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第6章


「貴方は人使いが荒いんですよ。本当に」
そうため息混じりに言うのは正だ。
歳に見合わぬ酷く大人びた口調にどこか過去の自分を見るのはこれで何度目だろうか。
「悪かったな。…そうだ、後でご褒美でもやると言っていただろ?なんか欲しいもの、あるか?」
そう言って白華がすこし笑ってみれば正はじと、とこちらを見て「そうですね」と悩む素振りを見せる。
昨日、白華達が竜胆の書庫に行く間正には吸血鬼のアジトらしき場所の調査をしてもらった。一日で果たすにしてはお釣りが来るほどの調査結果を出してくれた正には感謝しかない。お礼ぐらいいくらでもしようと思った。
正の答えを待ちながら白華はこれからの作戦に思考をめぐらせた。

今は作戦決行のため、移動中の車内だ。
吸血鬼のアジトらしき場所に向かっている。
作戦はこうだ。
夕刻辺りになったらアジト周辺に張り込み吸血鬼の一味が出てくるのを待つ。そして出てきたところを一網打尽。といった簡単な作戦。
最近は他の街でも失踪事件が多発している。これは確実に吸血鬼たちの仕業と見て間違いない。
今日も吸血鬼の奴らは食料を捕まえるためにアジトから出てくることだろう。
それを利用してアジトからでてきたものを捕まえその後に突撃。ピースにはその切り込み隊長をやってもらうこととなっている。
上手くいくかは五分五分と言った所だ。確証がない屋敷を襲う訳には行かない。証拠を捉えることも兼ねての作戦ではある。
上手くいくかを願いながら白華は目の前で悩む正を眺め、(こうしていれば年相応だな…)なんて少し考え同時に可愛らしいとも思いながら作戦決行に備えるため後ろでそわそわし続けているピースに「落ち着け 」と言った。

前の車がわいわいと騒がしい。もちろんこちらの車も騒がしいのだが。
前の車は白華達がいて主に竜胆の面々が乗車している。
そして今碧が居るのは緒環の面々が多く乗る少し大きめの車。こちらの方が人数が多い。
しかし前の車よりは静かだ。と言っても騒がしいことに変わりは無いのだが。前の車は定期的にギシギシと緒環の副ボスであるピースが暴れているであろう音が聞こえる。
わいわいと騒がしい車内を横目に、碧は既に持っていた書類に目を移す。今日の昼頃に渡されて穴が空くほど見た書類だ。
そこに書かれているのは特位についての事だったが、弱点だとかそういう類のものは何もなかった。
もう読んでも意味は無いと思うがまた目を通してしまう。
『特位について』
何度も目にした字だ。
だいたい少し右上がりの文字。途中に達筆になったかのように簡略化された字が混じっていることから、あの人はやはり自分より大人なのだと実感する。
煉霞が訳してくれた文章は非常に読みやすかった。
元々が読みやすいのかもしれないが、悔しいほど丁寧に訳されておりその上、手紙まで着いていた。
文面だけ見れば優秀なのだが、と何度か思った。
そんな思考を巡らしつつ続きを視線で追う。

『特位とはその名の通り特殊な階級である。
彼らは命や能力に関わる変わった能力を有し、強固な肉体を持ち合わせる。
彼らはとある血統でしか現れることがない。
(一部例外を除く)
完全血統主義の吸血鬼達にとっては、人間で言う貴族の名家のような存在なのだろう。
※血統主義:この時代の吸血鬼は先祖の血が濃いことと強さを重視していて、恐らく、特殊な血統が至上である。みたいなものだと思うよ』
ご丁寧に注釈まで煉霞の手で付けられている。
白華から聞いたところによるとどうやら渡した紙を訳しながら他の本を片手に調べ物をしていたんだとか。ご丁寧にご苦労なことだ。お節介も甚だしいがそれは言わないでおく。
そうしてまた続きに目を戻す。
『そしてこの血統は4つ存在し、彼らはそれぞれ特色を持っている。

