序章
竜胆アジトにて
酒場のひとつの机に竜胆の団員たちが集まっている。
その中心にいるのは、屈強な人達に囲まれているとは思えないほど堂々とした少年、竜胆のボスの正である。
正が口を開くと団員達は黙りこくり指示を聞く。
「ということで。今回の任務はこちらです。」
正が凛とした声で告げる。
「へぇ。…これか…」
かなり大柄の黒髪の男が任務が書いてある用紙を眺めている。
「あっ。あの…!…彼方さん…そ…の任務…俺にも見せて貰えませんか…?…」
そう、赤髪の青年、煉霞が黒髪の大柄な男、縁に声をかける
縁はにこりと笑って「どうぞ」と快く煉霞に紙を渡した。
煉霞が任務の紙を縁から受け取ると全員が煉霞の手元の任務の紙を覗き込む。
煉霞はさほど大きくないから皆にとっては見やすい高さなのだろう。
煉霞は覗き込まれたことで少しびくりと怯えた表情を見せるが、動揺してはいけないと思ったのか無言でかちんこちんに固まってしまった。
その真横に青色の髪をした青年、アーナがいるが、高さ的に見にくいのか少し背伸びをしている。
「おい貴様。もっと位置を下げろ」
痺れを切らしてアーナはそう言う。
「あっ。見にくかった?アーナくん。…ごめんね。俺が見てる位置だと高いよね…」
煉霞は慌てたようにそう言って少し屈んで位置を下げるがアーナは最後の一言が気に入らなかったのか、煉霞をギロリと睨みつけている。
それに煉霞も気づいて若干涙目でビクついていた。要らないことを言ったせいだとは思うのだが本人に自覚は無いらしい。
そんな茶番はともかく、煉霞の手元にいた星那が任務の用紙を見て呟く。
「…なになに?…吸血鬼の戦力調査及び捜索、討伐……範囲は…ガラン町全体。…広いね〜…」
「そうですね。最近ガラン町では人の失踪が多発しているらしいです。見つかった人もいますが大体は死んでいると。」
そう正が説明するとアリクレッドが口を挟んだ。
「どれぐらい失踪してるの?」
「正確な人数は分かりませんが10人……15人以上は消えているとの情報です。死者は今のところ6人。他は行方知れずとなっているそうですよ」
冷静に正が返すと少し考えたあと驚いたように星那が言う。
「……ってことはクラスの半分ぐらいってこと!?」
「そういう事になりますね」
だいぶわかりやすい例えだったが、正はそれにはリアクションせず淡々と話す。
「それは結構な数だな!……ってことはその吸血鬼って強いんだろうな…」
「推定では低くても中位…上位かなって言われたよね」
アーナがそんな推測をすると縁が話の間に入り説明を付け足してくれる。
「そうですね」
「だから今回はボスをここに残して…じゃなかった。ボスに安全なここで司令をしてもらって私達が探索するって形にしようと思ってね」
縁が作戦を説明する。正は既にわかっていたようだったが、縁の”残して”という言葉が少し癇に障ったのか僅かながらぴくりと眉が動いた。
団員たちに特に不満はなく皆了承の返事をした。
ということで竜胆の団員達はボスをアジトに置いて司令や団員の位置把握等をしてもらうことにし、副ボス以下の団員は探索に行く事にした。
そこまでの準備はかなり早く皆テキパキ準備をして出発の準備を整えた。
一方緒環。竜胆の祓魔師達が会議と同時刻
こちらは中々にうるさかった。
全員が思い思いに話しているため何も話がまとまらない。
とうとう白華、ボスが痺れを切らして声を荒らげた。
「お前ら1回黙れ!!まだ任務の内容も把握できてねぇだろ!」
その声で大体は静かになったのだがピースは止まらず元気よく話す。
「アクマ!殴ル!倒ス!ワカル!」
「うるせぇ!今からその説明をするんだよ!分かってねぇだろ!」
そう白華に言われてピースもピタリと静かになった。
