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本棚

「No,15、環月かんづき紅人あかりです。よろしくお願いします!」

 ピシリと背を伸ばし、礼儀正しく頭を下げた少年が、課題曲を披露し始める。

 歌もダンスも及第点。中性的で線の細いスタイルの、いかにも女子ウケしそうなイケメンくん。

……これで何人日だろうか。

音楽業界にばら撒かれた招待チケットを握りしめて、興味本位に訪れた公開オーディション会場。
その観客席の一角で、私は眠気をこらえていた。

企画のコンセプトが趣味に合わないのもあって、歌詞提供したくなるような魅力的な出会いにはあまり期待できなさそうだ。

彼も、その前の男の子たちも、どこが悪いかと言えばどこも悪くはなかった、けども。

「なぁんか、パッとしないんだよなぁ」

 いわゆる、こう、理屈を超えてビビッとくる感じがしない。目立った点はなく、まとまっちゃいるんだけど、とりたてて刺さるものがないっていうの?

 こうなるとむしろ久点がないのが知点ですらある。強烈な華をぶつけ合うこの業界で、周囲の視線を掻っ攫うような個が感じられないというのは致命的だ。

 ただ歌って踊れる顔の綺麗な男の子なんて掃いて捨てるほどいる。このオーディションを勝ち抜いたところで、待っているのは、より冷ややかな世間の目。群を抜いて光るものがないと先は厳しい。

 一目見たら忘れられない。
 一晩経てばまた会いたくなる。

 アイドルってものには、そういう強烈さがなくては。

 そうだなぁ。たとえば、普段は恥ずかしがっていながら、一度ステージに立てば満面の笑みを振り撒き、フリフリひらひらのスカートをはためかせて踊る、かわいい男の娘、とか。

 環月紅人19歳。
 元・地下アイドル、[#ruby紅人_あかり#]。
 大手事務所の所属歴はなし。

 ふむ……まあ、でも無理だろうな。このオーディションのコンセプトとは、まるっきり路線が違う。カッコいいアイドルに憧れて応募してきた思春期の少年に、男の娘になれというのは酷だろう。

 素顔や理想からかけ離れたキャラクターを『本物』にするだけのプロ意識を持つのは、とっくにデビューを掴んだベテランアイドルにだって難しい。

 結局、誰が選ばれたのかすら記憶に残らなかったオーディションから一年が経った頃。
 ──私は、『あかりん』の快進撃を耳にする。

「みんなぁー、ライブ、たのしんでるぅー?前列のお姉ちゃんたちも、後列のお兄ちゃんたちも、あかりんの可愛いところ、ちゃぁんと目に焼きつけてくれなきゃ、だ・め・だ・よ?」

 チョコレートカラーのツインテール。
 フリルとリボンたっぷりの衣装。

 ステージの中央でスポットライトを独り占めして、両手を顎の下に添えたぶりっ子ポーズをキメる美少女の顔には、いつかみた少年の面影があった。

 頬骨や喉仏、肩や腰のライン、よくよく観察すれば、彼女が男であることはわかる。わかった上で、それがなんだと思わされる。そんじょそこらの男性アイドルの女装とは、わけが違う。

 あかりんは、男の娘アイドルだった。

 性別を超越した、かわいさ。
 食欲に愛を求める、あざとさ。

 お世辞にもキャパシティが多いとはいえない小さなライブ会場は、SNSで噂を呼び、日に日に観客の密度と熱量が上がっているという。

 ははっ、やりやがった──!

 どこの敏腕プロデューサーだよ、この原石を飾り立てたのは。

 なにより本人の覚悟だ。
 こんなもの見せられたら認めるしかない。

 私は、ライブハウスの壁にもたれかかりながら、腕を組んで天井を仰いだ。

「わかっていたとも──」

 きみは本物だ。あかりん。
 さあ、一緒に伝説を始めよう。



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本宮愁さまより
X(旧:Twitter)@motomiyash
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