可愛いのが好き
(不良×会長/非王道)
『どうしよう、笠井。俺の癒しが奪われてる。』
そんな呆然としたような声で電話を掛けてきた浜谷は大きく溜め息を吐くと、編み目を間違えたと呟いて、自分で掛けてきたくせに俺が言葉を返すのを待たずにさっさと通話を切ってしまった。自分の髪からぽたぽたと落ちる水滴を見て、そういえば風呂上がりだった、とタオルで髪をがしがしと拭く。
普段、自分からは連絡を取らない浜谷が電話をするぐらいだから、何があったのかと腰にタオルを巻いただけの姿で髪も拭かずに風呂場を飛び出てスマートフォンに飛び付いた俺が滑稽で、正直泣きそうだ。そんな自分から現実逃避するために、服を着ながら先ほどの浜谷からの電話を思い出す。
浜谷の言う癒しを奪ったのは十中八九、最近学園に転入してきた生徒のせいだろう。確か同室になったと言っていた。転入早々色々問題を起こして歩く奴に、生徒会長である俺はいつも手を焼かされていて、もう他の学校に転校してほしいと常々思っている。
妙な時期での転入に、前の学校で何かやらかしたのかと思っていれば、案の定台風みたいなやつだった。何がかと言うと、綺麗どころやイケメン狂いだわ、声が馬鹿みたいにデカイわ、自己中だわ、話が通じないわ、クソポジティブだわ、もう挙げ始めるときりがない。あと、触ったらベタベタしそうな分かりやすいマリモみたいなカツラと、レンズに指紋がつきまくってる瓶底眼鏡はまじでないと思う。
副会長にそんな転校生の案内を頼んだが、生徒会室に帰って来たあいつといったら...、鬼みたいに恐かった。どうやら作り笑いがキモいとか言われたらしいが。そりゃ、誰でもキレるし、初対面の奴に本当の笑顔なんざ見せないだろう。忘れていたが、あの宇宙人は初対面で友達で、二言でも喋れば親友らしい。親友認定された副会長は、怒りとあまりの気味悪さで震えていた。
面白そうだと転校生を見に行った会計は、中等部の頃から一途に片想いしてやっとのことで付き合い始めた恋人がいるのに、宇宙人に親衛隊の皆はセフレなんだろ、そんなのやめろ、寂しいなら俺がいてやるからとか言われて恋人に涙目で否定してて、それはもう可哀想で見てられなかった。いくら会計がチャラチャラした格好や話し方でも、発想がぶっ飛びすぎてるし、宇宙人の頭は確実に沸いてる。意味不明だ。
書記は苦手な相手や嫌いな相手には徹底的に無口な奴だが、宇宙人はそれを勘違いしたのか俺だけはお前が分かってる、だとか無理しないでいい、だとかなんとか言っていたが、俺から言わせればお前が書記の前から消えれば、誰が聞かないでもマシンガンのように話し出したと思う。主に転校生の悪口を。というか言いたいことが分かるんなら、なぜ解放してやらない。
俺はと言われれば、急にキスを迫られて驚いて突き飛ばせば殴られるし、訳が分からない上に理不尽過ぎて泣けた。あれから姿を見られる度に後を追いかけ回されるし、挙げ句の果てには俺がお前の好きなのにお前が俺のこと好きじゃないのはおかしい、とか、俺のことが好きなのに照れんなよ、とか。あいつの中で俺とあいつは恋人同士らしいし。もうとにかくよく分からんが、取り敢えず恐い。催涙スプレーとかネットで買おうと思う。
転校生がヤバいやつだと再認識したところで話を浜谷に戻すと、浜谷の言う『俺の癒し』とは手芸のことで間違いない。部屋でも荒らされたのだろうか。浜谷は学園内では不良だ、一匹狼だとか言われているが、実は可愛い物好きで手芸を何よりも愛する中身はただの乙女だ。いや乙男か。編み目がどうのと言っていたから、今は多分編みぐるみを作っているんだろう。なんでも、作り方の動画をブログに上げたり、なんかキットを販売したりと結構本格的に活動してるらしい。俺がそんな浜谷に出会ったのは、家庭科部の部長を訪ねて、家庭科室を訪れたときだった。
*****
「あいつ、また活動報告書出してねぇのかよ。部費減らすぞ、クソが。」
家庭科部の友人のへらへらした顔を思い浮かべながら顔をしかめる。これであいつは何度目だ。
「かいちょーってば口悪くなぁい?」
会計の方をちらりと睨んで舌打ちをすると、会計が べーっと小さい子どものように舌を突き出す。百合嶺はこいつのどこがいいんだか。
「子どもみたいなことしないでよ。ほら会長は家庭科室にちょっと行ってきて。あの人はどうせ放送で呼んでも来ないよ。」
面倒くさげに言った副会長に、溜め息を吐いて席を立てば、給湯室でコーヒーを淹れていた書記が顔をひょっこりと出した。
「会長、会長。」
「なんだ?」