1.蝶紋の一族(ちょうもんのいちぞく)
体のどこかに蝶を象った痣があり、その痣が大きければ大きいほど始祖の血が強い。
痣はどれも赤色で一定の条件下で広がる場合がある。』
蝶紋の一族。1番碧の目に付いたのはこれだ。
恐らく報告に上がっている紅永という吸血鬼はこの一族なのだろうと仮説を立てた。
何故か、なんて説明しなくともわかる。
白華は最も近くその紅永を見、戦闘をしている。
その白華から出た報告の中にあったのだ。蝶のような形をした痣が目の上にあると。
勿論それは皆が知っている報告だ。であるからこの書類には煉霞の手でこうも書かれている。
『※今回の主格である紅永って吸血鬼はこの一族である可能性が高いよ』
そんなの分かっている。
少しの苛立ちを感じながらもまた文章に目を戻す。
『彼らは特徴的な蝶の痣と共に白の髪を持っている。
そして非常に温厚で人に対しての警戒心が薄く、人に友好的な一族と言える。』
友好的?笑わせるな。そんな暴言が頭を過ぎる。
人を惨殺し、人をさらい、紅永の犠牲になった人間が何人居るかも知れない。
襲われた街は壊滅状態の場所も多く、生きている人間の方が少ない。
政府は吸血鬼の存在を隠したがり、原因不明の大量殺人として報道している。
何より、碧の大切な人であるセレイアを奪った。
その罪は重く、碧の復讐心を駆り立てるには充分過ぎるほどだった。
『能力は治癒促進、超再生などの自己、他者治癒に関するもので攻撃的な能力を所持していないことが多く希少性が高い。
生存競争において生き残る術を持たない一族であるが、それ故か生態系を崩しかねない強力な力を持ち得ている。
不死身の一族とも呼ばれる。
※ほかの文献によると傷付けられたその瞬間から治癒が始まったりするから攻撃しても死なないってことで不死身と言われているみたいだね』
やはりここが引っかかる。
超速再生に関してはわかる。何故かと言えばこちらも報告に上がっているからである。
傷付けられても気づけばそれが治癒されていたと話は聞いた。
しかし攻撃的な能力を所持していないことが多い、とはどういう事だろう。
報告に上がっている限りの紅永は怪力で、その上精神汚染や血液を操る能力を持っているとされている。どれも攻撃性の高いものだ。
第一、一人の吸血鬼が複数の能力を持つことが有り得ず、それは太古より変わらぬ原則である。
特例に能力のコピーや、他者の能力に介入すると言った複雑な能力は存在したらしいが、どれも使用者に大きな負荷がかかり、ろくに長生きした記録は無いらしい。
そんなことはさておき、こんな種族でさえ、スノードロップの攻撃を治癒するのには時間がかかるらしく、心臓を貫かれたり、瀕死の重症を負えば死ぬらしい。
『スノードロップの攻撃であれば殺すことが可能
人間において瀕死の重症とされるものであれば死ぬ確率が高く、スノードロップであれば即死させることも可能。
治癒能力に追いつかない攻撃をするという力技もある。』
書類にもそう書いてある。
しかし、上がっていた報告には、心臓を打っても治癒した。との事だった。
白華の報告が間違っているとは思わない。だが、本当にそこに心臓があったのだろうか。それとも他の絡繰か。
考え得る可能性に思考をめぐらせるが答えは出ない。
書類はここで途絶えており、もう少しメモしてくるべきだっただろうかとそう思いながら裏面を返す。
「あれ、…!?」
裏面にはまだびっちりと文字が書かれていた。
先程まであっただろうか。驚きで声を上げると横に座っていたイルフォードが反応しこちらに軽く視線を向ける。と言っても視線の動きは読めないが。
「どうしたの?」
「…や、なんでも…」
咄嗟にイルフォードの問いに答え、イルフォードも少し怪訝な顔をして首を傾げる。
異様に熱心に片手に持つ書類を見つめ出した碧にイルフォードは僅かながら己の影を感じそれ以上詮索することをやめた。