白華はふぅと疲れたようにため息をついて任務の書いてある紙を鉄紺に渡す。
「鉄紺…読んでくれ」
「あぁ。了解した」
そう端的に鉄紺は返事をすると任務内容を声を出して読み始めた。
「ガラン町で失踪事件が多発している。軽い周辺調査によると吸血鬼が関わっている可能性が強いと判断された。そのため祓魔師たちに指令を出す。
【任務内容】
ガラン町に潜んでいると思われる吸血鬼の捜索及び殲滅。
との事だ」
鉄紺が読み終わると各々不思議に思ったことを言おうと思ったのか一斉に声を出し始める。
そしてまたがやがやとうるさくなると白華がふぅとまたため息を着いて、先程よりは落ち着いた声で全員に注意をする。
「お前らが疑問に思ってることは大体検討が着く。それを今から説明するから1回黙れ」
皆、流石に2度目なのでそう時間もかからず黙った。
「…そうだな。碧。何かが引っかかっているような顔だな。なにか質問があるんだろう?」
「…質問してええん?」
「あぁ構わん」
碧と呼ばれた青髪に白色のメッシュの入った青年はそう伺いを立ててから疑問を述べた。
「殲滅ってことは、吸血鬼は複数の可能性があるってことやろか…?」
「よくわかったな。そういうことだ。…何人いるかは観測されていないが殆ど時間差も無く違う地点で被害があったからな。恐らく何人かが結託しているのではないかというのが本部の推測だ。」
そこまで白華が説明すると碧も納得したようで、首を縦にこくこくと動かした。
ここからは吸血鬼の階級の話など、竜胆の説明と何ら変わないので割愛させてもらおう。
そして緒環の作戦の話になる。
緒環の作戦はこうだった。
鉄紺が少し声を張って説明を始める。
「2人1組でバディを組んで合計6人、ガラン町に派遣する。バディは私の方から指定しよう。
白華&ピース
鉄紺&碧
ルーカス&セレイア
以上だ。イルフォードにはまた別の任務がある。」
「えっ?どうして僕が…?」
鉄紺の言葉にイルフォードが不思議そうに言う。
「君が適任だからだ。受けてくれるか?」
鉄紺もそうキッパリと答える。
「そうなのか…いいよ。快く受け入れるよ」
キッパリと言われてはイルフォードも断る道理は無く、にこりと口元に弧を描かせて返した。
鉄紺はその言葉を聞いて満足したような表情をすると白華に向き直る。
「ボス。残りの統制は頼んだ。」
そう真剣な面持ちで言うと、白華はへらりと笑ってはいはい、なんて雑な返しをした。
そこからの行動は早かった。話し合いに時間を要していたが、それを取り戻すかのように全員がテキパキ動き出す。白華の的確な指示にも全員が息を揃えたように反応し出撃の準備を整えることに成功した。
緒環の団員達が準備をしてガラン町に向かっている間、竜胆の一行は既にガラン町に到着していた。
「ここのはずだけれど…特に事件があったというようには見えないね…」
そう言う縁の視線の先にはいつものような人集りが出来ている商店街がある。
「かなり賑やかだな」
アーナの言う通り商店街はかなり賑わっていた。
そこで縁はふと気づいたように周りを見渡してから不思議そうな顔をする。
「おや?アリクレッドは…?…」
そう首を傾げると煉霞が答えた。
「ぇ、あ、…確かに…あっ。いました。そこで…」
煉霞が指さした先には女の子に声をかけているアリクレッドが居る。
その姿を見て縁は少し頭痛がしたが、まぁここまではよくあることなので流すとしよう。そう思いながら縁は溜息を着く。
「…えっと…吸血鬼を探索しないといけないんですよね…?…」
そう煉霞の控えめな声が聞こえた。
縁がそうだよと返すと煉霞は少し考えるようにしてから珍しく流暢に喋る。
「今までここで吸血鬼を見たという報告ってあったんでしょうか。さっき聞くのを忘れてしまったんですけど…」