「ついでだから帰りに購買で、クッキー買ってきてください。シュガーとはちみつのやつ。ストックが無くなりそうなので。」
「...、はいはい。」
やっさしー、なんて馬鹿にしているとしか思えない書記を睨むと、へらりと笑った書記がコーヒーを淹れに戻っていく。豆にもこだわりまくって淹れるあいつのコーヒーは、自分が同じ豆を使って淹れてもああはならないから、大人しくクッキーを貢ごうと小さく苦笑した。
「いってくる。遅かったら先に帰っとけよ。お疲れ。」
元気のいい3人分の返事に再び苦笑を溢すと、問題の家庭科室に向かう。家庭科部の部長である八ツ木は、綺麗な顔で一見大人しそうに見えるせいか騙されそうになるが、一回口を開けばがらがらと第一印象が崩れ去る。言ってしまえば、残念な美人だ。忘れっぽいし、我が道を行くタイプだし、思ったことをすぐ口に出すし...、友達としては良い奴ではあるのだが、少し難点が多すぎる。
「おい、八ツ木。」
ノックもなくがらりと扉を開けた家庭科室。直ぐ目についたのは、小柄な生徒の中に一人、大柄な生徒が混じっていたことだ。デカイ体を丸めて、何やら 一生懸命ちまちまと作っている姿はとても楽しそうで、大柄な男に使う言葉などではないと分かってはいても、可愛いという言葉を思ってしまうほどだ。金に染められた髪に、耳のピアス、着崩された制服は、素行不良と呼ぶに相応しいけれど。そんな彼を眺めていれば、水玉エプロンに三角巾をした小柄な生徒が目の前に現れ、慌てて一歩下がった。
「会長様?部長なら今日はもう帰りましたよ?」
「え?ああ。なに?あいつ帰ったのか。しょうがねぇなぁ。悪いけど、八ツ木に活動報告書を早く出ないと部費カットだぞって会長が言ってたって伝えてくれるか?」
「部費カットですか!」
「部長が活動報告書出さなかったならな。」
あわあわと慌てる生徒の頭を、苦笑しながらぽんぽんと叩くと、手を振って家庭科室を後にしようとする。
「あ、会長様!今、フィナンシェが出来上がったところなので、生徒会の皆さまとお食べになりませんか?」
オーブンを眺めていた違う生徒のきらきらした目に、頷いて礼を言うと、イスを差し出されて座るように促された。近くでもくもくと棒と毛糸で何かを編んでいる金髪の生徒の手元をぼんやりと眺めていれば、ふと顔を上げた彼と視線が合ってしまい、曖昧に笑う。
「器用だな。なに作ってるんだ?」
「ライオン。」
「へぇ、ライオン。」
たてがみをつけている途中のライオンをこちらに向けてくれた彼に、上手いもんだな、と顎に手を当てて笑いかければ、耳を赤くして再び作業に戻ってしまった。
「そういえば会長ってライオンっぽいすね。」
「そうかぁ?俺よりあんたの方がライオンっぽいと思うぞ?それより同い年だろ、敬語なんていらないから。」
ぱちり、と黒目勝ちで大きな目が瞬きをすると、ゆっくりと笑みが広がっていく。
「わかった。」
その笑窪の浮かぶ笑みが思いの外可愛くて、その笑顔にここ最近で一番の笑みを返した。ちょっと手を伸ばしたくなって、誤魔化すように下を向く。ピンク色の取っ手の棒に対して大きな手が、思いの外とても長くて綺麗で、誤魔化すはずが自爆。小さな咳払いをして、自分の首を撫でた。
「そういうの作ってんのってあんただけなのか?」
「ああ。他はお菓子作ったりしてる。別に被服部もあるだろ?だからこっちは大抵、お菓子作りがメイン。本当は寮の部屋でやっててもいいんだけど、ここにいたら先輩たちがお菓子くれるから来てるとこが多いな。」
「...、随分と可愛らしい理由だな。」
苦笑した彼の耳が赤くなって、先輩のフィナンシェはうまいから、とどこか話を切るように再び棒を持ち直す。ぼんやりと短く切られた髪を眺めていると、髪の隙間から切られたような傷痕が残っているのが目について、その傷痕を指先でなぞった。
「やっぱり喧嘩とかしたりすんのか?あんまりやると部活に支障が出るだろ。」
赤く染まった目元に小さく笑えば、彼が急に立ち上がる。その拍子に手からライオンが落ちてしまった。
「どうした?ライオンが落ちたぞ?」
「あ、ああ。ライオンね。...、喧嘩だけど、俺から仕掛けたことはない。」
「そっか。ならいいんだけど。んな可愛いの作る手なのに勿体ないもんな。でも傷だらけだな。」
彼の手を触ろうとした指先を弾かれ、驚いて目を瞬かせるも、初対面の相手にベタベタ触られるのは普通に嫌に決まっているかと指先を握る。
「気に障ったか?この学園にいると、どうも人との距離の取り方が分からなくなるんだ。悪いな。」
「い、や。少し驚いただけだ。こんな見た目だから、相手から寄ってこられるのは基本悪意ばっかで、あんまり慣れてない。」
