短編
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明日はバレンタインデー。浮き足立ってる奴ばかりだが所詮ただ女子がチョコを配るだけの日だ。
「くだらねえ」
「なんだと爆豪!お前だって内心ユウちゃんにチョコ貰えるかソワソワしてる癖にスカしてんじゃねえよ!」
「ソワソワなんてしてねえわ。あいつはぜってえオレには寄越すに決まってんだろ」
「付き合ってねえ癖になんだよその自信!?普通にひくわ」
「あ゙あ゙?てめェ、チョコ受け取ったら来月何しなきゃいけねえか知らねえのか」
「来月?あ!ホワイトデー!」
「あー...つまりお返し目当てでってことか」
「なんかごめんな爆豪...でも貰える事に変わりねえし、好きな子から貰えるなんて幸せじゃん!ワンチャン手作りかもしれねえし!」
「ユウが手作りなんてする柄には見えねえけど...」
「切島!それを言ったらおしまいだ!」
「いや、あいつは多分...」
明日はバレンタインデー!
かっちゃんにチョコを渡すと美味しいお菓子が貰えるスペシャルデーだ。
そんなわけでチョコ作りを始めた私だったが、思ったものと違う物が出来上がり途方に暮れていた。
おかしいなあ...
鉄板の上には型に入った巨大なクッキーが完成していた。
端を食べると普通に美味しかった。だがしかし私が作りたかったのはクッキーではなく、ガトーショコラである。
小さい頃にはお母さんに手伝って貰いながら毎年作っていたが、作らなかったこの数年で、バカな私の頭はレシピを忘れてしまったらしい。
本には載っていない、お母さんのレシピ。
かっちゃんに喜んで欲しくて、保育園の時に背伸びをして作ったガトーショコラ。
かっちゃんが美味しいって言ってくれたのが嬉しくて、それから毎年ガトーショコラばかり作っていた。
甘い物が好きじゃなかったお父さんもこれだけは喜んで食べてくれたのと少し寂しそうに笑うお母さんの顔を思い出す。
何とか思い出さなきゃ...
他のレシピに乗り換える事は簡単だ。何年も前、しかも年一しか食べていないかっちゃんは味なんて覚えてないだろうし、別にどのお菓子でも良いのだろう。でもそれではかっちゃんが美味しいって言ってくれるか分からない。食べてもらう以上は美味しいって思って欲しい。それにここで変えたら、お母さんの想いまで消えてしまいそうで嫌だった。
諦めちゃダメだ!絶対完成させてやる!
『できた...!』
懐かしい味...やったよお母さん。お母さんが見てたら昔みたいに上手にできたねって褒めてくれたかな...
何度もやり直しながらラッピングをして何とか完成だ。
ガトーショコラになるはずだったクッキーも味は悪くなかったし、配っちゃお...
本当はみんなにガトーショコラを渡せたら良かったのだが、他の失敗作は不味いし、1ホールしか成功しなかった為、かっちゃんと女の子達に配って終わりになりそうなので致し方ない。
あとは明日を待つだけだ。
かっちゃん喜んでくれるかな...
みんなに貰ったチョコを食べながら休み時間を過ごす。癖で手作りにしたけど、別に市販のでも良かったよねこれ...なんかめっちゃ気合い入ってるみたいで恥ずかしい...
じろちゃんのくれた定番人気チョコも、三奈ちゃんがくれた巷で人気のチョコもヤオモモちゃんに貰った高級チョコめっちゃ美味い。てか市販の方が絶対美味しくない?でもお母さんのガトーショコラすごい美味しかったし...いやしかし私が作ったし、やっぱり市販の方が美味しいよ絶対!
「三条はチョコ渡したりしないのか?」
『ん〜一応作ったけど、クラスの人にしかあげないし寮帰ってからでいいかなって...うわっ!すごいねそれ全部貰ったチョコでしょ!?流石轟くんだなあ』
袋から溢れんばかりのチョコっていうか若干溢れちゃってるし、ハートの箱とか明らか本命っぽい物がいっぱい...レベルが違うレベルが!
「流石も何も、女子が会ったやつにチョコ渡す日なんだろ?オレはたまたま女子と多くすれ違っただけだ。毎年初対面の奴にもいっぱい貰うが知らねえ奴の分まで作んなくてもいいのにな」
『いやバレンタインって会った人に片っ端から渡すようなイベントじゃないし...それ他の男子には絶対言わない方がいいよ...』
全然バレンタインの解釈間違えてるし、毎年会った女子に片っ端から貰ってるって事だよね!?恐ろしい男だ...
