4、信じた道を
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王宮に戻ったヒジェは即座に捕らえられた。隣に居るウォルファは、必死で彼から兵を引き剥がそうとしている。ウンテクが怒りを顕にして二人の前にやって来た。
「お前たち…………わかっているのか?」
「ヒジェ様を離してください!この方は何も悪くありません。悪いのは私です。ですから、この方にどうか刑罰を負わせな………」
ウンテクは妹の話を聞き終えるより前に彼女の頬を思いきり叩いて黙らせた。
「黙れ!一体いつまで甘えている。現実を見ろ!お前とチャン・ヒジェ殿は西人と南人ではないか!おかげでそなたは嫁にも行き遅れ、縁談も逃した!」
「この方以外、私は伴侶と認めません!」
「うるさい!!家族のことも考えてみろ。お前が南人の密偵ではないかと後ろ指を指されているんだぞ」
「ならば縁を切ってください!私はただのウォルファになります。そうすれば………そうすれば、ヒジェ様のお側に居られますか?わかりません。もう、わかりません!」
すさまじい問答は、淑媛、禧嬪だけでなく粛宗の目にも留まった。彼は滅多に会話することが無くなった禧嬪に尋ねた。
「一体、そなたの兄に何が起きている?」
「兄上は南人の身でありながら西人のシム殿の妹君と恋仲なのです。恐らくそのことでしょう」
「……やはりそうか」
彼女と淑媛はその言葉に驚いた。
「王様、ご存じだったのですか?」
「ああ。あの者が世子承認を通したとき、余が褒美を尋ねたら西人の令嬢、シム・ウォルファとの婚姻を取り計らって欲しいと頼んできてな…」
「そんな………」
禧嬪の想像した以上に深い二人の仲に、彼女は言葉を失った。そして、兄が処罰を受けることに気づくと我に返ってウォルファに掴みかかった。
「ウォルファ!そなたが身を引かぬからこのようなことになるのだ!兄上を巻き込むな!!」
「禧嬪様!!この兄が勝手にしたことです。ウォルファは関係ありません!ですからお手を離してください!」
「兄上!いい加減目を覚ましてください!兄上は南人ですよ?この女は西人です!」
今まで妹の言うことは素直に聞いていたヒジェだったが、今回ばかりは食い下がった。彼は兵を振り払うと、ウォルファを背中に隠した。
「西人であろうが、南人であろうが、私が愛したのはこの女です。誰も愛せなかったこの私が……唯一愛したのはこの女なのです」
その言葉には、ヒジェの全てが込められていた。ウォルファに対する思慕はもちろん、党派を捨ててでも愛し抜くという決意が、そこには込められていた。禧嬪はこの愚かで純粋な愛に愕然とすると、その場に絶望して座り込んでしまった。ウンテクは司憲府の権限を使い、命令を読み上げた。
「礼賓寺署長チャン・ヒジェは公務放棄の罪により、鞭打ち30回の刑に処す。自らの行いにしかと反省し、慎んで刑を受けよ。」
それは、紛れもなくヒジェの罪に値する罰だった。だが、公務放棄ではない。その罪の名前は、愛だった。初めて知った暖かで優しい何の罪もないはずのその想いが、別の党派の女性に向けられた分不相応なものだから罪になったのだ。少なくともヒジェもウォルファもそう感じていた。しかし、鞭打ち30回は屈強な者でも死ぬことがある刑罰だ。ウォルファは兄の前に土下座して頼み込んだ。
「お兄様!お願いです。私も罰を受けます!お慕いした罪はこの身で償います!」
「ああ、そなたにも受けてもらおう。……愛した男が鞭打たれる姿でも見て頭を冷やせ」
目の前が真っ白になったウォルファは、両目から涙をこぼしながらヒジェにすがった。
「嫌…………そんな…………30回なんて……死んでしまいます!!やめて!!お願いです!!!ヒジェ様!!!嫌!!あなたが死んでしまうわ!!!ねえ!!どうして私が悪いと言わないの?お願い!そう言って下さい!」
「……ウォルファ。俺は罰を受ける。それが俺の罪なのならば………」
「なぜ?愛することが何故罪なの?私たちには許されないことなの?」
その言葉が粛宗の胸に刺さる。賤民出身のトンイ、そして中人と賤民の子であるオクチョンを側室にするときにも同じことを考えたからだ。初めから結ばれない運命など、あまりに残酷すぎた。だが自分の立場からも止めることは出来ない。その場に居た誰もが党派を問わず、この二人に同情した。しかし、誰一人止めようとはしない。それが朝廷という場所であることもまた、ヒジェはよく知っていた。
刑場へ向かう途中、彼はあることを胸に誓っていた。
───やはり、領議政にならねばウォルファを側に置いて守れない。俺は、何としてでもその座に就いてみせる。たとえどんな代償を払おうとも……あの子の手を離さずに済むのなら!