また可愛らしい理由だなと小さく笑って、ちまちまとライオンを作るのを再開した彼を眺めた。初等部からあるうちの学園は、街に降りるのも少し面倒なくらいの山奥にある田舎で、しかも男子校で全寮制だ。だからということでもないが、外から見れば変わった文化や習慣があるし、学園の生徒の殆どが同性愛者か両性愛者だ。性に対して興味を抱いたときに身近にいたのが男ばかりのためだろうか。この学園で男同士で付き合うことを隠したりする者はいない。
ただ、見た目がいい生徒に対して発足する親衛隊は、少しばかり厄介だ。俺があまり彼にちょっかいをかけると、親衛隊の連中にきゃんきゃん言われるかもしれない。惜しいなあ、と名前も知らなければ初対面の可愛い男を見つめた。できれば、名前を知って距離を詰めたいところ。
「なぁ。」
ゆっくりと上がった目を見つめ返して、小さく笑う。
「そのライオン、出来たら俺にくれないか?」
「え?」
「あんたが俺のことをライオンぽいって言うから、なんかそのライオンに親近感わいてきた。」
気に入った相手に敵が増えて困らせるのは避けたいから、これ以上は踏み込まないけど。八ツ木にも怒られる。
「いいよ。欲しいなら会長にやる。」
「ありがとう。出来上がったら八ツ木に渡してくれ。かわりに何か欲しいのあるか?」
「分かった。じゃあ部費カットはなしで。」
「するつもりはないが、八ツ木にはそれくらい言わないと効かないんだよ。他は?」
「あー。俺はあんたじゃなくて浜谷晃だから、名前で呼んで。それがいい。な、俺も笠井って呼ぶし。」
にやけそうになる口元を手のひらで押さえながら、下を向いた。下から浜谷を伺い、思わず小さく笑う。
「そんなんでいいのか?浜谷。じゃあ今度、副会長お手製のケーキをわけてやるよ。」
「副会長のケーキ?それは楽しみだな。」
「期待してていいぞ。あれは見た目から分かる通り完璧人間だから。俺がいない間に会計が副会長を怒らせてるだろうから、ストレス解消で作ったケーキが近々やって来る。」
先ほど声をかけて来た生徒の準備ができたという声に返事を言い返し、椅子から立ち上がった。綺麗にラッピングがされたフィナンシェに感心しながら礼を言うと、もう一度浜谷に近付く。
「糸屑がついているぞ。」
浜谷の服に付いている糸屑を取る振りをしながら、自分のメールアドレスを書いた紙を浜谷のポケットに忍ばせた。
「邪魔したな。」
口々にお疲れさまです、と口にする言葉に手を上げながら、浜谷の方をちらりと見て手を軽く振ると、生徒会室への道を歩き出した。
*****
あれからメールをやり取りしたり、家庭科室に通ったりとなんだかんだ交流を続けて距離を縮めてきたが、俺が宇宙人を避けていることと浜谷が宇宙人に付け回されているので最近はめっきり会えていない。浜谷に初めて会ったときには何だか惹かれる程度だった思いが、今では好きだとはっきり言えるし、会えないと嫌だ。スマートフォンに揺れるライオンを眺めながら、溜め息を吐く。時計の針を見れば、もう会いに行ったら迷惑であろう時間を指していて、ソファに腰を下ろした。
と。突然連打されるインターホンと恐怖を覚えるほど強く叩かれる玄関。チェーンをはめたまま、恐る恐る扉を開くと、扉が引かれてチェーンががしゃりも大きな音を立てた。扉の隙間から覗いた瓶底眼鏡に一歩下がって、息を飲む。
「...、何のようだ。時間を気にする頭もないのか。」
「酷いぞ!恋人に向かって最低だ!今、遼太が謝ってきたら許してやるぞ!!」
「気持ち悪いんだよ、ふざけんな。帰れよ。」
扉を閉めようにも馬鹿力で扉を押さえられていてびくともしないから、風紀に電話をしようとスマートフォンを操作していれば急に宇宙人が声を上げた。
「あー!!そのキーホルダー!男がぬいぐるみを付けてるなんてそんなの変だ!晃だって男のくせにぬいぐるみなんか作って、部屋中に飾ってておかしかったから、俺が部屋のもの捨ててやったんだ!」
あまりの言いぐさに眉間にシワを寄せ、馬鹿を言うなと舌打つ。チェーンを外して廊下に出ると、腕を組んで宇宙人を見下ろした。
「てめぇさっきから何言ってやがる。浜谷の一生懸命作ったもんを捨てただと?これも浜谷が作って俺にくれたもんだ。侮辱することは許さねぇ。人が一生懸命やってることに口を出すやつが俺は一番嫌いなんだよ。すっかすかの脳みそで少しはあいつを見習えや。」
「なんでそんな酷いこと言うんだよ!最低だ!!」
「それしか言えねぇのかよ、クソが。」
「うるさい!うるさい!!うるさい!!!」
