『ねえカツキくん。かくれんぼしよっか』

「いいぜ!お前が鬼な!またお前を降参させてやる!」

『今日こそ見つけるから覚悟しといてよね!』


これがアイツとの最後の会話だった。






人間には近付くな。ずっとそう言われて育ってきた。
人間にとって人狼は化け物であり、見つかれば殺されたり、捕らえられて売られるらしい。見た目はさして変わらないのに不思議な話だ。そんな事を思いながら、オレは今日も人間が来るかもしれないから近付くなと言われている森に、探検に来ていた。やるな行くなと言われればやりたくなるし、行きたくなる。それが子どもというものだ。

なんだこの匂い...
気になって近付いて行くと匂いはどんどん濃くなり、いい匂いに感じていた匂いが段々キツくなってきた。


「はな?」


匂いの元はどうやらこの紫色の花だったらしい。スンと近くで匂いを嗅ぐと、鼻の効くオレには濃すぎたらしくクラクラしてきた。


『あら?君はもしかして人狼?初めて見たけど可愛いのね』

「!!」


まずい!人間だ!鼻がやられて匂いに気付けなかった!早く逃げないと!咄嗟に走ろうとしたが、頭がクラクラして走り出してすぐにオレは転んでしまった。


『大丈夫!?ごめん!突然話し掛けたからびっくりしたよね』


近付いてくる人間にこれで殺されるのだと死を覚悟する。まだ6年しか生きていないのに言いつけを守らなかったせいでもう死ぬのか...
でももう、いくら後悔しても遅い。体を動かそうにも足と手は痛いし、クラクラして気持ちが悪い。ボロボロと涙が溢れ出てくる。
人間に体を触れられた瞬間、恐怖がピークに達しそのままオレは気絶してしまった。



なんかいい匂いがする...
目覚めるとふわふわした何かの上だった。
起き上がるとパサリと分厚い布が落ち、辺りを見渡すと見た事ないものがたくさん置かれている。ここはどこなんだとぼーっとする頭で考えていると人間が現れ一気に意識が覚醒する。


『大丈夫?ごめんね、怪我してたし気絶しちゃってたから家に連れてきちゃった。どこか具合悪かったりする?』

「お、おおまえオレをクウをきなんだろ!こんどはまけねえぞ!人狼はニンゲンよりつえーんだ!」


飛びかかり、ガブッと思いっ切り人間の腕に噛み付く。


『ッ...!ぅ...これだけ噛む力があるって事はもう大丈夫だね...よかった』

抵抗することもなく、よかったと呟く人間に驚いて口を離してしまう。
噛んだ腕からはダラダラと血が流れている。なのにコイツは怒る様子も怖がる様子もなく、言葉通り安心したという顔でオレを見ている。


「なんでだよ...なんでていこーしねえでそんなカオしてんだ!」

『そもそも君の怪我は私のせいだし、人狼は人間嫌いだから自業自得っていうか。勝手に連れてきちゃってごめんね』


なんだこいつ意味が分からない。聞いていた話と全然違う。だって人間は凶悪なやつで、オレらを殺したり売るような...


「おまえほんとにニンゲンか?」

『一応人間のつもりだけど、あはは、人狼にまでそう言われちゃうか〜』

「やっぱりニンゲンなんだな。じゃあころしてないってことはこれからオレをうるのか?」

『え?全然そんなつもりないけど?具合良くなったんならお家にお帰り。お父さんお母さんが待ってるでしょ?まだ良くなってないなら泊まってってもいいけどさ。どうせ私1人だし』

「おまえ、かぞくは?」

『んー産んだ人はいるけど、家族とは思ってない。ろくにご飯も食べさせて貰えなかったし、毎日のように、暴力振るわれて化け物だって言われてさ。そんなの家族とは言えないでしょ』

