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刀剣乱舞


 愛し哀しと思うこころを、何百年経っても上手く言葉に乗せることはできないだろう。
 君の笑った顔が好き、怒った顔、恥ずかしがってる顔、正直に言うと泣いてる顔も好き、ついでに言うと美味しそうにご飯を食べる顔、ふとしたときのまつ毛が影を落とす横顔、どれだって好きだよ。そう伝えた僕を、君はとても驚いた顔をして見つめていた。そうだ、驚いた顔だって好きだな。鶴さんじゃないけれど、君を驚かせたくなるのはよく分かる。

 君の一瞬一瞬が愛しい。そして、哀しい。人を恋う、とはこのことを言うのだろう。

 僕はこの本丸が好きだ。貞ちゃん、加羅ちゃん、長谷部くん、鶴さん、小夜くん、歌仙くん……語り出せばきりがないほど、皆と過ごした幸福な思い出が僕を包んでくれる。それは僕だけじゃなくて、この本丸にいる誰もが感じていることじゃないかな。ああ、人の身を得ることができてよかった。こころを持つことができて、幸福だった。僕たちを降ろしてくれたのが、主でよかった。

 この本丸に降りてしばらく経った頃、僕が戦でひどい怪我を負い帰ってきたことがあった。阿津賀志山から引き上げる際、夜の月に照らされた紅白の梅がぼんやりと浮かび上がっていて、主にお土産として手折っていこうかな、と思案しながら景色に見惚れていた。すると突然、闇夜から現れた遡行軍の大太刀による、不意の斬撃を避けることができずに、肩から腰にかけて重い一撃を受けた。それも真正面からだった。
 背中に傷を受けたとあっては、格好がつかないだろう?
 本丸に帰陣した僕はそんなようなことを呟いて、残りわずかな体力でどうにか笑みを浮かべながら、顔面蒼白になっている主に言ったんだ。僕を支えてくれていた加羅ちゃんは、そんな状況で軽口を叩く僕を尻目に「主、どうやらくだらないことを喋る力は残ってるらしい。煮るなり焼くなり勝手にしてくれ」なんて言って、血塗れの僕を主に押し付けて、さっさとどこかへ行っちゃったっけな。周りにいた残りの皆の力を借りて手入れ部屋へ赴き、そのまま顔が真っ青な主と一日中篭ったんだ。

「光忠」
「うん?」
「貴方は、明日から謹慎です」
「えっ」
「戦の最中に気が抜けていたようですから、その罰として」
「……はい」
「というのは名目で、明日から私の身の回りのことを暫く任せます」
「えっ、……え?」
「任せましたよ」

 手入れ終了後から約1ヶ月間、僕は戦場へは行かず、主の業務に関する雑務や身の回りのお世話を担当した。僕としてはやはり刀の本分として、戦場で功を立てたかったら少し不満に思ったけれど、罰と言われれば仕方がない。元はと言えば戦場で気を抜いた僕が悪いのだから。
 ただ、この1ヶ月で僕は主の好物、些細な癖、服のこだわり、1日の動きなどを追い続けることになり、一段と主の人となりを知ることができて、嬉しく思った。主は他の審神者と比べると霊力が弱く、一つ一つの業務に対して体力の消耗が激しいので、しょっちゅう寝込んでいることもこのとき初めて知った。普段、そんな姿を僕たち刀剣男士にはつゆほども見せないのだ。他の刀剣男士たちが知らない主の一面を、僕が独り占めできてるような気分になった。そんなこと、あるはずないけれど。

 僕が主の身の回り係をまだ続けていたある日、主の古くからの知人であるという男性の審神者がこの本丸を訪れた。年も主より少し下くらいかな。さわやかな好青年という雰囲気だ。彼を目の前にした主が、僕たちには見せない和やかな顔をしているような気がして、ちょっとだけムッとしたのは気のせいじゃない。また、僕の知らない主の顔だ。
 二人は主の執務室で、他の誰も寄せ付けずになにやら話し合っていた。僕は来客用の茶菓子の用意をしようと厨でその準備をしていた。茶菓子を持って行ったらすぐ離れよう。なんだか、よくない感情に支配されそうだから。そんなことをもやもやと考えていると、男性審神者の近侍として来ていた加州くんが僕を手伝ってくれた。他愛のない話を弾ませながら、加州くんはこんなことを言った。

「うちの主、昔はここの審神者さんに相当惚れ込んでたみたいでさー」
「……」
「まぁ、それも今となっては……、ってあれ、燭台切どっか行っちゃった」

 足が勝手に駆け出していた。行く先は主の執務室。茶菓子なんて用意してる場合じゃない。とにかく二人っきりにさせてなるものか。主に惚れていただって!?今も惚れていない理由がどこにあるんだ。やっぱり二人きりにすべきじゃなかった。
 ものの30秒ほどで主の執務室の前に着いた。と同時に障子を勢いよく開け放った。
 するとどうだろう、かの男性審神者が、主の手を握っているではないか。

「燭台切!?どうしたの、何か緊急事態が」
「……ろ」
「え?」
「主から離れろって言っているんだ。刀のサビにされたくないならね」
「え?え?僕何か悪いことしました!?」
「落ち着いて燭台切。あなた何か勘違いしてない?」
「主も!ちょっと無頓着すぎるんじゃないかなぁ!」
「え、ええと……ご、ごめんなさい?」
「とりあえず落ち着きましょう、こちらの燭台切光忠さん。ね?ね?」
「落ち着いていられないよ。だって君、あんな風に僕の主に近づいて。やましいことがないって言うのかい」
「燭台切!」
主が場を収めるように大きい声を出した。それでも僕の怒りは収まらなかった。

主、なんでこの男を庇うの。

「彼は審神者の霊力問題に詳しい研究者なの。だからたまに様子を見てもらって、簡単な治療やアドバイスをもらってる。今のは脈を測って霊力や生命力に支障がないか見てもらってたの」
「え」
「私の霊力が低いってことをあまり知られたくなかったから、公にはしてなかったの。これで納得してくれた?」

 僕は大馬鹿ものだ。主に恥をかかせてしまったではないか。そして僕も、今絶賛恥ずかしい。

「……申し訳ありませんでした。僕の勘違いです」
「いやいや!誤解が解けたなら良かった。それならこの燭台切くんにも、治療を見てもらってたらいいですよ。ね?」
「……そうね。燭台切、そこで反省しながら様子を見てて」
「……はい」

その後、研究者の審神者から、脈を測っての治療はもう何年も続けられていたのだということを、そして主の霊力はここのところ顕著に低いことを教えてもらった。正直できるのはカウンセリング程度で、実情がわかっても具体的な改善策はないそうだ。

「睡眠や食事もきちんと取るようにしてる。仕事のストレスも貯めすぎないようにある程度発散もしてる。ほかになにがいけないのかしら」

「僕ね、以前に聞いたことがあるんですよ。霊力が低くなる病の対処法」
「ほかにあるの?」
「ええ。それは……」

 僕は固唾を飲んで二人の会話を聞いていた。主の顔には少し焦りと緊張が浮かんでいるように見える。どうか、主の心身に負担をかけない対処法でありますように。

「それは……」
「「それは?」」
「……」
「もったいぶらずに教えて」


「刀剣男士と性交渉をし、精液を流し込んでもらうことです」


 時が止まった音がした。
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