11、思いがけない贈り物
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朝起きて、家の誰よりも早く身支度を済ませ官服に火熨斗を当てるのは、ウォルファの役目だった。いや、一番至福のときだった。
「よし、完璧ね」
出来映えに満足したら、次は洗面器とまっすぐに整った官服を抱えて夫を起こしにいく。これがまた難儀な仕事だった。ウォルファは悠長に布団を抱えて寝ているヒジェを優しく揺すった。
「あなた。起きて、朝ですよ」
「……知らん」
「そんなことおっしゃらず。ほら、起きてください」
「寝る」
「あなた!」
洗面器の中にある水を全てぶちまけても起きなさそうなヒジェの様子にため息をつくと、ウォルファは彼の隣に横になって甘い声で囁き始めた。
「ねぇ……あ、な、た」
「ほれ…こっちに来い……」
「うふふ」
ご機嫌になったところを確認すると、ウォルファはヒジェの揉み髭を思い切り引っ張った。あまりの激痛に飛び上がった彼は、一気に目が覚めた様子だ。ウォルファは身体を起こすと、にこりと笑顔で微笑みかけてこう言った。
「お早うございます、あなた」
「何という起こし方だ……勘弁してくれ……」
「あなたがすぐに起きないからですよ。さ、朝食の準備は出来ていますから」
そう言うと、ウォルファは自らの手で官服を着せ始めた。
「うん、俺の背丈に合っている良い官服だ。……誰が作ってくれたのかな?」
「もう。あなたってば……」
ヒジェは腰留めを閉めようと手を回したウォルファを引き寄せると、その額に口づけした。
「今日も一日、仕事をしてくる」
「さぼらないでくださいね」
「適度に手を抜いて、早く帰宅するのもだめか?」
「それは構いませんわよ」
二人は見つめ合うと、我慢ならずに笑みをもらした。これが二人にとっての朝の光景。何一つ変わらない、平凡でありふれた憧れの朝だった。
門の外までヒジェを送ると、今度は厨房にウォルファの姿はあった。チェリョンやイェジンを筆頭とした使用人たちと談笑しながら、ウォルファは自宅にある食材を自ら点検していた。
「これは今日の夕飯にお願いね」
「かしこまりました。あの……旦那様のお膳のお野菜は……」
「そのままで結構よ。分ける必要なんてないわ」
唖然とする使用人たちを置いて、ウォルファは前掛けを付け始めた。これも日課なのだが、数ヶ月経った今だに慌てた様子でとめられる。
「奥様!お止めください!奥様!」
「もうこれで何ヶ月目よ。そろそろ学習しなさい」
「ですが、奥様……」
「大丈夫。きちんといたわっておけば、手は荒れたりしないわよ」
そう言って、ウォルファは自分の手を見せて笑った。使用人たちにも評判で心優しい、内助の功の象徴である彼女はいつの間にか、最年少の貞敬夫人として外命婦の模範となっていた。最後に使用人たち全員に手荒れを防ぐ塗り薬を渡すと、彼女はヒジェの母であるユン氏を探しに向かった。
「お義母様!」
「ああ、ウォルファか」
「はい、おはようございます」
ウォルファが深々と一礼する様子を見ながら、ソンリプは苦々しい表情を浮かべた。あの巫女の言葉が刺さる中、彼女は今の幸せを壊すことを恐れて黙っておく決意をした。そんなことも知らず、ウォルファは笑顔で花を手渡した。
「お義母様は牡丹のお花がお好きだと聞きまので、寒牡丹を探しました」
「まぁ……お前は本当に良くできた嫁だ。ヒジェも見違えるように家へ帰るようになったし、何より家の空気が明るくなった。まるでオクチョ……いや、禧嬪様と暮らしていた頃に戻ったようだ」
「そう言っていただけて光栄です。では、私はそろそろ……」
ウォルファがそう言って踵を返そうとしたときだった。不意に胸焼けを感じて、彼女はその場にうずくまった。心配したソンリプが駆け寄る。