「さっき作ったって言ってたし、三条のってもしかして手作りか?」
『う、うん。小さい頃の癖で作っちゃった...でも多分美味しくないし、轟くんは既にいっぱいあって食べるの大変そうだから渡さないでおくね』
「オレの分もあんなら欲しい。三条の手作り食ってみてえ」
『絶対そこにあるチョコの方が美味しいし、変に気使ってくれなくても他の人にあげるか自分で食べるからいいよ』
「気なんて使ってねえ。知らねえ奴から貰ったチョコより、オレはお前のチョコが欲しい。ダメか?」
『ダメじゃないです...でもほんと期待しないで...』
「ああ。楽しみにしてる」
そんな顔で言われてダメとか言えるわけないじゃん!あれで断れる人間がいたら見てみたい。轟焦凍、本当に恐ろしい男だ...
テンパってそのまま廊下出てきちゃったよ全く!
赤くなった顔を冷まそうと意味もなく廊下を歩いていると、窓から見知った人物が見え足を止める。
かっちゃんが女子に囲まれてる!
昔からモテてはいたけど、まさかここまでとは...
なんだか見てはいけないものを見てしまった気がして、私はすぐに教室に戻った。
「三条、あとでな」
『う、うん!』
放課後になるなり、早々に呼び出されて行った轟くんを見送りながら帰り支度を始める。
やっぱり轟くんに献上するのが、例のクッキー?ってどうよ!?でももう人数分ラッピングしちゃったし、手作りとバレてしまった手前、市販には変えられないし...
「なーに変な顔してんだ」
『!びっくりしたあ...』
「早く帰んぞ」
『はーい』
いつも通り、かっちゃんと並んで歩いていると、スタイルのいい美人な女の人が、かっちゃんに声を掛けてきた。
これは確実に...
瞬時に察した私は直ぐにその場を離れ、寮へと帰った。
さっきの人美人だったなー先輩だよなきっと。かっちゃん、あの人と付き合うのかな...そしたら一緒に帰ったり、あんまり構ってくれなくなっちゃうよなあ......寂しいな...
寮に帰りリビングにいる人達にクッキーを配り始める。
「やった!オレにくれんの!?しかも手作り!ありがとう!」
「サンキューなユウ!」
『全然お礼言われるような物じゃないし、あんまり美味しくないと思うけどよければ食べて?』
「僕も貰っていいの!?ありがとう!早速食べてもいいかな?」
『どうぞどうぞ。美味しくなかったら遠慮なく捨ててね』
「ユウちゃんから貰って捨てるなんて絶対しないよ!...ん!美味しい!ユウちゃんお菓子作るの上手くなったんじゃない?とっても美味しいよ!」
『ほんと!?やった!嬉しい...!』
「かっちゃんにはもう渡したの?」
『ううん。なんか美人の先輩に声掛けられてたからまだ渡してないっていうか、他の人からもいっぱい貰ってるっぽかったし、これ以上増えても迷惑だろうからやめようかなって。私の作ったやつより貰ってるチョコの方が絶対美味しいだろうし』
「絶対渡した方がいいよ!かっちゃんは多分」
「うわっ轟なんだよそれ!?」
「えげつな...」
「おのれ轟許すまじ!!」
『す、すごいね轟くん。更に増えてんじゃん』
「三条、部屋まで運ぶの手伝ってくれないか?」
『いいよ〜』
轟くんの部屋までチョコを運び終え、クッキーを渡す。
「サンキュー」
貰うなり食べ始めた轟くんに唖然としてしまう。
『いきなり私の食べるの!?不味かったら無理して食べなくてもいいからね?』
「うめえ。甘過ぎなくていいなこれ。あっもうなくなっちまった。三条って菓子作るの上手かったんだな。驚いた」
『美味しかったなら何よりです...全然上手くなんてないよ。これも色々あってできた多分二度と作れない産物だし...』
「そうなのか?もう食えねえなんて残念だな。お礼ってわけじゃねえけど、ここにあるチョコ食うの手伝ってくれねえか?姉さんに1個ずつでもいいから食べろって言われるんだが、正直毎年食いきれなくて困ってんだ」
『私が食べていいものなのかな...でも確かにこの量1人では無理だよね。うーん...じゃあちょっとずつだけ貰っちゃおうかな』
「良かった。助かる」
罪悪感に苛まれながらチョコを食べ始めたが、美味い。なにこれ美味い。流石気合いが違う。絶対市販のより美味しいだろという物も少なくない。これだけのものが私にも作れたらなあ...
