9、華咲く日まで
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筆を置く音だけが空間に響いた。ウォルファは殺風景な部屋で写本を完成させると、それを丁寧に包んだ。そして部屋を出ようとしている。
そして時は流れて6年後。ウォルファがいつものように写本を終わらせ外に出ると、目の前には六歳というのに叡知に富んだ目をきらきらと輝かせているトンイの次男───クムが立っていた。彼はじっとウォルファの持つ包みを凝視している。彼女は包みから二冊の本を取り出すと、片方を彼に渡した。
「はい、クムさん。お母様に見つかっちゃだめよ。塾で習うこと以外は教えるなと言われているんだから、私が叱られてしまうわ」
「はい!先生!!」
クムはウォルファを先生と慕っている。彼女はトンイの息子があまりに活発なため、世話役に隣に住むようになったのだ。写本を余分に行い、この年で大学(最高難易度の儒学書)を熟読して暗唱までしているクムのために、新しい本を渡しているのだ。彼女はまた、様々な塾やトンイから以外でしか習えないようなことを彼に教えていた。
この日も彼女は清国語を彼に教えていた。
「はい、発音してみて。一个小山村里住着一个老太太(イ ジェオ シャンチュン リ ジュンヒェ イ ジェ ラオタイタイ)。」
「イ ジェオ シャンチ…ィェン リ ………ジン……ヘ…?」
「…ここの発音が苦手なのね。意味は?」
「小さな山村にひとりのおばあさんが住んでいた!」
「正解。」
ウォルファは教本片手にクムに微笑んだ。彼女は自分でクムのために書いた発音の本を渡すと、無言で頑張るように促した。彼は知的好奇心溢れる笑顔で頷くと、それを持って足取り軽く家に戻っていった。
それを見送るウォルファの瞳からは、もうヒジェを思慕していた幼さは消えていた。ここで生きていく。彼女は自分以外は何も変わらない都の姿に微笑むと、そのまま再び部屋に入っていくのだった。
兵曹判相まで昇進したチャン・ヒジェは、時期領議政として執務室を移るための準備をしていた。部屋に入ってきたステクは、無言で彼の隣に立った。ヒジェは分かっていると言うように頷くと、退室するように促した。
「……まだお探しになるのですか?うちの妻──元侍女のチェリョンでも居場所を知らないのに。チャン様も跡取りを残さねば……」
「構わん。必ず探し出せ。俺も何とかする。母上には適当に前妻との子供を最悪跡取りにせよと言っておく。」
「……かしこまりました。」
ステクが去ったあと、ヒジェは王の密旨を開くと領議政という言葉に震えた。まだ正式ではないが、トンイに第二子が生まれた時点で六年後にはウォルファと再会できることは決まっていた。あのときは妹の前で喜びを隠すのに必死だった。
ところが、昭顕世子の件で清国にヒジェが数年渡っているうちにウォルファの足取りが掴めなくなってしまったのだ。彼はため息をつくと、紐飾りを虚ろな目で眺めた。
「…………ウォルファ……………どこに居るのだ……」
彼は約束通り、道楽も止め、女に一切興味を示さず、独り身を貫いていた。だがウォルファが居ない、その事だけがいつも彼の不安だった。
いつも辛いときはウォルファと過ごした日々を思い返し、辛くとも幸せだった思い出に浸るのが彼の日課だった。だが、遅咲きの花のように燻る恋情は日に日に強くなり、今はもうかつての彼よりもウォルファを愛していた。
ヒジェは目を閉じると、彼女の顔を思い描いた。しかし、その記憶は薄れている。ぼやけた笑顔が水面に映るように揺らぐ。
「…………どうして…………」
こんなにも愛しているのに。彼は苛立つと、床を蹴って荷物整理に再び戻った。それは一重に、愛する人の顔立ちさえも思い出せない自分に怒りをぶつけてしまうことを抑えるためだった。
絶ち切れた紐は、幾重の時を重ねても同じ運命に再び戻る。しかし、ウォルファとヒジェにはそれはあまりに遠すぎて、あまりに残酷なものなのだった…………
