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刀剣乱舞

あなたを愛していけなくたって、私がこうして存在していることだけが確かだった。意識は大層にふわふわと浮ついていて、もはや自分が海だったのか草だったのか土だったのかすら分からなくなった。
刀としてではなく神としてではなく、限りなく人として愛してしまった。
そう自覚するには時間を要した。そうだ、私はあなたと出会うために生まれてきたのではないだろうか。そんな恐ろしい妄想がふと頭をよぎり身震いしたのは、まだ冬の残滓が漂う春の陽気だったからかもしれない。

箱庭のような本丸にも四季があって、季節だけは俗世と繋がっていた。ある日、故郷の母から季節の果物の詰め合わせを送られてきたことがある。ダンボール三箱に、苦しそうに鮮やかに詰めこまれた果物たちを見て、彼は「大将は、親孝行な娘だったんだな」と微笑んだ。私にはその発言の意図がよく分からず聞き返そうとしたが、燭台切と歌仙が折良く部屋に入ってきて中断された。あとで聞き返そうと思っていたけれど、思っているだけでその機会は永遠に無かった。

その次の週、だったように思う、突然晩酌に誘われた。
まだ桜も咲いていない無味な庭を見ながら、他愛もない話を他愛もなく繰り広げて、眠くなったら呆気なく解散した。
唯一覚えている会話といえば「あの果物、美味そうだったな」と珍しく食に関する話題だったことくらいか。いつもよりお酒が美味しく感じただとか月が綺麗に見えただとか、そんなドラマのような甘さはなかったけれど、ただ彼の残り香がいつまでも漂っている気がした。気がしただけ。

翌朝。いつものように戦場へ赴く部隊を見送る。出陣時に「じゃあな」「行ってくるぜ」くらいにしか発言しない彼が珍しく「大将、好きな果物は?」と尋ねてきた。ほんの少し悩んで「りんご」と簡潔に答えた。
「そうか。滋養にも良いしな」
「送ってもらったりんご、帰ってきたら食べようよ」
「いいのか。そりゃあ楽しみにしとくぜ。御大将自ら剥いてくれるんだろう?」
「えっ」

きいてないよ、そんなの前に剥いたのだっていつだったか覚えていないのに。そう反論しようとした時にはもう遅く、彼は楽しげに出陣してしまっていた。そうだ、今日は歌仙が非番のはず、何かと厨に立つことが多い歌仙なら教えてくれるはずだ、そう自分の初期刀を思い浮かべながら少し違う日常へと戻った。

歌仙は思ったよりも機嫌よくりんごの皮むきの手解きをしてくれた。(いつものように小言を言われることを覚悟していた)はじめは慣れなかったが、剥いているうちに感覚が蘇ってきて、何とか格好のつく程度には剥けるようになった。
あるだけのりんごの皮をを剥いてしまい、あとは第一部隊の帰還を待つのみ。彼はりんごを見て何て言うだろうか。
「冗談のつもりだったんだが」?「きれいにむけてるじゃねぇか」?
まあ、なんでも、いいのだ、帰ってきたらすぐその反応を見ることができるのだから。とにかく私は、一刻も早く帰ってきてほしかった。

日が傾きかけた頃。第一部隊が五人で帰還した。その違和感に目をこらしていると、隊長の和泉守が私に鋼の破片と柄を差し出した。和泉守は見たこともないような悲痛な顔をしている。よく見れば和泉守だけではなく、他の四人も同様だった。
認識も理解も現実も追いついていかなかった。ただ私だけが置いていかれたような感覚に陥った。
すると和泉守が「すまない」と言うではないか。何に対して謝っているのだろう。第一部隊は任務を遂行した。それ以上に審神者が刀剣男士に求めることなど、ないというのに。
「疲れたでしょう、みんなでりんごでも食べますか、ちょうど、剥いてあるんです」
そう言うだけで、精一杯だった。

彼は春のような眼差しをしていた。名前を、薬研藤四郎と言った。
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