全面戦争 編
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体が痛い。気分は重く頭が回らない。何も分からない。思い出せない。あるのは痛みと罪悪感だけ。
私はヴィランとの激闘の末、大怪我をしてずっと眠っていたらしい。目覚めてから数日、何人もの人から聞いた。個性の事を何百と聞かれた。私と関わりのあったらしい人達とも会った。同じクラスの人達、違うクラスの人達、先生。泣いてくれた。無事で良かったと言ってくれた。それで何も実感が湧かない。思い出せない。
思い出そうとすると、頭が痛くなって、呼吸が苦しくなる。
でも何としても思い出してくれと大人達から言われるから思い出そうとする。泣いたり悲しそうな顔をする人達に申し訳がなくて、思い出そうとする。
だけど疲れと気分が重くなっていくだけ。自分が使えないダメな人間だということを知っていくだけ。
こんなに惨めで苦しいことばかりなら目覚めない方が楽だった。.....死んでた方がマシだった。
扉の開く音が聞こえ、体を起こす元気がなく視線だけ動かすとクリーム色の髪の赤い目の男の子が入ってきた。
唯一思い出さなくてもいいと言ってくれる人。悲しんだり、無理に明るく振舞おうとせず、ごく普通に接してくれる彼といる時は気楽でいられるし、暗いことも考えずにすむ。だから彼が来てくれると少し嬉しかったりする。
でも今日はそうはいかないらしく、気も心も重く、一人にして欲しいと思いながら、彼が歩いてくるのを見つめる。
「また思い出そうとしてたのか」
『だって思い出さなきゃ意味がないでしょ...そうしなきゃここに来る人たちが落胆してイラついて悲しんで泣くから...』
「そんなの気にしなくていい。思い出さなくていい。もっと自分のこと大切にしろ。昨日よりまた顔色が悪くなってるし、ろくに休んでねえんだろ。休めっつってんだからちょっとは病人らしく休め。思い出そうとしなけりゃ、そこまでもう体調悪くねえんだろ?」
『うん...でも』
「休めっつってんだろ!そーやって周りのこと気にすんなら、オレのことも少しは気にしろ!」
『う、うん...?』
「記憶なんてどうでもいいから休め!飯もちゃんと食え!そんなしんどそうな姿じゃなくて、元気になった姿見せろや。オレまでしんどくなるっつーの」
『それはごめん...爆豪くんってなんかお母さんみたいだね』
「殴られてえのかてめェ」
『病人殴っちゃうの...』
「そういう時ばっか自分を病人扱いしやがって。ったく...病人はさっさと寝ろ」
『せっかく爆豪くん来てくれたのに申し訳な』
「オレの事はいいんだよ。オレが休めっつってんだから休めや」
『うん...』
まただ。手を伸ばそうとして途中で、ハッとしたように手を戻す動作。癖なのかもう何度も見ている。いつも途中で行く宛をなくしたようにおろされるその手がどこに伸ばされようとしているのか私には分からない。
『...ねえ。爆豪くんと私はどういう関係だったの』
「何度も言ってんだろ。ただのクラスメイトだ。たまたま保育園と小学校が一緒で、同じインターン先に行って、...お前がヴィランと戦った時にその場にいたってだけだ。特別仲が良かったとかそういうんじゃねえ。体調悪くしてまで思い出す価値もねえくらいな関係だ」
『じゃあなんでこんなに会いに来てくれるの』
「弱くて何もできなかった自分が許せねえから。...お前一人に戦わせちまったからそれを償いたいっていうただの自己満足だ」
『償うもなにも爆豪くんは何も悪くないよ』
「それでも誰が何と言おうとオレは何もできなかった自分が許せねえ。要するにお前はオレの自己満足に付き合わされてるだけなんだよ。だから深く考えようとするな。じゃあな」
そう言われてしまえば納得できてしまう。
彼は自分に厳しそうだし、口は悪いがきっと仲間思いな人なんだと思う。親族というには似ていないし、あまり恋愛に興味があるようには見えない。というか目付きは悪いけど普通にかっこいいし、私なんかと付き合ってたなんて事はありえないだろう。
でも何か引っかかる。変な感じがする。
思い出そうと頭を巡らせ始めたところで、彼の言葉を思い出し考える事を辞めた。
今日くらい休んでもいいよね...
