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第2章


嫌な夢を見た。もう死んだ顔。
もう死んだ人達が呪いのように自分にしがみついて離れない。
うるさい。私は私の道を歩む。死人になんて振り回されてたまるか。
嫌な思い出。親ですら私に縋るなんておかしいんだ。これは私の夢だって分かっているはずなのに。なんで。
「起きてよ!!!!!!!!」
そんな大きな声と共に跳ね起きる。 
何となく体に不快感を感じる。自分の体を見直すと、汗が凄かった。
「…お風呂…」
嫌な気分でリアナは呟く。
きっと自分は酷い顔なんだろうなと思い布団をぎゅっと握り締めた。
そこで外にふと目を向ける。
「……まだ朝じゃないの…」
そう呟いてリアナは浴場に行くため立ち上がった。

同時刻、竜胆アジトにて

今日は作戦決行当日ということで緒環の面々と竜胆の面々が揃い踏みで竜胆のアジトの酒場にいた。
そんなことを全く知らなかった上に、なんなら若干夜更かししてしまった煉霞はしっかり寝坊した。
朝起きて下に降りたら緒環のボス、白華が突然目の前に現れたからタジタジだった。
白華はクスッと笑って「寝癖ついてんぞ」と後頭部の跳ねた髪を撫でられてしまった。
確かに昔から交流のあった人だからこれぐらいは当然なのだが、煉霞にとっては慣れない。
父親より幾らか若い人は昔から総じて「能力がないなら」と口を揃えて煉霞を子供のように扱ってはくれなかった。仕方ないだろう。うちは祓魔師の家系でみんな能力を持って生まれたのだから。
そんな中で唯一子供扱いをしてくれたのは白華さんで、煉霞はそれにとても感謝している。だけど。
「…も…っもう…子供じゃないんですから…」
なんて言葉が口をついてしまう。
「……あぁ。そうだったな」
白華はそう言ってまた「じゃあその寝起きの顔どうにかしてから降りてこいよ」なんて揶揄うように笑ってカウンターの方に歩いて行ってしまった。
「…白華さん。」
「?…なんだよ」
戻ってきた白華に正は声を掛ける。
「……いえ…なんでもないです。…それより作戦の内容を…」
正は言おうとしたことを抑えて違うことに話を切り替える。
「…なんだよ…嫉妬か?」
なんて白華はくすくす笑って揶揄う。
「違います…。ほら、作戦の内容をおさらいするんでしょう」
「あぁ。そうだったな。悪ぃ悪ぃ」
なんて、とても悪いとは思っていないような態度で白華は謝る。正は通じないとでも思ったのか軽くため息をついた。

そんなボス2人が話している間。竜胆と緒環の面々も交流を深めるものもいれば派手に拒絶している者もいた。
「ねぇねぇかわい子ちゃん♡…あっ鉄紺ちゃんだったよね?俺と遊びに行かない?」
「…生憎今日は作戦の決行日なんでな…遊びに行っている暇は無いんだ」
「え〜。つれないねぇ」
なんてアリクレッドは断られることが分かっていたかのように笑っている。

「あの…アーナさん。少しこの服を着てみるというのは…」
そうセレイアはアーナに近づいて可愛らしい服をどこからともなく取りだし、見せたりしている。
「僕はそんなの着ないぞ…!」
アーナは抵抗しているがセレイアは「ダメでしょうか?」なんてお願いするような姿勢だ。
そのセレイアの横で碧はアーナに笑顔を向けている。ものの、その笑顔はセレイアのものとは違うような気がする。なんだか暗雲立ちこめた…いやこれは言わないでおこう。
そこの3人とは距離をとって縁、イルフォードが話をしている。
2人は机を挟んで優雅に座って談笑している。お茶会なのだろう。何となくその場に穏やかな雰囲気が流れている。
その近くでバタバタと忙しなく動くのはルーカス。星那が「待ってよ〜!」なんて言ってルーカスを追いかけている。鬼ごっこなのだろうか。ルーカスはすっかりその気で嬉しそうに逃げているが多分星那は違う。大方ルーカスの服に興味を持った星那に声をかけられたルーカスが鬼ごっこかなんかと勘違いして逃げたのだろう。どんな勘違いだ。
まぁ恐らく。その直前までピースと鬼ごっこをしていたからだろうが……と、その重要なピースが見つからない。
だが、周りを見渡せばピースは一瞬で見つかった。柱にギッチギチに縛り付けられている。恐らく白華がやったものだろう。あまりに奇行に及びすぎるから、なんて理由だろうが。ピースは全く縄をちぎれずにバタバタとするばかり「離シテ!!!」なんて叫んではいるもののみんな各々の時間を過ごしていて完全にスルーである。日頃の行いを思えば当然のような気もするが。
煉霞はと言えば「作戦決行日だと言うのに本当に緊張感がないな。ないのは俺もか」なんてどうしようもない言葉を零す。
隣でいつの間に話を聞いていたのだろうか。イルフォードがにゅっと現れニンマリと口を弧にして笑う。
「いいじゃないか。こんな日常も。みんな緊張でガチガチになってるよりはマシさ」
そう、割といいことを言った。だけど煉霞は相も変わらず派手に大きな声で驚き座った椅子から転げ落ちてしまう。
イルフォードはまたそれをケラケラと笑ってそっと手を差し出してくる。
「僕の話聞いてた?」
煉霞はイルフォードの手を取って立ち上がる。
「…聞いては…いましたよ…でも…驚かすことないじゃないですか…」
とジト目で言うとまたケラケラ笑った。