彼は手を固定され、背中をむき出しにされたのを感じて、目を閉じた。そして、もう一度だけウォルファの顔を見た。彼女は泣いていた。本当は違う、そなたのせいではないと言いたかった。その涙を拭って優しく抱き締め、不安に震える唇を自分の温度で暖めてやりたかった。だが、出来ないのだ。自分を縛る手枷はとうとう彼女に近づくことさえも彼から奪った。ヒジェはありったけの悔しさと憤りを込めて地面を睨み付けて歯を食い縛ると、うめき声一つあげずに鞭を受けた。
刑罰が終わって解放されたヒジェは、背中を血だらけにして地面に倒れこんだ。彼は肩で息をするのもやっとの様子でウォルファを探した。彼女はすぐにヒジェに近寄ると、その身体を抱き締めて泣いた。子供のように泣きじゃくる彼女を慰めようとしても全身の痛みは酷く、ヒジェはもどかしさにまた悲しみを覚えた。
「………離れろ……そなたも…………罪に………」
「私を愛したことがあなたの罪なら、私の罪はあなたに心を捧げたことです」
「ウォルファ………」
彼女はヒジェに肩を貸して医務室に連れていくと、義州でのときのように手当てを始めた。痛々しい傷が彼女の胸を痛める。
「でも、何故でしょうか。何故罪なのに、私はこんなに幸せなのでしょうか?」
「………罪は、人に押し付けられたものだからだ。俺たちはそんな風に思っていないからだ」
「ヒジェ様…………」
包帯を巻いた背中に顔を埋めると、ウォルファは消え入りそうな声でそう呟いた。自分の帰る場所はここしかない。なのに、ここに帰ってはいけないのだ。理解しがたい理不尽さに涙を流しながら、彼女はいつまでもヒジェの温もりを覚えるためのようにそうしているのだった。
そんな中、都では再び両班が殺害される事件が発生した。その件を調査中だったチャン・ムヨルは、20年ほど前の事件にたどり着いた。
それは剣契という賤民の地下組織が起こした事件で、彼らは殲滅され、既に事件は終息していた。だが、今回の事件はその剣契が再結成されて起きた事件なのだ。ムヨルはかつて父イッコンが殺害されたときのことを思い出していた。彼は大司憲として左議政オ・テソクの汚職について調べていた。そしてテソクら南人によって殺害されたのだ。ところが彼らは事件の発覚を恐れて剣契にすべての罪を着せたのだ。だから南人とムヨルは本来相容れない関係である。ところが昇進のためにムヨルは南人を選んだ。彼は筋の曲がったことをしているのならば、徹底的にするべきだと思っていた。
そして、チョン・ドンイに行き当たったのだ。一見共通点のないように思えるが、不可解なことに彼女の過去についての記録がどこにもないのだ。気になった彼は、ありとあらゆることを調べ始めた。すると彼女の護衛に勤しむチャ・チョンスが、かつて高官殺しの賤民についての記録を捕盗庁で探していたという話をヒジェから聞くことができた。ムヨルはチョンスが剣契の生き残りで、それを兄と慕うトンイにはやはり剣契との関係があるはずだと踏んでいた。だが、皮肉にも淑媛は自らオクチョンの元を尋ね、引き金を引いた。
彼女は自ら20年前の事件の真相を突きつけると、引き下がるようにと言ったのだ。しかし、それにより南人の策謀が始まった。ムヨルはヒジェがウォルファとの関係で右往左往している最中、淑媛を罠にかけるための準備を着々と始めていた。
一方、様々な伝を使って剣契の頭がトンイの父であるという情報を掴んだテソクは、更にそこからトンイが双子として産まれ、その片割れがウォルファであることも突き止めた。彼は度々トンイのために協力する邪魔なシム家もトンイ自身も消せるこの証拠を握り、信頼できる甥のユンにすべてを話した。だが、これが間違いだった。ユンはすぐさまヒジェに聞いた全てを話すと、二人で今後のことについて語り始めた。
「………証拠は握りつぶせそうか?」
「いいや、無理だ。叔父上はそれを利用して淑媛を罠にかけ、ウォルファも引きずり出そうとしている。」
「ウォルファと淑媛が双子なのを他に知っているのは?」
ユンは小さな声でヒジェに返事をした。
「……叔父上と私とそなただけだ」
「そのことを他に言いそうな気配は?」
「今はない。禧嬪様に言うやもしれんが、今叔父上は剣契の残党に復讐されることを恐れている。」
その言葉にヒジェはぴんときた。そして元の冷酷な策略家の顔を見せると、ユンに耳打ちをした。聞き終わってたいそう驚いた彼は、ヒジェに再度尋ねた。
「その方法しかないのか?」
「ああ、ない。ウォルファも助けて手も汚さずなど、不可能だ。………俺がやる。」
「いや、私もやろう。………せめて彼女の役に立ちたい。」
