序章
白華達がピースの足跡を追って行くと獣の唸り声が聞こえた。
「ガゥゥゥゥゥ……」
まさかと思い白華がちらりと草むらから顔を出して声のする方角を見るとピースと熊が戦闘態勢で向かい合っている。
マズいと思い白華がピースを止めようと動いた瞬間ピースが雄叫びを上げて熊に殴りかかった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!!」
「ガゥゥゥゥゥゥ!!!!」
白華が慌てて銃に手を掛けた瞬間別の草むらから鉄紺が飛び出してきて薙刀を熊とピースの真ん中で大きく振って熊を追い払った。
「ふぎゃ!?」
びっくりしたようにピースが飛び退くと鉄紺はふぅとため息をつく。
「ピース。ここで何をしているんだ?…ボスと一緒だったのではないのか?」
そう聞くとピースの後ろの草むらから碧が出てくる。
「えらい元気やね。ピースさん」
「アオイ!ワタシトテモ元気デス!」
そんな見当違いな返しに思わず碧ははぁとため息をついてしまう。
「違うと思うが……とにかく…ボスたちが追ってきてるということは…はぐれたんだな。ピース」
鉄紺のその言葉と同時にガサガサと白華、イルフォード、ルーカス、セレイアが草むらの中から現れる。
「大正解だ鉄紺。……ピース!全くどこに行ったかと思えば熊と交戦だぁ?お前と戦って被害を受けるのは熊の方だろ。熊が可哀想だぞ」
ため息混じりに白華が言うとピースは元気よく答えた。
「クマ!強イ!ナラ戦ウ!」
「この脳筋が!!!!」
スパァンッと派手な音と共にピースのふわふわのアフロが叩かれ、びょいんびょいんと余韻で動いた。
白華はそれを無視し鉄紺達に声をかける。
「ところで鉄紺。碧。怪我はねぇか。」
そう聞くと2人とも少し体を見渡してから無いと答える。
その返答に少し安心したように白華は少し息を吐いた。
「なら早くアジトに戻るぞ。本部から連絡が来ているらしいしな。」
「そうだね。…あぁ。あとボス。先程逃げる吸血鬼を見たんだ。2人ほど人を抱えていた。」
そう鉄紺が言うと白華は少しの思考の後リアナのことかと気づき心配そうな表情で言う。
「あぁ。それは俺たちが交戦した吸血鬼だ。単騎で倒すにはちとキツイ相手だが…何もされていねぇな?」
「あぁ。碧の方をちらりとみて少し笑っていたが…特には。…強いて言うなら、少し禍々しい気配がした。あれはあの吸血鬼のものではなくて…もっと違う…残り香のようなものだった。」
「…それは俺も少し感じた。……気のせいかと思っていたんだが…鉄紺が感じたなら気のせいではないだろうな。……まぁいい。とりあえず凡そ事情はわかった。あとはアジトで詳しく聞こう。」
そう言って白華はアジトの方角に歩き出し、碧達も白華に付くように歩いていった。
同時刻、竜胆のアジトにて
「それで火急の用って…一体何があったの?」
少し不思議そうな声で星那が正に聞く。
「上層部から電話が来ました。任務についての詳しい書類はできるだけ緊急で送る、との事ですがとりあえず今は簡単に…ということで。」
正は若干どうでもよさげな声でそう言うと前もって机の上に置いておいた紙を手に取り読み上げる。
『個体討伐任務
特位の吸血鬼を討伐せよ。
見た目、名前、居場所ともに不明。
本部の推測では次に現れるのは××市。
至急討伐、情報を集めよ。
相手は多くの吸血鬼と精鋭グループも連れているようだ。そちらの調査も進めよ。
危険度 SS
今回の任務は不明な点も危険な点も多い。指示に従うことと命を捨てぬよう頑張っていただきたい。 健闘を祈る。
任務決行は1ヶ月後の 7月13日である。』
「との事です。」