「…じゃ。班割りもこれでいいな?」
「そうですね。」
そうわちゃわちゃと騒がしい竜胆アジト内とは思えないほど穏やかな挙動でボス2人は話している。
さて…と白華は少し息をついて大きめの声で言う。
「お前ら〜!作戦会議始めんぞ〜」
その言葉に緒環のメンバーは今までしていた行動をピタッとやめて白華のいるカウンターの方に歩いてきた。
「皆さんも集まってください。」
そんな正の声に竜胆のメンバーも反応して正と白華の方に歩いていく。
「ピースはそこな」
白華は縛られているピースに言う。
距離と言えばそこそこ近いため聞こえるだろうということだ。
その言葉にピースはあからさまに解いてくれないの!?みたいな顔をする。解くわけないだろ。なんて白華は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに返した。
「ピースちゃんと聞けよ〜。じゃ作戦内容を伝える。」
ピースは「聞ク!」なんて元気よく言っているが本当だろうか…なんて少し一抹の不安を覚えながら白華は作戦内容を読み上げる。
「お前たちには隠密班と戦闘班に別れてもらう。一応本部から傷の手当をする為の人員を少し割いてもらった。もし負傷したとかあればアジトに戻ってこい。引き際を間違えんじゃねぇぞ。
んで。その人数と班編成だが。基本1人2組になる。3人の班もできるがそれは気にするな。
ここまでわかったか?」
そう聞くとみんなこくりと頷く。
ルーカスはやっぱりよく分からなかったのかセレイアに分かりやすく今の内容を教えて貰っていた。
「班発表の前に。全員にひとつ通信機を渡す。誰か負傷したとかあれば連絡してくれ。あとこれは最重要事項だが…特位は見つけ次第容姿言動を確認出来れば離れろ。下手すると死ぬ可能性がある。…特に最上位、上位と戦ったことあるやつ。特位のこと舐めんなよ。あ、それと連絡も忘れんな。出来れば俺か正のどちらかが駆けつける。今回はあくまで情報収集だ。相手を倒せればそれでラッキーではあるが恐らく無理だからな。」
そこまで説明してから白華はわかったか?と言わんばかりに全員に目配せをする。今回は全員わかったらしくこくっと頷いてくれた。
「で。班編成だが。
隠密班
イルフォード、星那
隠密班はこの2人だ。2人には吸血鬼に見つからないように情報収集してもらう。頼んだぞ。」
そこまで言うとイルフォードと星那はしっかりと頷く。
白華はあとは頼むというように正に紙を渡すとどかっと椅子に座った。
「それでは。ここからは僕が言わせてもらいますね。」
そう言って正は紙を読み上げ始める。
「戦闘班
1班  白華、ピース、アリクレッド
2班   セレイア、ルーカス
3班  縁、煉霞
4班 アーナ、鉄紺
5班  正、碧
となっています。白華さんのところが3人なのは気にしないでください。班ごとに今から配置を言いますから聞いていてくださいね。」
そう言って××市の地図を開く。
「えっと、まず1班は…」
そう言いながら地図を指さしながら説明してくれる。全体の配置を見ると恐らく街を囲むように円形に並べられているのだろう。
「…以上配置です。分かりましたか?」
その言葉にみんなは頷くが星那とイルフォードが首を傾げる。
「僕達の配置は?」
「隠密班には配置はありません。できるだけ人にバレないように大きい力の方に近づいて欲しいんです。」
そう正は簡単に答える。
「大きい力…」
イルフォードが少し考える素振りをすると正は続けて言う。
「えぇ。つまり特位のことですね。隠密班の任務は主に、特位の戦闘力の把握、容姿、言動、能力。だいたいこの4つの把握をお願いしたいです。できることなら次の侵攻先も分かればいいですが……と言ってもこの4つのうち2つでも分かれば御の字です。何度も言っていますが相手の力は分かりません。ですから、見つかり次第逃げてください。見つかりそうと思ったら逃げてもいいです。分かりましたか?」
「…うん!分かりました!ボス!」
「了解したよ。」
そう2人が了承すれば、正はよしと満足そうに言い、そして白華に目線を向ける。
「指揮に関してですが…」
言いかけた正の言葉を白華は遮って言う。
「基本の指揮に関しては俺が引き受けさせてもらう。竜胆はいきなり違う人の命令を聞けって言われて嫌かもしれねぇが、指揮官が2人いると混乱するからな。俺に何かあった場合は正に指揮が移行するがな。仮にも今回は共闘だ。喧嘩しない程度に仲良くしろよ。」
そういつもの調子で白華はへらりと笑った。
「いいですね?」
正は少し硬い声でそう言うと全員の了解という言葉が重なった。