二人は目を合わせると、静かにうなずいた。こうしてヒジェとユンは、互いの愛する人のために協力してテソクのもくろみを止めるため、行動に入るのだった。
テソクは護衛と共に山中を歩いていた。その表情には恐怖の色が浮かんでいる。それもそのはずだ。彼は先日チャン・ヒジェと甥のユンから剣契に狙われているという情報を与えられ、過去の事件についての捜査から逃れるためにも都をしばらく離れるべきだと進言されたからだ。死への恐怖が彼を支配していた。
すると、目の前に刺客が現れた。手鎌を合わせたような見た目をしている剣契の紋章をつけた彼らに怯えたテソクは、私兵たちに一掃を命じた。だが彼らは強く、あっという間にテソクは追い詰められてしまった。絶体絶命というときに、ヒジェとユンが連れてきた手練の私兵たちが到着した。二人は素早く私兵に剣契を始末させると、彼らからテソクを避難させるように引き離した。
「ああ、すまん…………よく助けに来てくれた」
「……助けだと?誰が貴様のような男を助けるものか。」
冷淡な表情で笑うヒジェはそう言うと、呆然とするテソクの首に剣を突きつけた。ユンも無言で剣を向ける。
「なっ………ユンまで!?な、なぜこのようなことを!?」
「叔父上は淑媛だけでなく、ウォルファまでも不幸にしようとしました。決して彼女を不幸にはさせません。」
「馬鹿な。そなたら皆シム・ウォルファの色香に惑わされているのだ!」
そう叫ぶテソクの首により強く刃を押し当てたヒジェは、無言で彼を睨み付けた。今にも息の根を止めに来そうなその目にはっきりとした恐怖を感じた彼は、それきり黙りこんでしまった。ユンは叔父にこう言った。
「叔父上。剣契の件を公にすれば、自分が頭の娘だったことを淑媛も白状することになります。ですから、この件は伏せておくのが妥当ではありませんか?」
「つまり、我々は伏せておけば命は助けると言いたいのです。最悪淑媛のことは構いません。ですが、ウォルファと淑媛が姉妹であることは黙っておいてください」
ヒジェの頼みにテソクは怒り心頭になる。彼はヒジェに対して明らかな侮蔑の眼差しを向けた。
「何?貴様、中人の分際で立場もわきまえず私に指図する気か!!」
「お黙りを。今だれに生かされているのか、よくわかっていないようですね」
ヒジェは今にも殺してやろうかと思うくらいに腹の中を煮えくり返らせたが、なんとかユンの厳しい視線でこらえた。二人はテソクをどうするべきか悩んで顔を見合わせた。その瞬間だった。テソクの胸に深々と短剣が突き刺さり、彼が倒れる。一体何事かと思い、ヒジェたちは後ろを振り向いた。そこには満足げなチャン・ムヨルが私兵と共に立っていた。彼はヒジェの何倍も冷酷な表情で微笑むと、二人にこう言った。
「早く、遺体を剣契のそばに置いたほうが宜しいのでは?この男が父を殺したように、偽装するのはお得意でしょうに」
呆然とするユンを置いて、ヒジェはムヨルに掴みかかった。
「貴様!!他のことも知っているのではなかろうな」
「ええ、知っていますよ。チョン・ドンイが剣契の頭の娘であることでしょう?あなた方は今、オ・テソク殿が過去の事件の真相の手がかりになることを恐れて殺害を目論んだ。甥子殿も一緒にとは………腐っていますね」
ムヨルはそれ以外にあるかと言いたげな顔をしていたが、明らかに二人の腹のうちを探ろうとしていた。ユンはこれ以上ヒジェがムヨルと接触すれば必ずぼろを出すだろうと思い、さっさと二人でテソクの遺体処理にかかるためにその場を後にした。だがヒジェは珍しくユンを押し退けて自分一人で遺体を引きずり始めた。
「………何をしている。」
「何って…………甥に叔父の遺体処理をさせられるものか。」
「そなた…………」
「勘違いするな。俺たちは同じ秘密を共有しているだけだ」
彼は黙って処理を続けた。優しかった叔父。自分を認めてくれた叔父。けれどその裏に自分に向けた優しさは微塵もなかったという真実。複雑な哀しみを抱きつつも、ユンは同じくそれを黙って見届けているのだった。
帰り道も、二人は何も話さなかった。ただユンはそんなヒジェの姿を眺めているうちに、立場が違えば真逆の人間だからこそ良い友達になれたのではないだろうかと思い始めた。その視線を察したのか、ヒジェは怪訝そうな眼差しで彼を眺めている。
「………なんだ」
「………そなたこそ、なんだ」
「俺は友人など要らぬからな」
「誰もそのようなことは言っていない」
二人は結局料理屋に入ると、酒と料理を注文した。だが注文を取りに来た女将を見て、ヒジェは卒倒しそうになった。
「テッ…………」