『うっ...食べ過ぎた...』
自室に戻りベッドに転がる。
後で女の子達の分配らなきゃ。
机に置いてある紙袋を見つめる。
頑張ったけどしょうがないよね...
かっちゃん元々そんなに甘い物食べないし。貰った分だけでも手に余るだろうな。何も言わずに食べてくれてたけど、昔渡してたのももしかしたら迷惑だったのかも...
かっちゃんの分は誰か他の人にあげよう。
女の子達は美味しいって言ってくれるかな。
...もし、かっちゃんが食べたら美味しいって思ってくれたのかな...
来年は彼女がいるし、もう食べて貰える時は来ないだろう。
本命ってわけじゃない。だから喜んで食べてくれれば誰でもいいはずなのに、作ってる時も今も、思い浮かぶのはかっちゃんのことばかりだ。
『イヤだなこの感じ...』
なんだかモヤモヤする。
きっとチョコを食べ過ぎたせいだと水を飲んでいると、扉をノックする音が聞こえた。
誰だろうと思いながら扉を開けると、何故か怒った様子のかっちゃんが部屋に入ってきた。
「てめェ、なんでオレにだけチョコを寄越さねえ!帰りも勝手にいなくなりやがって!」
『ヒィッ!だって告白の邪魔しちゃ悪いし...チョコは、かっちゃん色んな人から貰ってたし、増えても迷惑でしょ?』
「勝手に決めんじゃねえ。早く寄越せや」
『本命のやついっぱいあるんだからそっちを食べてあげてよ。そっちの方が絶対美味しいし、私のなんて無理して食べてくれなくていい。それに、かっちゃん彼女できたんだから足りないなら彼女に頼みなよ』
「意味わかんねえことゴチャゴチャ言ってんじゃねえ!オレは誰からもチョコなんて受け取ってねえし、彼女なんていねえ!大体いきなり知りもしねえ奴に告白されて付き合うわけねえだろ!」
『嘘つき!休み時間にも女の子達に囲まれてたし、あの美人な先輩からも貰った癖に。隠さなくても別に』
「そんなつまんねえ嘘ついてなんになんだよ!確かに渡されそうにはなったが、要らねえし全部突っ返した。信じられねえってんなら、周りに聞くなりオレの部屋を調べるなりすればいい」
『あんなに美人な人や可愛い子がいたのにどうして...』
「興味ねえ。見た目良い奴なんて探しゃいくらでもいんだろ。どうでもいい奴と付き合うほどオレは暇じゃねえんだよ」
『そっか...』
「オレのそこに入ってんのか?」
『えっあっちょっと!』
紙袋の中を見ようとするかっちゃんを慌てて止めようとするが間に合わず、かっちゃんは中にあった1つを取り出した。
「ハッ!ぜってえコレだろ」
『そ、そうだよ...でも絶対かっちゃんが突っ返したチョコの方が美味しいし、貰っとけば良かったって後悔することになるよ?』
「しねーわ。オレがお前のチョコを選んだんだから、黙って寄越せや」
かっちゃんはオレンジの袋に結ばれた緑のリボンを解き、少し驚いた表情をした後、取り出したガトーショコラにかぶりついた。
「!...懐かしいな。お前、これ覚えてたのか?」
『忘れちゃって、何回も失敗したし、頑張って思い出したレシピも朧気でちゃんと再現できてるか分かんないけど、これが私の精一杯なの... 何年も経つのに味、覚えてたんだ』
「毎年食ってたからな。でも前とちょっと違ェ」
『そっか...』
上手くできたつもりだったけど、やっぱりダメだったんだ...
「前より美味くなってるし、1人で作ったんだろ?頑張ったな」
『ありがとう...』
全部報われた。頭を撫でてくれる暖かい手に、頑張って良かったと心の底から思う。
「わざわざ昔と同じレシピをねえ頭使って必死に思い出して作ったってのに、オレに渡さなきゃ意味ねえじゃねえかバカ」
『だって私1人で作ったから美味しいか分かんないし、本命チョコって本当にプロが作ったんじゃないかってくらい美味しいのばっかりだから...第一恋愛とかよく分からないような奴が本気でかっちゃんのこと好きな人達の邪魔しちゃダメだと思って』
「はぁ...そりゃあ美味いに越したことはねえだろうが、こういうのって味で優劣つけるもんじゃねえだろ。そんなだったら大概自分で作った方がうめえわ」
『うっ...そうだよね...』
ご最もだが身も蓋もなさすぎる。
「恋愛がどうとか関係なく要は気持ちの問題だろ。本命がどうとか言ってたが、お前と今日言い寄って来てた奴等とじゃ思いのレベルが違いすぎンだよ」
『ごめん...』
レベルが違うか...