縁もそういえば言っていなかったなと思い説明をした。
「実は明確な吸血鬼の目撃情報は無くて、決定的な証拠というものは無いんだ。でも毎回失踪した人はとある女性と仲がよかったり知り合いだったりしたみたいで…だけどその女性は最初の被害者なんだ。もう既に亡くなっていて死体も見つかっている。」
「…てことは…死人が生き返っている…とでも…?…」
「まぁ単純に考えればそうだね。…でもそんなことはありえない。だから吸血鬼なのではないかという疑いが立ったんだよ。」
「…そうなんですか…その最初の被害者の容姿ってどんな感じなんでしょうか…」
「…うーんと…写真が……」
そう言いながら縁が携帯を操作して女性の写真を探し始める。
その間煉霞は何を思ったのかアリクレッドの方を見てからキョロキョロしている。
「あ。あった。縁さん、これ」
「キャ----------!!!!!!!!」
煉霞の言葉をかき消すように甲高い声が響く。女性のものだ。
遠くにいたアリクレッドがあからさまにビクッと驚き 、他も同じように縁以外は驚いて悲鳴の方を見た。
あの声の響き方は路地裏だろう。そう考えるより先に煉霞の足は声のする方に駆けて行った。
✣✣✣
甲高い悲鳴が耳に届いた。耳を劈くような悲鳴。女性のものだ。ガラン町に着いてペアで行動をし始め早々にこれか。
そう思いはぁと溜息を着く白華。
「ピース。行くぞ。」
そう声を掛けるとピースは至って能天気つぶらな瞳を向けてくる。
「アクマ!?」
そう生き生きとした顔で言う。
「んなもん分かるか。だが、悲鳴を聞く限り強盗とかではないかもな。ほらさっさと走れ」
そう言って走り出すとピースも後を追って走ってくる。
ドスドスと音がしそうな走りだがそんなことを気にしている時間はないので白華達は悲鳴のした方に走った。
✣✣✣
自分の荒い息が聞こえるがそんなことは気にしていられない。声のした路地裏に飛び込むように入り込んだ。
路地裏に入った瞬間、明らかに重い空気が体を這った。咄嗟に前を見ると出血した女性の死体を抱えた三つ編みの女性が見える。その瞬間空気が軽くなったような気がする。
「……っはぁっ…はっ……大丈夫…ですか?…」
煉霞は必死に声を絞り出す。さっき必死に走ったのと自分の苦手な血を見たことにより平静を保つのが難しい。
激しく動く心臓を無視して出来るだけ相手に不安を与えないように話す。
女性は助けが来たと言わんばかりの顔でこちらを向いた。
気づけば少し遅れて縁達も追い付いていたらしい。
縁は煉霞に小さくお疲れ様と言い軽く背中をさすってから、女性に声をかける。
「大丈夫ですか?…怪我とかは…それとそちらの女性は…」
そう優しく声を掛けると三つ編みの女性は倒れている女性を投げ捨てるように離して縁に抱きつく。
「助かりました!…私…!さっき…っ」
そう必死にぼろぼろ泣きながら説明しようとしている。
縁は突然の女性の行動にギョッとして驚くが、一般市民の安全が優先だと女性に落ち着いてと宥める。
その時、アリクレッドの携帯から着信音が鳴った。
「?…はーい?アリちゃんだよ〜。どうしたのボス?」
アリクレッドが電話に出ると声を荒らげた正の声が入った。
「アリクレッドさん!!そこにいるのは吸血鬼です!離れて!」
「んなっ!??…あっ!縁!!そこの人吸血鬼!!!!離れて!」
突然の言葉にアリクレッドの頭は僅かの思考の時間を要するが、すぐさま頭が追いついたのかわたわたとしながらアリクレッドは縁に声をかける。
縁はその声に少し驚いてから素早く女性を見る。その瞬間再び空気が重くなり、殺気がその場にいる全員の体を伝った。
縁は咄嗟に女性を引き剥がし、距離を取る。
「おや…バレてしまいましたか。」