「ウォルファ!どうしたのですか?」
「いえ……ご心配には……うっ……」
その症状を見て、ソンリプはすぐに悟った。
「もしや……医者を呼べ!」
医者に見てもらう間、ウォルファは何か酷い病なのではと気が気でなかった。なので診察を終えた医師が突然ひれ伏したとき、ますます不安が増した。
「あの……何か酷い病なのですか?やはり……」
「いいえ!奥様。お祝い申し上げます。ご懐妊でございます!」
「え…………?」
狼狽えるウォルファに、ソンリプは喜びの悲鳴をあげた。
「まことか!ああ……良かった……良かった……ヒジェもこれで肩の荷が降りるであろう」
「お義母様……」
まだ実感のわかないウォルファは、ためしに平たい腹をさすってみた。声は聞こえないものの、確かにそこに愛の証が "いる" と答えた気がするのだった。
王宮でステクからの知らせを聞いたヒジェは、残りの仕事を全て人に押し付けて陽が沈むまでに退庁した。輿にも乗らず、自らの足で走って帰宅すると、彼はウォルファを呼んだ。
「ウォルファ!ウォルファ!帰ったぞ!あ、いや!動かずともよい!私が行く!」
出迎えようとするウォルファを制すると、ヒジェは満面の笑みで少年のように駆け寄って抱き締めた。
「ウォルファ……よくやった。大義であったぞ」
「そんな。まだ顔も見ていないのに……」
「これからは、あらゆることに大事を払うのだぞ。水仕事も家庭菜園も厳禁だ」
「はい、気を付けます」
ウォルファがどんな贈り物よりも喜ぶ姿を見て、ヒジェはこの上なく今が一番幸せであると感じた。彼は背中から手を伸ばすと、そっと妻の腹を撫でた。
「うーん……わからんな」
「わからなくて結構よ。これからいくらでもわかるんだから」
「そなたと俺の子なら、驚くほどに美しいだろうな」
「ええ。きっと嘘と清国語が上手な子なんでしょうね」
「何?それは知らんな」
二人は微笑み合うと、幸せ一杯に大笑いした。ヒジェはそんなウォルファの手を取ると、その身を労るように部屋へ連れていくのだった。
翌日からは、ヒジェがウォルファに「何もするなよ」と念を圧すことが日課になった。それでも彼女は何かせずには居られない性分だったので、裁縫道具を取り出して刺繍ではなく産着を作り始めた。その手際のよさは、部屋に入ってきたソンリプが驚きの声をあげるほどだった。
「まぁ……禧嬪様が針房にいた頃を見ているようだわ」
「そんなことは……」
義母が二種類の布を用意してあることに目を留めたのを見て、ウォルファは生地を撫でながら答えた。
「男の子でも、女の子でもいいように、両方の服を作っているのです。一歳の誕生日の服など、まだ気が早いと言われそうですが……」
「良いではないか。母というのは、そうやって子の誕生を心待にするものなのだ」
ウォルファははにかみながら笑うと、小さくうなずいた。すると、ソンリプが手を叩いてこう言った。
「ウォルファ。あなたのお母様やお兄様にも報告なさい。きっと喜ぶと思うわ」
「お許しいただけるのであれば、すぐにでもお伝えしとうございます」
「ええ、行ってらっしゃい」
笑顔に華が咲いたような美しさで、ウォルファは頷くのだった。
突然のウォルファの訪問に、イェリとウンテクは驚きを隠せなかった。しかし、離縁にしては元気すぎる。恐る恐る、イェリはチェリョンに尋ねた。
「何か……あったのか?」
「いいえ、違いますよ。お嬢様が実は……」
「懐妊したのです、あの方のお子を」
「まぁ!良かったじゃない、ウォルファ」
今にも飛び上がりそうな勢いで大喜びする母の横で、ウンテクは苦笑しながらため息をついていた。
「やれやれ……あやつとお前の子なら、さぞ騒がしい奴なのだろうな……」