イルフォードの挙動なんぞ目に入っていない碧は即座に書類に目を移し、その内容を頭に入れようと文字を読み進める。
『生存競争において生き残る術を持たない彼らだが、彼らの一族は彼らの一族の当主の庇護下にあり、その当主は前述の例を逸脱した存在で非常に危険であることが多い。
蝶紋の一族の当主の座につくものは皆、強い自己治癒能力を持っており同時に攻撃性の高い能力を使用する。
原則として、1人に宿る能力はひとつだが4つの血統の家にはそれぞれ原則に反する存在がいる。』
最初の文章から既に頭の痛くなってきそうな内容だ。
能力を複数持った吸血鬼が居るなど信じたくは無い。それが4つの家それぞれに居るというのだ。それは最低4人はいるということを決定づけるようなもの。
しかし今の状態にそのことはあまり関係ない。
もしこの記述が本当であるならば、煉霞の訳が間違っていないのならば。紅永は、蝶紋の一族の当主の可能性が高い。
当主であるということは庇護下にある仲間が存在するのだろうか。
懸念は耐えることなくどんどん溢れ出てくる。
しかし碧はその懸念を何とか振り切ってまた書類に目を戻す。
『その中でも蝶紋の一族の当主は特に危険性が高く不可思議なことが多い。
一族の当主継承の仕組みは極秘事項らしく決まったものしか知らないため人間側から突き止められることは殆ど無かったが、今までの一族の当主には共通点があった。
・2mほどの大きな鎌を使用していた
・蝶の紋様が大きい
・好戦的で排他的
・吸血鬼が至上であるという思想
・複数の能力を使用し、何度でも蘇るとされている
これらの共通点が見受けられた。』
「やっぱり…」
そこまで読んで思わず碧は声を出してそう言ってしまう。
どれも報告に心当たりのあるものばかりで碧は目を見開いた。
直後、その場にいた全員の発信機が鳴る。
全員反射的に発信機を取り接続を繋ぐまでの流れをやってのける。
碧も例に漏れず発信機を取り書類に目を通すことをやめた。
まだ読みたい気持ちはあったが発信機の応答を渋々待てばすぐ白華の声がした。
『○×地区にて特位出現反応。これより全員そちらに移動する。○×地区はここから近い。直ぐに出動できるように準備を整えておけ。班割りは今回の作戦の説明通りとする。そして今回の任務は特位、及び仲間の討伐だ。だが自分の命を最優先にしろ。危険と思えば撤退することを許可する。以上だ。』
そこまで聞くと全員同時に「はい」と元気よく、または当然のように答える声が車内に響く。
皆素早く武器の準備をする中、碧は書類に目を通すことをやめ折りたたむと懐にしまう。
そしてこれからの戦いに覚悟を決め直した。


○×地区 中心街

「ルアはその子持ってて。祓魔師達が来たらその子人質にして絶対捕まらないでね。彼らは君を殺そうとしてるから。」
「分かりました。」
吸血鬼一行達は紅永の瞬間移動の能力によって○×地区の中心街に来ていた。
中心街はタイル張りの地面に噴水がある、と言った洋風な作りの街だ。
人はよく通り栄えていたようだが今は静まり返っている。何故か、なんて分かりきっていた。
「…(ここまでやる必要があったか…?)」
仁は悠々と指示を出す紅永を横目に周りを見渡し疑問に思う。
瞬間移動してきた奇妙な一行をみて民衆は驚いていた。
それだけなら良かったが、その民衆の表情は驚きから絶望に変わった。
何故かと言えば突然現れた奇妙な一行は紅永に「行け」と言われた瞬間民衆を手にかけ始めた。
飛び散る血。泣き叫ぶ声。
中心街一帯はその一瞬で戦場と化した。
10分も経たないうちに中心街は静寂に包まれ、綺麗だった地面のタイルは血に塗れた。
どれだけの人が死んだのだろう。
仁は数えることもやめ、ただ作業としてそれを見つめる。殺してはいない。他にも民衆に手をかけなかった吸血鬼はいたがそれに対して紅永は触れもせず、今はのうのうと指示を出している。
「急がないと祓魔師達が来ちゃうね。じゃあ次はね…」
そう言いながら紅永は指示を出し始める。
少し長かったので割愛するが簡単にまとめれば
ルア→星那を使いつつ紅永と共に行動
ノクス→単独行動
リアナ→単独行動
仁&緋緒→ペアで行動
ディーパ→紅永と共に行動
コバルデ→単独行動
こんな感じだった。
とりあえず人間を多く殺すことが先決のようなので指示の中に人間は見かけ次第殺す。が入っていたが割愛する。
ノクスとリアナはペア行動と言っていたが2人揃って駄々を捏ねたので別行動になった。何をしているのやら。
それにしても緋緒と行動か…最近二人でいる時間というのはあまり無かった。
心なしか浮き足立つ気持ちを必死に見ない振りして仁は緋緒の近くに足を運んだ。