吸血鬼一族・拠点

リアナはお風呂から上がり少しさっぱりしたものの気分は優れず、二度寝もできる気がしないので朝ごはんでも食べようとキッチンに向かう。
するとトントンっと言う音がキッチンから聞こえる。誰か作っているのだろうか?そう思いちらっと壁から顔を出すと、キッチンに立っているのは。特徴的なオレンジ髪の仁だった。
リアナは、いいこと思いついたという顔をして仁の方に近づく。
「仁!」
後ろから声を掛けると集中していたのか仁は少しだけ驚いたように肩を跳ねさせこちらに振り返る。
「……リアナ…?…」
そんな仁の様子を無視してリアナは仁に詰寄る。
「ねぇ。今何作ってるの?」
「…何って…朝ごはん…?」
仁は突然の質問に首を傾げつつ答える。
「ちーがーう!そうじゃなくて!メニューを聞いてるの」
「は…ぁ?…メニュー?……普通に味噌汁と焼き鮭とご飯だけど……あと野菜…?…」
仁は自分の作っているものに少しだけ視線をめぐらせて言う。
「パンとかは?」
「特に用意はしてねぇな…なかったし…」
「…え〜…そっかあ……ねぇ仁。」
「?…んだよ」
「私のご飯も作ってくれない?」
そんな突拍子もないお願いに仁は少し驚くが、断る理由もない。作ったものをちらりと見てからまだ足せる範囲内だなと思うとあっさり了承する。
リアナはその言葉を聞いて満足そうに笑った。
じゃあよろしくねと明るく告げて椅子のある方に歩いていって大人しく座っている。
仁はほんの少し気味悪く思うがあまり気にしないようにして調理を続ける。
調理しつつリアナの行動の違和感を考えてみる。考えたところで何がある訳でもないが。
まぁまずひとつ。
いつものリアナならまずこんなに朝に起きてこない。現在時刻は朝の八時だ。リアナがいつも起きるのは午後4時ぐらい。早くても3時。夕暮れに起きて深夜に眠っている。
見た感じだと風呂にも入っているし、もう寝る気はないように見える。
そして2つ目。
いつものリアナなら「私のぐらい作って当然でしょ!」ぐらい高慢なセリフを吐く筈なのだが、今回はただお願いだった。仮にも仁は男だ。リアナは確か男嫌いだったはず、見下している存在にお願いはしないのが普通だ。
というかまず、嫌いな男が作った飯を食って嬉しいのかどうか……気にかかる点はいくつもあるが頼まれた以上はやってしまうのが仁の性分で、ぐるぐると考えているうちに完成してしまった。
完成した料理を盛り付けリアナの元に持っていく。
コト、コト、と前にご飯、味噌汁、焼き鮭、副菜。全て順番にリアナの前に置いていく。それと同時に自分の席の前にも置く。
最後に箸を置いてこれでどうだ?と言うように確認気味にリアナの顔を覗き込んだ。
リアナは表情を明るく変え礼を言おうとしているのか口を少し開ける。あ、という言葉が聞こえる前に仁はどうしても気になることが口をついてしまった。
「どうした?なんか顔色悪いぞ」
その言葉にリアナの笑顔が固まる。
「…ぇ……ぁ……そん…なに…酷い顔…してた…かしら…」
酷く震えた声だ。目の焦点も合っていないように感じる。
「…おい…?…リアナ?」
少し不安に思い仁は手を伸ばす。
「…ぁ……や……だ……」
仁の手を見て小さくリアナは拒否するように呟くがその瞬間ふらりと椅子から崩れ落ちた。
倒れる1歩手前で間一髪、仁はリアナを抱き留めていた。
仁はほっと息を吐く。
触れてはいけない事だったのだろうか。なんなら先程拒否された気がするが不可抗力だろう。にしたって、このままリアナを放置はできない。正直ご飯も食べたい。
誰かに助けを求めたいが、先程も言った通り今は朝の八時。まず吸血鬼が起きる時間ではない。だからと言ってリアナの部屋に入ったら起きた時に怒鳴られるのは明白だ。
