どういうことだ!?妹はまだ帰らないのか!?」
「は、はい。」
「それに、チャン武官も戻りません」
「何だと!?」
「二人揃って事件に巻き込まれた可能性も否めません」
彼はため息をついた。
────何てことだ。一番信用ならん男と消えるなんて…
「とにかく、一度心当たりのある場所をで探してみます」
ヨンギがそう言う。すると、ファン武官が大声をあげて走ってきた。
「従事官様ぁ!!!大変です!」
「何事だ」
「ウォルファは従事官様に荷物を届けに上がる最中に行方不明になったそうです」
ヨンギとウンテクは首をかしげた。
「……荷物だと?一体何の…」
「もしや、南人派に狙われたやもしれん。恐らく義禁府が飛んでくるだろう」
奇しくもユンが到着したのは丁度そのときだった。血相を抱えて走り込んできた彼に、ウンテクは気まずそうな顔をしてみせた。
「ウォルファが行方不明だと!?しかもあのチャン・ヒジェも!?」
「困ったものです。一体どこへ行こうというのやら…」
「兄であるそなたの監督責任ではないのか!?第一仕事に出させるなど、あまりに危険きわまりない!」
「うちの勝手ですよ」
「なに!?」
ユンとウンテクが口論を始める。ヨンギが止めようとしたその時だった。
「ですから、大の男がそんな犬みたいにきゃんきゃん吠えたてないで下さい」
「ウォルファ!!!」
一同が振り向くと、そこには足を痛めたウォルファがヒジェに背負われている姿があった。
「大丈夫です。お嬢さんはこのチャン・ヒジェがお守りしましたから」
ウンテクはヒジェの背中から妹を下ろすと、無事を確認し、ひと安心した。
「礼を言う。本当にありがとう」
「いえいえ!私も無事に妹君をお返しできて感無量です」
「ウォルファ、怪我は足だけか?」
「ええ、お兄さま。それより、これを従事官にお渡しします」
ウォルファが包みを取り出したときだった。ユンはすぐに彼女が一体何に巻き込まれたのかを悟った。そして、殺しさえも厭わない性格のヒジェが何故、彼女を始末しなかったのかが気にかかった。
────何故だ。あの男なら殺りかねないと言うのに…
彼はヒジェのあのぞっとする冷たい微笑みを思いだし、悪寒を感じていた。
『───…たかが中人風情に彼女は渡さぬ。節度をわきまえよ、チャン殿』
『それは彼女の心次第なのでは?ご自分が一番よくわかっていらっしゃるでしょうに』
あのときのヒジェからは、ただユンの大切なものを奪って弄んでしまおうという悪意しか感じられなかった。だが今はその不純な想いこそが偽物で、本心は驚くほど純粋な愛なのではないだろうかとさえ思われた。
ユンは焦っていた。心のなかでヒジェへの憎悪を募らせる彼は、彼がソ従事官と話をしている間にウォルファへ駆け寄った。
「大丈夫だったか!?怪我をしたそうだな」
「ええ、でも大丈夫です。剣を持ったどこかの私兵に斬られそうになりましたが、ヒジェ様が助けて下さりましたから」
「ヒジェが?」
「ええ。意外に強いんですよ、あの方」
「…お前はいつもあいつの話をするときは楽しそうだな」
ユンは顔をしかめると、そっぽを向いた。その様子にウォルファは思わず吹き出してしまった。
「何が面白いのだ。」
「え…だって、殿方が拗ねていらっしゃるところ、初めて見ましたから」
「…ふん」
「面白いですよ。いい意味で」
ウォルファは屈託のない笑顔を向けた。ユンは反射的に笑顔がこぼれてしまう自分に呆れながらも、やはりヒジェのことを彼女が慕っていることなどあり得ないなと納得するのだった。
しかし彼がこれを間違いだと気づくのは、そう遠くない話である。
ヨンギとの話が終わると、ヒジェはユンが帰る頃を見計らい、忍び足でウォルファに近づいた。
「わっ!!」
「きゃっ!!」
見ると、ウォルファが痛めた方の足を、足袋の上からさすっている所だった。ヒジェは生唾を飲むのを止められなかった。いや、そうすることで必死に理性を押さえ込んだ。ほんの少しだけちらちらと焦らすように見え隠れするくるぶしの辺りがあまりに官能的で、更に言えば少しだけ傾けた首のせいで、美しく、まだ男が一度も触れたことがなさそうな、
────いかん、押し倒したい。
一方、ウォルファもヒジェの下心溢れる目に気づき、慌てて足を下ろして元の座りかたに戻そうとした。
───だめ、身の危険を感じるわ。
だが、ヒジェは早かった。さっと隣に座って距離を積めると、彼女の足を片手で押さえ込んだ。ヒジェはそのままもう片方の手を足袋の中にある美しい足を本能の赴くままにまさぐろうとした。だが、不意に彼はウォルファの痛々しいねんざの腫れに気づき、絶好の機会であるにも関わらず、愚かにも足袋の上に優しく手を添えた。
「……痛むか?」
「ええ、まぁ…でも…」
「でも?」
ウォルファは少しだけ言葉を詰まらせ、小さい声で続きを教えた。
「でも、あなたの手が触れると、痛くなくなる」
「ウォルファ……?」
「すこしだけ、このままで居ても構いませんか?」
ヒジェは驚いたが、ゆっくり頷くと優しく微笑んだ。
南人と西人。そうでなければきっと直ぐにでも想いを告げられるはずなのに、やはりそれが邪魔をしていた。
この想いは永遠に胸に秘めねばならないのか。二人はその悲しみに打ち震えた。
「一体…何がいけないのですか?私たちの」
「立場は越えられないからです。決して」
「では、私がせめて捕盗庁で正一品になったら。そうすれば、構わんか?中人で南人の私でも、そなたを愛しても?」
捕盗庁で正一品……ウォルファはある職しかありえないと瞬時に悟った。
「大将……ですか?」
「ああ。そうなったら、そなたは心を開いてくれるか?それでも駄目なら、力ずくで拐うしかないが…」
ウォルファは真剣な告白なのに笑いだしてしまった。
「やだ。あなたはどこまで本気でしでかすかわからないから…ちょっと怖いです」
「拐った方が手っ取り早いですし、個人的には好きだ」
「やっぱり!兄に殺されますよ」
二人は笑った。それはウォルファにとっては承諾であり、ヒジェにとっては初めての純粋な愛の伝え方だった。
その姿を見ていたのは、ウンテクだった。彼はとうとう妹とヒジェの心が通ってしまったことに少しの驚きと苦々しさを隠しきれなかった。隣に居るヨンギも、悲しそうに呟いた。
「南人と西人は、相容れない。それをあの二人は知っているのでしょうか」
「……チャン・ヒジェは知っているでしょうね。けれど、あの子は───妹は知らないでしょう。どれ程険しい道なのかを……」
「オ・ユン様はご存知なのですか」
「いつか知るでしょう。ですが、こればかりは妹の気持ちを優先できません。家の行く末を恋愛ごときで決められないのが両班の宿命ですから」
ヨンギはウンテクがそれだけで二人を認めないのはありえないと知っていた。
「一番の理由は、あなたがヒジェを嫌っているからでは?」
「ああ、それもある。あんな男、信用ならん」
それきり、ウンテクは黙りこんでしまった。核心に踏み込んだことをやや後悔したヨンギは、そのまま部署へ戻った。
残されたウンテクは、妹を家に連れて帰るためにもう少し待つことにしたのだった。