「ねぇ紅永。祓魔師達に本拠地がバレたからって全員でここに陽動する必要あった?」
「…オモシロイことが起きるかもしれないでしょ?」
「悪趣味…」
そんなリアナと紅永のやり取りは極めて小さく、誰の目にも入ることがなかった。

○×地区 最北部

「行くぞ。俺はピースと共に特位の討伐に向かう。正はその他の吸血鬼を」
車から素早く降りて正に指示を出そうとすると正に腕を掴んで止められる。
やはりダメだっただろうか。
不貞腐れたようなジト目でこちらを見られると弱い。
「…嫌か…?」
「嫌に決まってます」
「そうか……」
ほぼ即答されてしまい白華も頭を抱える。
何が嫌なのか、いや何となく予想はついている。白華が単独行動するのが嫌なのではなかろうか。
まぁピースと一緒だが。
「さっきお願い聞いてくれるって言ってましたよね」
「?おう」
なにか閃いたような表情をしたと思えば正はそんなことを言ってくる。
「それなら今回、白華さんは僕と一緒に行動してください。」
「え」
一緒に、と言ったか。今。
これから特位の相手をしに行くのだ。そんなの死にに行くようなもの。
咄嗟に止めようとするがそこでふと思い当たる。
最近似たようなことしたな、と。
思い出せば長いが、少し前の戦いでわざわざ正を逃がして単独で特位の相手をしたことは記憶に新しい。
正が何をそこまで心配するのか少し疑問に思っていたがだいぶ思い当たる節があった。
俺のせいだ、ということに。
「………わかった…」
酷い顔をしていたことはわかっている。苦虫を噛み潰したような顔だっただろう。
その答えに正は満足したのか幾分か不貞腐れた顔が元に戻る。
横で今すぐ駆け出したいという衝動を抑えながらふんすふんすしているピースの手網を握り切れるか不安になってくるが白華はそれを見ないふりして小さくため息をついた。

