三國無双
「どうして、私なのですか」
自分でも、愚かな質問をしたものだ。それはきっと、先ほど主宛てに届いた縁談が原因だ。
昼下がり、主の執務室でいつまでも終わらない業務に時間を費やしていた。柔らかな春の日差しが窓から降り注ぐ。草花は生い茂り、生き物の鼓動が聞こえる気がした。
主は筆を止め、目を丸くして私のほうを向いた。
「どうして、とは。おかしなことを聞くね」
おかしなことなどあるものか。不思議でならない。この頭脳だけはいやに働く主には、有能な部下がたくさんいる。もちろん言い寄る女性も。主の付き人として街へ出れば、彼を見て目を輝かせる女性を見かける機会は珍しくない。
「何かいやなことでもあったかい」
返事をしない私に、優しい言葉を投げかける。そうではなくて、と答えようとして、続けざまに言葉を紡がれた。
「そうだな、まずは君が真剣に執務に取り組んでいるときの横顔はとても好きだな。私が疲れたのを見計らって、お茶を淹れてくれるところも。君と私は頭の中が繋がっているのかと思わされることは往々にあるが、そんなことはありえない。君がそれだけ私を観察してくれているということだ。それから、普段あまり笑わない君が私を見て微笑むときがあるだろう。その笑顔も愛しく想う。あとは、何も言わないけれど季節を愛でるように外の景色を見つめているときなんか」
「も、もういいです、いいですから」
「おや、充分かい」
流暢に語られた言葉は、それだけで胸を満たしてしまった。自分でも簡単な女だと思う。主の賢さなら、これくらいの褒め言葉は誰にでも言えそうだ。そう考える反面、主が私をまっすぐ見つめて、溢れんばかりの愛を伝えているのだと、表情で伝えてくるものだから、何も言い返せなくなってしまった。
私が日々感じる小さな嫉妬や、羨望なんてものを、主はしらないままでいてほしい。格好悪いところは見せたくない。主の前では、忠節を尽くし、真面目に淡々と仕事をする部下の一人でいい。
主が他人には見せない疲れた表情や、居眠りをしているときの表情など、私だけが知っていればいい。
将来奥方を迎えるとして、傍で一番に支えられるのが私であれば、と思っていたのも束の間のことだった。いつの間に罠を仕掛けられていたのだろうか。私は易々と絡め取られた。部下であり恋仲、というあまり外聞の良くない関係になってしまった。
「君は、私が身近な女性にすぐ手をつけるような男だと思っているのかな。だとしたら心外だ。すぐにでも真実を分からせてあげないと」
そう言って立ち上がると、主はこちらへ歩み寄り軽々と私の身体抱き上げた。その目はいつもの穏やかさを消しているように見えた。
「えっ、ちょっと、満寵様」
「こんな時間から主におねだりするなんて、君も悪い部下に成長したものだ」
抱きかかえられたまま、主の足取りは閨へと向かっている。
「満寵様、まってください、まだ山積みの仕事が、まって」
「いいや、待たない」
普段は春の日差しのような眼差しをたたえていながら、主は頑固だ。一度決めたら曲げることはない。そうしてこういうときは、ギラギラと獲物を定めたような眼差しに変わるのだ。
私の身体は柔らかな寝台の上に優しく落とされた。ああ、もう、逃げられない。
「君の格好悪いところも、恥ずかしいところも、よわいところも、全部見せてほしい。どうか指の先から骨の髄まで、私のものでいて」
自分でも、愚かな質問をしたものだ。それはきっと、先ほど主宛てに届いた縁談が原因だ。
昼下がり、主の執務室でいつまでも終わらない業務に時間を費やしていた。柔らかな春の日差しが窓から降り注ぐ。草花は生い茂り、生き物の鼓動が聞こえる気がした。
主は筆を止め、目を丸くして私のほうを向いた。
「どうして、とは。おかしなことを聞くね」
おかしなことなどあるものか。不思議でならない。この頭脳だけはいやに働く主には、有能な部下がたくさんいる。もちろん言い寄る女性も。主の付き人として街へ出れば、彼を見て目を輝かせる女性を見かける機会は珍しくない。
「何かいやなことでもあったかい」
返事をしない私に、優しい言葉を投げかける。そうではなくて、と答えようとして、続けざまに言葉を紡がれた。
「そうだな、まずは君が真剣に執務に取り組んでいるときの横顔はとても好きだな。私が疲れたのを見計らって、お茶を淹れてくれるところも。君と私は頭の中が繋がっているのかと思わされることは往々にあるが、そんなことはありえない。君がそれだけ私を観察してくれているということだ。それから、普段あまり笑わない君が私を見て微笑むときがあるだろう。その笑顔も愛しく想う。あとは、何も言わないけれど季節を愛でるように外の景色を見つめているときなんか」
「も、もういいです、いいですから」
「おや、充分かい」
流暢に語られた言葉は、それだけで胸を満たしてしまった。自分でも簡単な女だと思う。主の賢さなら、これくらいの褒め言葉は誰にでも言えそうだ。そう考える反面、主が私をまっすぐ見つめて、溢れんばかりの愛を伝えているのだと、表情で伝えてくるものだから、何も言い返せなくなってしまった。
私が日々感じる小さな嫉妬や、羨望なんてものを、主はしらないままでいてほしい。格好悪いところは見せたくない。主の前では、忠節を尽くし、真面目に淡々と仕事をする部下の一人でいい。
主が他人には見せない疲れた表情や、居眠りをしているときの表情など、私だけが知っていればいい。
将来奥方を迎えるとして、傍で一番に支えられるのが私であれば、と思っていたのも束の間のことだった。いつの間に罠を仕掛けられていたのだろうか。私は易々と絡め取られた。部下であり恋仲、というあまり外聞の良くない関係になってしまった。
「君は、私が身近な女性にすぐ手をつけるような男だと思っているのかな。だとしたら心外だ。すぐにでも真実を分からせてあげないと」
そう言って立ち上がると、主はこちらへ歩み寄り軽々と私の身体抱き上げた。その目はいつもの穏やかさを消しているように見えた。
「えっ、ちょっと、満寵様」
「こんな時間から主におねだりするなんて、君も悪い部下に成長したものだ」
抱きかかえられたまま、主の足取りは閨へと向かっている。
「満寵様、まってください、まだ山積みの仕事が、まって」
「いいや、待たない」
普段は春の日差しのような眼差しをたたえていながら、主は頑固だ。一度決めたら曲げることはない。そうしてこういうときは、ギラギラと獲物を定めたような眼差しに変わるのだ。
私の身体は柔らかな寝台の上に優しく落とされた。ああ、もう、逃げられない。
「君の格好悪いところも、恥ずかしいところも、よわいところも、全部見せてほしい。どうか指の先から骨の髄まで、私のものでいて」
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