普段開くはずのない扉が開き、びっくりして体が強ばるが、扉から入ってきたのは昨日帰ったはずの人狼の男の子だった。


『あれ?何か忘れ物でもした?』

「...ひまだったからきてやった」


そう言って少し照れたように男の子はフンと鼻を鳴らした。


『そっか。じゃあ暇な私の話相手にでもなってもらおうかな。君、甘い物は好き?』

「ニクのほうがすきだけど、きらいじゃねえ」

『じゃあ久しぶりに気合い入れてアップルパイでも焼こっかな!』

「あっぷるぱい?んだそれ」

『りんごは知ってる?』

「そんくらいしってる!バカにすんな!」

『ごめんごめん。そのりんごを切ってサクサクするパイってやつで包んで焼くの。一緒に作ってみる?』


こくんと頷いた彼に説明をしながら作業を進める。


『これを混ぜて棒で伸ばすの。そうそう上手上手!きみ...ずっと君も不便だし名前って聞いてもいい?』

「...カツキ」

『カツキくんか!かっこいい名前だね!私は#ユウ#。改めてよろしくね』

「ふん」


素っ気ない態度を取りながらも、尻尾が揺れているところを見ると機嫌が悪いわけではないようだ。
カツキくんは物覚えがよくとても器用で包丁を使う工程以外は全部一緒に作った。包丁も使ってみたいと言われたが、これで怪我をされては、カツキくんのご両親に申し訳が立たない。なかなか引き下がってくれないカツキくんをなんとか説得し今は焼き上がるのを待っている。


「すげえいいにおいがする」

『もうすぐ焼き上がるかな』


しっぽがブンブン振れているとこを見るとよほど楽しみらしい。可愛いなと思いながらオーブンの方をじいっと見ているカツキくんを見つめる。弟がいたらこんな感じなのかな。


「なあ、そろそろいいんじゃねえか?」

『そうだね。じゃあ出そっか!』


焼きあがったアップルパイは綺麗にこんがり焼き目が付いていてとっても美味しそうだ。


『熱いから気をつけて食べてね』


キラキラした目でアップルパイを見ているカツキくんにアップルパイを切り分けて渡す。


『フォーク使った方が食べやすいかも。フォークはねこうやって切ったり刺したりして使うの。うん!美味しい!』


私の様子を真似しながらカツキくんがパクリと一口食べた。


「うめえ!」


目をキラキラさせて美味しそうにどんどんパイを食べ進めていくカツキくんは煩わしくなったのか後半は手掴みで食べ始めた。そんな様子を微笑ましく眺めながら、私もアップルパイを頬張った。


『美味しいね』

「なにわらってんだよ」

『楽しいなと思ってさ。普段何気なくやってる事も2人でやるとこんなに楽しいなんて知らなかった』

「あしたもきてやってもいいぞ」



その言葉通り毎日のようにカツキくんは家に来た。料理をしたり本を読んだり、文字や言葉を勉強したり遊んだり毎日がとても楽しくて幸せだった。


『!!...いっ...』

「指切ったのか!血出てるぞ!手当てするもの」

『これくらいちょっと舐めとけば大丈夫』

「なんか顔色わるいぞ?ほんとに大丈夫か?」

『...カツキくん村に行ったりしてないよね?ひ、人を殺そうと思ってたりしないよね...?』

「するわけねえだろ!村にも行ってねえ。行くなってお前がうるさいからな」

『両親や知り合いの人狼とかは...』

「親はねえ。知り合いの人狼は分かんねえけど人間は危険だから近付くなってのが決まりみてえなもんだし誰も近付かねえと思う。ばったり会っちまっても手出されなきゃ殺すようなことはしねえよ」

『そっか...』

「なんか見えたのか?」

『うん...村の人が3人、人狼に殺される』

「だからオレが怖いか?」

『違う。カツキくんを怖いなんて思ってないよ。村の人がどうなろうが正直私はどうだっていい。でもそれによって村の人達がどう動くかそれが怖いの...』

「親と周りの奴にはやんわり探りを入れとく。やろうとしてるやつがいたらとめる。だからしんぱいすんな」


そう言って私の頭を撫でるカツキくんは小さいのにとても大きく見えた。


『ありがとうカツキくん。スープ作り終わったら外で遊ぼっか』

「やった!オレかくれんぼやりてえ!」

『かくれんぼ好きだねえカツキくん』

「だってお前足遅いし走る系ダメじゃねーか」

『うっ...足遅くてごめんね...じゃあ終わったら、かくれんぼしよっか』


こんな小さい子に気使われてダメだな私...


スープを作り終え、かくれんぼを開始する。
いつも通り1分経ったので家の中を出て、カツキくんを探しに行く。もちろん隠れる範囲は限定しているが、小さくて隠れるのが上手いカツキくんを見つけるのはかなり骨が折れる。


『はあ...やっと見つけた...』

「おせーぞ!」

『だってカツキくん隠れるの上手いんだもん』

「まあな!遅かったけど今回は許してやる!」

『ありがとね』


得意げに鼻を鳴らし尻尾を振っているカツキくんは見ていて本当に和む。


『そろそろお帰り。夕飯までに帰らないとまたお母さんに怒られちゃうよ?』

「言うこと聞かねえとあのババアすぐ殴るからな...しょうがねえから帰るか。また明日な!」

『うん。また明日』


また明日。いつまでこの言葉を言うことができるだろうか。
さっき見えた光景。じきに人狼探しが始まる。きっとすぐに私が疑われるだろう。
ここから逃げる?無謀だ。私にそんなサバイバル力はない。何より、逃げて探索の人手を増やされると、カツキくんやカツキくんの家族の身が危ない。
ここに残っても...


『またっ......』


見えたのは赤く染まった床とそこに倒れているあの子と私の姿。


『どうしたらいいのかな...』


どれだけ涙を流しても救いの手が差し伸べられることはない。






未来は残酷だ






2/3ページ
スキ