「はい、ご注文をどうぞ。カン・テヒでなく今はホン・テヒョンです。」
「あっ………そなた、テジュと婚姻した…」
あの後放免されたものの全てを失ったテジュはテヒョンと結婚し、武術を教える仕事をしていると聞いていたユンは、偶然的な出会いに驚いた。一方でヒジェは気まずそうだ。テヒョンは過去の男の肩を盆で軽く叩いた。
「あんた、ウォルファを幸せにしてやらないと殺すからね」
「ひえ……変わっていないな」
「変わったのはあんたの方よ、ヒジェ」
「………どこがだ?」
「幸せそうに見える。」
涼しげにそう言うテヒョンにヒジェは聞き返そうとしたが、彼女はそれをさえぎって注文を取ると、そのまま酒を置いて店の奥に消えていった。ユンは声を潜めてヒジェに尋ねた。
「……あれ、そなたの愛妾だった………」
「……まぁ、そうだな」
「よくもてるな。私なんて、ウォルファに見向きもされないより以前に好きだった妓生が居てな、ソリと言うんだが……いっこうに相手もしてくれない…………」
ユンは一口酒を飲んだだけで普段からは想像もつかない程に警戒心を解いて、ヒジェに身を乗り出しながら話しかけている。一方的な会話に適当な相づちを打ちながら、ヒジェは酒を飲んだ。
「でだな、私が思うに、ウォルファは可愛らしいところもあるんだが、それよりもだな」
「おい、お前何杯目だ」
「おかしいな、まだ3杯も行っていないはず………」
酒に弱いという意外な弱点を晒しているにも関わらず、ユンは大丈夫だと言って更に酒を注ごうとした。流石に困ったヒジェは彼から酒を取り上げた。
「やめとけ。置いて帰るぞ」
「いや!飲むぞ!今日は飲む!お前も一緒にな」
「は?何故俺がお前と飲まねばならない。勝手にしろ」
「おい、女将!もっと酒を持ってこい~!」
「はい、ただいま」
ヒジェは頭を抱えながら上機嫌なユンを横目でちらりと眺めた。彼はヒジェに笑顔で酌をしようとしてくる。ヒジェは呆れてため息をつくと、時間的証拠を消すがてらユンの茶番に付き合ってやろうと思い、渋々杯を差し出すのだった。
二人はそのあと仲良くとはいかずとも、端からみれば友のように見えるくらいに色々話した。もちろん酔いつぶれ寸前のユンに肩を貸しながら、ヒジェは何度も道端に放り捨ててやろうかと思った。だが、心のどこかで楽しいとも思っていた。彼は酔い醒ましに川にいくと言い出したとんでもない貴公子を無理矢理引きずると、ウォルファの家にやって来た。
「ウォルファー!チェリョンー!!頼む、酔いつぶれた」
「酔いつぶれた人が自分で酔いつぶれたなんて言わ……ユ、ユン様!?」
ウォルファは驚いて思わずすっとんきょうな声をあげた。ユンがその声に気づき、一人で歩いて帰ろうとする。
「おお…………ウォルファ……………いや…………この家には…………流石に………」
「うるさい、酔い醒ましでも貰え。俺はもうお前を引きずって歩けん」
ヒジェはウォルファから水をもらうと、ユンの顔に雑にかけた。
「ああ………起こし方に愛がない………」
「知らん。友達など持ったことがない故、酔った相手の起こしかたも知らんのだ」
「…………これから学べばいい」
そう呟いたユンに、ヒジェもウォルファも目を丸くした。そして彼はそのまま本当に酔いつぶれて眠ってしまった。困り果てたヒジェは、彼を渋々背負った。
「大丈夫?」
「ああ。困ったら道端に投げ捨てていく」
「……いい友達じゃない」
「誰が友達だ。こんな犬みたいな顔をした、間抜けな友達など要らん」
素直にならないヒジェに笑うと、ウォルファは少しだけ羨ましそうに彼を見た。
「そうかしら?独りで飲んでいるときより嬉しそうよ?」
「………知らん。だが、今日は確かに嬉しいことがあったかもしれん。」
お前の秘密を守ることができた、と言いそうになって慌てて口をつぐんだヒジェは、さっさとおやすみと言うと、そのまま去ってしまった。残されたウォルファは何のことかさっぱりわからないが、とりあえず友達ができて楽しかったのだなと思うと、部屋に戻っていった。
ヒジェはユンを部屋に泊めると、自分の寝る場所が狭くなったと愚痴をこぼしながら布団を敷いた。すると、ユンが寝言のようにこう言った。
「俺たち、元は一緒なんだな」
「…は?何を言って…」
「ウォルファ………俺もお前も、あの子を心から愛しているから、な」
「おい、オ・ユン。酔いすぎだぞ……」
だが、ユンは唐突に起き上がるとヒジェの腕をつかみ、こう言った。
「………中人と賤民の子だと、ずっと周りと共に馬鹿にしていた。だが、そなたは他の誰よりも周りを見返そうと努力していた。」
