2、偽りの仮面
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市場での男───改めチャン・ヒジェは辺りを見回すと、すぐに目当ての女性を見つけることができた。彼はシム・ウォルファに目を留めると、わざとらしく会釈した。カヨンたちがすぐに何事かと驚きあう。
「ちょっとウォルファ!どーいうことなのよ!」
「チャン様ともお知り合い!?ユン様に飽きたらず!?」
「ち、ちがうわ!!そんなのじゃないわ!」
朝礼がすんだ後も騒ぐ二人に対し、必死で否定するウォルファだったが、わざとなのかヒジェがさもわざとらしく挨拶をしてきた。
「おお!!そなたは!!!この前の…!!三度目だな」
「三度も!?何なのよそれ!」
「何なのよって言われても…」
ヒジェはカヨンたちには目もくれず、ウォルファにだけ笑いかけると、一枚の書類を差し出した。
「…書庫整理長に案内してもらえと言われてな。頼んだぞ、お嬢さん」
「…はい」
確かにヨンギの筆跡で書かれた書状を持ってしてやったりの笑みを浮かべる彼に、"書庫整理長"はひきつった笑顔を向けることしか出来ないのだった。
「ここは従事官室です。向こうが宿直室。それからあちらが武官の詰所です。チャン武官様はあちらで基本的にはお仕事をします」
「…ああ、そうか」
ヒジェは明らかに聞いていなさそうな返事をすると、再び視線をウォルファに戻した。先ほどから妙に何とも言えない目線を投げ掛けてくる彼に気づかないようにしていたウォルファだったが、流石に背筋に寒気が走るので振り返って軽く威嚇をした。だが、さほど効果があった感じでもない。
「怒った姿も美しいとはこのことか…」
「なっ…」
むしろ逆に彼女の方が負けてしまった。赤面して言い返せない状態を勝ち誇ったように笑うヒジェ。ウォルファは怒りを通り越してもはや自分が恥ずかしかった。
────全く。オクチョン姉様の兄上じゃなかったら絶対に張り倒してたわ…
こんなやつと職場が一緒なのかと彼女が眉間にしわを寄せながら先に思いやられていると、その考えを察したのか、ヒジェは嫌みったらしく笑うと彼女の目の前に顔を近づけた。
「これから一緒の職場になるのがそんなに嬉しいか?」
「う、嬉しくありません!」
端正な顔が急に目の前に現れたので、彼女はあわてて否定したものの、説得力に欠ける。それはそのはず。本当はもう一度会いたいと恋い焦がれていた(らしい)男性が(多少の故意はあるものの)偶然的に職場に赴任したことは心のどこかでウォルファも既に嬉しいと感じていた。もちろんこの繊細な女心を解らぬヒジェではなかったから、これ以上敢えてからかうことはしなかった。ただそれは、優しさからくる遠慮というものではなく、どちらかというと押しの緩急をつけるための策に近いものから来ている類いだった。
ようやく案内が終わったのは昼過ぎ。カヨンたちは既に昼食をとっていた。ウォルファはすっかり疲れはてて戻ってきたのだが、よく机の上を見ると、溜まった仕事の処理が山積みにされているではないか。彼女は天井をヒジェの代わりに睨み付けてため息をもらすと、昼食の包みをほどこうとした手を離して仕事に取りかかり始めた。
午前中を奪われたしわ寄せは思ったよりも大きく、ウォルファは結局夕日が沈もうとする頃になっても昼食を食べられずにいた。既に同僚は帰っており、彼女は書庫で独り作業を強いられていた。不意に誰かの影を感じた彼女は、期待通りなのではないかと確かめたい気持ちを抑えて筆を進めた。静かに隣に座った男はやはり、彼女の予想通り、ヒジェだった。彼は朝とは打って変わった真面目な表情をしており、無言で彼女の仕事を手伝い始めた。
