壱
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「___そういや樹、野に行くんじゃなかったのか」
と、ふと話の途中で樹に話を振ってみると。
黙って俺らの会話を聞いていた彼女は分かりやすく嬉しそうにして、「行ってきていいのか?」と立ち上がる。
「おー、気を付けろな」
という俺の言葉を聞き終わった瞬間、跳ねるように駆けていった。
「まぁ、元気なこって」
「全くだ」
かららら、と玄関の戸を閉める音が家の中に響いた後、目の前に座る家の中には長閑な静けさが立ち込める。
それを聞き届け、近くの路で村の子供たちが遊ぶのを遠目で眺めていると。
隣から探るような視線を感じて、仕方なしにそちらを振り向けば。
「…で?あの娘は結局なんなんだよ」
と、ギンコが新しい蟲煙草を取り出しながら訝しげに問うてきた。
「なんの事だ。あの容姿の事か、それとも”見える質”なことか」
「何のことか分かってんじゃねえか」
今回はいつもと違い、嗜めてくるような問い方ではないことにほっと胸を撫で下ろしつつ、実はだな…と切り出す。
樹がいる手前、なんとなく先程は口に出さなかったあの娘の生い立ちなんかを、いつか話してもらった通りに伝えていく。
「樹は赤子の時分、光酒やなんやを飲まされたのが原因だろう、ってよ。本人が言ってたぜ」
あいつの、蟲が見えるようになった経緯らしきものを話しているとき、相槌を打っていただけだったギンコがふと口を開く。
「光酒をか?」
「ああ、そうらしい。母親が乳の代わりに飲ませてたんだと」
なんせ”人”じゃなかったからな、仕方なかったんだろうよ、と付け加えた俺にただ「そうか」と返し。
蟲煙草を咥え直してから、遠い目をして「これは、あいつには言ってやるなよ」と声の調子を落として。
「その山の主…あいつの母が死んだのは多分、それが理由だよ」
「どういう事だ」
「…たとえ山の主でも、光酒はそう簡単に扱っていいものじゃない」
なんせアレは、生命の源だ_____。
「しかし、主ならばそんなこと心得ていないはずがない。きっと分かっていて…わが子のためにと自らの命を削ってたんだろうよ」
「……寿命じゃなくてか」
なんとなしに、この話を素直に「そうか、」と受け入れることが出来ず、そんな問を投げると。
「この近くに住む、銀狐の山の主…ってのは、俺も何度か話に聞いた事がある。しかしそれはまだ寿命がくる程長く生きてるようじゃなかった」
___だから、きっと。
暫しの重い沈黙のあと、例の真白な少女の、無垢に笑った顔が浮かんで。
やっぱり、どうしようもなく娘思いの母親だったんだよ。お前の母は。と、しみじみ思うのだった。
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