壱
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帰る場所もないから、と樹を家においてもう三月、四月は経っただろうか。
辺りには秋の気配が立ち込めるようになった。
初めは人を警戒していた樹も、うちに訪ねてくる村人や、往診の際の荷物持ちに駆り出すようになった今では、人々と随分打ち解けてきている。
また、彼女の学習能力は凄まじかった。
いつだったか薬学書の挿絵を興味深そうに見ていたから、書に興味があるのかと字を少し教えたらば、ほんの五日かそこらで簡単な書物を読めるまでになった。
一月経たないうちに、最初見ていた薬学書は読めるようにすらなった。
そして山で生きてきた彼女に薬学は向いていたのだろう、普段作って処方するような薬のほとんどを、いつの間にか習得して作って見せるほどになった樹は、毎日野山に繰り出しては薬草を観察したり、持って帰ってきて調合したりしていた。
きっとあれは才能だ。
さすがに知識だけでは、分量の書いて無い調合を一発で成功させるなんてできるはずがない。
乾いた土が水を吸収するような樹の成長は、見ていてとても面白かった。
仕事を終えた夜に、喜んで自分の知識を分け与えたのは言うまでもない。
こりゃあ、やることをやったらそんじょそこらのやぶ医者なんかよりは数倍立派になるな、などと日々ほくそ笑んでいることも、また。
今日も今日とて採ってきた薬草を縁側で干している樹を見ながら、朝方届いた文を分けていると。
【直近 其方ヲ訪ネル 暫シ滞在スル予定デアルカラ 意ヲ用イラレタシ】
普通は最後に記名をするもんだろ、と、無記名のその文を見て思わず苦笑がこぼれる。
この時期にこんな文を送ってくる知人は一人しかいない。
ギンコだ。
この時期になると、土産話や実際のちょっとした土産___主に蟲関連の物を無理やり頼んでいるにすぎないのだが___を持って、数日此処に滞在するのが、ここ数年の互いの習慣になっていた。
(今年は俺のほうからも、面白い話がしてやれそうだな)
相変わらず夢中で薬草と向き合う樹を見ながら、少しほくそ笑んだのだった。