彼の口から初めてヒジェを認める言葉が出てきたことに耳を疑ったため、ヒジェはもう一度聞き直そうとした。だが既にユンは眠りこけており、彼はやれやれと肩をすくめると丁寧に布団をかけてやり、自分も床につくのだった。
「お前たち…………わかっているのか?」
「ヒジェ様を離してください!この方は何も悪くありません。悪いのは私です。ですから、この方にどうか刑罰を負わせな………」
ウンテクは妹の話を聞き終えるより前に彼女の頬を思いきり叩いて黙らせた。
「黙れ!一体いつまで甘えている。現実を見ろ!お前とチャン・ヒジェ殿は西人と南人ではないか!おかげでそなたは嫁にも行き遅れ、縁談も逃した!」
「この方以外、私は伴侶と認めません!」
「うるさい!!家族のことも考えてみろ。お前が南人の密偵ではないかと後ろ指を指されているんだぞ」
「ならば縁を切ってください!私はただのウォルファになります。そうすれば………そうすれば、ヒジェ様のお側に居られますか?わかりません。もう、わかりません!」
すさまじい問答は、淑媛、禧嬪だけでなく粛宗の目にも留まった。彼は滅多に会話することが無くなった禧嬪に尋ねた。
「一体、そなたの兄に何が起きている?」
「兄上は南人の身でありながら西人のシム殿の妹君と恋仲なのです。恐らくそのことでしょう」
「……やはりそうか」
彼女と淑媛はその言葉に驚いた。
「王様、ご存じだったのですか?」
「ああ。あの者が世子承認を通したとき、余が褒美を尋ねたら西人の令嬢、シム・ウォルファとの婚姻を取り計らって欲しいと頼んできてな…」
「そんな………」
禧嬪の想像した以上に深い二人の仲に、彼女は言葉を失った。そして、兄が処罰を受けることに気づくと我に返ってウォルファに掴みかかった。
「ウォルファ!そなたが身を引かぬからこのようなことになるのだ!兄上を巻き込むな!!」
「禧嬪様!!この兄が勝手にしたことです。ウォルファは関係ありません!ですからお手を離してください!」
「兄上!いい加減目を覚ましてください!兄上は南人ですよ?この女は西人です!」
今まで妹の言うことは素直に聞いていたヒジェだったが、今回ばかりは食い下がった。彼は兵を振り払うと、ウォルファを背中に隠した。
「西人であろうが、南人であろうが、私が愛したのはこの女です。誰も愛せなかったこの私が……唯一愛したのはこの女なのです」
その言葉には、ヒジェの全てが込められていた。ウォルファに対する思慕はもちろん、党派を捨ててでも愛し抜くという決意が、そこには込められていた。禧嬪はこの愚かで純粋な愛に愕然とすると、その場に絶望して座り込んでしまった。ウンテクは司憲府の権限を使い、命令を読み上げた。
「礼賓寺署長チャン・ヒジェは公務放棄の罪により、鞭打ち30回の刑に処す。自らの行いにしかと反省し、慎んで刑を受けよ。」
それは、紛れもなくヒジェの罪に値する罰だった。だが、公務放棄ではない。その罪の名前は、愛だった。初めて知った暖かで優しい何の罪もないはずのその想いが、別の党派の女性に向けられた分不相応なものだから罪になったのだ。少なくともヒジェもウォルファもそう感じていた。しかし、鞭打ち30回は屈強な者でも死ぬことがある刑罰だ。ウォルファは兄の前に土下座して頼み込んだ。
「お兄様!お願いです。私も罰を受けます!お慕いした罪はこの身で償います!」
「ああ、そなたにも受けてもらおう。……愛した男が鞭打たれる姿でも見て頭を冷やせ」
目の前が真っ白になったウォルファは、両目から涙をこぼしながらヒジェにすがった。
「嫌…………そんな…………30回なんて……死んでしまいます!!やめて!!お願いです!!!ヒジェ様!!!嫌!!あなたが死んでしまうわ!!!ねえ!!どうして私が悪いと言わないの?お願い!そう言って下さい!」
「……ウォルファ。俺は罰を受ける。それが俺の罪なのならば………」
「なぜ?愛することが何故罪なの?私たちには許されないことなの?」
その言葉が粛宗の胸に刺さる。賤民出身のトンイ、そして中人と賤民の子であるオクチョンを側室にするときにも同じことを考えたからだ。初めから結ばれない運命など、あまりに残酷すぎた。だが自分の立場からも止めることは出来ない。その場に居た誰もが党派を問わず、この二人に同情した。しかし、誰一人止めようとはしない。それが朝廷という場所であることもまた、ヒジェはよく知っていた。
刑場へ向かう途中、彼はあることを胸に誓っていた。
───やはり、領議政にならねばウォルファを側に置いて守れない。俺は、何としてでもその座に就いてみせる。たとえどんな代償を払おうとも……あの子の手を離さずに済むのなら!
