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序章


吸血鬼一族アジト ボスの部屋にて

「うーん…やっぱりディーバだけだと危ないかなぁ…2人とも近接向きじゃないしなぁ…」
そう少年の呑気な声が部屋に響く。
少年は体には不釣り合いなほど大きいふかふかの椅子に座り、これまた不釣り合いな大きな机に肘掛け、頬杖を付いている。
少年の両サイドには山のように積まれた書類がある。どうやらなにかの仕事をしていたようだ。
しかし少年は仕事そっちのけで真ん中に白紙の紙をおいて困った表情を見せている。
先程この少年、紅永はディーバにコバルテの回収に向かわせた。そろそろ会議が始まるからである。
しかし紅永の予想している状況通りだとすれば、コバルテは今頃祓魔師に囲まれていることであろう。
コバルテのことだ、ひとつの街であれだけ暴れていたら流石に炙り出されるのも時間の問題だと紅永も考えていた。
だが、予想していたとはいえ紅永にとって今コバルテか死ぬのはデメリットが大きすぎる。
そこでディーバに回収に行かせたのだ。
紅永はそこで戦力は足りるのかと思考した。
行った後に考える話ではなかったと軽く後悔するが、冷静に考えれば考えるほど危機的状況の可能性が高い。
コバルテのみ失うならともかく。とは思うが、コバルテはおそらく死に物狂いで帰ってくるだろう。そうするとディーバが残ることになる。するとどうだろう。これはディーバが死ぬ。そう紅永は頭で結論付ける。
だからといって自分で助けに行くのはすごく不本意だ。
「…ボクも今回は少し見通しが甘すぎたかな…」
そうボソリとため息混じりに呟いた。
すると紅永の部屋の書物を眺めたりして、暇そうにしていた緋緒がこちらを流し見て言う。
「何かあったか?あんたがため息をつくなんて珍しい」
そう言い不思議そうな表情をする。
「いや特に……」
紅永は緋緒に視線を合わせ、そうはぐらかす。
が、その瞬間ピコーン!と頭にアイディアが浮かんだ。
そうだ。緋緒を行かせればいいのだ。
そう思ってから紅永は戦況を計算し直す。今緋緒が行けば祓魔師は確実に痛手を追うだろう。
しかしこちらに緋緒が居るということが先にバレてしまう。それは紅永にとってはデメリットがある。
そう考えまた頭を悩ませ始めるとコンコンとドアからノック音が聞こえた。
「どうぞ〜」
紅永が返事をすると派手に扉の音を鳴らして無言でズカズカと白髪の長い髪をたなびかせた女が入ってくる。
書類をある程度抱えたその女性は紅永の机の上にその書類をドンッと音を立て、置く。
「っはぁーーーー!ほんっと!こんな重いもの運ばせるなんてレディに頼むことじゃないわね!紅永!あんたこの借りはきっちり返しなさいよ!」
ふてぶてしい、甲高いが芯のある女の声が響く。
紅永はさっきの考え事を引きずっていたのにこの女、リアナに水を刺されて少し不機嫌になったような顔でリアナを見たのだが、紅永は特に何か言い返す様子もなく、リアナと目があった瞬間何かを思いついたようにパッと表情を明るくした。
「リアナ。ちょっと救援に行ってもらえる?」
そう何気ない声で言った。
少しの間があり、リアナが軽蔑した視線を紅永に向け言う。
「…紅永。あんた今私が借りを返しなさいって言ったそばから借りを作る気なのかしら?」
冷ややかな声が紅永を突き刺すが紅永はそれを気にしてもいないような話し方で話を続ける。
「まぁまぁいいじゃん。助けるって言ってもディーバを助けてくれればいいからさ」
その言葉にリアナは少しキョトンとし、軽蔑の視線を幾分か和らげる。
「…ディーバちゃん?…なんでまたディーバちゃんの救援なんて……ディーバちゃんあまり前線には出ないはずじゃないの?」
「それはそうなんだけど、実はコバルテの回収に向かわせちゃってね。多分今ピンチだからさ。」
「……紅永…それはつまり…あのクソ野郎を助けに行ったディーバちゃんを助けてこい…そのうえで2人を私が回収して来いってことかしら」
コバルデの名前を出した瞬間、リアナは再び視線を冷たいものに戻し、軽蔑の籠った声でそう言われる。