そこまで読み上げるとアーナが疑問を口にした。
「ボス。キケンドエスエスってなんだ?」
キョトンとした顔のアーナに正はいつもの口調で説明する。
「危険度、というのはつまり死の危険性と言った意味と取ってくれて構いません。
危険度のランクはEからSSSまであります。危険度SSというのは上から2番目、死の危険性がとても高い。ということになります」
「!!なるほど……ま…まぁいい。いくら強くても僕が倒すまでだ」
ふんと鼻を鳴らしてアーナは言う。恐らくあまり事の重大さを理解していないのだろう。
反対に隣に座っている煉霞は階級と危険度を聞いたあたりから静かに震えているし、反対側の隣にいる星那は何となく状況が呑み込めてとても不安そうな顔をしている。
縁は神妙な面持ちでその話を聞いており、いつもの穏やかな顔はなりを潜めている。
アリクレッドと言うとやばいということは分かっているようだが少々緊張感に欠けるようで机にひじを着いてぼけっと話を聞いているようだ。
竜胆一行がそんな話をしていた頃、緒環はやっとアジトに着いて竜胆一行と同じように机を囲んでいた。
「で。ボス。本部からの連絡というのはなんだったんだ?」
そう自室から戻ってきた白華に鉄紺が声をかける。
「ん?…あぁ。…それがな、少しまずいことが起こっているみたいだ。」
「まずいこと。ですか?」
白華の言葉にセレイアが少し不安そうな表情をする。
「あぁ。これは本部から来た任務の依頼書なんだが……危険度がSSらしくてな。」
その言葉にピース、ルーカスを除いた団員がピタリと固まる。
ピースとルーカスは何の話かわからず小鳥が頭の上でピヨピヨ鳴いているようだがほかの団員たちは分かるようで、少し考えてから言葉を出す。
「どういうことですか。ボス。」
そうイルフォードが言うと白華は席にどかっと座る。
「そうさなぁ、とりあえず依頼書だ。…目を通しておけよ。」
ばんっととても丁寧とは言えない素振りで机に紙を置く。
全員は同時に紙を覗き込み黙読する。
読み終わると全員バラバラに違う反応を見せた。
ピースは何か強い雰囲気を感じとってか闘志を燃やしている。内容をどれだけ理解出来ているかは分からないが。
鉄紺はまずいと言わんばかりの顔で少し神妙な面持ち。眉間にシワが寄っている。後でなおしてやろうか。
碧もぎゅっと口を引き結んで次の任務への覚悟を決めているように見える。
イルフォードは何かが引っかかるらしく怪訝な顔をしている。
ルーカスと言えば、ピースと共に闘志を燃やしていた。戦闘狂故かわくわくしているようだ。
白華がセレイアの方向を向くとセレイアは厄介な相手と言いたそうな顔をしていた。
粗方周りの反応を見た白華は少し溜息をつき、説明を続行した。
「とまぁ。今回の任務は不明な点が多い。その上相手は特位だ。」
「ボス。特位とは、なんだ?」
そう鉄紺が首を傾げる。
知らないのも無理はない。特位はもうほぼ存在しないとされていた最上位の上である。
残っている文献上では今回のが初だ。
まぁ細かいことは白華にもわからない。おそらく詳しく知っているのは煉霞辺りだろう。
「特位。つーのは言っちまえば最上位の上だ。今残ってる文献上では初ってことみてぇだが。」
その言葉に一同はがたりと一斉に動き動揺する。
最上位より上?最上位ですら相手が大変だというのにその上なんてわかったもんじゃない。
被害のことを考えればまず生き残れるものは居ないと考えた方が正確だろう。そんな死地に私達を送る?上層部は一体何を考えているんだ。
そんな思考が鉄紺の頭の中に過ぎった。
皆似たようなことを考えているようで非常に怪しむような顔をしている。