目の前に飛んできた拳に驚いて横に体をずらせば、扉がすごい音を立てて宇宙人の拳に叩かれる。俺を殺す気かよ、と目を瞬いていれば、部屋から何事だと生徒会役員や風紀委員長が顔を出してきた。まだ興奮したまま殴りかかって来た宇宙人に、慌てて風紀委員長が止めに掛かる。伸びてきた宇宙人の手に腕を掴まれそうになった瞬間、後ろから誰かに抱き締められて、伸びていた手を叩き落とした。
「お前が触れていい相手じゃない。」
「浜谷?」
「癒しが奪われたんなら、癒されにいけばいいって考えていればもうこれだ。怪我は?」
「ないが...、癒し?」
「電話で言っただろ、俺の癒しが奪われたって。」
「いや、俺だとは思わねぇだろ。直ぐ電話切られたし。」
苦笑した浜谷に、呆然としていれば風紀委員長に、名前を呼ばれて顔を向ける。
「あー。その、こいつは俺が駆除しとくから、お前らは部屋に戻っていいぞ。他も!部屋入ってもう寝ろ。」
皆の前で何を抱き締められて惚けた顔を晒してるんだと慌てて浜谷の顔を見れば、目を細められて厚い胸板を拳で強めに叩いた。うっと呻いて浜谷が離れると、会計の騒ぐ声にうるせぇ!と噛み付きながら浜谷の腕を引っ張って俺の部屋に連れ込む。
「...、浜谷から会いに来るのなんて初めてだろ。」
「俺から行くと笠井は嫌がるだろ。だから行かなかった。でも友達に好きに会いにいないのはもう嫌だ。特にあんなやつに邪魔されると俺から殴りたくなるな。」
「風紀の仕事を増やすなよ?ただでさえ皆ピリピリして仕事が増えてんだ、風紀委員長にどやされるぞ。」
「...、これ以上あのマリモが笠井の邪魔をするんなら考える。どうせ風紀室の常連には変わりないからな。」
「やめろよ。」
溜め息を吐いてソファに座れば、隣に浜谷も座る。今さらになって目の前の男が一匹狼と噂される不良だったことを思い出した。そう言えばと先ほどの宇宙人の聞き捨てならない台詞を思い出して、浜谷の腕を掴んで顔を覗き込む。
「宇宙人に浜谷が作ったもんを捨てられたって本当か?」
「あ?ああ。まあそれはいいんだよ。売り物でもないしな。」
「あいつやっぱり殴っとけばよかったな。わけわかんねぇよ。」
「さっきまで殴るなって言ってた生徒会長が何言ってんだ。」
「俺のはやってたとしても正当防衛だろうが。」
浜谷の腕を離して肩を押せば、楽しげな笑い声が返されて、今度は俺の方が二の腕を引かれた。
「笠井の拳に傷付けるぐらいなら、俺が殴るに決まってんだろ。」
浜谷が俺の手の中にあるスマートフォンに下がったライオンを指でつつき、真剣な目をして俺のことを見下ろす。
「ぬいぐるみなんて捨てられてもまた作ればいい。...、確かに俺は図体に合わない可愛いものとか集めたり作ったりするのが好きだから、昔からからかわれてばっかだった。からかわれないように見た目を変えれば、向けられんのは悪意ばっかりで、逃げ道は好きなことをしているときだけだった。」
体を抱き締められて驚くも、首筋に頬を寄せて目を閉じた。
「笠井だけだ。俺を真っ直ぐ見てくれたのは。俺の可愛い人。」
「...、浜谷?」
「笠井が好きだ。付き合ってほしい。」
浜谷の胸を押して顔を覗き込めば、浜谷の俺を見る目が随分と優しくて口を唇を噛む。思わず視線を外して、もう一度浜谷の目を見つめた。
「俺も好きだ。初めて会ったときから惹かれてた。...、夢みたいだ、本当。」
「本当可愛いな。」
「馬鹿言え。」
噛みつくように口付けられて、腕を浜谷の首に絡ませながら、どっちがライオンだと苦笑する。それでも何だか必死な浜谷が可愛くて、離れてしまった浜谷の唇を舐めた。
「もう一回好きって言えよ。」
微かな笑い声と共に押し倒してきた浜谷に笑いながら背中を叩いて、じゃれるように足を回す。なぁ、と浜谷の耳元に息と共に言葉を吐き出すと、好きだよという言葉と一緒に唇が返ってきて、笑いながらしがみつく力を強めたのだった。
余談だがその後、宇宙人は風紀委員長にこってり絞られてすっかり大人しくなったし、俺と浜谷の家庭科室での逢瀬も問題なく再開。親衛隊はよく分からないが祝福してくれたし、トラブルと言えば宇宙人のことで浜谷を巻き込んだから八ツ木に殴られたくらいで平和なものだ。八ツ木のことはもちろん殴り返した。あとは可愛いものが好きな浜谷がことあるごとに俺のことを可愛いと言うから、学園での俺と浜谷のイメージは最近崩れつつあるが、それも幸せな悩みだと思ってしまうから、どうしようもなく浜谷に惚れているんだと思う。
『どうしよう、笠井。俺の癒しが奪われてる。』