「その顔、なんか勘違いしてるだろ。
不器用な癖にガキの頃から毎年手作り寄越して、オレに会う為にクッソ苦手な勉強して雄英入って、オレを救ける為に命投げ捨てようとする奴と、初めて声を掛けて来た知りもしねえ、オレの何を知ってんだって言いたくなるような奴等。比べるまでもねえだろうが。お前がどんなに不味いチョコ持ってこようが、オレはお前のを食う。だからウダウダくだらねえこと考えず、来年もオレに寄越せ」
『うん!』
「あとホールの残り寄越せや。足りねえ」
『あー...その気持ちはとてもとても嬉しいんだけど、残りは女の子達にと思って...』
「あ゙あ゙!?てめえ...やっぱり忘れてやがるな」
『な、なんか言われたっけ私?』
「オレと同じ物を他の奴に渡すな。チョコは1番に寄越せ。昔約束したよなァ?」
『そんな約束したっ.....した気がする...』
確かに昔言われて、なんでも1番が良いんだなーと思った記憶がある。
ほんとこんなとこまで1番にこだわる必要ないと思うけど、言うとまた怒られそうだから黙っとこ...
「で、お前は既に1つ約束を破った。拒否権なんてあると思うなよ?恨むなら昔約束した自分を恨むんだな」
『わかったって!ほら、どうぞ』
女の子達ごめん!!
紙袋ごとかっちゃんに押し付けると、かっちゃんは中から1つ取り出し、ラッピングを解くと2個目を食べ始めた。
『美味しい...?』
「ああ」
『かっちゃんって甘いものそんなに好きだったっけ?』
「別に」
『別にって...』
別にって何?え?2個目食べてるのってただの嫌がらせ?
「お前、母ちゃんにこのガトーショコラについてレシピ以外の事聞いてねえのか」
『レシピ以外のこと?甘いものが苦手なお父さんもこれだけは喜んで食べてくれたって言ってたよ?』
「そうかよ」
『なんでそんなこと聞くの?』
「なんでもねえ。ガトーショコラ美味かった。ホワイトデー、期待して待っとけ」
そう言い残して残りのガトーショコラの入った袋を抱え部屋を出て行ったかっちゃんに首を傾げる。
一体なんだったんだろ?
まあいいや!ホワイトデー楽しみ!
(ユウの好きなお菓子を教えて欲しい?)
(バレンタインで受け取ったら、お返しは倍以上で返すんだろ?だからオレが思った倍以上にアイツに美味いって思わせねえと負けになっちまう。オレはなんだろうと負けたくねえ!)
(あっははっ!それを教えたのは光己ちゃんね、きっと。そんなのいいのよ別に。美味しいって食べてくれればそれが1番のお返しになるんだから。勝己くんが美味しいって言ってくれたって、ユウとっても喜んでたのよ。来年も作るんだって張り切ってた。だから出来れば来年も貰ってあげて?)
(美味かったしそれは別に良いけどよ...あれアイツが作ったのか?)