そんな中で白華は涼しい顔で団員たちを眺めている。
「まぁ落ち着け。確かにこの任務は死にに行くようなもんだ。だがなぁ。コレを放っておいたら、表の世界の人間に被害が及ぶ。というか、もう被害は出てる。それも多数。それをほっとく訳には行かねぇだろ。」
そう白華は淡々と言う。
「ですがボス。お言葉ですがこの任務に向かって帰って来れる保証は…」
セレイアが至極最もな意義を呈する。
「まぁねぇかもしれねぇな。」
「でしたら…!」
「作るんだよ。俺が。ここにいる全員が。それに、俺だってお前らをそのまま死なせるなんてことしたくねぇ。被害だって最小限に抑えるつもりだ。意地でもな。……俺が絶対お前らを死なせない。それじゃダメか?」
そう白華はいつものようににやっと笑う。まさに信じろ、という顔で。
ここまで来れば頷かざるおえない。任務だって行かないという選択はあるのだ。それでも、みんなこの、特位という存在、精鋭グループという者たち。何となく、引っかかっているのだ。
確証はないが、強く引かれる何かがそこにはあった。
逃げる、という選択肢は最初からないようなそんな気がする。そうみんなが直感的に感じているのをわかった上で。このボスは、緑蘭 白華はこの任務を遂行すると言ったのだ。
皆様々なことを考え覚悟を決め、首を縦に振ろうとすると突然ルーカスが声を上げた。
「…白じぃじは、白じぃじはどーなんの…!俺たちを守って…白じぃじももちろん一緒だよなー?そうだよなー?」
そんな不安げな声で言うルーカスは白華の方にたっと駆け寄っていく。
白華はふっと笑って答えた。
「ったりめぇだろ」
その答えにルーカスは少しほっとしたような顔をするが、それでも不安なのか白華の隣にちょこんと座り直した。
団員たちもそれを見て各々の椅子に座る。
「それで?…覚悟は決まったな?」
そう白華が言うと全員一斉に返事をした。
一方、竜胆アジト
こちらは任務の細かな所までもう既に話していた。
「要は、××市で最近不審死が相次いでいるから、次、その特位が人を襲う時に現れるだろう…ってことかな?」
そう縁が言うと正はこくりと頷く。
「そういうことです。理解が早くて助かります。…この作戦は一般人を巻き込む可能性があるので気をつけるように、との上層部からの命令があります。あの市街一体は極力封鎖して民間人は逃がす…と言っていましたが、どこまで逃がすかは…僕にも分かりません。そこまで逃がすとも考えにくいですけどね。」
その言葉を聞いて星那と縁はうーんと考え始める。アーナはと言えばキョトン顔でよく分からないと言いたげな顔をしている。アリクレッドは分かっているのか分かっていないのかわからない顔で頬杖を付いてじっと周りを見渡していた。
「…ぁ…あの…」
突然煉霞が震えた声で正に声をかけた。
「…なんですか?」
正が反応してくれると煉霞は少しだけほっと息を吐いて言葉を続けた。
「特位…の吸血鬼とかの情報があまりに少なすぎる…ので…俺はこのまま行くのは無謀すぎると思うんです……それに多分…連れている吸血鬼に精鋭グループっていうのは…全員上位以上…だと考えるのが妥当かと…上層部が精鋭…と言うのは、上位以上のことですし……」
「はい。そうですね。」
正はもう既にわかっていたような顔で返事をする。
「……俺…少し家に戻って文献を漁って来ます。なにか有力な情報があるかも……正直、竜胆の文献だけでは集められるか分かりません…けど…あっ。俺数日で戻ります。任務開始日までには、必ず……大丈夫ですか…?…」
「大丈夫ですよ」
そう正はにこやかな笑顔だ。腹の底で何を考えているかは分からないが。