そんな呆然としたような声で電話を掛けてきた浜谷は大きく溜め息を吐くと、編み目を間違えたと呟いて、自分で掛けてきたくせに俺が言葉を返すのを待たずにさっさと通話を切ってしまった。自分の髪からぽたぽたと落ちる水滴を見て、そういえば風呂上がりだった、とタオルで髪をがしがしと拭く。
普段、自分からは連絡を取らない浜谷が電話をするぐらいだから、何があったのかと腰にタオルを巻いただけの姿で髪も拭かずに風呂場を飛び出てスマートフォンに飛び付いた俺が滑稽で、正直泣きそうだ。そんな自分から現実逃避するために、服を着ながら先ほどの浜谷からの電話を思い出す。
浜谷の言う癒しを奪ったのは十中八九、最近学園に転入してきた生徒のせいだろう。確か同室になったと言っていた。転入早々色々問題を起こして歩く奴に、生徒会長である俺はいつも手を焼かされていて、もう他の学校に転校してほしいと常々思っている。
妙な時期での転入に、前の学校で何かやらかしたのかと思っていれば、案の定台風みたいなやつだった。何がかと言うと、綺麗どころやイケメン狂いだわ、声が馬鹿みたいにデカイわ、自己中だわ、話が通じないわ、クソポジティブだわ、もう挙げ始めるときりがない。あと、触ったらベタベタしそうな分かりやすいマリモみたいなカツラと、レンズに指紋がつきまくってる瓶底眼鏡はまじでないと思う。
副会長にそんな転校生の案内を頼んだが、生徒会室に帰って来たあいつといったら...、鬼みたいに恐かった。どうやら作り笑いがキモいとか言われたらしいが。そりゃ、誰でもキレるし、初対面の奴に本当の笑顔なんざ見せないだろう。忘れていたが、あの宇宙人は初対面で友達で、二言でも喋れば親友らしい。親友認定された副会長は、怒りとあまりの気味悪さで震えていた。
面白そうだと転校生を見に行った会計は、中等部の頃から一途に片想いしてやっとのことで付き合い始めた恋人がいるのに、宇宙人に親衛隊の皆はセフレなんだろ、そんなのやめろ、寂しいなら俺がいてやるからとか言われて恋人に涙目で否定してて、それはもう可哀想で見てられなかった。いくら会計がチャラチャラした格好や話し方でも、発想がぶっ飛びすぎてるし、宇宙人の頭は確実に沸いてる。意味不明だ。
書記は苦手な相手や嫌いな相手には徹底的に無口な奴だが、宇宙人はそれを勘違いしたのか俺だけはお前が分かってる、だとか無理しないでいい、だとかなんとか言っていたが、俺から言わせればお前が書記の前から消えれば、誰が聞かないでもマシンガンのように話し出したと思う。主に転校生の悪口を。というか言いたいことが分かるんなら、なぜ解放してやらない。
俺はと言われれば、急にキスを迫られて驚いて突き飛ばせば殴られるし、訳が分からない上に理不尽過ぎて泣けた。あれから姿を見られる度に後を追いかけ回されるし、挙げ句の果てには俺がお前の好きなのにお前が俺のこと好きじゃないのはおかしい、とか、俺のことが好きなのに照れんなよ、とか。あいつの中で俺とあいつは恋人同士らしいし。もうとにかくよく分からんが、取り敢えず恐い。催涙スプレーとかネットで買おうと思う。
転校生がヤバいやつだと再認識したところで話を浜谷に戻すと、浜谷の言う『俺の癒し』とは手芸のことで間違いない。部屋でも荒らされたのだろうか。浜谷は学園内では不良だ、一匹狼だとか言われているが、実は可愛い物好きで手芸を何よりも愛する中身はただの乙女だ。いや乙男か。編み目がどうのと言っていたから、今は多分編みぐるみを作っているんだろう。なんでも、作り方の動画をブログに上げたり、なんかキットを販売したりと結構本格的に活動してるらしい。俺がそんな浜谷に出会ったのは、家庭科部の部長を訪ねて、家庭科室を訪れたときだった。
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「あいつ、また活動報告書出してねぇのかよ。部費減らすぞ、クソが。」
家庭科部の友人のへらへらした顔を思い浮かべながら顔をしかめる。これであいつは何度目だ。
「かいちょーってば口悪くなぁい?」
会計の方をちらりと睨んで舌打ちをすると、会計が べーっと小さい子どものように舌を突き出す。百合嶺はこいつのどこがいいんだか。
「子どもみたいなことしないでよ。ほら会長は家庭科室にちょっと行ってきて。あの人はどうせ放送で呼んでも来ないよ。」
面倒くさげに言った副会長に、溜め息を吐いて席を立てば、給湯室でコーヒーを淹れていた書記が顔をひょっこりと出した。
「会長、会長。」
「なんだ?」
「ついでだから帰りに購買で、クッキー買ってきてください。シュガーとはちみつのやつ。ストックが無くなりそうなので。」
「...、はいはい。」