(ええ、私も手伝ってだけれど。今はまだ難しいけど、いつかは1人でも作れるようになって欲しいな。あれは私のとっておきのレシピだから)
(あいつ不器用だし、1人で作れるようになんてなんのかよ)
(ふふっそうね。でもあのガトーショコラで1番大切なのは思いだから。誰に食べて欲しいものなのか、その人の事を自分がどう思っているか。それで味は大きく変わるものなの。ユウは勝己くんのこと大好きだから、1人で作れるようになった時には、私よりも美味しいガトーショコラが作れるようになるかもね。ま、それには何年も掛かりそうだし勝己くんにはすぐ彼女できちゃいそうだから難しいかもしれないけれど。でも勝己くんに大切な人ができるそれまではユウの思い受け取ってくれると嬉しいな)
オレへの思いが強くなったなんて自惚れてる場合じゃねえよな。
来年は本命だと言わせられるように頑張らねえとと意気込みながらオレは3つ目のガトーショコラを口に入れた。
「くだらねえ」
「なんだと爆豪!お前だって内心ユウちゃんにチョコ貰えるかソワソワしてる癖にスカしてんじゃねえよ!」
「ソワソワなんてしてねえわ。あいつはぜってえオレには寄越すに決まってんだろ」
「付き合ってねえ癖になんだよその自信!?普通にひくわ」
「あ゙あ゙?てめェ、チョコ受け取ったら来月何しなきゃいけねえか知らねえのか」
「来月?あ!ホワイトデー!」
「あー...つまりお返し目当てでってことか」
「なんかごめんな爆豪...でも貰える事に変わりねえし、好きな子から貰えるなんて幸せじゃん!ワンチャン手作りかもしれねえし!」
「ユウが手作りなんてする柄には見えねえけど...」
「切島!それを言ったらおしまいだ!」
「いや、あいつは多分...」
明日はバレンタインデー!
かっちゃんにチョコを渡すと美味しいお菓子が貰えるスペシャルデーだ。
そんなわけでチョコ作りを始めた私だったが、思ったものと違う物が出来上がり途方に暮れていた。
おかしいなあ...
鉄板の上には型に入った巨大なクッキーが完成していた。
端を食べると普通に美味しかった。だがしかし私が作りたかったのはクッキーではなく、ガトーショコラである。
小さい頃にはお母さんに手伝って貰いながら毎年作っていたが、作らなかったこの数年で、バカな私の頭はレシピを忘れてしまったらしい。
本には載っていない、お母さんのレシピ。
かっちゃんに喜んで欲しくて、保育園の時に背伸びをして作ったガトーショコラ。
かっちゃんが美味しいって言ってくれたのが嬉しくて、それから毎年ガトーショコラばかり作っていた。
甘い物が好きじゃなかったお父さんもこれだけは喜んで食べてくれたのと少し寂しそうに笑うお母さんの顔を思い出す。
何とか思い出さなきゃ...
他のレシピに乗り換える事は簡単だ。何年も前、しかも年一しか食べていないかっちゃんは味なんて覚えてないだろうし、別にどのお菓子でも良いのだろう。でもそれではかっちゃんが美味しいって言ってくれるか分からない。食べてもらう以上は美味しいって思って欲しい。それにここで変えたら、お母さんの想いまで消えてしまいそうで嫌だった。
諦めちゃダメだ!絶対完成させてやる!
『できた...!』
懐かしい味...やったよお母さん。お母さんが見てたら昔みたいに上手にできたねって褒めてくれたかな...
何度もやり直しながらラッピングをして何とか完成だ。
ガトーショコラになるはずだったクッキーも味は悪くなかったし、配っちゃお...
本当はみんなにガトーショコラを渡せたら良かったのだが、他の失敗作は不味いし、1ホールしか成功しなかった為、かっちゃんと女の子達に配って終わりになりそうなので致し方ない。
あとは明日を待つだけだ。
かっちゃん喜んでくれるかな...
みんなに貰ったチョコを食べながら休み時間を過ごす。癖で手作りにしたけど、別に市販のでも良かったよねこれ...なんかめっちゃ気合い入ってるみたいで恥ずかしい...
じろちゃんのくれた定番人気チョコも、三奈ちゃんがくれた巷で人気のチョコもヤオモモちゃんに貰った高級チョコめっちゃ美味い。てか市販の方が絶対美味しくない?でもお母さんのガトーショコラすごい美味しかったし...いやしかし私が作ったし、やっぱり市販の方が美味しいよ絶対!
「三条はチョコ渡したりしないのか?」
『ん〜一応作ったけど、クラスの人にしかあげないし寮帰ってからでいいかなって...うわっ!すごいねそれ全部貰ったチョコでしょ!?流石轟くんだなあ』
袋から溢れんばかりのチョコっていうか若干溢れちゃってるし、ハートの箱とか明らか本命っぽい物がいっぱい...レベルが違うレベルが!
「流石も何も、女子が会ったやつにチョコ渡す日なんだろ?オレはたまたま女子と多くすれ違っただけだ。毎年初対面の奴にもいっぱい貰うが知らねえ奴の分まで作んなくてもいいのにな」
『いやバレンタインって会った人に片っ端から渡すようなイベントじゃないし...それ他の男子には絶対言わない方がいいよ...』
全然バレンタインの解釈間違えてるし、毎年会った女子に片っ端から貰ってるって事だよね!?恐ろしい男だ...
