全面戦争 編
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ユウ!!」
ベッドの周りを囲む人達は一斉に振り向き、その隙間から見えたユウは目を見開いてオレを見た後俯いた。
何か良くない事でも言われたのか?周りにいる奴らを睨みつけていると、後ろから来た奴らに捕まり、部屋を追い出されそうになる。
「離せ!」
その様子を見ていたベッドの周りにいた1人がそれを止めた。名前は覚えてないが確かオレの検診に来ていた奴だ。
「爆豪くんならどうにかできるかもしれない。一旦彼に任せて我々は外に出よう」
「ですが先生!」
「彼女にとって見ず知らずである我々が何をしたってダメだろう」
「爆豪くん頼んだよ」
「は!?何をだよ、おい!」
突然中にいた奴らが出て行き、ユウと二人きりになった部屋は広くてさっきまでとは打って変わってとても静かだ。
「ユウ、本当にごめん...オレが大怪我したせいで、お前に辛い思いさせた。弱かったせいでお前一人に全部背負わせちまった。いつも守ってやれなくてごめん。無理させて、痛い思いさせてごめん。いつまでも弱いヒーローでごめん...」
『...』
何も言わず暗い表情でまた俯いてしまったユウに何処か後遺症になるような深刻な怪我でもあるのではと不安になる。
「具合悪いのか?後遺症は?なんか変なこと言われたりしたか?」
『ごめんなさい!...私、なにも覚えてないんです... 個性の使い方も自分が何者で何をやったかも...ユウって私のことなんですよね...?ごめんなさい...貴方が誰なのか、どんな関係だったのか全く覚えてないんです...本当にごめんなさい...』
「っ!!」
悲しそうに目を伏せる少女は、所々包帯を巻かれ以前より痩せているが、見た目も声も間違いなくユウだ。でも口調も態度も普段オレに向けるものとはまるで違っている。
ユウはもうオレの事を覚えていない。
その事実が深く胸に突き刺さる。
それでも生きていてくれて良かった。そう伝えたいのに、泣きそうになるのを堪えるだけで精一杯だった。
泣きてえのはこいつの方なのに、なんでオレが泣きそうになってんだよ...!
記憶がなくなってもきっと根本は変わってない。ごめんなさいと繰り返し、眉を下げ悲しそうな顔をするユウを見て確信する。
きっとこいつは記憶をなくした自分を責める。ここでオレが涙なんて見せれば余計にだ。
そしてこの後は、きっと大人達から気が重くなるような事ばかり聞かれ、聞かされる。
ユウの精神が追い詰められていくのは火を見るより明らかだ。
だからこそここでオレは言わなきゃいけない。
泣きそうになってんじゃねえ、少しでもこいつの負担を軽くしろ...!
「知らずにいきなりで悪かった。お前が記憶をなくしちまったとしても、生きていてくれて良かった。だから謝んな。お前が生きていてくれて本当に良かった」
『あっ...う...ッ...痛!』
「ユウ!」
頭を抱え苦しそうに息をするユウの背をさすろうとするとユウに思いっ切り手を払い除けられた。
『嫌ぁ!!』
ベッドの隅に逃げ、酷く怯えた様子でオレを見るユウに、思わず固まってしまう。
「君はもう出ていろ。今日はこれ以上の面会は無理だろう」
ユウの悲鳴を聞いて中に入って来た医者達に押し出されるようにして、部屋の外に出され、しばらく呆然としていたが、追いついて来た感情から逃げるようにして、オレは一心不乱に階段を駆け上がり屋上に出た。
「...........っ!────────」
ぽつりぽつりと雨が降り出す中、オレは泣いた。
ボタボタと大粒の涙を零しながらみっともなく子どもみたいに声を出して泣いた。
ユウの中にオレはもういない。
物心ついた時にはもう一緒にいた。
昔から不器用でバカで危なっかしいやつだった。
最初は面倒だけど親に言われて一緒にいる。嫌いではないが世話が焼けるやつ。そんな風に思っていた気がする。
今思えば、オレがそんなやつを嫌いの枠に当てはめず、なんだかんだ親がいなくても、世話を焼いていたのだから、オレの中で既にユウは特別だったのだろう。
父親をヴィランに殺されて、ユウはしばらく保育園に来なかった。小さい頃からユウはあまり泣かないやつだった。だから心配で会いに行った日、ボロボロ泣くユウを見て、戸惑うと同時にこれ以上泣いて欲しくないと思った。
ユウと約束したあの日、オレはヒーローになった。
それから数年後、殺人犯に遭遇したオレらは殺されそうになりユウがオレを庇って大怪我した。その時オレはユウに火傷を負わせ、消えない傷を残してしまった。なのにあいつはオレを心配し責める事は一切しなかった。怪我をするのを分かっていたのに、オレを助けたあいつはオレが初めて身近で見たヒーローだった。
初めて救けたい、救けなきゃいけないと思った人だった。
初めて、ヒーローとか友達とか関係なく心から守りたいと思った人だった。
オレの初恋、昔も今もずっと好きな人。誰よりも特別で大切な人。
喧嘩もした。離れ離れになった。
その間あいつがどんな扱いを受けていたか想像するのは難しくない。何度も死にたいと思ったはずだ。
それでもあいつは、オレに会うその為だけに、苦手な勉強をして、危険をおかしてまで雄英を受けに来た。
誰よりも長く一緒に過ごしてきた。
変わらずオレをヒーローだと言ってくれた。
オレが残してしまった火傷を好きだと言ってくれた。
サイドキックになりたいと言ってくれた。
オレに撫でられるのが好きだった。
自分よりオレの心配ばかりするやつだった。
傍にいるのが当たり前だった。
自惚れなんかじゃなく、ユウの中で確かにオレは特別だった。
でも.....
もうそうではない。あいつの中でオレはその他大勢の一人にすぎない。
オレも忘れてしまえたらどんなに楽だろう。
悲しい事や辛い事はいつかは忘れるものだと大人は言う。
でもあいつの...ユウへの思いはそんな簡単に消せるような小さなものじゃない。
だってあいつが拐われた日の悲しみも悔しさも怒りも未だ鮮明に覚えてる。自分でも笑ってしまう程、引きずった。暫く立ち直れなかった。でもあの日から今まであいつを忘れたことなんてない。
生まれてから今まであいつ以外を好きになった事は一度だってない。例えあいつが誰かと付き合っても、結婚してもこの先オレがあいつ以外を好きになることなんてきっとないのだろう。
忘れられるわけねえだろ.......
ずぶ濡れで病院に入るのも悪いと思い、建物の上を移動していく。
懐かしい景色だった。以前この辺に4人でインターンに来たことがある。あの頃は...
見覚えのある姿を見つけて立ち止まると、向こうもこちらに気が付いたらしく移動してきた。
「ずぶ濡れだな」
「お前もな」
こいつも知っちまったんだな。
轟の赤くなった目元を見て、きっと自分はもっと酷い顔をしてるんだろうなと心の隅で思う。
「...三条に思い出して欲しい。でも思い出そうとする時のあいつすげえ苦しそうなんだ。あの戦いで刻まれた恐怖から逃れる為に思い出す事を体が拒否してるんだって医者が言ってた。そうなる程のことをあいつにさせちまった。これ以上あいつに傷付いて欲しくない。でも思い出して欲しい。...爆豪、オレはどうしたらいい...」
「そんなもん自分で決めろ。オレはあいつを守る。あいつの味方で在り続ける。あいつのヒーローで在り続ける。例え忘れられたままでも」
思い出もあの日の約束もオレは忘れない