壱
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家の裏から見える山々が、ここ数日で鮮やかに色付き始めた。
季節はもう秋も半ばだ。
春、母が亡くなってから彷徨っていたところを先生に拾われてからもうだいぶ経った。少なくとも、季節を一つ越えるくらいには。
今日も今日とて、私は裏の野に繰り出そうと支度をする。
先日、先生が読んでいた物になにやら見知った草が描かれていたのを見ていたところ、先生がそんな私を見越していろいろ教えてくれた。
それによるとあれらは薬草というらしい。
あれから作る薬、というものは身体の悪いところを治せるというが、それはあれだろうか。
私がけがなどをしたときに母が私に塗っていたようなものなのだろうか。
なにしたって、そんな風に何かを救えるというのはいいことだと思う。
そして、それを職にしている先生…医者、というらしいが、彼も。
村の人たちが先生、先生、と彼を呼ぶから私もそう呼ぶことにしたが。
彼も村の人たちが苦しそうなとき、昼夜問わずに駆けつける。
すごいことだ、と単純に思う。
私はどうやら、いい人に出会った。
そんなこんなで私にもそんなことができるだろうか、と始めた薬づくり。
薬草に関しては見知ったものも多かったためすぐに覚えられただけだのだが、初めて薬、というものを作って見せたとき、先生が驚きながらも褒めてくれたことが無性に嬉しくて、今でもこうして色々と試しているのだった。
「それじゃ、先生。行ってくる。裏の野だ」
書庫に籠り、医学書を読んでいた先生にそう声をかける。
因みに、書を読めるようにと教わった文字のおかげで軽い薬学書は読めるようになった私だが、あれは難しすぎてよくわからん。医学書。
あれが読めるなんて、さすが先生だ。
「おう分かった、気を付けて行って来い」
顔を上げずに手だけをひらり、と振ったところを見ると、だいぶ集中しているらしい。
なるべく足音をたてないように心掛けて書庫を出た。
廊下を通るとき、開け放してある縁側のほうから吹いた風に思わず目を細めながら、玄関へ向かう。
そして玄関で、手に持った風呂敷を一度置いて草履を履いた…その時。
「おーい、化野ー」
木の戸を一枚隔てた向こう側から、男の人の声。
患者の人かな。
いや、でも。
…先生を、『先生』と呼ばない人は、この村で見たことが無い。
兎にも角にも、客なのだろうから迎えなければ。
そう思いたち、カラリ、玄関の戸を開ければ。
「遅ぇ、よ……」
「え…」
そこには、見慣れない男の人が。
しかし驚いて言葉を失ってしまったのは、それが原因でなく。
___自分に、少し似ている。
その容姿だった。
真っ白な髪。その髪に隠されていない右目は、綺麗な青緑で。
「な…え…」
私が相手の顔を見つめて口をぱくぱくさせていると、相手も暫く驚いた顔をしていたものの、ふと我に返ったようで。
「邪魔するぜ。あいつはいるかい」
と、薄く笑みを浮かべながら問うてきた。
「い、いる。呼んでこようか?」
向こうはもう平気そうだが、こちらの動揺はまだおさまっていない。
少し吃りながら先生のいる書庫の方を指す。
「ああ、頼めるか。俺は縁側ででも待ってるさ」
そう返してきた男の人にわかった、と頷き、出かけるつもりで持っていた荷物はほったらかし廊下を駆ける。足音など今は気にしていられない。
客が来たのだから。
「せ、先生!」
「どうした、出掛けたんじゃなかったのか」
書庫に駆け込んできた慌し気な私とは反対に、先程と違い顔を上げてくれた先生は落ち着き払った様子。
「あの、客が来ててっ」
「お、そうか。それなら行くとするかね…しかしお前、何をそんなに慌ててる」
そりゃそうだ、ただの来客をこんな風に報告したことはない。
精々「先生、誰か来たよ」くらいで済ましてきた。
けど、来た奴が奴なのだ。
今回ばかりはそんなに落ち着いてられない。
「だって、その…客が客なんだ!先生、あんな男と知り合いだったのか!?」
「あんな…?落ち着け、樹。死神でもやって来たのか」
読んでいた医学書を閉じて、立ち上がった先生は冗談めかしてそう言って。
違う、そうじゃなくて、と首を振る私に「どんな客だよ」と笑う。
どんな…?どんなって、そりゃ_____
「わ、私みたいな…!私みたいな髪の色した男の人だ…!」
とにかく縁側で待ってるんだ!と、私に袖を引かれて書庫から出る先生は、私の言葉にほう、と何か納得した声を漏らして。
楽しそうに笑いながら「そうか、文が来てたもんな」と呟く。
そして、相変わらず私に引っ張られるのをやめずに廊下を歩いて。
開け放した縁側に近付けば、其処には先程の男の人が荷物らしい大きな木箱を傍に置いて腰掛けていた。
___言葉通り、縁側で待っていたらしい。
私達の足音を聞いてかゆっくりこちらを振り向いて
「よお、化野。面白い奴置いてるじゃねえか」
と、煙草を咥えながらに、と笑った。