「さっき作ったって言ってたし、三条のってもしかして手作りか?」
『う、うん。小さい頃の癖で作っちゃった...でも多分美味しくないし、轟くんは既にいっぱいあって食べるの大変そうだから渡さないでおくね』
「オレの分もあんなら欲しい。三条の手作り食ってみてえ」
『絶対そこにあるチョコの方が美味しいし、変に気使ってくれなくても他の人にあげるか自分で食べるからいいよ』
「気なんて使ってねえ。知らねえ奴から貰ったチョコより、オレはお前のチョコが欲しい。ダメか?」
『ダメじゃないです...でもほんと期待しないで...』
「ああ。楽しみにしてる」
そんな顔で言われてダメとか言えるわけないじゃん!あれで断れる人間がいたら見てみたい。轟焦凍、本当に恐ろしい男だ...
テンパってそのまま廊下出てきちゃったよ全く!
赤くなった顔を冷まそうと意味もなく廊下を歩いていると、窓から見知った人物が見え足を止める。
かっちゃんが女子に囲まれてる!
昔からモテてはいたけど、まさかここまでとは...
なんだか見てはいけないものを見てしまった気がして、私はすぐに教室に戻った。
「三条、あとでな」
『う、うん!』
放課後になるなり、早々に呼び出されて行った轟くんを見送りながら帰り支度を始める。
やっぱり轟くんに献上するのが、例のクッキー?ってどうよ!?でももう人数分ラッピングしちゃったし、手作りとバレてしまった手前、市販には変えられないし...
「なーに変な顔してんだ」
『!びっくりしたあ...』
「早く帰んぞ」
『はーい』
いつも通り、かっちゃんと並んで歩いていると、スタイルのいい美人な女の人が、かっちゃんに声を掛けてきた。
これは確実に...
瞬時に察した私は直ぐにその場を離れ、寮へと帰った。
さっきの人美人だったなー先輩だよなきっと。かっちゃん、あの人と付き合うのかな...そしたら一緒に帰ったり、あんまり構ってくれなくなっちゃうよなあ......寂しいな...
寮に帰りリビングにいる人達にクッキーを配り始める。
「やった!オレにくれんの!?しかも手作り!ありがとう!」
「サンキューなユウ!」
『全然お礼言われるような物じゃないし、あんまり美味しくないと思うけどよければ食べて?』
「僕も貰っていいの!?ありがとう!早速食べてもいいかな?」
『どうぞどうぞ。美味しくなかったら遠慮なく捨ててね』
「ユウちゃんから貰って捨てるなんて絶対しないよ!...ん!美味しい!ユウちゃんお菓子作るの上手くなったんじゃない?とっても美味しいよ!」
『ほんと!?やった!嬉しい...!』
「かっちゃんにはもう渡したの?」
『ううん。なんか美人の先輩に声掛けられてたからまだ渡してないっていうか、他の人からもいっぱい貰ってるっぽかったし、これ以上増えても迷惑だろうからやめようかなって。私の作ったやつより貰ってるチョコの方が絶対美味しいだろうし』
「絶対渡した方がいいよ!かっちゃんは多分」
「うわっ轟なんだよそれ!?」
「えげつな...」
「おのれ轟許すまじ!!」
『す、すごいね轟くん。更に増えてんじゃん』
「三条、部屋まで運ぶの手伝ってくれないか?」
『いいよ〜』
轟くんの部屋までチョコを運び終え、クッキーを渡す。
「サンキュー」
貰うなり食べ始めた轟くんに唖然としてしまう。
『いきなり私の食べるの!?不味かったら無理して食べなくてもいいからね?』
「うめえ。甘過ぎなくていいなこれ。あっもうなくなっちまった。三条って菓子作るの上手かったんだな。驚いた」
『美味しかったなら何よりです...全然上手くなんてないよ。これも色々あってできた多分二度と作れない産物だし...』
「そうなのか?もう食えねえなんて残念だな。お礼ってわけじゃねえけど、ここにあるチョコ食うの手伝ってくれねえか?姉さんに1個ずつでもいいから食べろって言われるんだが、正直毎年食いきれなくて困ってんだ」
『私が食べていいものなのかな...でも確かにこの量1人では無理だよね。うーん...じゃあちょっとずつだけ貰っちゃおうかな』
「良かった。助かる」
罪悪感に苛まれながらチョコを食べ始めたが、美味い。なにこれ美味い。流石気合いが違う。絶対市販のより美味しいだろという物も少なくない。これだけのものが私にも作れたらなあ...