やっさしー、なんて馬鹿にしているとしか思えない書記を睨むと、へらりと笑った書記がコーヒーを淹れに戻っていく。豆にもこだわりまくって淹れるあいつのコーヒーは、自分が同じ豆を使って淹れてもああはならないから、大人しくクッキーを貢ごうと小さく苦笑した。
「いってくる。遅かったら先に帰っとけよ。お疲れ。」
元気のいい3人分の返事に再び苦笑を溢すと、問題の家庭科室に向かう。家庭科部の部長である八ツ木は、綺麗な顔で一見大人しそうに見えるせいか騙されそうになるが、一回口を開けばがらがらと第一印象が崩れ去る。言ってしまえば、残念な美人だ。忘れっぽいし、我が道を行くタイプだし、思ったことをすぐ口に出すし...、友達としては良い奴ではあるのだが、少し難点が多すぎる。
「おい、八ツ木。」
ノックもなくがらりと扉を開けた家庭科室。直ぐ目についたのは、小柄な生徒の中に一人、大柄な生徒が混じっていたことだ。デカイ体を丸めて、何やら 一生懸命ちまちまと作っている姿はとても楽しそうで、大柄な男に使う言葉などではないと分かってはいても、可愛いという言葉を思ってしまうほどだ。金に染められた髪に、耳のピアス、着崩された制服は、素行不良と呼ぶに相応しいけれど。そんな彼を眺めていれば、水玉エプロンに三角巾をした小柄な生徒が目の前に現れ、慌てて一歩下がった。
「会長様?部長なら今日はもう帰りましたよ?」
「え?ああ。なに?あいつ帰ったのか。しょうがねぇなぁ。悪いけど、八ツ木に活動報告書を早く出ないと部費カットだぞって会長が言ってたって伝えてくれるか?」
「部費カットですか!」
「部長が活動報告書出さなかったならな。」
あわあわと慌てる生徒の頭を、苦笑しながらぽんぽんと叩くと、手を振って家庭科室を後にしようとする。
「あ、会長様!今、フィナンシェが出来上がったところなので、生徒会の皆さまとお食べになりませんか?」
オーブンを眺めていた違う生徒のきらきらした目に、頷いて礼を言うと、イスを差し出されて座るように促された。近くでもくもくと棒と毛糸で何かを編んでいる金髪の生徒の手元をぼんやりと眺めていれば、ふと顔を上げた彼と視線が合ってしまい、曖昧に笑う。
「器用だな。なに作ってるんだ?」
「ライオン。」
「へぇ、ライオン。」
たてがみをつけている途中のライオンをこちらに向けてくれた彼に、上手いもんだな、と顎に手を当てて笑いかければ、耳を赤くして再び作業に戻ってしまった。
「そういえば会長ってライオンっぽいすね。」
「そうかぁ?俺よりあんたの方がライオンっぽいと思うぞ?それより同い年だろ、敬語なんていらないから。」
ぱちり、と黒目勝ちで大きな目が瞬きをすると、ゆっくりと笑みが広がっていく。
「わかった。」
その笑窪の浮かぶ笑みが思いの外可愛くて、その笑顔にここ最近で一番の笑みを返した。ちょっと手を伸ばしたくなって、誤魔化すように下を向く。ピンク色の取っ手の棒に対して大きな手が、思いの外とても長くて綺麗で、誤魔化すはずが自爆。小さな咳払いをして、自分の首を撫でた。
「そういうの作ってんのってあんただけなのか?」
「ああ。他はお菓子作ったりしてる。別に被服部もあるだろ?だからこっちは大抵、お菓子作りがメイン。本当は寮の部屋でやっててもいいんだけど、ここにいたら先輩たちがお菓子くれるから来てるとこが多いな。」
「...、随分と可愛らしい理由だな。」
苦笑した彼の耳が赤くなって、先輩のフィナンシェはうまいから、とどこか話を切るように再び棒を持ち直す。ぼんやりと短く切られた髪を眺めていると、髪の隙間から切られたような傷痕が残っているのが目について、その傷痕を指先でなぞった。
「やっぱり喧嘩とかしたりすんのか?あんまりやると部活に支障が出るだろ。」
赤く染まった目元に小さく笑えば、彼が急に立ち上がる。その拍子に手からライオンが落ちてしまった。
「どうした?ライオンが落ちたぞ?」
「あ、ああ。ライオンね。...、喧嘩だけど、俺から仕掛けたことはない。」
「そっか。ならいいんだけど。んな可愛いの作る手なのに勿体ないもんな。でも傷だらけだな。」
彼の手を触ろうとした指先を弾かれ、驚いて目を瞬かせるも、初対面の相手にベタベタ触られるのは普通に嫌に決まっているかと指先を握る。
「気に障ったか?この学園にいると、どうも人との距離の取り方が分からなくなるんだ。悪いな。」
「い、や。少し驚いただけだ。こんな見た目だから、相手から寄ってこられるのは基本悪意ばっかで、あんまり慣れてない。」