彼は手を固定され、背中をむき出しにされたのを感じて、目を閉じた。そして、もう一度だけウォルファの顔を見た。彼女は泣いていた。本当は違う、そなたのせいではないと言いたかった。その涙を拭って優しく抱き締め、不安に震える唇を自分の温度で暖めてやりたかった。だが、出来ないのだ。自分を縛る手枷はとうとう彼女に近づくことさえも彼から奪った。ヒジェはありったけの悔しさと憤りを込めて地面を睨み付けて歯を食い縛ると、うめき声一つあげずに鞭を受けた。
刑罰が終わって解放されたヒジェは、背中を血だらけにして地面に倒れこんだ。彼は肩で息をするのもやっとの様子でウォルファを探した。彼女はすぐにヒジェに近寄ると、その身体を抱き締めて泣いた。子供のように泣きじゃくる彼女を慰めようとしても全身の痛みは酷く、ヒジェはもどかしさにまた悲しみを覚えた。
「………離れろ……そなたも…………罪に………」
「私を愛したことがあなたの罪なら、私の罪はあなたに心を捧げたことです」
「ウォルファ………」
彼女はヒジェに肩を貸して医務室に連れていくと、義州でのときのように手当てを始めた。痛々しい傷が彼女の胸を痛める。
「でも、何故でしょうか。何故罪なのに、私はこんなに幸せなのでしょうか?」
「………罪は、人に押し付けられたものだからだ。俺たちはそんな風に思っていないからだ」
「ヒジェ様…………」
包帯を巻いた背中に顔を埋めると、ウォルファは消え入りそうな声でそう呟いた。自分の帰る場所はここしかない。なのに、ここに帰ってはいけないのだ。理解しがたい理不尽さに涙を流しながら、彼女はいつまでもヒジェの温もりを覚えるためのようにそうしているのだった。
そんな中、都では再び両班が殺害される事件が発生した。その件を調査中だったチャン・ムヨルは、20年ほど前の事件にたどり着いた。
それは剣契という賤民の地下組織が起こした事件で、彼らは殲滅され、既に事件は終息していた。だが、今回の事件はその剣契が再結成されて起きた事件なのだ。ムヨルはかつて父イッコンが殺害されたときのことを思い出していた。彼は大司憲として左議政オ・テソクの汚職について調べていた。そしてテソクら南人によって殺害されたのだ。ところが彼らは事件の発覚を恐れて剣契にすべての罪を着せたのだ。だから南人とムヨルは本来相容れない関係である。ところが昇進のためにムヨルは南人を選んだ。彼は筋の曲がったことをしているのならば、徹底的にするべきだと思っていた。
そして、チョン・ドンイに行き当たったのだ。一見共通点のないように思えるが、不可解なことに彼女の過去についての記録がどこにもないのだ。気になった彼は、ありとあらゆることを調べ始めた。すると彼女の護衛に勤しむチャ・チョンスが、かつて高官殺しの賤民についての記録を捕盗庁で探していたという話をヒジェから聞くことができた。ムヨルはチョンスが剣契の生き残りで、それを兄と慕うトンイにはやはり剣契との関係があるはずだと踏んでいた。だが、皮肉にも淑媛は自らオクチョンの元を尋ね、引き金を引いた。
彼女は自ら20年前の事件の真相を突きつけると、引き下がるようにと言ったのだ。しかし、それにより南人の策謀が始まった。ムヨルはヒジェがウォルファとの関係で右往左往している最中、淑媛を罠にかけるための準備を着々と始めていた。
一方、様々な伝を使って剣契の頭がトンイの父であるという情報を掴んだテソクは、更にそこからトンイが双子として産まれ、その片割れがウォルファであることも突き止めた。彼は度々トンイのために協力する邪魔なシム家もトンイ自身も消せるこの証拠を握り、信頼できる甥のユンにすべてを話した。だが、これが間違いだった。ユンはすぐさまヒジェに聞いた全てを話すと、二人で今後のことについて語り始めた。
「………証拠は握りつぶせそうか?」
「いいや、無理だ。叔父上はそれを利用して淑媛を罠にかけ、ウォルファも引きずり出そうとしている。」
「ウォルファと淑媛が双子なのを他に知っているのは?」
ユンは小さな声でヒジェに返事をした。
「……叔父上と私とそなただけだ」
「そのことを他に言いそうな気配は?」
「今はない。禧嬪様に言うやもしれんが、今叔父上は剣契の残党に復讐されることを恐れている。」
その言葉にヒジェはぴんときた。そして元の冷酷な策略家の顔を見せると、ユンに耳打ちをした。聞き終わってたいそう驚いた彼は、ヒジェに再度尋ねた。
「その方法しかないのか?」
「ああ、ない。ウォルファも助けて手も汚さずなど、不可能だ。………俺がやる。」
「いや、私もやろう。………せめて彼女の役に立ちたい。」