『うっ...食べ過ぎた...』
自室に戻りベッドに転がる。
後で女の子達の分配らなきゃ。
机に置いてある紙袋を見つめる。
頑張ったけどしょうがないよね...
かっちゃん元々そんなに甘い物食べないし。貰った分だけでも手に余るだろうな。何も言わずに食べてくれてたけど、昔渡してたのももしかしたら迷惑だったのかも...
かっちゃんの分は誰か他の人にあげよう。
女の子達は美味しいって言ってくれるかな。
...もし、かっちゃんが食べたら美味しいって思ってくれたのかな...
来年は彼女がいるし、もう食べて貰える時は来ないだろう。
本命ってわけじゃない。だから喜んで食べてくれれば誰でもいいはずなのに、作ってる時も今も、思い浮かぶのはかっちゃんのことばかりだ。
『イヤだなこの感じ...』
なんだかモヤモヤする。
きっとチョコを食べ過ぎたせいだと水を飲んでいると、扉をノックする音が聞こえた。
誰だろうと思いながら扉を開けると、何故か怒った様子のかっちゃんが部屋に入ってきた。
「てめェ、なんでオレにだけチョコを寄越さねえ!帰りも勝手にいなくなりやがって!」
『ヒィッ!だって告白の邪魔しちゃ悪いし...チョコは、かっちゃん色んな人から貰ってたし、増えても迷惑でしょ?』
「勝手に決めんじゃねえ。早く寄越せや」
『本命のやついっぱいあるんだからそっちを食べてあげてよ。そっちの方が絶対美味しいし、私のなんて無理して食べてくれなくていい。それに、かっちゃん彼女できたんだから足りないなら彼女に頼みなよ』
「意味わかんねえことゴチャゴチャ言ってんじゃねえ!オレは誰からもチョコなんて受け取ってねえし、彼女なんていねえ!大体いきなり知りもしねえ奴に告白されて付き合うわけねえだろ!」
『嘘つき!休み時間にも女の子達に囲まれてたし、あの美人な先輩からも貰った癖に。隠さなくても別に』
「そんなつまんねえ嘘ついてなんになんだよ!確かに渡されそうにはなったが、要らねえし全部突っ返した。信じられねえってんなら、周りに聞くなりオレの部屋を調べるなりすればいい」
『あんなに美人な人や可愛い子がいたのにどうして...』
「興味ねえ。見た目良い奴なんて探しゃいくらでもいんだろ。どうでもいい奴と付き合うほどオレは暇じゃねえんだよ」
『そっか...』
「オレのそこに入ってんのか?」
『えっあっちょっと!』
紙袋の中を見ようとするかっちゃんを慌てて止めようとするが間に合わず、かっちゃんは中にあった1つを取り出した。
「ハッ!ぜってえコレだろ」
『そ、そうだよ...でも絶対かっちゃんが突っ返したチョコの方が美味しいし、貰っとけば良かったって後悔することになるよ?』
「しねーわ。オレがお前のチョコを選んだんだから、黙って寄越せや」
かっちゃんはオレンジの袋に結ばれた緑のリボンを解き、少し驚いた表情をした後、取り出したガトーショコラにかぶりついた。
「!...懐かしいな。お前、これ覚えてたのか?」
『忘れちゃって、何回も失敗したし、頑張って思い出したレシピも朧気でちゃんと再現できてるか分かんないけど、これが私の精一杯なの... 何年も経つのに味、覚えてたんだ』
「毎年食ってたからな。でも前とちょっと違ェ」
『そっか...』
上手くできたつもりだったけど、やっぱりダメだったんだ...
「前より美味くなってるし、1人で作ったんだろ?頑張ったな」
『ありがとう...』
全部報われた。頭を撫でてくれる暖かい手に、頑張って良かったと心の底から思う。
「わざわざ昔と同じレシピをねえ頭使って必死に思い出して作ったってのに、オレに渡さなきゃ意味ねえじゃねえかバカ」
『だって私1人で作ったから美味しいか分かんないし、本命チョコって本当にプロが作ったんじゃないかってくらい美味しいのばっかりだから...第一恋愛とかよく分からないような奴が本気でかっちゃんのこと好きな人達の邪魔しちゃダメだと思って』
「はぁ...そりゃあ美味いに越したことはねえだろうが、こういうのって味で優劣つけるもんじゃねえだろ。そんなだったら大概自分で作った方がうめえわ」
『うっ...そうだよね...』
ご最もだが身も蓋もなさすぎる。
「恋愛がどうとか関係なく要は気持ちの問題だろ。本命がどうとか言ってたが、お前と今日言い寄って来てた奴等とじゃ思いのレベルが違いすぎンだよ」
『ごめん...』
レベルが違うか...