女性はくすくすと薄気味悪く笑う。
気配が明らかに変わった女性に対し、全員が武器を取りだし戦闘態勢を取った。
その直後、頭上から少し落ち着いているが幼さの隠しきれない声が聞こえた。
「コバルデ。こ…ボスが呼んでいる。早く戻ろう」
その言葉と同時に上から黒髪に真っ黒のワンピースを着た少女がふわりと舞い降りる。
「む。人間か…」
その一言は本人は軽く発したつもりなのだろうが上位の吸血鬼であるこの少女。ディーバが発した音は確実に威圧感があった。この場にいる祓魔師全員が不味いと認識するほどに。
「…上位……」
ぽそりと煉霞が呟くが、ディーバはそれを気にも留めず祓魔師達を見てなんてことないように声を発する。
「なんだ。戦うつもりか?……邪魔するようなら、相手になろう。」
そう言って銃口をこちらに向け、ディーバが引き金に指をかけたと思った瞬間、なにかピンク色の塊が飛んで来た。
それに気づいたディーバは即座にピンク色の塊に銃口を突きつけ発砲した。
ピンク色の塊は「ふぎゃっ」という情けない声を上げて後ろにごろんごろんと転がって行く。
起き上がったピンク色のアフロのムキムキの塊は無傷で、どうやらガントレットで銃弾を弾いたようだ。その勢いで吹っ飛んだのであろう。
全員がその唐突な動きにぽかんとしていると後ろからたったっと走って眼帯の男が追いかけてきた。
「ピース!…勝手に飛び込むなとあれほど…」
少々息を切らしていたが、ほんの数秒後にはもういつもの状態になっていた。
「アクマ!匂イ!シタ!」
そんなことをピースが言うと、眼帯の男、白華はやれやれと言った風に返す。
「そういう問題じゃなくてだな?まず敵を見ろ。あんなのあからさまに上位だろ。1人で先行したところで勝てる相手じゃないぞ」
ピースはばっとコバルデとディーバに視線を合わせ、その瞳を怪訝そうに細めてみる。
「コアクマ!ジョウイ?ワカラナイ!オンナ…アクマ?」
「あのなぁ。」
しかし分からなかったようで首を傾げてまたいつもの顔に戻ってしまった。
白華がなにか言おうとするとピースはそれを遮って言葉を続ける。
「ハッ!上位!ツヨイ!戦ウ!」
そうしっかりと言い張りまた飛び込もうとするが、白華はそれをほぼ反射でピースを鷲塚むことで止め圧をかける。
「お・ま・え・な…待てっつったろ」
いつもとは打って変わって少し微笑みながら暗雲立ち込める表情でピースを見る白華。明らかに怒っているようだ。ピースもそれを悟ったのか少しだけ驚いてからしゅんと大人しくなった。
白華はそれを見るとはぁっとため息を着く。
その後周りの視線に気づいたのかハッと気づいたような顔をしてからへらりと笑い誤魔化す。
「…はは…変なとこ見せたな」
アーナと星那とアリクレッドは誰だろうと言わんばかりの不思議そうな顔だ。
反面煉霞と縁はその眼帯の男、白華を知っているのか少し複雑そうな顔である。
「…あー……」
白華は空気感に耐えかね視線を彷徨わせた。
吸血鬼達は唐突に現れた突風のような存在に一瞬ぽかんとしてしまっていたが、思い出したようにこちらにディーバが銃口を向け直す。
「…お前らは…誰だ…」
警戒心MAXの声で言うが白華は気にする様子もなくホルダーから銃を出してディーバ達に向ける
「…答える義理はない。」
そう白華はいつものようににやりと笑って言う。
「ピース。戦闘態勢を取れ。始めるぞ」
白華のその一言でピースは床をグッと踏みしめ戦闘態勢を取る。
竜胆の一行も分からないことはあるがまずは戦いが先決だとディーバ達に向けて戦闘態勢を取る。
「逃げられると思うなよ」
白華が全員の言葉を代弁するように言う。
その言葉と同時にその場にいた全員がディーバ達に敵意を向けた目で見据えた。