「ご名答!」
紅永がおちゃらけた様子でそう返すと、リアナは癪に触ったのかキャンキャンと喚いた。
「あのね!?ディーバちゃんだけならともかく!なんであのコバルテとかいうクソ野郎まで助けなきゃ行けないの!?第一!他にも適任がいたでしょ!ほら」
「1番リアナが適任なんだよ」
話を続かせないように話に割り込むように怒ったリアナに紅永は続ける。
「それにさ〜…」
そう言いながら紅永はリアナの耳元に口を寄せ、甘い言葉を囁いた。
「後で緋緒とお出掛けする休暇なんてあげちゃうよ?一日だけだけど」 
リアナはその言葉に顔色ひとつ変えず紅永から瞬時に距離を取り紅永の頭をはたく。
ペンッという地味な音が鳴ったが少し加減してくれたようで、あまり痛くはない。
「…ふん。そこまで条件を揃えてくれたら助けない訳には行かないわね。コバルデなんてのを助けるのはとぉっても不本意すぎるけど。休暇のために多少頑張るわよ。…あと紅永。私に半径1m以内に近づかないでよ。私別にあんたのこと嫌いなの。……ふん。じゃ。」
リアナはぶっきらぼうに捲し立てそう言うと盛大な音を立てて扉を閉め、部屋から出ていってしまった。
紅永はそれを満足そうに見て椅子に座る。
「けーかくどーり。なんちゃって」
紅永がケラケラと笑っていると緋緒がジト目でこちらに話しかけてきた。
「リアナに何を言ったんだ?」
「…ん?…すこーしご褒美をつけただけだよ」
そうまた、紅永は笑って誤魔化した。


同時刻、ディーバとコバルデは祓魔師と戦闘を繰り広げていた。
と言ってもコバルデはほとんど攻撃もせず祓魔師達の攻撃を避け、彼らの目を欺くことを考えていたし、ディーバは銃のクールタイムに苦しんでいた。
それも当然だろう。
多勢に無勢。その上、竜胆のみならず緒環からピースと白華の応援が来てしまっている。
2人共能力を使うには不利すぎる状況下なのである。
ディーバ達の限界は直ぐに来た。コバルデはかなり壁に追い詰められているし、ディーバは縁の植物の茎にからめとられてしまっている。
「くっ…!離せ!」
ディーバはバタバタと藻掻くがビクともしない。
「悪いね。君たちを生かして返す訳には行かないんだ」
にこやかに告げる縁の声は硬い。
ディーバがせめてコバルデだけでもと思っていると、
バツンッと茎の切れる音がした。
ディーバは切れた茎の部分から真っ逆さまに落ちると思い目をぎゅっと瞑る。
しかし即座に誰かに抱き抱えるように捕まえられ、ふわりと宙に浮く感覚があった。
「ほんっと!祓魔師のやつってなんでこうなのかしら。レディは丁重に扱えって言われないの!?」
甲高い元気な女性の声が路地裏に響く。
声の主は背中の赤黒い小さな翼をパタパタと動かしディーバを抱えるように宙に浮いている。声の主は白髪の長い髪をハーフツインでまとめ、黒を基調としたゴスロリを身につけたリアナであった。
突然の来訪者にその場にいた全員が一瞬動揺するがその中でアーナが声を上げる。
「なんだ貴様」
冷ややかにリアナを見るがリアナは特に気にした素振りもなく面白そうに目を輝かせる。
「あら。なんだ、可愛い子いるじゃない!でも声からして男っぽいわね…男っぽい女の子も好きよ私」
ニコニコ笑顔で言う。アーナはリアナに女と間違われたことを心外に思ったのかより一層リアナを睨む目を厳しくして声を大にして主張する。
「僕は男だ!」
その言葉にリアナが驚いた顔をしてからなにか返そうとするとリアナに抱えられているディーバがそっと声をかけた。
「リアナ…そんなことを話している場合では…」
「あら?…あぁ。…あいつを助けろってことね…」
そうリアナが心底面倒くさそうな声で言うと風のような速さでコバルデが対峙していたアリクレッドの前から消える。
気づけば宙を浮くリアナの真横に、リアナの赤い羽が変形し、手のような形をとった羽に巻き付かれて捕まえられている。どちらかと言うよりかは吊るし上げられているといった表現の方が正しい気がするが。
「あーあ。ほんっと面倒ね。ディーバちゃんだけ助けるならまだしも。このヒョロガリまで助けなきゃ行けないなんて!しかもあんた、可愛らしいレディになっちゃって!ほんっと気色悪いわね!」