「それと……これは提案なのですが…えっと…緒環と…共闘とか、」
「…なるほど?いいね…私も考えていたところだったんだ。私も賛成だよ」
煉霞の言葉に縁も言葉を重ねる。
煉霞はその言葉にぱぁっと嬉しそうな顔をして良かった、と小さく声を漏らした。
正が共闘してもよろしいですか?と団員に返事を求めるとアリクレッドも星那も軽くにいいですよと許可をした。
アーナは「僕が倒すから意味は無いけどな。」と言いつつも了承してくれた。
正は団員たちの了承の言葉を聞くと緒環のボスである緑蘭にどう交渉しようかと考え始めた。
そこでふとあることに思い至る。正は迷いなくそのことを発した。
「煉霞……さん。緒環にある文献は見なくてもいいんですか?」
その言葉を聞いた煉霞はあからさまに凍ったように動かなくなってしまう。
正はまだボスとしては歴が浅く、緒環の歴史を知らない。だからこそ自分より知っていそうな煉霞に聞いたのだが、様子がおかしい。
嫌なのだろうか?いやそんなはずは無い。煉霞は緒環が嫌いとかそんなことは無かったはずだ。
それでも煉霞は動かない。
やっと動いたと思えば口から短く息を漏らした。
ぱくぱくと口を動かしてから震える声が出た。
「…ぁ…え…っ……と……俺…が言っていいかはわからない……んで…すけど…」
途切れ途切れでも話そうと頑張る。
「…緒環には…もうほとんど文献が残っていないんです。……残っている文献は最近作ったものばかりで……」
そこまで言うと皆一様に、なぜ?という顔をした。
当然の反応だった。
煉霞は震える声で続きを話す。
「…ほんの三十年ほど前、緒環は吸血鬼の強襲にあったんです。…俺は生まれてなかったので父から聞いたことしか知らないんですけど……その…その時に緒環の前ボスも亡くなったそうなんですが……強襲してきた吸血鬼がいなくなったアジトは殆ど虐殺されたと言った状態に近かったらしいです。」
「…それなら、何故、今も緒環は残っているの…?…ほぼ壊滅状態…だったということは生き残りは…いたのかい?」
そう縁が問う。
「…います…父が見ただけなので俺もどんな状態かは詳しく知らないんですけど……その…唯一の生き残り…って言うのは、恐らく、現緒環ボス、緑蘭 白華…さん…だと思います…」
「父から聞いた話だと…深緑色の髪をした青年だったと…俺が最近に緒環のボスの話をした時にあの時の青年だ、とか言っていたので、ほぼ確定かな…と…あまり詳しくは話してくれなかったので、断言は出来ないんですけど…その…」
「そうですか…」
正はそう言うがなんかもうすごく重苦しい雰囲気である。団員たちがお通夜状態になってしまった。
「あっえっと…このことはあまり話さないで貰えると……あまり詮索するのは…良くないと思うので…」
煉霞の言葉にみんなこくりと頷くが皆その動作すら重い。
煉霞が話さなければよかったかと酷く後悔しつつもなんとかみんなを慰めようとわたわたしているが何も思いつかず最終的にはしょんぼりと肩を落としてしまった。
同時刻、緒環アジト
こちらもやっと任務の細かいところまで話せた…が…それを理解できているのは、鉄紺、セレイア、イルフォードぐらいのものだった。
碧は唐突な信じ難い存在で頭が困惑しているし、ルーカスは聞いていたみたいだが途中でキャパオーバーで硬直してしまった。ピースに至っては倒せばいいと言わんばかりの表情でこちらを見ている。
こっち見るな。倒せばいいわけじゃないなんなら倒せないちょっと待て。
そんな言葉が出る前にため息が漏れる。しかもかなり大きめの。
そしたらルーカスが隣で震え出した。怒られる…と言わんばかりの顔でしょぼくれている。