また可愛らしい理由だなと小さく笑って、ちまちまとライオンを作るのを再開した彼を眺めた。初等部からあるうちの学園は、街に降りるのも少し面倒なくらいの山奥にある田舎で、しかも男子校で全寮制だ。だからということでもないが、外から見れば変わった文化や習慣があるし、学園の生徒の殆どが同性愛者か両性愛者だ。性に対して興味を抱いたときに身近にいたのが男ばかりのためだろうか。この学園で男同士で付き合うことを隠したりする者はいない。
ただ、見た目がいい生徒に対して発足する親衛隊は、少しばかり厄介だ。俺があまり彼にちょっかいをかけると、親衛隊の連中にきゃんきゃん言われるかもしれない。惜しいなあ、と名前も知らなければ初対面の可愛い男を見つめた。できれば、名前を知って距離を詰めたいところ。
「なぁ。」
ゆっくりと上がった目を見つめ返して、小さく笑う。
「そのライオン、出来たら俺にくれないか?」
「え?」
「あんたが俺のことをライオンぽいって言うから、なんかそのライオンに親近感わいてきた。」
気に入った相手に敵が増えて困らせるのは避けたいから、これ以上は踏み込まないけど。八ツ木にも怒られる。
「いいよ。欲しいなら会長にやる。」
「ありがとう。出来上がったら八ツ木に渡してくれ。かわりに何か欲しいのあるか?」
「分かった。じゃあ部費カットはなしで。」
「するつもりはないが、八ツ木にはそれくらい言わないと効かないんだよ。他は?」
「あー。俺はあんたじゃなくて浜谷晃だから、名前で呼んで。それがいい。な、俺も笠井って呼ぶし。」
にやけそうになる口元を手のひらで押さえながら、下を向いた。下から浜谷を伺い、思わず小さく笑う。
「そんなんでいいのか?浜谷。じゃあ今度、副会長お手製のケーキをわけてやるよ。」
「副会長のケーキ?それは楽しみだな。」
「期待してていいぞ。あれは見た目から分かる通り完璧人間だから。俺がいない間に会計が副会長を怒らせてるだろうから、ストレス解消で作ったケーキが近々やって来る。」
先ほど声をかけて来た生徒の準備ができたという声に返事を言い返し、椅子から立ち上がった。綺麗にラッピングがされたフィナンシェに感心しながら礼を言うと、もう一度浜谷に近付く。
「糸屑がついているぞ。」
浜谷の服に付いている糸屑を取る振りをしながら、自分のメールアドレスを書いた紙を浜谷のポケットに忍ばせた。
「邪魔したな。」
口々にお疲れさまです、と口にする言葉に手を上げながら、浜谷の方をちらりと見て手を軽く振ると、生徒会室への道を歩き出した。
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あれからメールをやり取りしたり、家庭科室に通ったりとなんだかんだ交流を続けて距離を縮めてきたが、俺が宇宙人を避けていることと浜谷が宇宙人に付け回されているので最近はめっきり会えていない。浜谷に初めて会ったときには何だか惹かれる程度だった思いが、今では好きだとはっきり言えるし、会えないと嫌だ。スマートフォンに揺れるライオンを眺めながら、溜め息を吐く。時計の針を見れば、もう会いに行ったら迷惑であろう時間を指していて、ソファに腰を下ろした。
と。突然連打されるインターホンと恐怖を覚えるほど強く叩かれる玄関。チェーンをはめたまま、恐る恐る扉を開くと、扉が引かれてチェーンががしゃりも大きな音を立てた。扉の隙間から覗いた瓶底眼鏡に一歩下がって、息を飲む。
「...、何のようだ。時間を気にする頭もないのか。」
「酷いぞ!恋人に向かって最低だ!今、遼太が謝ってきたら許してやるぞ!!」
「気持ち悪いんだよ、ふざけんな。帰れよ。」
扉を閉めようにも馬鹿力で扉を押さえられていてびくともしないから、風紀に電話をしようとスマートフォンを操作していれば急に宇宙人が声を上げた。
「あー!!そのキーホルダー!男がぬいぐるみを付けてるなんてそんなの変だ!晃だって男のくせにぬいぐるみなんか作って、部屋中に飾ってておかしかったから、俺が部屋のもの捨ててやったんだ!」
あまりの言いぐさに眉間にシワを寄せ、馬鹿を言うなと舌打つ。チェーンを外して廊下に出ると、腕を組んで宇宙人を見下ろした。
「てめぇさっきから何言ってやがる。浜谷の一生懸命作ったもんを捨てただと?これも浜谷が作って俺にくれたもんだ。侮辱することは許さねぇ。人が一生懸命やってることに口を出すやつが俺は一番嫌いなんだよ。すっかすかの脳みそで少しはあいつを見習えや。」
「なんでそんな酷いこと言うんだよ!最低だ!!」
「それしか言えねぇのかよ、クソが。」
「うるさい!うるさい!!うるさい!!!」
