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本棚

 ある日、森の中。農家のおじさんはクマに出会った。

 ズザァァァッ!

「うわっ!クマだ!」
「……」

 一頭の赤いクマがものすごいスピードで山から駆け降りてくる。通りかかった農家のおじさんは腰を抜かし、動けなくなった。

 絶好の狩りタイム。にもかかわらず、クマはおじさんに一瞥くれただけで、すぐに立ち去った。

 クマが向かう先には、大きな街があった。

「そうか。もっとエサがたくさんある場所に行くんだな」

 農家のおじさんは恐怖に震えた。


 クマは走る。自転車よりも、バイクよりも、車よりも早く走る。

 そして、ある建物にたどり着くと、二本足で立ち、鼻息荒く足を踏み入れた。

 うちわやペンライトを持った大勢の人々には目もくれず、人混みをかき分け、真っすぐ受付に向かった。

「チェキつき当日券はこちらでーす」
「ボフッ」

 人差し指を立て、器用にお金を渡す。スタッフは本物のクマを前にしてなお、笑顔で対応した。

「チェキつき当日券、一枚ですね? 楽しんでいってくださーい!」
「ボッフ!」

 クマはグッと親指を立て、会場へ入る。もはや定位置と化した、下手しもて最前列を陣取る。「あかりん命」のはちまきを頭に巻き、ペンライトを両手に持って、スタンバイ。カラーはもちろん、赤。

 客席は期待と熱気に包まれている。誰もクマの存在など気にも留めない。

 彼らには本物のクマよりも熱中している存在がいる。クマもまた、その人に夢中だった。

 やがて定刻のブザーが鳴り、待ちに待った人がステージへ現れた。

「みんなぁー! 今日もいっしょに盛り上がろうねー!」
「あかりいいいん!!」
「今日も可愛いよぉぉぉ!!」
「ボフゥゥゥ!!!!」

 男の娘アイドル、あかりん。
 現在、クマを最も夢中にさせている人間だ。



 一ヶ月前、クマはエサを求め、街に出た。

 どこをどう歩いたのか、あるアイドルがライブ中のライブハウスにたどり着いた。受付のスタッフは離席していた。

 食べ物は見当たらなかったが、重い扉の向こうから大勢の人間の臭いがした。人間の肉には興味ないが、人間は食べ物を持っている……クマはエサを求め、重い扉を開いた。

 次の瞬間、目の前が赤い光に包まれた。

「次の曲、いっくよー!」

 ステージ上で輝く、一人のアイドル。見た目もにおいも男の子なのに、女の子の格好をしている。

 クマはその輝きに引き寄せられ、気づけば客席の最前列に立っていた。さすがに周囲のファンはクマの存在に気づき、ざわつく。

「クマ?」「本物?」「さすがに着ぐるみでしょ」「デカすぎるだろ……」「見えん」

 クマの後ろで困っているファンを見兼ね、古参ファンがクマに話しかけた。

「きみ、現場は初めて? 着ぐるみで参加するなんて、よっぽど恥ずかしがり屋さんなんだなぁ」
「ボボフ! ボフ!(訳:あの子、誰?)」
「ペンラ、持ってないの? 俺の予備で良ければ使いなよ。下手なら人いないし、最前列でも見れるよ」
「ボフっすか? ボフっす!(訳:マジっすか? あざっす!)」

 クマはペンライトを借り、下手の最前列を陣取る。エサをたかりにきたことなど忘れ、夢中でペンライトを振った。

 こうして、一匹のあかりんクマヲタクが爆誕した。



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緋色刹那さまより
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