うーんうーんと悩んでいると後ろからこつこつと軽い足の音が聞こえる。
この音は、と思いつつ音の方向に目線を向ける。
いたのは仁同様起床の早い紅永だった。
「…あっれれ〜?…浮気現場かなぁ」
なんてリアナを抱きとめてる仁をみてニヤニヤと笑う。
「……んなわけないだろ…」
つい少し眉根を寄せて言い返してしまう。
「だっよね〜!知ってるよ!仁がそんな格好なの珍しくてつい」
なんてけらけら笑っている。本当によく分からない。
紅永と言えば会った時からかなり印象が変わった。最初は人を殺したいだけのクズだろうか。なんて思っていた。その傲慢さがいつか身を滅ぼすだろうなとも。その印象は今も変わっていないのだが、最近の言動からだいぶふざけたやつなんだな。と窺い知れた。まぁそんなことはさておき、言いたいことを飲み込んで仁は口を動かす。
「紅永。ちょっと助けてくれよ。コイツのこと部屋まで…」
リアナのことを頼もうと思いそこまで言うとそれを遮る形で紅永が言葉を被せる。
「ボクに運べって?…無理だよ〜。ボクそんな腕力ないし……うーん…なら緋緒呼んでくるよ。リアナが嫌がらないのは緋緒かディーバだし」
「えっ。緋緒さん呼ぶのか?」
緋緒に迷惑をかけるのは仁には些か申し訳ない。
「大丈夫大丈夫。じゃ。呼んでくるね〜!」
「えっ…ちょっま!……ってって……」
呼び止めようとするがもう行ってしまった。
緋緒なら今の時間は眠っているだろう。わざわざそれを起こしに行くとは、中々の苦行だ。なんとも人使いが荒いというか、なんというか。そう思いながらもリアナを何とか抱え、仁はソファーまでリアナを連れていく。
ぽふんとリアナを丁寧にソファーに置くとふぅと息を吐いた。
それにしたって突然倒れるなんて一体どうしたのだろうか。また仁が少し考えに耽っていると後ろから寝起きであろう緋緒がぬっと現れた。
「…!?……えっ…あ。緋緒さん……おはようございます…」
少し仁が驚いたのを見ると緋緒はまだ少し眠たそうな声で「おはよう」と言ってきた。
「それで…リアナを部屋に連れていけばいいんだな?」
「え。あぁ。そうだな…いきなり倒れたから…」
「わかった。…ほら。リアナ、布団に行くぞ。」
そう言いながらリアナの手を肩に置かせ、リアナを少し持ち上げる。
引きずる様な形になるがそのまま緋緒はリアナを背負って部屋に戻っていってしまった。
それを仁は少し見届けて、このご飯どうしようか。と悩んでいると紅永が戻ってくる。
「…これリアナの分のご飯?」
「…あぁ…そうだけど…」
「食べる人いる?」
「…いない…」
「じゃ食べていい?」
「…どうぞ……」
「やったー!!」
そう言って紅永は嬉しそうな表情で椅子にぴょんっと飛び乗る。
いただきまーす!!と元気な声で手を合わせてもぐもぐと鮭とご飯を食べ始めた。
仁はその姿を横目で見ながら自分の席に座り自分も小さく「いただきます」と言って白米を口に運んだ。

✣✣✣

セレイアが今日の朝使った食器を洗っていると、パキ、とひとつのマグカップにヒビが入る。
「…わっ、…?…古くなってしまったのでしょうか……それにこれは白華様の……」
そう呟き、セレイアは割れたマグカップの破片を集める。
「……白華様の身に、何も無ければいいのですが…」
そう呟いて自身の頬の十字を撫でる。
短く息を吐くとマグカップの破片を袋に入れ口を縛るとゴミ置き場に静かに置いた。
一抹の不安を抱えたまま、セレイアは食器洗いを再開した。

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