○×地区に到着してすぐ、イルフォードは車から降り自分は単独行動を許可されていたはずだと思い周りを見渡しつつ皆がどこに回るのか、ということに気を配る。
戦闘向きとは言えないイルフォードの能力からか、隠密が重要であるとボスも分かっていたようで単独行動を許してくれた。
そんな中、唯一気にかかる子がいた。
良くも悪くも純粋愚直。最近は大切な人を特位に奪われ復讐に燃えているようだった碧。
目的は特位、それはイルフォードと変わらない。
しかし特位を前にして碧が冷静でいられるとも、イルフォードは思わなかった。
能力の無駄遣い、と時々言われるが足音の気配を消しその碧に近づく。
やはりこちらに気づいていない。
「ばぁっ!」
「わぁっ!」
後ろからにょきっと現れてみれば予想通りにびくりと驚いたようだ。わかりやすい。
「イルフォード、さん、???」
困惑の瞳で見られるがその表情は非常に面白い。
先程まで今すぐ人を殺さんばかりの表情をしていた彼とは到底思えない表情に、やはりまだ彼は子供なのだと理解する。
「あははっ!凄い顔してたよ。緊張してるの?」
笑ってやれば碧はむっと表情を変えて抗議し始めた。
「イルフォードさんが驚かすからやよ…!緊張なんてしてへん。平気やわ!」
ぷんすこと怒る碧はいつも通りなように感じる。
まだ自分を見失っている訳では無いようだ。
「ところで、碧くんは誰かと行動するの?」
「…そやな…ほんまはルーカスさんと一緒なんやけど…」
そう言って碧は少し周囲に視線を巡らせる。
イルフォードもそれを追って視線を巡らせると鉄紺がおり、鉄紺はとんでもない程の殺気に満ち溢れていた。
仲間と言えど今話しかけたら殺されるんじゃなかろうかという程の気迫。恐れ入る。
それにしてもルーカスが居ない。どこに行ったのだろうか。
「ルーカスならもう1人で走っていったぞ」
「!?」
さっきまで殺気に満ち溢れていた鉄紺が気づけばイルフォードの横にいた。反射的に驚いてしまったが鉄紺は気にせず話を進める。殺気はだいぶ引っ込んだようだ。
もしかしてさっきの出陣前に気合を入れるための儀式とかだったりするのだろうか。
「さっきアーナと縁のグループにくっついて行ったかと思ったら気づいたらいなくなっていた。多分一緒に行ったんじゃないか?」
自由奔放というかなんというか。
「というか、そろそろ出陣した方がいいんじゃないか?アーナと縁のグループは東の方に行ったし、ボス達は南に進んで行った。中心街の方だな。」
「それなら…僕も一緒に行動していいかな。この中で単独行動は少し危険な気もするし」
「私は構わないが…碧もいいか?」
「俺?構わへんで。」
イルフォードの提案に碧も鉄紺も了承する。
単独行動なら特位に1人で向かうことも出来ると考えたがその間に他の吸血鬼に合ったら元も子もない。そう考え一緒に行動するのもいいかと思い至ったのだ。
提案を飲んでもらえてイルフォードは僅かに安堵した。
「行く方向は…残りは西やんな?」
「そうだね」
碧がそう確認を取ればイルフォードも頷く。
鉄紺も「じゃあそちらに行こう」と言ったので、3人は西に歩を進めた。

「うう、頭痛い…」
「大丈夫か?」
「大丈夫です……」
皆が出動して数分後、車の周辺でアリクレッドと煉霞はそんなやり取りをしていた。
昼頃から頭が痛いと唸っていた煉霞をずっと看病していてくれたアリクレッドには感謝しかない。
「…それにしても、みんなもう行っちゃいましたね…」
「そうだな〜…俺達も行かないとな!」
務めて明るく振る舞うアリクレッドに煉霞は感謝の念と安堵を抱きつつも向かう場所を考える。
「そうですね…みんな中心街に最終的にたどり着くように進んでいるので、俺達は中心街の奥の方に行くのがいいかなと…」
○×地区はひょうたん型をしていて中心街はここからほど近い場所にある。
脳内に地図がある煉霞は迷いなくそう言うがアリクレッドは土地勘もなく、頭の上にハテナを浮かべていた。
「皆の通らないところ行きましょうってことです」
「わかった!」
少し面白くなってしまって笑いながら言えばアリクレッドは元気に返事をしてくれる。
煉霞の中には能力のことやら懸念が多く頭痛も碧の持ってきた書類を和訳するために調べ物をしていたためのもので、まだ能力使用の疲労が取れていないのだろうとは思うがあまり弱音は吐いていられない。
『アオイに会え』
それは恐らく紅永のことなのだろう。
何故会わなければならないのかと疑問はある。
が、あの時の夢以外、炎楼と名乗る人物と会話ができた試しがない。強いて言うなら碧の持ってきた書類を和訳したいと思えばふと頭に和訳が流れてきた。それは紛れもなく炎楼の声であったことぐらいか。
その後激しい頭痛に見舞われ、雪花にみてもらえば能力の使用による負荷と言われてしまった。
自分のことなのに謎が多いとはやはり怖いものだな、なんて思いながら、煉霞はその歩を進めた。