「お兄様ったら!」
「まぁ、おめでとう。後程贈り物を届けよう」
ウンテクの笑顔を見て、ウォルファは先程の言葉が冗談であるとすぐに察した。
「本当に……夢みたいだわ。この子──私とヒジェ様の子が、私のもとに来てくれるなんて……」
「子は、最大の宝ですから。良かったですね、お嬢様」
「ええ。本当に」
ウォルファはそう言って、まだ平たい腹をそっと撫でた。その手に、早く顔を見せてちょうだいという願いを込めながら。
それからおよそ半年後。ウォルファは出産を迎えていた。初産だったためか、昼頃から始まった出産は長引き、ついには深夜に差し掛かろうとしていた。急ぎ帰宅したヒジェも、義兄のウンテクと共に固唾を呑んで見守っている。
「あああぁ!」
「お嬢様、頑張ってください!もう少しです!」
「ウォルファ。私もソンリプさんもついているわ。もう少しの辛抱よ」
「赤ちゃんも……苦しいのだから……これくらい耐えるわ!」
今までの辛さと比べれば、こんな痛みはどうということもない。ウォルファは最後の力を振り絞って、布を握る手にありったけの力をいれた。
そして部屋が静かになり、ウォルファの身体が布団に横たわった。ヒジェは何か問題があったのではと思い、戸口に駆け寄って叫んだ。
「何かあったのか!?ウォルファは!?子は!?無事か!?」
だが、誰かが答えるよりも前に声が響いた。
「おぎゃああああ!おぎゃああああ!」
紛れもなく、赤子の声だった。息も絶え絶えに、ウォルファはか細い声で尋ねた。
「子は……無事ですか……?」
「ああ。もちろん」
その言葉に安心したのか、ウォルファが目を閉じる。チェリョンは赤子の状態を確認すると、扉を開けて満面の笑みで告げた。
「産まれました!とても元気な……若様です!」
「つまり……男なのか?」
「はい!そうです」
「なんと!ウォルファ!でかしたぞ!よくやった!!」
ヒジェは靴を適当に放り投げると、足をもつれさせながら部屋に飛び込んだ。彼の愛する人のすぐ隣には、愛らしい顔をして眠っている赤子がいる。一目で彼の父性は、我が子だと認識した。
「おぉ……俺の子か……」
「ええ、そうですよ」
「子とは、こんなにも可愛らしいものなのだな……」
上から見たり、斜めから見たり、とにかく色々な角度から我が子を眺めるヒジェの様子が面白くて、ウォルファは疲れも吹き飛んだ気分で笑った。
「父だぞ。この天下のチャン・ヒジェが、そなたの父だ」
「もう、ヒジェ様ったら」
ひとしきり眺めて満足すると、ヒジェはウォルファに布団をかけ直してその頬を撫でた。
「よくやった。一人目から息子を産むとは」
「そんな……全てはヒジェ様とお義母様のお計らいのお陰です」
「何を言い出すか。この子は、うちの長子となるだろう。そうだ!名を決めねば」
「名は、あなたが決めてください」
ウォルファにそう言われると、ヒジェは満面の笑みで懐から何かを取り出した。その様子を見て、チェリョンがすっとんきょうな声をあげる。
「旦那様!もう既にお決めで?」
「ああ!女ならこちら、男ならこちらにしようと決めていたのだ」
そこには確かに二つの名前が書いてあった。片方は玉に華と書いて『オクファ』、もう片方は希に亮と書いて『ヒリャン』だった。ヒジェは瞳を輝かせてミョンソの方を指差している。
「では、チャン・ヒリャンで決まりですね」
二人は最大の贈り物──ヒリャンの安らかな寝顔を共に眺めた。そして心の中には、この幸せが永遠に続くようにという願いが人知れず芽生えるのだった。
しかし、時は運命の3度目の換局を迎えようとしていた。最大の悲劇が口を開けて待っていることなど、このとき一体誰が予想できたであろうか。