リアナは不快そうな表情で怒り、そう訴えている。
周りからしたら何の話かさっぱり分からない。
しかし、白華、ピース、縁はリアナの実力が分かっているようで、殆ど身動ぎもせず固唾を呑んでいる。いや、ピースは既にうずうずしている。白華に止められているだけである。
リアナは言動、行動から一見ディーバやコバルデ程は能力がないように見える。
しかし、少なくともこの周辺の祓魔師達、数人の索敵をかいくぐってここまで来た上、ディーバを的確に救出しコバルテまで捕まえているのだ。そこだけを鑑みれば相当な実力があると考えるのが妥当だ。
リアナの言動から、こちらが完全に見くびられていることは確かなようだが。
「ねぇねぇそこのかわいこちゃん。悪いけどそこの2人離してくれないかな?俺たちその人たちに用があるんだよね」
そう軽くアリクレッドが話しかけてみるが、リアナはアリクレッドを見て表情ひとつ変えず答えた。
「あら。人間にも私の価値がわかるやつがいるのね。でもこの2人を渡すことは出来ないわね。コバルデならともかく…ディーバちゃんは渡さないわよ。て言ってもコバルテを差し出すのもディーバちゃんが嫌がるから結局は出来ないの。諦めてちょうだい」
アリクレッドはあーあ、残念。と思ってもいないような言い方で残念がる。
コバルテは助かったのをいいことにリアナの後ろで気色の悪い笑みを浮かべている。ディーバは流石に同性とはいえリアナにお姫様抱っこをされているのを恥ずかしそうにしていつ下ろしてくれるのだろうと思い始めていた。
「さーて!2人の救出も終わったし私は帰らせてもらうわ。ばいばーい。祓魔師さん達」
リアナはくすっと笑って踵を返し、その場を立ち去る。
ピースがすかさず「ニゲル!ズルイ!!待テ!!」と声をかけるがその声は虚しく路地裏に響き渡るだけだった。

✣✣✣
「ニゲタ!ズルイ!」
リアナの逃げたあとを指さしてピースが不服を訴える。
白華はその訴えを軽く「はいはい」といなしつつ、竜胆一行に怪我がないか一通り見渡す。どうやら誰も怪我らしいものはしていないようだと安心して少し息を着いた。
竜胆一行はリアナ達に逃げられてぽかんとしているアーナ、星那を差し置いて皆各々の行動をしていた。
縁は正に吸血鬼に逃げられたという旨の連絡。
アリクレッドはリアナに振られてしまったため少し口をとがらせていた。大方メアドぐらい交換させてもらえばよかったかななんて思っているのだろう。
そして煉霞。煉霞は何かを真剣に考えている様子であったが何か思いついたのかばっと顔を上に上げた。
「…え、縁さん…!その…お話が…」
珍しく役に立てるという喜びなのかいつもより明るい顔で電話をしている縁に声をかけるが、電話の邪魔をしてはダメだと声をかけてから気づきまた酷く申し訳なさそうな表情になってしまった。
縁は相手が正のおかげかあまり気にせず、携帯から耳を離して煉霞ににこやかに声をかける。
「何かわかったのかな?」
そう優しげな声で言うと煉霞は少し安心したように息を吐き、話を始めた。
「え…ぇ。……さっきの吸血鬼達の情報を思い出しまして。…良かったら正くん…じゃなかった、ボスにも聞いてもらいたいなと…」
縁はにっこり笑って、いいよと軽く言うと電話をスピーカーモードとカメラモードに切り替える。
「その、えっと、さっきの吸血鬼の情報なんですけど……」
煉霞が話そうとすると、白華が煉霞に近づいてきて言う。
「さっきの吸血鬼知ってるのか」
「ぅえっ!?…あっ…えっと…知ってると言いますか…ここ近年300年の吸血鬼の資料の中に名前がありましたので…覚えてます…ご…説明…しましょう…か?…」
煉霞は突然来た白華に動揺しつつもつっかえ気味だが必死に話す。
「あぁ。うちも情報が欲しい。良ければ話してくれないか」
白華は一瞬考えるポーズをしてから顔を上げと答えた。煉霞は分かりましたと短く言いとある提案をする。
「なら、…これからボスにも説明するので……その…一緒に聞いて言ってください」
白華はわかったと返事をするがその後ろにいるピースにはなんのことかサッパリでよくわかってない顔である。