目の前に飛んできた拳に驚いて横に体をずらせば、扉がすごい音を立てて宇宙人の拳に叩かれる。俺を殺す気かよ、と目を瞬いていれば、部屋から何事だと生徒会役員や風紀委員長が顔を出してきた。まだ興奮したまま殴りかかって来た宇宙人に、慌てて風紀委員長が止めに掛かる。伸びてきた宇宙人の手に腕を掴まれそうになった瞬間、後ろから誰かに抱き締められて、伸びていた手を叩き落とした。
「お前が触れていい相手じゃない。」
「浜谷?」
「癒しが奪われたんなら、癒されにいけばいいって考えていればもうこれだ。怪我は?」
「ないが...、癒し?」
「電話で言っただろ、俺の癒しが奪われたって。」
「いや、俺だとは思わねぇだろ。直ぐ電話切られたし。」
苦笑した浜谷に、呆然としていれば風紀委員長に、名前を呼ばれて顔を向ける。
「あー。その、こいつは俺が駆除しとくから、お前らは部屋に戻っていいぞ。他も!部屋入ってもう寝ろ。」
皆の前で何を抱き締められて惚けた顔を晒してるんだと慌てて浜谷の顔を見れば、目を細められて厚い胸板を拳で強めに叩いた。うっと呻いて浜谷が離れると、会計の騒ぐ声にうるせぇ!と噛み付きながら浜谷の腕を引っ張って俺の部屋に連れ込む。
「...、浜谷から会いに来るのなんて初めてだろ。」
「俺から行くと笠井は嫌がるだろ。だから行かなかった。でも友達に好きに会いにいないのはもう嫌だ。特にあんなやつに邪魔されると俺から殴りたくなるな。」
「風紀の仕事を増やすなよ?ただでさえ皆ピリピリして仕事が増えてんだ、風紀委員長にどやされるぞ。」
「...、これ以上あのマリモが笠井の邪魔をするんなら考える。どうせ風紀室の常連には変わりないからな。」
「やめろよ。」
溜め息を吐いてソファに座れば、隣に浜谷も座る。今さらになって目の前の男が一匹狼と噂される不良だったことを思い出した。そう言えばと先ほどの宇宙人の聞き捨てならない台詞を思い出して、浜谷の腕を掴んで顔を覗き込む。
「宇宙人に浜谷が作ったもんを捨てられたって本当か?」
「あ?ああ。まあそれはいいんだよ。売り物でもないしな。」
「あいつやっぱり殴っとけばよかったな。わけわかんねぇよ。」
「さっきまで殴るなって言ってた生徒会長が何言ってんだ。」
「俺のはやってたとしても正当防衛だろうが。」
浜谷の腕を離して肩を押せば、楽しげな笑い声が返されて、今度は俺の方が二の腕を引かれた。
「笠井の拳に傷付けるぐらいなら、俺が殴るに決まってんだろ。」
浜谷が俺の手の中にあるスマートフォンに下がったライオンを指でつつき、真剣な目をして俺のことを見下ろす。
「ぬいぐるみなんて捨てられてもまた作ればいい。...、確かに俺は図体に合わない可愛いものとか集めたり作ったりするのが好きだから、昔からからかわれてばっかだった。からかわれないように見た目を変えれば、向けられんのは悪意ばっかりで、逃げ道は好きなことをしているときだけだった。」
体を抱き締められて驚くも、首筋に頬を寄せて目を閉じた。
「笠井だけだ。俺を真っ直ぐ見てくれたのは。俺の可愛い人。」
「...、浜谷?」
「笠井が好きだ。付き合ってほしい。」
浜谷の胸を押して顔を覗き込めば、浜谷の俺を見る目が随分と優しくて口を唇を噛む。思わず視線を外して、もう一度浜谷の目を見つめた。
「俺も好きだ。初めて会ったときから惹かれてた。...、夢みたいだ、本当。」
「本当可愛いな。」
「馬鹿言え。」
噛みつくように口付けられて、腕を浜谷の首に絡ませながら、どっちがライオンだと苦笑する。それでも何だか必死な浜谷が可愛くて、離れてしまった浜谷の唇を舐めた。
「もう一回好きって言えよ。」
微かな笑い声と共に押し倒してきた浜谷に笑いながら背中を叩いて、じゃれるように足を回す。なぁ、と浜谷の耳元に息と共に言葉を吐き出すと、好きだよという言葉と一緒に唇が返ってきて、笑いながらしがみつく力を強めたのだった。
余談だがその後、宇宙人は風紀委員長にこってり絞られてすっかり大人しくなったし、俺と浜谷の家庭科室での逢瀬も問題なく再開。親衛隊はよく分からないが祝福してくれたし、トラブルと言えば宇宙人のことで浜谷を巻き込んだから八ツ木に殴られたくらいで平和なものだ。八ツ木のことはもちろん殴り返した。あとは可愛いものが好きな浜谷がことあるごとに俺のことを可愛いと言うから、学園での俺と浜谷のイメージは最近崩れつつあるが、それも幸せな悩みだと思ってしまうから、どうしようもなく浜谷に惚れているんだと思う。
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