そんな悲劇が待ち受けているとも知らず、両親に見守られているミョンソは、ほんの少しだけ幸せそうに口許を緩めるのだった。
「よし、完璧ね」
出来映えに満足したら、次は洗面器とまっすぐに整った官服を抱えて夫を起こしにいく。これがまた難儀な仕事だった。ウォルファは悠長に布団を抱えて寝ているヒジェを優しく揺すった。
「あなた。起きて、朝ですよ」
「……知らん」
「そんなことおっしゃらず。ほら、起きてください」
「寝る」
「あなた!」
洗面器の中にある水を全てぶちまけても起きなさそうなヒジェの様子にため息をつくと、ウォルファは彼の隣に横になって甘い声で囁き始めた。
「ねぇ……あ、な、た」
「ほれ…こっちに来い……」
「うふふ」
ご機嫌になったところを確認すると、ウォルファはヒジェの揉み髭を思い切り引っ張った。あまりの激痛に飛び上がった彼は、一気に目が覚めた様子だ。ウォルファは身体を起こすと、にこりと笑顔で微笑みかけてこう言った。
「お早うございます、あなた」
「何という起こし方だ……勘弁してくれ……」
「あなたがすぐに起きないからですよ。さ、朝食の準備は出来ていますから」
そう言うと、ウォルファは自らの手で官服を着せ始めた。
「うん、俺の背丈に合っている良い官服だ。……誰が作ってくれたのかな?」
「もう。あなたってば……」
ヒジェは腰留めを閉めようと手を回したウォルファを引き寄せると、その額に口づけした。
「今日も一日、仕事をしてくる」
「さぼらないでくださいね」
「適度に手を抜いて、早く帰宅するのもだめか?」
「それは構いませんわよ」
二人は見つめ合うと、我慢ならずに笑みをもらした。これが二人にとっての朝の光景。何一つ変わらない、平凡でありふれた憧れの朝だった。
門の外までヒジェを送ると、今度は厨房にウォルファの姿はあった。チェリョンやイェジンを筆頭とした使用人たちと談笑しながら、ウォルファは自宅にある食材を自ら点検していた。
「これは今日の夕飯にお願いね」
「かしこまりました。あの……旦那様のお膳のお野菜は……」
「そのままで結構よ。分ける必要なんてないわ」
唖然とする使用人たちを置いて、ウォルファは前掛けを付け始めた。これも日課なのだが、数ヶ月経った今だに慌てた様子でとめられる。
「奥様!お止めください!奥様!」
「もうこれで何ヶ月目よ。そろそろ学習しなさい」
「ですが、奥様……」
「大丈夫。きちんといたわっておけば、手は荒れたりしないわよ」
そう言って、ウォルファは自分の手を見せて笑った。使用人たちにも評判で心優しい、内助の功の象徴である彼女はいつの間にか、最年少の貞敬夫人として外命婦の模範となっていた。最後に使用人たち全員に手荒れを防ぐ塗り薬を渡すと、彼女はヒジェの母であるユン氏を探しに向かった。
「お義母様!」
「ああ、ウォルファか」
「はい、おはようございます」
ウォルファが深々と一礼する様子を見ながら、ソンリプは苦々しい表情を浮かべた。あの巫女の言葉が刺さる中、彼女は今の幸せを壊すことを恐れて黙っておく決意をした。そんなことも知らず、ウォルファは笑顔で花を手渡した。
「お義母様は牡丹のお花がお好きだと聞きまので、寒牡丹を探しました」
「まぁ……お前は本当に良くできた嫁だ。ヒジェも見違えるように家へ帰るようになったし、何より家の空気が明るくなった。まるでオクチョ……いや、禧嬪様と暮らしていた頃に戻ったようだ」
「そう言っていただけて光栄です。では、私はそろそろ……」
ウォルファがそう言って踵を返そうとしたときだった。不意に胸焼けを感じて、彼女はその場にうずくまった。心配したソンリプが駆け寄る。
「ウォルファ!どうしたのですか?」
「いえ……ご心配には……うっ……」
その症状を見て、ソンリプはすぐに悟った。