さぁ、と煉霞が話すため周りを一瞬見渡すと、この場にいた全員が電話を持った縁と煉霞を囲むように集まっていた。どうやら先程の情報という言葉を聞いて集まったようだ。
皆相手の情報ぐらいは知っておきたいという気持ちなのだろう。
煉霞はその絵面の圧が凄すぎて思わずたじたじになるがなんとか話そうと言葉を紡ぐ。
「…えっ……と…さっ…きの吸血鬼…の話ですが……」
さっきよりもかなりつっかえ気味で話すのでみんなの圧が凄い。ちゃんと話せと言わんばかりである。
煉霞はその圧に余計ビクビクし、泣きそうになりながらながら頑張って話し始めた。
「…さっきの小さい方…ディーバと呼ばれていた方から……説明…させていただきます…ね…。ディーパのフルネームはDiva・anarchy(ディーバ・アナーキー)。…階級は少し前まで最上位とされていましたが最近弱体化と人間に危害を加えていないことから上位に繰り下がっています……能力の詳細は不明ですが、洗脳系で人を思い通りに動かすという能力です…。能力発動条件に関しては細かくわかっている訳では無いのですが…触れないと発動しないはず…です。…頭もキれるし体格を除けば運動神経も高い…厄介な相手です。…」
その説明を聞いて全員がふむと頷いたのを見て煉霞は話を続ける。
「次に……コバルデと呼ばれていた方ですが…こちらは不明な点が多いです……階級は上位ですが…能力に関しての情報が少なく……見た目に関してもあやふやなもので詳しくは分かっていません……すみません…」
そこまで話して煉霞はどんどん話し方がしりすぼみになり、肩をすぼめて俯いてしまう。
そこに縁は優しく煉霞に微笑みかける。
「煉霞くん、そんなに落ち込まないで。君のせいじゃないから」
煉霞はその言葉聞いてほんの少し顔を上げて緊張していた頬を少しだけ綻ばせた。
「あ…りがとう…ございます……」
「ん?なぁ?煉霞。あのリアナって呼ばれてたかわいこちゃんの情報は?」
そうアリクレッドが不思議そうに首を傾げる。確かに今現れた吸血鬼は3人だったのに対して説明は2人分しかなかった。
「へぁ…?…リアナ…えっと…申し訳ない…んですけど…リアナさんの情報は知らないんです。…恐らくまだ生まれて200年たってないんじゃないかなと…それぐらいしか分からない…です……俺が知ってるのは250年以上生きていて認知されてる吸血鬼だけなので………」
ややつっかえ気味に煉霞が説明すると、アリクレッドは知らないなら仕方ないと言って笑った。
そうして周りも必要な情報を手に入れ納得したような表情をしていた。
そこで、唐突にずっと聞いていた正が携帯の奥ではっきりと声を発した。
「本部から火急の知らせが来ました。…全員早くアジトに戻ってください。次の任務について話します。…それと白華さんそこにいるんですよね?」
「ん?あぁ。」
「恐らく緒環にも同じ伝令が届いていると思います。団員を集めて早急に伝令の内容を説明してください」
その言葉に白華は一瞬何かを考えるような間を置くが、直ぐに気にしていないような素振りで不敵に笑う。
「わかった。その調子だと恐らくいい知らせではないんだろうな。……俺は早急に団員達に連絡をする。正。無理すんなよ。」
そう声をかけると、さっさとピースを連れて白華は路地裏から出、片手間で団員達に電話をかけつつ去って行った。

正は白華が行ったことをすぐ把握し素早く話を戻す。
「ということで。竜胆の皆さん、アジトへ急いで帰ってきてください。今回の報告もアジトで聞きます。」
そう端的に答えて電話を切った。
「…さ…私達も早急に戻ろう。」
縁が携帯を仕舞って言う。
「そうだね!急ご〜!」
星那は元気よくそう言って路地裏から一番乗りで飛び出して行ってしまう。アーナとアリクレッドはそれを追うようにして路地裏から出る。
縁も続いて出ようとするが煉霞がさっきの位置から止まって動かない。
「…どうしたの?…」
縁が声をかけると煉霞は酷く慌てた声で言った。
「…指輪……手首にかけてた指輪を…無くしてしまいました……」
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