「バケモノっておまえニンゲンじゃねーか」

『人間ってさ自分と違うモノを恐れたり下に見るの。私には未来が見える力があってさ、最初はすごいって言われた。でも人が死んだり、事故に遭う未来が見えてそれを言ったら気味悪がられて、お前がやったって言い掛かりつけられて、そっからはもう最悪だよ。村の何処にも私の居場所はなかった。だから出てってやったの。誰もいない今のこの暮らしは最高!って思ってたけど、やっぱり寂しかったのかもね。君を見つけてつい話しかけちゃった』


困ったように笑うコイツの顔を見て直感する。コイツは嘘をついていない。それに寂しいという気持ちは自分もなんとなく分かった。オレの周りには仲間、遊び相手がいない。ひとり遊びも慣れっこだし悲しむほどじゃない。でももし誰か一緒に遊んでくれるヤツがいたらなんて考える事もたまにある。コイツには家族さえいないのだから寂しいのは当たり前だろう。


「かんでわるかった...」

『気にしなくていいよ。そういうわけで痛いの慣れてるし。まあでも久しぶりだし、人狼の牙ってすごいね...結構痛いかも』


よく見れば、人間の目尻には涙が浮かんでいる。これだけ血が出てんだから痛いに決まってるよな...
ペロっと腕の血を舐めると人間はビクッと体を揺らした。


『いいよ...人間の血なんて舐めたら汚い』

「だまってろ。キズはなめときゃはやくなおんだよ」


綺麗に全部舐め終わると、ありがとうと頭を撫でられた。


『これで包帯巻いとけばいっか。ねえ君お腹空いてる?口直しした方がいいでしょ』


いらねえと言おうとした瞬間ぐ〜〜っと盛大に腹が鳴る。


「しょーがねーからクってやる!」

『ふふっありがとう。といってもスープとパンしかないけど』

「すーぷとぱん?」

『そっか人狼は食べないんだ。普段何食べてるの?』

「そりゃニクだろ。うさぎとかしかとか。このまえくまもクったぞ!」

『すごーい!私は狩り出来ないから長らくお肉食べてないなあ...だからお肉ないけど許してね』

出てきたのは見たこともない食べ物だった。何かが入った湯気の立つ液体に茶色と白の物体。でもクンクン匂いを嗅ぐといい匂いがする。


『こっちのスープは熱いから気をつけて食べてね。スプーンって使える?』


渡された先が丸い何かを見て首を傾げていると、こうやって使うんだよと人間はすぷーんといわれる物を使い始めた。見様見真似で使いすーぷを飲むと、熱くて今まであじわった事がない複雑な味がした。不思議な味だ。
でも


「...うまい」

『ほんと!?やったー!他の人に食べさせたことないからちょっと緊張しちゃった』


ぱんという食べ物もふわふわ不思議な食感がして美味しかった。
人間ってこんなもん食ってんだな


『ラベンダー畑からお家は近いの?』

「1じかんくらいってとこか?あのクセエはなはラベンダーっつーのか」

『えーいい匂いで私は好きなんだけどなあ...1時間は結構だね』

「においがこすぎんだよあのはな!おかげでおまえのにおいにもキづけなかったしキライだあんなはな!」

『人狼は鼻がいいから匂いが効きすぎちゃうんだね...ここラベンダー畑から20分くらい歩いた場所にあるんだけど、帰れそう?』

「バカにすんな!そんくらいよゆーだ!」

『そっか』


そう言って少し悲しそうな目をした人間を背に出口まで歩く。


『元気でね。もう人間に見つかっちゃダメだよ』

「わかってるっつーの!ぜんぶあのはなのせいだ!ふだんのオレはそんなぼんミスしねえ!」


外に出ると、ラベンダーの匂いがした。家の横に控えめに咲いているラベンダーを見つけ睨みつけた後、家の方角へ走り出す。走りながら、ちらりと後ろを見ると人間は家の前からオレのことを見ていた。

変なヤツ...

家に帰るなり、遅すぎる!と母に怒鳴られたりげんこつを食らわされたり散々な目に遭ったが、ふと家族がいないと言っていたあの人間のことを思い出した。
うぜえって思うけど、やっぱりいなけりゃ寂しいよな...
その後もずっとあの人間のことが頭から離れず、悶々としながら眠りについた。






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