「もしや……医者を呼べ!」
医者に見てもらう間、ウォルファは何か酷い病なのではと気が気でなかった。なので診察を終えた医師が突然ひれ伏したとき、ますます不安が増した。
「あの……何か酷い病なのですか?やはり……」
「いいえ!奥様。お祝い申し上げます。ご懐妊でございます!」
「え…………?」
狼狽えるウォルファに、ソンリプは喜びの悲鳴をあげた。
「まことか!ああ……良かった……良かった……ヒジェもこれで肩の荷が降りるであろう」
「お義母様……」
まだ実感のわかないウォルファは、ためしに平たい腹をさすってみた。声は聞こえないものの、確かにそこに愛の証が "いる" と答えた気がするのだった。
王宮でステクからの知らせを聞いたヒジェは、残りの仕事を全て人に押し付けて陽が沈むまでに退庁した。輿にも乗らず、自らの足で走って帰宅すると、彼はウォルファを呼んだ。
「ウォルファ!ウォルファ!帰ったぞ!あ、いや!動かずともよい!私が行く!」
出迎えようとするウォルファを制すると、ヒジェは満面の笑みで少年のように駆け寄って抱き締めた。
「ウォルファ……よくやった。大義であったぞ」
「そんな。まだ顔も見ていないのに……」
「これからは、あらゆることに大事を払うのだぞ。水仕事も家庭菜園も厳禁だ」
「はい、気を付けます」
ウォルファがどんな贈り物よりも喜ぶ姿を見て、ヒジェはこの上なく今が一番幸せであると感じた。彼は背中から手を伸ばすと、そっと妻の腹を撫でた。
「うーん……わからんな」
「わからなくて結構よ。これからいくらでもわかるんだから」
「そなたと俺の子なら、驚くほどに美しいだろうな」
「ええ。きっと嘘と清国語が上手な子なんでしょうね」
「何?それは知らんな」
二人は微笑み合うと、幸せ一杯に大笑いした。ヒジェはそんなウォルファの手を取ると、その身を労るように部屋へ連れていくのだった。
翌日からは、ヒジェがウォルファに「何もするなよ」と念を圧すことが日課になった。それでも彼女は何かせずには居られない性分だったので、裁縫道具を取り出して刺繍ではなく産着を作り始めた。その手際のよさは、部屋に入ってきたソンリプが驚きの声をあげるほどだった。
「まぁ……禧嬪様が針房にいた頃を見ているようだわ」
「そんなことは……」
義母が二種類の布を用意してあることに目を留めたのを見て、ウォルファは生地を撫でながら答えた。
「男の子でも、女の子でもいいように、両方の服を作っているのです。一歳の誕生日の服など、まだ気が早いと言われそうですが……」
「良いではないか。母というのは、そうやって子の誕生を心待にするものなのだ」
ウォルファははにかみながら笑うと、小さくうなずいた。すると、ソンリプが手を叩いてこう言った。
「ウォルファ。あなたのお母様やお兄様にも報告なさい。きっと喜ぶと思うわ」
「お許しいただけるのであれば、すぐにでもお伝えしとうございます」
「ええ、行ってらっしゃい」
笑顔に華が咲いたような美しさで、ウォルファは頷くのだった。
突然のウォルファの訪問に、イェリとウンテクは驚きを隠せなかった。しかし、離縁にしては元気すぎる。恐る恐る、イェリはチェリョンに尋ねた。
「何か……あったのか?」
「いいえ、違いますよ。お嬢様が実は……」
「懐妊したのです、あの方のお子を」
「まぁ!良かったじゃない、ウォルファ」
今にも飛び上がりそうな勢いで大喜びする母の横で、ウンテクは苦笑しながらため息をついていた。
「やれやれ……あやつとお前の子なら、さぞ騒がしい奴なのだろうな……」
「お兄様ったら!」
「まぁ、おめでとう。後程贈り物を届けよう」
ウンテクの笑顔を見て、ウォルファは先程の言葉が冗談であるとすぐに察した。