「チャン様…」
「今日は鍵当番だから、お前が居ると帰れん。私も忙しいからな」
そう言うと、ヒジェは慣れた手つきで書類を整理し始めた。初めて間時目な彼を目にしたウォルファは高鳴る胸を悟られないように気遣いながら、震える声で尋ねた。
「……書類整理、されたことがあるんですね」
「ああ。清国に留学していたのだ。そのときにな」
「では、向こうの言葉がお上手なのですか?」
彼は書類から目を離さず返事をした。
「まぁな。通訳官は要らん。父が通訳官だったのだ。うちのチャン家は皆語学に堪能でな…。私も折檻棒を持った父に叩かれながら覚えた。」
「叩かれながらですか?まぁ、チャン様らしいですが…」
ヒジェは少しだけ照れ臭そうに笑うと、まぁなとだけ軽く言葉を返した。
「ほれ。終わったぞ。…帰ろう。」
「ありがとうございます、チャン様」
「お前のためではない。終わってから待っている枝楼のためだ」
本当に嬉しそうにそう言うヒジェに、やはり多少の嫌悪感を蒸し返したウォルファは、親しみを感じてしまった自分に改めて反省しながら書類を受けとった。その時、二人の手が僅かに触れた。しかし、お互いの目がほんの少しだけ見開いたことは、二人とも運悪く下を向いていたせいで気づくことはなかった。
帰り道、ウォルファはますます混乱していた。明らかに気がありそうな素振りを見せたと思うと、興味がなさそうに答える時もある。不真面目で女好きの放蕩息子になったと思うと、真面目な表情をする時もある。
「一体何なの…あの人…」
しかし、一番彼女が理解に難色を示していたのは、会うたびに彼に惹かれてしまう自分のことだった。
───どうして、惹かれてしまうの…?
一番苦手で一番嫌いな性格の男なはずなのに、彼女は今もこうしてヒジェのことを考えているように、着実に心を奪われ始めていた。兄の忠告や教えてくれた噂など、もはや馬耳東風。いつの間にか家に着いていた彼女は、腹が空いていることも忘れて明日のことに思いを馳せるのだった。
「ちょっとウォルファ!どーいうことなのよ!」
「チャン様ともお知り合い!?ユン様に飽きたらず!?」
「ち、ちがうわ!!そんなのじゃないわ!」
朝礼がすんだ後も騒ぐ二人に対し、必死で否定するウォルファだったが、わざとなのかヒジェがさもわざとらしく挨拶をしてきた。
「おお!!そなたは!!!この前の…!!三度目だな」
「三度も!?何なのよそれ!」
「何なのよって言われても…」
ヒジェはカヨンたちには目もくれず、ウォルファにだけ笑いかけると、一枚の書類を差し出した。
「…書庫整理長に案内してもらえと言われてな。頼んだぞ、お嬢さん」
「…はい」
確かにヨンギの筆跡で書かれた書状を持ってしてやったりの笑みを浮かべる彼に、"書庫整理長"はひきつった笑顔を向けることしか出来ないのだった。
「ここは従事官室です。向こうが宿直室。それからあちらが武官の詰所です。チャン武官様はあちらで基本的にはお仕事をします」
「…ああ、そうか」
ヒジェは明らかに聞いていなさそうな返事をすると、再び視線をウォルファに戻した。先ほどから妙に何とも言えない目線を投げ掛けてくる彼に気づかないようにしていたウォルファだったが、流石に背筋に寒気が走るので振り返って軽く威嚇をした。だが、さほど効果があった感じでもない。
「怒った姿も美しいとはこのことか…」
「なっ…」
むしろ逆に彼女の方が負けてしまった。赤面して言い返せない状態を勝ち誇ったように笑うヒジェ。ウォルファは怒りを通り越してもはや自分が恥ずかしかった。
────全く。オクチョン姉様の兄上じゃなかったら絶対に張り倒してたわ…
