全面戦争 編
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『だから今私は生きてるの。決して貴方に生かされたわけじゃない!』
「んだと!調子にのってんじゃねーぞ!」
『っ...!!』
「!!クソ!ユウから手を離せ!」
『っぁ...!お願い!触らないでっ!また壊れっ...
嫌あ!!』
「嫌なら個性使えよ!」
「離せクソが!」
急いで男を引き剥がそうとするが、男はユウの手首を掴んだまま離さない。
『嫌...っもう嫌ぁぁぁ!!』
「みんな退け!」
バリバリッ!という音とともに男の体が氷漬けになる。
「な、なんだこれ!」
「「ユウ!」」「「ユウちゃん!」」「「三条!」」
男が手を離し、後ろに倒れたユウは自分の体を抱え座り込み震えている。
「おい!ユウ!大丈夫か!?」「大丈夫!?」
「怪我は!?」
ユウの周りに集まった奴らが咄嗟にユウに触れてしまった。
「まずい!早く離れろ!」
『嫌ぁ!!痛いの!もうやめて!壊れちゃう!私の体が壊れちゃう!』
「ユウちゃん大丈夫よ!」「落ち着けって三条!」
「落ち着け!お前の体はなんともなってない!大丈夫だ!」
立ち上がり、ふらふらと後退りするユウは酷く怯えた表情で幻覚を見ているのか周りが何も見えていないようだった。
声も聞こえてねえしどうすれば...!
『ヒッ!腕が...いやっ嫌ァ!!』
「やめろユウ!」
さっき掴まれた方の腕に思いっ切り爪を立て引っ掻き始めるユウの両腕を掴みやめさせるも、ものすごい力で暴れられ手を離しそうになる。
『ああああ!早く!早くしないと!』
「やめろユウ...!ッ!」
「爆豪!」「爆豪くん!」
皮膚に歯が突き刺さる。力一杯容赦なく噛み付いてくるユウの腕を離しそうになるのを必死に我慢する。
「早く...!オレが抑えてる間に睡眠薬打て...!」
「!分かりました!」
「っ...!」
暴れる力と噛み付く力が弱くなり、プツリと糸が切れたように倒れ込むユウを抱きとめる。
「爆豪!」「爆豪大丈夫か!?」
「血出てんじゃねえか!早く手当てしねえと!」
「騒ぐな。こんくらいどうってことねェよ」
「わ、悪いつい...!」
「ご安心を。かなり強いものを打ったので、しばらくは起きませんわ」
痛...食いちぎられるかと思った...
くっきりと歯型がつき血が滲む上腕を見てため息をついた後、ユウの腕の傷を見つめる。指先まで伝っている血が傷の深さを物語っている。普通あそこまで自分を傷付けることなど出来ないだろう。顔や手には激しく暴れたせいで篭手に当たってできた傷ができている。
「な、なんだそいつイカレてんのか!?」
「黙れ...!それ以上あいつの事を悪く言うならオレも容赦しねえ。氷漬けで凍傷。業火に焼かれて大火傷。好きな方を選べ」
「ひっ」
「てめェはさっき回復したなんて抜かしやがったがなァ。今のが現状だ。死柄木との戦闘で何度も攻撃を食らった結果、人に触れられると壊されると体が認識するようになっちまった。本人の意思と関係なしにな。過ぎた力を使った代償として記憶を失い、こいつに残ったものは、傷と死柄木への恐怖だけだった。そんな弱りきった奴にお前らはよってたかって、自分達の保身の為に、早く思い出せと強要した。
知ってたか?こいつは思い出そうと頭を巡らせると、激しい頭痛と呼吸困難に襲われる。それでも怪我も治りきってねえ体で毎日何回もぶっ倒れるまで思い出そうとこいつは頑張ってた。でも成果は何も得られず、重圧に押しつぶされ、追い詰められたこいつは体も心も限界にきていた。
病院がヴィランに襲われた時、死にたいから置いて逃げてくれって言われた。生きてることが辛いって。そりゃあそうだよな。オレも同じ立場ならとてもじゃねえが生きてられねえよ。死んだ方がマシだ。でもオレは生かしちまった。自分が嫌だって理由でな。だから憎まれると思った。
でもこいつはオレが思ってるより強かった。楽になる事より生きる事を選んで立ち上がった。記憶が戻る保証も人と触れられない体が治る保証もねェ。それでも諦めず必死に前を向いて生きようとしてる。そんな奴に死んで来いなんて言えンのかよ。女子高生に縋ることしかできねえ自分が恥ずかしくねエのかよ」
「なっ...!」
「そこまでにしろ。その兄ちゃんの言う通りだ。充分その姉ちゃんはもう頑張っただろ。オールマイトが最後の力を出し尽くして引退したように、その子の事ももう舞台から降ろしてやろうや。ヒーローはその子だけじゃねえ。
失敗を重ねて金も名誉も望めねえ。ヒーローと呼ばれた大勢の人間が投げ出した。そン中で今残って戦う連中は何の為に戦ってんだ?今戦ってる連中まで排斥していって俺たちに何が残る!?どうやってこれまで通り暮らす!?辛ぇのはわかる!けど冷静になろうや!俺たちいつまで客でいるつもりだ?」
「複数の個性を操るボロ切れのような男が噂になってる。ヴィランの煽動役とも真のヒーローとも言われてる...答えろよ。おまえがここで休んだら俺たち元の暮らしに戻るのかよ?」
「皆が一緒にいてくれるから...全部取り戻します」
「その女がいなくても勝てんのかよ」
「勝ち「勝つに決まってんだろ!2度も同じ失敗はしねえ!よく見とけクソ野郎」
「ちょっとかっちゃん!」
足早に寮に戻りユウを部屋に連れていく。
痛みを何にも感じてねえみたいだった。力だってあんなに強いはずねえのに...