二人は目を合わせると、静かにうなずいた。こうしてヒジェとユンは、互いの愛する人のために協力してテソクのもくろみを止めるため、行動に入るのだった。
テソクは護衛と共に山中を歩いていた。その表情には恐怖の色が浮かんでいる。それもそのはずだ。彼は先日チャン・ヒジェと甥のユンから剣契に狙われているという情報を与えられ、過去の事件についての捜査から逃れるためにも都をしばらく離れるべきだと進言されたからだ。死への恐怖が彼を支配していた。
すると、目の前に刺客が現れた。手鎌を合わせたような見た目をしている剣契の紋章をつけた彼らに怯えたテソクは、私兵たちに一掃を命じた。だが彼らは強く、あっという間にテソクは追い詰められてしまった。絶体絶命というときに、ヒジェとユンが連れてきた手練の私兵たちが到着した。二人は素早く私兵に剣契を始末させると、彼らからテソクを避難させるように引き離した。
「ああ、すまん…………よく助けに来てくれた」
「……助けだと?誰が貴様のような男を助けるものか。」
冷淡な表情で笑うヒジェはそう言うと、呆然とするテソクの首に剣を突きつけた。ユンも無言で剣を向ける。
「なっ………ユンまで!?な、なぜこのようなことを!?」
「叔父上は淑媛だけでなく、ウォルファまでも不幸にしようとしました。決して彼女を不幸にはさせません。」
「馬鹿な。そなたら皆シム・ウォルファの色香に惑わされているのだ!」
そう叫ぶテソクの首により強く刃を押し当てたヒジェは、無言で彼を睨み付けた。今にも息の根を止めに来そうなその目にはっきりとした恐怖を感じた彼は、それきり黙りこんでしまった。ユンは叔父にこう言った。
「叔父上。剣契の件を公にすれば、自分が頭の娘だったことを淑媛も白状することになります。ですから、この件は伏せておくのが妥当ではありませんか?」
「つまり、我々は伏せておけば命は助けると言いたいのです。最悪淑媛のことは構いません。ですが、ウォルファと淑媛が姉妹であることは黙っておいてください」
ヒジェの頼みにテソクは怒り心頭になる。彼はヒジェに対して明らかな侮蔑の眼差しを向けた。
「何?貴様、中人の分際で立場もわきまえず私に指図する気か!!」
「お黙りを。今だれに生かされているのか、よくわかっていないようですね」
ヒジェは今にも殺してやろうかと思うくらいに腹の中を煮えくり返らせたが、なんとかユンの厳しい視線でこらえた。二人はテソクをどうするべきか悩んで顔を見合わせた。その瞬間だった。テソクの胸に深々と短剣が突き刺さり、彼が倒れる。一体何事かと思い、ヒジェたちは後ろを振り向いた。そこには満足げなチャン・ムヨルが私兵と共に立っていた。彼はヒジェの何倍も冷酷な表情で微笑むと、二人にこう言った。
「早く、遺体を剣契のそばに置いたほうが宜しいのでは?この男が父を殺したように、偽装するのはお得意でしょうに」
呆然とするユンを置いて、ヒジェはムヨルに掴みかかった。
「貴様!!他のことも知っているのではなかろうな」
「ええ、知っていますよ。チョン・ドンイが剣契の頭の娘であることでしょう?あなた方は今、オ・テソク殿が過去の事件の真相の手がかりになることを恐れて殺害を目論んだ。甥子殿も一緒にとは………腐っていますね」
ムヨルはそれ以外にあるかと言いたげな顔をしていたが、明らかに二人の腹のうちを探ろうとしていた。ユンはこれ以上ヒジェがムヨルと接触すれば必ずぼろを出すだろうと思い、さっさと二人でテソクの遺体処理にかかるためにその場を後にした。だがヒジェは珍しくユンを押し退けて自分一人で遺体を引きずり始めた。
「………何をしている。」
「何って…………甥に叔父の遺体処理をさせられるものか。」
「そなた…………」
「勘違いするな。俺たちは同じ秘密を共有しているだけだ」
彼は黙って処理を続けた。優しかった叔父。自分を認めてくれた叔父。けれどその裏に自分に向けた優しさは微塵もなかったという真実。複雑な哀しみを抱きつつも、ユンは同じくそれを黙って見届けているのだった。
帰り道も、二人は何も話さなかった。ただユンはそんなヒジェの姿を眺めているうちに、立場が違えば真逆の人間だからこそ良い友達になれたのではないだろうかと思い始めた。その視線を察したのか、ヒジェは怪訝そうな眼差しで彼を眺めている。
「………なんだ」
「………そなたこそ、なんだ」
「俺は友人など要らぬからな」
「誰もそのようなことは言っていない」
二人は結局料理屋に入ると、酒と料理を注文した。だが注文を取りに来た女将を見て、ヒジェは卒倒しそうになった。
「テッ…………」
「はい、ご注文をどうぞ。カン・テヒでなく今はホン・テヒョンです。」
「あっ………そなた、テジュと婚姻した…」