大丈夫だぞ。と声をかけて頭を撫でるとほっと安心したように息をついた。
「……理解出来てない奴もいるようだが……とにかく、作戦内容は明日伝える。それまでに任務の内容を理解しておけ。…あぁそれと。…竜胆と共闘する可能性も視野に入れておけ。流石にうちだけでどうにかできるやつとは思えん。」
その言葉に碧がぴくりと反応するが特に何も言わなかったのでスルーした。少々我慢して貰わないとな。
「そういうことだ。今日は一旦解散する。しっかり休めよ〜」
そう告げて白華は自室に戻った。
吸血鬼一族、拠点
「へっっっぷしょいっ」
そう可愛いとも言い難いくしゃみをするのは体に見合わぬ玉座に座る白髪の少年。紅永である。
「噂でもされてんのかな…」
ずずっとすこし鼻水を啜り、そう呑気なことを口にする。
隣にいたディーバは呑気だななんて思いながら会話を振る。
「風邪か?それとも思い当たる節でも?」
「うーん特には?…もしかしてボクの討伐依頼とか出ちゃったかなーって!噂って言ったらそれぐらいしかないかなとか思った」
その推測は普通ならば嫌だと感じるようなものだったが、当の紅永は呑気に笑っている。
本当にこのボスは緊張感がない。出会った時の方が余っ程怖かった。
そんなことを考えているうちにほかの吸血鬼達が作戦会議用の大きな机を挟んで椅子に座って待っている。
紅永も全員が集まるのを確認するといつものようににこっと笑って話し始めた。
「さぁ、人間狩りの作戦の説明をしようか」
「まず、少し前まで祓魔師達にあまり攻撃しないように、と伝えていたけどそれはもう大丈夫。好きなようにしてね。」
紅永はひとりでペラペラと喋り、笑顔で話を続ける。
「さて。まず一番最初に手をつける場所だけど××市だよ。…理由と言っては特にないけど…多分祓魔師達が来る可能性がある。」
その言葉にもちろん全員嫌そうな顔をする。
当然の反応だ。
そこでノクスが素早く口を挟んだ。
「は?…だったら別の場所にしろよ。邪魔な奴らが来ないところの方がいいだろうが」
「ん〜…そうしたい気持ちは分かるけど…邪魔だからこそ誘き寄せるんだよ。…来たら来たで返り討ちにするか殺しちゃえばいいでしょ?」
にこやかな笑みで言う紅永をノクスはひと睨みする
「ンなのハイ賛成なんて言えるわけねェだろ。俺はやらねェ」
そう言ってノクスは足を組んで紅永を煽る様に見る。
「××市にいる人間はいくら殺してもいいよ。それでも?」
「ンなもん他のところでやりゃあいいだろ。これは俺に全く利がねェ、だから作戦には参加しねぇ。…話はこれでしめェだ。」
そう吐き捨てるように言うと椅子から立ち上がると自室に戻っていってしまった。
「…紅永。いいのか?」
ディーバが聞くと紅永は笑みを崩さずに答える。
「無理なら仕方ないさ。まだ時間もあるし……好きなようにさせるよ。…ま、それはともかく。今回はできるだけ多く人を殺して来て欲しいけど、祓魔師達は誘き寄せて、できるなら各個撃破で。…配置…とかは特に決めるつもりは無いし一緒に行動してもいいよ。くれぐれも下手に損害を出さないでね。」
そう言うと紅永は立ち去ろうとする。
「ちょっと待ちな。あんた全部私達に投げる気か?」
そう緋緒に止められる。
「……全部投げる訳じゃないよ。…少し相手の戦力を把握したいだけだし。…それにボクは、キミ達に好きなようにしていいよって言っただけだよ。…あぁでも作戦に参加しないなら言って欲しいな。みんないきなりいなくなっちゃったら悲しいし。…ね」
そうくるりと振り返って紅永が言うとその場にいる全員がビリビリと圧を感じる。紅永は笑みを崩さない。
この場にいる全員は殆ど分かっている。自分がここに連れてこられた時に感じた圧。