こんなやつと職場が一緒なのかと彼女が眉間にしわを寄せながら先に思いやられていると、その考えを察したのか、ヒジェは嫌みったらしく笑うと彼女の目の前に顔を近づけた。
「これから一緒の職場になるのがそんなに嬉しいか?」
「う、嬉しくありません!」
端正な顔が急に目の前に現れたので、彼女はあわてて否定したものの、説得力に欠ける。それはそのはず。本当はもう一度会いたいと恋い焦がれていた(らしい)男性が(多少の故意はあるものの)偶然的に職場に赴任したことは心のどこかでウォルファも既に嬉しいと感じていた。もちろんこの繊細な女心を解らぬヒジェではなかったから、これ以上敢えてからかうことはしなかった。ただそれは、優しさからくる遠慮というものではなく、どちらかというと押しの緩急をつけるための策に近いものから来ている類いだった。
ようやく案内が終わったのは昼過ぎ。カヨンたちは既に昼食をとっていた。ウォルファはすっかり疲れはてて戻ってきたのだが、よく机の上を見ると、溜まった仕事の処理が山積みにされているではないか。彼女は天井をヒジェの代わりに睨み付けてため息をもらすと、昼食の包みをほどこうとした手を離して仕事に取りかかり始めた。
午前中を奪われたしわ寄せは思ったよりも大きく、ウォルファは結局夕日が沈もうとする頃になっても昼食を食べられずにいた。既に同僚は帰っており、彼女は書庫で独り作業を強いられていた。不意に誰かの影を感じた彼女は、期待通りなのではないかと確かめたい気持ちを抑えて筆を進めた。静かに隣に座った男はやはり、彼女の予想通り、ヒジェだった。彼は朝とは打って変わった真面目な表情をしており、無言で彼女の仕事を手伝い始めた。
「チャン様…」
「今日は鍵当番だから、お前が居ると帰れん。私も忙しいからな」
そう言うと、ヒジェは慣れた手つきで書類を整理し始めた。初めて間時目な彼を目にしたウォルファは高鳴る胸を悟られないように気遣いながら、震える声で尋ねた。
「……書類整理、されたことがあるんですね」
「ああ。清国に留学していたのだ。そのときにな」
「では、向こうの言葉がお上手なのですか?」
彼は書類から目を離さず返事をした。
「まぁな。通訳官は要らん。父が通訳官だったのだ。うちのチャン家は皆語学に堪能でな…。私も折檻棒を持った父に叩かれながら覚えた。」
「叩かれながらですか?まぁ、チャン様らしいですが…」
ヒジェは少しだけ照れ臭そうに笑うと、まぁなとだけ軽く言葉を返した。
「ほれ。終わったぞ。…帰ろう。」
「ありがとうございます、チャン様」
「お前のためではない。終わってから待っている枝楼のためだ」
本当に嬉しそうにそう言うヒジェに、やはり多少の嫌悪感を蒸し返したウォルファは、親しみを感じてしまった自分に改めて反省しながら書類を受けとった。その時、二人の手が僅かに触れた。しかし、お互いの目がほんの少しだけ見開いたことは、二人とも運悪く下を向いていたせいで気づくことはなかった。
帰り道、ウォルファはますます混乱していた。明らかに気がありそうな素振りを見せたと思うと、興味がなさそうに答える時もある。不真面目で女好きの放蕩息子になったと思うと、真面目な表情をする時もある。
「一体何なの…あの人…」
しかし、一番彼女が理解に難色を示していたのは、会うたびに彼に惹かれてしまう自分のことだった。
───どうして、惹かれてしまうの…?
一番苦手で一番嫌いな性格の男なはずなのに、彼女は今もこうしてヒジェのことを考えているように、着実に心を奪われ始めていた。兄の忠告や教えてくれた噂など、もはや馬耳東風。いつの間にか家に着いていた彼女は、腹が空いていることも忘れて明日のことに思いを馳せるのだった。