あの後放免されたものの全てを失ったテジュはテヒョンと結婚し、武術を教える仕事をしていると聞いていたユンは、偶然的な出会いに驚いた。一方でヒジェは気まずそうだ。テヒョンは過去の男の肩を盆で軽く叩いた。
「あんた、ウォルファを幸せにしてやらないと殺すからね」
「ひえ……変わっていないな」
「変わったのはあんたの方よ、ヒジェ」
「………どこがだ?」
「幸せそうに見える。」
涼しげにそう言うテヒョンにヒジェは聞き返そうとしたが、彼女はそれをさえぎって注文を取ると、そのまま酒を置いて店の奥に消えていった。ユンは声を潜めてヒジェに尋ねた。
「……あれ、そなたの愛妾だった………」
「……まぁ、そうだな」
「よくもてるな。私なんて、ウォルファに見向きもされないより以前に好きだった妓生が居てな、ソリと言うんだが……いっこうに相手もしてくれない…………」
ユンは一口酒を飲んだだけで普段からは想像もつかない程に警戒心を解いて、ヒジェに身を乗り出しながら話しかけている。一方的な会話に適当な相づちを打ちながら、ヒジェは酒を飲んだ。
「でだな、私が思うに、ウォルファは可愛らしいところもあるんだが、それよりもだな」
「おい、お前何杯目だ」
「おかしいな、まだ3杯も行っていないはず………」
酒に弱いという意外な弱点を晒しているにも関わらず、ユンは大丈夫だと言って更に酒を注ごうとした。流石に困ったヒジェは彼から酒を取り上げた。
「やめとけ。置いて帰るぞ」
「いや!飲むぞ!今日は飲む!お前も一緒にな」
「は?何故俺がお前と飲まねばならない。勝手にしろ」
「おい、女将!もっと酒を持ってこい~!」
「はい、ただいま」
ヒジェは頭を抱えながら上機嫌なユンを横目でちらりと眺めた。彼はヒジェに笑顔で酌をしようとしてくる。ヒジェは呆れてため息をつくと、時間的証拠を消すがてらユンの茶番に付き合ってやろうと思い、渋々杯を差し出すのだった。
二人はそのあと仲良くとはいかずとも、端からみれば友のように見えるくらいに色々話した。もちろん酔いつぶれ寸前のユンに肩を貸しながら、ヒジェは何度も道端に放り捨ててやろうかと思った。だが、心のどこかで楽しいとも思っていた。彼は酔い醒ましに川にいくと言い出したとんでもない貴公子を無理矢理引きずると、ウォルファの家にやって来た。
「ウォルファー!チェリョンー!!頼む、酔いつぶれた」
「酔いつぶれた人が自分で酔いつぶれたなんて言わ……ユ、ユン様!?」
ウォルファは驚いて思わずすっとんきょうな声をあげた。ユンがその声に気づき、一人で歩いて帰ろうとする。
「おお…………ウォルファ……………いや…………この家には…………流石に………」
「うるさい、酔い醒ましでも貰え。俺はもうお前を引きずって歩けん」
ヒジェはウォルファから水をもらうと、ユンの顔に雑にかけた。
「ああ………起こし方に愛がない………」
「知らん。友達など持ったことがない故、酔った相手の起こしかたも知らんのだ」
「…………これから学べばいい」
そう呟いたユンに、ヒジェもウォルファも目を丸くした。そして彼はそのまま本当に酔いつぶれて眠ってしまった。困り果てたヒジェは、彼を渋々背負った。
「大丈夫?」
「ああ。困ったら道端に投げ捨てていく」
「……いい友達じゃない」
「誰が友達だ。こんな犬みたいな顔をした、間抜けな友達など要らん」
素直にならないヒジェに笑うと、ウォルファは少しだけ羨ましそうに彼を見た。
「そうかしら?独りで飲んでいるときより嬉しそうよ?」
「………知らん。だが、今日は確かに嬉しいことがあったかもしれん。」
お前の秘密を守ることができた、と言いそうになって慌てて口をつぐんだヒジェは、さっさとおやすみと言うと、そのまま去ってしまった。残されたウォルファは何のことかさっぱりわからないが、とりあえず友達ができて楽しかったのだなと思うと、部屋に戻っていった。
ヒジェはユンを部屋に泊めると、自分の寝る場所が狭くなったと愚痴をこぼしながら布団を敷いた。すると、ユンが寝言のようにこう言った。
「俺たち、元は一緒なんだな」
「…は?何を言って…」
「ウォルファ………俺もお前も、あの子を心から愛しているから、な」
「おい、オ・ユン。酔いすぎだぞ……」
だが、ユンは唐突に起き上がるとヒジェの腕をつかみ、こう言った。
「………中人と賤民の子だと、ずっと周りと共に馬鹿にしていた。だが、そなたは他の誰よりも周りを見返そうと努力していた。」
彼の口から初めてヒジェを認める言葉が出てきたことに耳を疑ったため、ヒジェはもう一度聞き直そうとした。だが既にユンは眠りこけており、彼はやれやれと肩をすくめると丁寧に布団をかけてやり、自分も床につくのだった。