紅永という強大な存在故の本能に『格上』だと言うことを植え付けてくる。
とても不快だ、と緋緒は少し歯噛みをした。
しかしその圧はすぐ消えた。
「てことだからさ。それと…祓魔師達とは多分結局対峙しなきゃ行けないし。邪魔な奴らはさっさと排除した方がいいじゃん?…だから今回はそのための下準備…とでも思っておいて。…最後にひとつ。ボクはキミ達の自由を縛る気は無いよ。だけど…キミ達に力を貸してほしいのは確かなんだよ。それだけ覚えていて欲しいな。」
それだけ告げると紅永は踵を返して自室に歩いて行ってしまった。
全員が紅永が去るのを見届けるとその瞬間各々、行動に出はじめた。
ディーバは前線に出る気にはなれないため、立ち去った紅永に何やら交渉を持ちかけようと紅永の自室に行ったようだ。
緋緒はと言うと、祓魔師を殺してはいけないと言う命令も解けた、何か我慢することは無い。とにかく作戦決行までゆるりと準備をしよう。そう考えていた。
フェールデは人の阿鼻叫喚が見れるともう既にかなり上機嫌である。気が早い。
仁はそっとポケットの指輪に触れる。これを返す機会はあるかと少し皆と別のことを考えていた。
そしてコバルデ。さっさと祓魔師達を倒して紅永に血を貰おうなんて虎視眈々と考えているようだ。浅はか、と言わざる負えないが周りはもう今更のように流している。
リアナと言えばそれなりに作戦をこなすぐらいにしようと考えそのまま自室に戻って行った。誰かと行動しようかと考えていたがみんなやりたいことがあるようなので、やめようと考えたようだ。
そして早々に席を外したノクスだがもう特に縛られるものはないということで既に今晩から血を喰らいにいこうと考えていた。
紅永の自室にて
「さて……もうある程度種は撒いたし…あとは祓魔師達の小手調べぐらいだね…さて…いい人材とか居たりするかなぁ。…ふふっ。楽しみだね」
そう独り言を呟いているとこんこんと扉を叩く音がした。
「どーぞ〜」
「紅永。入るぞ。」
そう言って入ってきたのはディーバだ。
「…なんだ。いやに上機嫌だな…まあいい。…作戦のことだが、私は少し、前線から離れたい…構わないか?」
「…いいけど…コバルデは多分前線に出るよ?…いいの?…」
「……構わない。コバルデならなんとかなるだろう」
少しの思考の間があるがデイーバは迷いなく答える。
「そっかそっかァ。ならいいや。で。前線から離れたいのは…人を殺したくないから…かな?…」
そうにこりと笑って紅永は問うた。
返答をするディーバはまるで悪い事をした子供のようだ。
「…そうだ…」
「…うんいいよ。別に。それならどこにいるつもり?…」
「………ここに…と言いたいところだが…それはダメだろう?」
「…うん。ディーバ。ボクはキミにも祓魔師の戦力を把握してもらいたい。…居るとしたらボクの傍…と言いたいけどボク動き回る気満々なんだよね。…そうだな…下手に動かなそうな…仁とかと一緒に行動して欲しいな。あっ。やっぱリアナの方がいいかも。リアナなら守ってくれると思うし。前線にも行かないよ。」
にこにこと紅永は微笑みながらそう説明するとディーバは納得したようにこくりと頷いた。
「わかった。そうしよう。……助かる。」
「いいえ〜」
ディーバはそれだけ言って部屋を後にした。
「さぁて。今回の作戦は雑でいいけど…次はちゃんと考えないとね…拠点が突き止められたら攻めいられるのも時間の問題だし…まずは祓魔師殲滅…それと…街を二三個潰させるのが目標かな…」
そんな悪趣味なことを言いながら紅永はくすくすと笑う。その笑みは何か楽しみなことを待っている少年にしか見えなかった。