一方その頃、白華、正、ピース一行

「白華さん!ほんとにこれあってます!?この先に特位居ますよね!?」
素早く走りながらそういう正を横目に、白華は苦笑しつつ返す。
「だ、っ、大丈夫だ。ピースの強者センサーは信頼出来る」
そういう白華はもう若干息が上がっている。やはり老体にこの速度は無理なのでは?と思いつつもおそらく止めても無駄なことを知っている正は突っ込まないでおく。
そんなふたりを後ろにピースは真っ直ぐ一直線に猛ダッシュしていく。
正も白華も何とか追いつきつつ走っているのだが、どうやらピースは特位を目掛けて走っているようだ。
「ツヨイアクマ!気配!コッチ!!!」
そんなことを言いながら突然走り出したピースを追いかけるという構図は、車を降りてすぐに完成した。
それからピースは中心街に向かって一直線にひたすら走っている。
本当にこの調子で特位の元に辿り着けるのだろうか。そんな疑念が何度頭に浮かんだか知れない。
しかし、その疑念を口にすれば白華は大丈夫だというばかりで全くあてにならない。
勝手に着いてきているのは正のようなものなのだから強く出るにも材料が足らず最終的にもう少しついて行くか。という結論に至り今に繋がる。
小さめにため息を着くと正はまたピースの背中に目を向け走るのを続けた。

中心街

「みんなもう行った?」
そう言ってルアに声をかけてみれば「皆様四方に散り散りになりました」と端的な答えが返ってくる。
「ふーん……あ、そろそろ来るね」
そう言って紅永は腰掛けていた噴水の縁から緩慢に立ち上がる。
「来る?」
ディーパが口を挟めば紅永はディーパに視線を向け、その目を僅かに歪め笑う。
「ボクは一番ボクと戦いたそうなやつと戦うから2人はその周りをよろしくね」
なんのことかさっぱり分からずディーパもルアも頭の上にハテナを浮かべる。
これから戦う時の注意事項だろうか。
ルアは星那を落とさないように小脇に抱えながら戦わないといけないということだが大丈夫か?なんてディーパは現実逃避まがいの心配をしてしまう。
まぁそうはいっても最悪ディーパがルアと星那を守ってしまえば済む話か、なんて頭の中で答えを完結させる。
答えを出したところで地響きに近いドドドドっという音が聞こえる。
なんだと思いサッと音のなる方に目を向ければ、コミカルな顔をしたピンク色のアフロがこちらに走ってくるではないか。
「んな、っ!」
声を上げるよりそれは早かった。
ピンク色のアフロは紅永をその視界に見留めると突然加速し紅永に殴りかかった。
紅永も守る気がないのか反応出来なかったのかは知らないが、その拳を防ぐことなく受け清々しいまでに遠くに吹っ飛ばされる。
バコォンッなんて音がしてレンガ造りの建物に紅永が打ち付けられ血飛沫が付着しヒビが入る。
「ぁ、は、…痛いねぇ〜。」
数拍置いて紅永がいるであろう場所から笑い声とともにそんな紅永の言葉が聞こえる。煙に巻かれていて何も見えない。
その声に反応してピンク色のアフロ、ピースの目の色が変わる。コミカルな顔に反してひしひしと感じる殺気にディーパが僅かに後退りをしてしまう。
瞬間。ほとんど爆発音のような銃声が聞こえたと思えばディーパの左足が撃ち抜かれていた。
「っ、…ぐ…ぁっ…!!」
突然の痛みに叫び声をあげるが、悶える暇もなく正が素早く飛んできてナイフをディーパに振り上げる。
殆ど反射で、背負っていたマスケット銃を手にし、ケースから素早く抜きとる。
何とかマスケット銃でナイフを弾き飛ばし捌くが片足の痛みで満足に動くことが出来ない。
ナイフをはじき飛ばした反動を利用して正は飛び上がって距離をとる。
ディーパの撃ち抜かれた足に視線をやれば太腿辺りからだらだらと血が流れていた。
「やるじゃん。ルア〜?」
まだ煙が立ち上る場所から、じゃり、と地面が擦れる音が聞こえて間伸びする声で煙の中から紅永が出てくる。
「その子、殺して?」
「仰せのままに」
そう言ってルアは星那の首に冷たい氷の剣を当てた。
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