完全にリミッターが外れてしまっている。
周りが見えない。痛みを感じない。体の損傷お構いなしに本来の力以上が出せてしまう。そんな状態で今回のように自傷行為に走れば最悪死ぬことだって有り得る。
クソッ!
死柄木とオールフォーワンへの怒りが込み上げてくる。
ベッドで眠っているユウは何か良くない夢を見ているのかうなされている。
「何もしてやれなくてごめんな」
ユウの部屋を出てエレベーターに向かうとデクが立っていた。
「かっちゃん、ユウちゃんは...」
「寝てる。怪我もそこまで酷くわねえ」
「そっか.....ごめんかっちゃん...」
「なんでオレに謝ンだよ」
「三人で守るって言ったのに約束を破ってしまった。君にばかり辛い思いさせた。みんなから聞いたよ。誰よりも長い付き合いでいつも一緒だったのにそれを全部隠してるって」
「...あいつバカだから自分の体調管理もまともに出来ねえンだよ。救けも呼ばねえし、我慢することに慣れすぎちまってるから限度ってもんが分かってねえ。
自己愛と自己肯定感はゼロに等しいし、何でもかんでも自分のせいにする。能天気そうに見えて繊細だし、クソ鈍感な癖に負の感情にはスゲえ鋭い。
とにかくスゲえめんどくせーし手のかかるヤツなんだよ。そんなのオレ以外対処できる奴いねえだろ」
「やっぱり強いねかっちゃんは...確かに僕には上手くできる自信ないや...」
「強くねえよ。強けりゃユウはこんな目に遭ってねえ...上手くできたためしだって一度もねえ。必死に取り繕ったつもりだったが、結局あいつに勘づかれてたみてエだし。撫でようとしちまう癖は抜けねえし、未だにあいつに爆豪って呼ばれるのは結構堪える」
「...」
「でもそんなンあいつの辛さに比べりゃ些細なことだ。あいつの方が何百倍も辛い思いして頑張ってんのに、泣きごとなんて言ってられっかよ。あいつが覚えてなくても、オレを必要としなくても、オレはあいつのヒーローをやめるつもりはねえ。強くなってあいつのこと絶対守れるヒーローになんだよ」
「うん...僕もユウちゃんにはもう辛い思いして欲しくない。忘れたままでいいから笑って過ごせる毎日を送って欲しい。今度こそは.....。ユウちゃんを救けるかっちゃんの手助けができるよう頑張るよ」
「ンだそれ。分かってるだろうが、今後ユウに昔のこと聞かれてもオレについては何も言うなよ。思い出はあいつにとって毒だ。知れば知るだけあいつはまた無理をする。ユウの様子が気になんなら見に行ってこい。部屋の鍵は開いてる」
そう言ってかっちゃんはエレベーターに乗り、下へと降りていった。
僕は、かっちゃんと同じ立場になった時、今までの関係を無かったことにするなんて選択ができるだろうか。
僕がユウちゃんと初めて出会ったのは保育園だった。同じ無個性でもそれを気にすることなく、マイペースに生きるユウちゃんは僕の目にはとてもかっこよく見えた。
そんなユウちゃんがヒーローになれるって言ってくれたから、周りになんて言われてもヒーローになることを諦めずにいられた。僕を嗤ったり見下すことなく、優しくいつも対等に接してくれるユウちゃんが僕は大好きだった。
だからいつもユウちゃんの近くにいるかっちゃんが羨ましかった。ユウちゃんにヒーローだと慕われ、頼られるかっちゃんが羨ましかった。
高校でユウちゃんと再会し、僕は恋愛感情としての好きを知る事になった。
叶うはずもない恋。
厳密には僕が先に告白すれば付き合えるかもしれない。でもそうする気にはなれなかった。僕だって決して軽い気持ちでユウちゃんの事が好きなわけじゃない。でも悔しいけどユウちゃんを一番幸せにできるのは僕じゃなくかっちゃんだ。
誰よりも長く一緒にいた二人には誰よりも強い絆があった。信頼があった。とても大きな友情とも恋とも愛ともいえる思いがあった。自覚がなかっただけでユウちゃんだってきっとかっちゃんのことが好きだった。
それが全部なくなってしまったら僕なら立ち直れないかもしれない。
先程のユウちゃんの言葉を思い出す。きっとあれはかっちゃんのことだ。
本当は誰よりも思い出して欲しいと思っているはずだ。自分のことを忘れてしまったユウちゃんと向き合うのはとても辛いだろう。
それでもかっちゃんはユウちゃんの為にイバラの道を進むことを選んだ。
そしてその想いが記憶を失ったユウちゃんを救い、変えるきっかけとなった。
「やっぱり君には敵わないや...」
二人が幸せになれますように