そして華散る時が近づいていることを、まだ二人は知らなかった。
そして時は流れて6年後。ウォルファがいつものように写本を終わらせ外に出ると、目の前には六歳というのに叡知に富んだ目をきらきらと輝かせているトンイの次男───クムが立っていた。彼はじっとウォルファの持つ包みを凝視している。彼女は包みから二冊の本を取り出すと、片方を彼に渡した。
「はい、クムさん。お母様に見つかっちゃだめよ。塾で習うこと以外は教えるなと言われているんだから、私が叱られてしまうわ」
「はい!先生!!」
クムはウォルファを先生と慕っている。彼女はトンイの息子があまりに活発なため、世話役に隣に住むようになったのだ。写本を余分に行い、この年で大学(最高難易度の儒学書)を熟読して暗唱までしているクムのために、新しい本を渡しているのだ。彼女はまた、様々な塾やトンイから以外でしか習えないようなことを彼に教えていた。
この日も彼女は清国語を彼に教えていた。
「はい、発音してみて。一个小山村里住着一个老太太(イ ジェオ シャンチュン リ ジュンヒェ イ ジェ ラオタイタイ)。」
「イ ジェオ シャンチ…ィェン リ ………ジン……ヘ…?」
「…ここの発音が苦手なのね。意味は?」
「小さな山村にひとりのおばあさんが住んでいた!」
「正解。」
ウォルファは教本片手にクムに微笑んだ。彼女は自分でクムのために書いた発音の本を渡すと、無言で頑張るように促した。彼は知的好奇心溢れる笑顔で頷くと、それを持って足取り軽く家に戻っていった。
それを見送るウォルファの瞳からは、もうヒジェを思慕していた幼さは消えていた。ここで生きていく。彼女は自分以外は何も変わらない都の姿に微笑むと、そのまま再び部屋に入っていくのだった。
兵曹判相まで昇進したチャン・ヒジェは、時期領議政として執務室を移るための準備をしていた。部屋に入ってきたステクは、無言で彼の隣に立った。ヒジェは分かっていると言うように頷くと、退室するように促した。
「……まだお探しになるのですか?うちの妻──元侍女のチェリョンでも居場所を知らないのに。チャン様も跡取りを残さねば……」
「構わん。必ず探し出せ。俺も何とかする。母上には適当に前妻との子供を最悪跡取りにせよと言っておく。」
「……かしこまりました。」
ステクが去ったあと、ヒジェは王の密旨を開くと領議政という言葉に震えた。まだ正式ではないが、トンイに第二子が生まれた時点で六年後にはウォルファと再会できることは決まっていた。あのときは妹の前で喜びを隠すのに必死だった。
ところが、昭顕世子の件で清国にヒジェが数年渡っているうちにウォルファの足取りが掴めなくなってしまったのだ。彼はため息をつくと、紐飾りを虚ろな目で眺めた。
「…………ウォルファ……………どこに居るのだ……」
彼は約束通り、道楽も止め、女に一切興味を示さず、独り身を貫いていた。だがウォルファが居ない、その事だけがいつも彼の不安だった。
いつも辛いときはウォルファと過ごした日々を思い返し、辛くとも幸せだった思い出に浸るのが彼の日課だった。だが、遅咲きの花のように燻る恋情は日に日に強くなり、今はもうかつての彼よりもウォルファを愛していた。
ヒジェは目を閉じると、彼女の顔を思い描いた。しかし、その記憶は薄れている。ぼやけた笑顔が水面に映るように揺らぐ。
「…………どうして…………」
こんなにも愛しているのに。彼は苛立つと、床を蹴って荷物整理に再び戻った。それは一重に、愛する人の顔立ちさえも思い出せない自分に怒りをぶつけてしまうことを抑えるためだった。
絶ち切れた紐は、幾重の時を重ねても同じ運命に再び戻る。しかし、ウォルファとヒジェにはそれはあまりに遠すぎて、あまりに残酷なものなのだった…………
そして華散る時が近づいていることを、まだ二人は知らなかった。