思い出そうとしては具合が悪くなり、落ち着いたらまた繰り返すといった1日を過ごし、気絶というような寝方しかしていなかった私は目を閉じ、久しぶりに自分の意思で眠った。
日に日にユウの体調が悪くなっているのを感じる。精神的にも身体的にも限界が近付いている。
医者も誰も彼もが、ユウに記憶、個性の使い方を思い出させようと躍起になっていてユウの体調も心も気にしちゃいない。
ユウは迷惑をかけまいと何も言わず、思い出そうと毎日痛みと戦っている。それでも成果が得られず、周りの目や声を気にしてどんどん追い詰められている。ユウが周りの声に悩まされる事は想定していたが、目覚める前に想像していた何倍も酷い状態だ。
オレ一人でどうにかできんのか...
思い出して欲しい。そう言わなくても昔の事を話したり、過度に心配するような事をすれば、ユウは罪悪感を募らせ、思い出そうと必死になる。
だから全部なかった事にした。
クラスの奴や先生には、見舞いは控えて欲しいと頼んだ。オレとユウの仲は良くも悪くもないごく普通のクラスメイトだったという事にしてくれとも...
あいつの重荷にはなりたくない。オレのせいであいつが傷付くのはもう嫌だ。
だから、表情も思いも決して悟られるような事があってはいけない。
初めは何度も泣きそうになった。心が折れそうになった。やっと今はただのクラスメイトとして素知らぬ顔で接するのも慣れてきた。ユウも普通に話してくれるようになった。
でもやっぱり辛いし苦しい。
右手を見つめ握りしめる。
いつまでも撫でようとしてしまう癖がぬけない。
1度目は気が動転していたからだと思った。でも2度目も同じだった。ユウに会いに行った時、一人にして欲しいと落ち込むユウを慰めたくて頭を撫でようとした。でもそれは全くの逆効果でユウは触れた瞬間手を払い除け、怯えた表情でオレを見ていた。
死柄木の触れて奪ったり壊す個性を体が覚えているから防衛本能でユウは人に触れられるのを怖がるのだと狐は言っていた。
以前のユウならオレは触れても大丈夫だったかもしれない。でももうオレも特別ではなくその他大勢の一人なんだって、手を伸ばそうとする度に思い出す。もうこの先ユウに触れる事は出来ないかもしれない。
あの戦いで、引き留めようと掴んだ手が最後だなんて皮肉にも程がある。
あの時、手を離さなければこんなことにはならなかった。ユウが傷付くことはなかった。こんな思いはせずにすんだ。
でもあの場でユウ以外誰も死柄木を止められなかった。ユウが力を使わなければ恐らく全滅していた。
あの時ああすれば良かった。でも仕方がなかった。
病院で目覚めてから、ずっと押し問答を繰り返している。
ユウの犠牲が仕方がないなんて思いたくない。だけどそう思わなければ耐えられなかった。
途中で意識を飛ばしてしまったオレは、ユウがどんな戦いをしたのか知らない。
ただ、死柄木と戦う前から相当な怪我を負っていたこと、オレが持っていた筈のユウの血液で作られた弾丸がなくなっていた事から、死ぬ覚悟だった事は予想がつく。そして狐が言っていた言葉。
きっとユウはあの時、オレに止めて欲しかったのだ。なのにオレは行かせてしまった。ユウが死ぬのを見過ごしたのと同じ事だ。なんとしても止めるべきだった。
あの場でオレだけがユウのヒーローだったのだから...
幼い頃に交わした約束がどれだけ困難なことか痛いほどよく分かった。
それが分かってしまっているからこそ、仕方がなかったと思わなければ耐えらなかった。
けれどそれを咎めるかのように、ユウの見舞いに来る度に刺されるような痛みに襲われる。
名前。呼び方なんて些細なことでこんなに躓くなんて思ってもみなかった。
爆豪だってれっきとしたオレの名字だし、そう呼ばれる事の方が圧倒的に多い。オレは爆豪って自分の名字を気に入っているし、そう呼ばれることになんの抵抗も不満もない。
だけどユウに爆豪くんと呼ばれると酷い虚無感に襲われる。何度呼ばれても慣れる事はなく、その度に胸が張り裂けそうになる。
デクも含めオレをかっちゃんと呼ぶやつは他にもいる。でも一番最初にオレをかっちゃんと呼び始めたのはユウだった。幼いユウが、かつきくんと上手く言えなかったが為に言い始めた呼び名。
初めは嫌だったのにな...
それなのに今は馴染みすぎて、そう呼ばれないと満足できなくなっている。
けどきっとそう呼ばれる事はもうない。
「ハッ こんな事で馬鹿みてえ」
零れ落ちそうになる雫を乱暴に拭い、オレは病院を後にした。
雨はやまない