「本当に……夢みたいだわ。この子──私とヒジェ様の子が、私のもとに来てくれるなんて……」
「子は、最大の宝ですから。良かったですね、お嬢様」
「ええ。本当に」
ウォルファはそう言って、まだ平たい腹をそっと撫でた。その手に、早く顔を見せてちょうだいという願いを込めながら。
それからおよそ半年後。ウォルファは出産を迎えていた。初産だったためか、昼頃から始まった出産は長引き、ついには深夜に差し掛かろうとしていた。急ぎ帰宅したヒジェも、義兄のウンテクと共に固唾を呑んで見守っている。
「あああぁ!」
「お嬢様、頑張ってください!もう少しです!」
「ウォルファ。私もソンリプさんもついているわ。もう少しの辛抱よ」
「赤ちゃんも……苦しいのだから……これくらい耐えるわ!」
今までの辛さと比べれば、こんな痛みはどうということもない。ウォルファは最後の力を振り絞って、布を握る手にありったけの力をいれた。
そして部屋が静かになり、ウォルファの身体が布団に横たわった。ヒジェは何か問題があったのではと思い、戸口に駆け寄って叫んだ。
「何かあったのか!?ウォルファは!?子は!?無事か!?」
だが、誰かが答えるよりも前に声が響いた。
「おぎゃああああ!おぎゃああああ!」
紛れもなく、赤子の声だった。息も絶え絶えに、ウォルファはか細い声で尋ねた。
「子は……無事ですか……?」
「ああ。もちろん」
その言葉に安心したのか、ウォルファが目を閉じる。チェリョンは赤子の状態を確認すると、扉を開けて満面の笑みで告げた。
「産まれました!とても元気な……若様です!」
「つまり……男なのか?」
「はい!そうです」
「なんと!ウォルファ!でかしたぞ!よくやった!!」
ヒジェは靴を適当に放り投げると、足をもつれさせながら部屋に飛び込んだ。彼の愛する人のすぐ隣には、愛らしい顔をして眠っている赤子がいる。一目で彼の父性は、我が子だと認識した。
「おぉ……俺の子か……」
「ええ、そうですよ」
「子とは、こんなにも可愛らしいものなのだな……」
上から見たり、斜めから見たり、とにかく色々な角度から我が子を眺めるヒジェの様子が面白くて、ウォルファは疲れも吹き飛んだ気分で笑った。
「父だぞ。この天下のチャン・ヒジェが、そなたの父だ」
「もう、ヒジェ様ったら」
ひとしきり眺めて満足すると、ヒジェはウォルファに布団をかけ直してその頬を撫でた。
「よくやった。一人目から息子を産むとは」
「そんな……全てはヒジェ様とお義母様のお計らいのお陰です」
「何を言い出すか。この子は、うちの長子となるだろう。そうだ!名を決めねば」
「名は、あなたが決めてください」
ウォルファにそう言われると、ヒジェは満面の笑みで懐から何かを取り出した。その様子を見て、チェリョンがすっとんきょうな声をあげる。
「旦那様!もう既にお決めで?」
「ああ!女ならこちら、男ならこちらにしようと決めていたのだ」
そこには確かに二つの名前が書いてあった。片方は玉に華と書いて『オクファ』、もう片方は希に亮と書いて『ヒリャン』だった。ヒジェは瞳を輝かせてミョンソの方を指差している。
「では、チャン・ヒリャンで決まりですね」
二人は最大の贈り物──ヒリャンの安らかな寝顔を共に眺めた。そして心の中には、この幸せが永遠に続くようにという願いが人知れず芽生えるのだった。
しかし、時は運命の3度目の換局を迎えようとしていた。最大の悲劇が口を開けて待っていることなど、このとき一体誰が予想できたであろうか。
そんな悲劇が待ち受けているとも知らず、両親に見守られているミョンソは、ほんの少しだけ幸せそうに口許を緩めるのだった。
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