「その顔、なんか勘違いしてるだろ。
不器用な癖にガキの頃から毎年手作り寄越して、オレに会う為にクッソ苦手な勉強して雄英入って、オレを救ける為に命投げ捨てようとする奴と、初めて声を掛けて来た知りもしねえ、オレの何を知ってんだって言いたくなるような奴等。比べるまでもねえだろうが。お前がどんなに不味いチョコ持ってこようが、オレはお前のを食う。だからウダウダくだらねえこと考えず、来年もオレに寄越せ」
『うん!』
「あとホールの残り寄越せや。足りねえ」
『あー...その気持ちはとてもとても嬉しいんだけど、残りは女の子達にと思って...』
「あ゙あ゙!?てめえ...やっぱり忘れてやがるな」
『な、なんか言われたっけ私?』
「オレと同じ物を他の奴に渡すな。チョコは1番に寄越せ。昔約束したよなァ?」
『そんな約束したっ.....した気がする...』
確かに昔言われて、なんでも1番が良いんだなーと思った記憶がある。
ほんとこんなとこまで1番にこだわる必要ないと思うけど、言うとまた怒られそうだから黙っとこ...
「で、お前は既に1つ約束を破った。拒否権なんてあると思うなよ?恨むなら昔約束した自分を恨むんだな」
『わかったって!ほら、どうぞ』
女の子達ごめん!!
紙袋ごとかっちゃんに押し付けると、かっちゃんは中から1つ取り出し、ラッピングを解くと2個目を食べ始めた。
『美味しい...?』
「ああ」
『かっちゃんって甘いものそんなに好きだったっけ?』
「別に」
『別にって...』
別にって何?え?2個目食べてるのってただの嫌がらせ?
「お前、母ちゃんにこのガトーショコラについてレシピ以外の事聞いてねえのか」
『レシピ以外のこと?甘いものが苦手なお父さんもこれだけは喜んで食べてくれたって言ってたよ?』
「そうかよ」
『なんでそんなこと聞くの?』
「なんでもねえ。ガトーショコラ美味かった。ホワイトデー、期待して待っとけ」
そう言い残して残りのガトーショコラの入った袋を抱え部屋を出て行ったかっちゃんに首を傾げる。
一体なんだったんだろ?
まあいいや!ホワイトデー楽しみ!
(ユウの好きなお菓子を教えて欲しい?)
(バレンタインで受け取ったら、お返しは倍以上で返すんだろ?だからオレが思った倍以上にアイツに美味いって思わせねえと負けになっちまう。オレはなんだろうと負けたくねえ!)
(あっははっ!それを教えたのは光己ちゃんね、きっと。そんなのいいのよ別に。美味しいって食べてくれればそれが1番のお返しになるんだから。勝己くんが美味しいって言ってくれたって、ユウとっても喜んでたのよ。来年も作るんだって張り切ってた。だから出来れば来年も貰ってあげて?)
(美味かったしそれは別に良いけどよ...あれアイツが作ったのか?)
(ええ、私も手伝ってだけれど。今はまだ難しいけど、いつかは1人でも作れるようになって欲しいな。あれは私のとっておきのレシピだから)
(あいつ不器用だし、1人で作れるようになんてなんのかよ)
(ふふっそうね。でもあのガトーショコラで1番大切なのは思いだから。誰に食べて欲しいものなのか、その人の事を自分がどう思っているか。それで味は大きく変わるものなの。ユウは勝己くんのこと大好きだから、1人で作れるようになった時には、私よりも美味しいガトーショコラが作れるようになるかもね。ま、それには何年も掛かりそうだし勝己くんにはすぐ彼女できちゃいそうだから難しいかもしれないけれど。でも勝己くんに大切な人ができるそれまではユウの思い受け取ってくれると嬉しいな)
オレへの思いが強くなったなんて自惚れてる場合じゃねえよな。
来年は本命だと言わせられるように頑張らねえとと意気込みながらオレは3つ目のガトーショコラを口に入れた。